2016年2月26日 (金)

知られざる国アルバニア

先日アルバニアとマケドニア、バルカン探訪8日間のコースより帰国しました。
アルバニアと聞いて何を想像するでしょうか。インターネットで検索するとまず、ネズミ講や、鎖国というワードがでてきます。このアルバニア、実は非常に個性の強い国なのです。
紀元前2000年頃にはアルバニアにはイリュリア人という人々が住んでいました。現在のアルバニア人の祖先であると考えられている人々なのですが、その後、ギリシャ人がこの地にやってきて、植民活動を始めます。今回のツアーでも、紀元前800年頃にギリシャ人が築いた遺跡に訪れました。アポロニア遺跡や、デュレスという町にある闘技場跡などです。このように、アルバニアにはたくさん遺跡があるわけなのですが、非常に残念なことに、発掘作業がきちんと行われておらず。デュレスの大きな闘技場跡の半分くらいは建物の下敷きになっており、未発掘状態。アポロニアも、なんと80%はまだ土の中という状態。
もっと発掘作業すればすごいものがでてくるだろうに!と思わずにはいられません。なぜこんな状態に?とおもうのですが、アルバニアはつい最近まで国内が混乱状態にありました。
ギリシャの植民地になった後、ローマ帝国の支配下に入り、ローマ帝国分裂後は東ローマ帝国に帰属することに。14世紀からずっと、トルコの支配下にあり、やっと1912年にアルバニアは独立を果たしました。しかしながらその後も、イタリアや支配、王制廃止、その後、共産主義政権のもとに鎖国をし、なんと1990年まで各国との国交を断った状態でやってきたのです。日本が鎖国をしていたのは16世紀。1990年まで鎖国をしていたなんて本当に驚きですね。
と、いうわけで、欧州一の貧乏国家であったアルバニアには、遺跡発掘作業をしっかり行う余裕がなく、共産主義政権崩壊後の無秩序状態の時に、アポロニアの出土品が盗まれてしまったりと大変だったようです。アポロニアの遺跡のような、なんとももったいない場所がたくさんあるのです。国内も落ち着いて、観光客誘致にも力を入れられるようになった、これから先が楽しみですね。
ちなみに、このアポロニア遺跡の直ぐ近くには、大きなトーチカがあります。トーチカとは、共産主義時代の1970年代以降に国内で大量に(推定70万個)造られた塹壕のことで、いざとなったら国民総出で戦えるように、党第一書記のエンヴェル・ホジャが造らせたものなのですが、結局使われることは一度もなく、撤去することもできず、今もあちこちでみかけます。せっかく、アルバニア名物(?)の大きなトーチカがあったので、ちょっと近くに寄って写真でも撮ろうとバスを下りたのですが、なんと中には人が住んでおり、我々が近ずくと写真撮影料を払え!と言ってきたのですぐさまバスに戻りました。近年、トーチカにこのように住み着く人が増えているのだそうです。近寄る際にはお気をつけ下さい。

ものが積み上げられたトーチカ

そんなアルバニア、首都のティラナもまた個性の強い街です。建物がたくさん建っているのですがいくつかの時代の建物がごちゃごちゃと混在していて、とても面白い雰囲気の街です。基本的に4つの時代の建物が見られます。1912年までのトルコ時代のモスクなどの建物、そしてイタリア支配時代のバロック様式の綺麗な建物、共産党時代の四角くて味気ない建物、民主制に移行した後に建てられた、やたらカラフルでモダンな建物。共産党時代に押さえつけられていた人々の感情が爆発したかのように建てられた巨大なビルディングに目を奪われます。

ティラナの近代的なビル

なんじゃこりゃ!まだ建設途中ですが、なんと、中央広場を真ん中に囲むように、8つのこのようなビルを建てる計画があるとか・・・今でさえすごいインパクトなのに・・・
建物のカラフルさもかなり目につきます。実はこの色とりどりの建物は、現首相のエディ・ラマ氏(実は芸術家さんでもあります)が、町を明るくしよう!ということで始めたキャンペーンによって色づけられたものなのです。意図的にカラフルにされたと知るとやっと合点がいく、不思議な町並。

カラフルな街並み

歩いているとなんだこれは!と思うようなものがたくさん。アートギャラリーの裏に置かれたスターリン像や、モダンな外見のアルバニア正教会の建物、広場中心に建つ、国民的英雄の大きな像・・・興味がつきません。10年後の、この街は一体どんな風になっているでしょうか。ものすごく気になります。(留置)

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