2016年1月13日 (水)

〽風も吹かんのに ゆらゆらと~ 「祖谷のかずら橋」を渡ってきました!

25

先日「大塚国際美術館と大歩危、祖谷!徳島・香川、アートと歴史と絶景の旅 3日間」の添乗に行って参りました。徳島県と香川県の魅力をギュッと凝縮した今回の旅。毎日が見所満載で「大歩危・小歩危」の絶景や紅葉を愛で、「大塚国際美術館」では殆ど貸切り状態で、たっぷりと世界の名画を鑑賞することができました。最終日には源平合戦の名場面〝那須与一の扇の的〟の舞台である「屋島山上」にも訪問し、まさにツアータイトルの通り、自然、美術、歴史に触れる3日間となりました。ホテルに戻れば、連日、温泉に浸かり、疲れを癒して、新鮮な海、川、山の幸に舌鼓を打ち、心も体も綺麗になった旅でした。

今回、お客様の多くが楽しみにされていたのが「祖谷のかずら橋」を渡ること。標高1000メートル前後で育つ、かずらの木を蒸し柔らかくして編んで造った吊り橋を「かずら橋」と言います。江戸時代には祖谷の山々の至る所に架けられていたということですが大正時代にはすっかり姿を消してしまい、この「祖谷のかずら橋」は昭和30年に国の重要有形民俗文化遺産に指定されました。私たちが渡った「かずら橋」は昭和3年に復元して架けられたもので、江戸時代のものに比べると、とても頑丈に編まれています。定期的にメンテナンスもされているので、途中で切れてしまうかも?!なんて心配は無用、安心して渡ることができます。とはいうものの、いざ渡ろう!と思うとなかなかスリリング。足場には木の板が張られているのですが、その隙間は20センチ程あり、その14メートル下を轟々と祖谷川が流れているのです。一歩、また一歩、と歩みを進める度に、ゆらゆら揺れるかずら橋。先人たちもこの橋を渡るには大変な苦労があったようで、その様子が民謡「祖谷の粉ひき唄」の歌詞にも表れています。

〽祖谷のかずら橋や 蜘蛛の巣のごとく 風も吹かんのに ゆらゆらと
祖谷のかずら橋や ゆらゆら揺れど 主(だんなさんの意味)と手を引きゃこわくない
祖谷のかずら橋や 様となら渡る 落ちて死んでも2人ずれ (1、2、3番の抜粋)

12

日本三大奇橋の1つに数えられる「祖谷のかずら橋」。なぜ、昔の人々は、このような不安定で奇妙な橋を造りはじめたのでしょうか。その理由は源平合戦にあると言われています。文治元年(1185年)3月、屋島の戦いに敗れた平国盛ら32名の一行は、この祖谷の地に落ち延びてきました。彼らは敵である源氏の追ってが来た際に、すぐに橋を断ち切れることが出来るようにこのような方法で橋を架けたのだそうです。

唄の歌詞のように、ご夫婦で手を取り合い渡ったお客様、左右のかずらにしがみ付きながら渡ったお客様(私も含め)、こんなのへっちゃら!と手放しで渡った外国人ファミリーのお父さん、早々にギブアップ!と横目でゆらゆら揺れるかずら橋を眺めながら隣のコンクリートの橋を渡った方・・・個性と度胸が垣間見られる「祖谷のかずら橋」、滅多に体験できない良い思い出となりました。(三橋)

|

日本情報」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。