2016年4月21日 (木)

キリスト教徒の国・エチオピア

エチオピア旅行、エチオピアツアー

先日、エチオピアの神髄8日間のツアーより帰国しました。北エチオピアの見どころを一周し、たくさんのエチオピア正教の教会を見てきました。キリスト教の教会壁画といえば、聖母マリアがいて、イエス・キリストがいてと、日本でもたまに目にするような画を想像することができると思うのですが、エチオピアにあるキリスト教の壁画・絵画は、西欧諸国、あるいは日本で見られるものとは全く雰囲気が違います。そもそも、エチオピアって、キリスト教の国だったの?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。実はエチオピアは、アフリカ大陸で最も古くからキリスト教を信仰している国なのです。多くのアフリカ諸国の中でキリスト教が信仰されるようになったのは近代に至ってからなのですが、エチオピアにキリスト教がもたらされたのはなんと4世紀。本当に古くからキリスト教の文化が根付いているんです。そんなわけで、エチオピア国内を周っているとたくさんの教会を見ることになります。

描かれている聖書の登場人物たち、聖人たちもエチオピア風です。トップの写真はエチオピア北部の古都ゴンダールにあるゼブレ・ベルヘン・セラシー教会の天井に描かれた天使たち。肌の色はチョコレート・ブラウンで、目は大きく、すっきりとした鼻、少し困ったような眉毛。典型的なエチオピア人の顔だちをしていました。80体もの天使たちはあらゆる方位を向いていて、神の力はありとあらゆるところに向けられているんだということを表しています。長い歴史の中で、ずっと占領されずに独立を保ってきたエチオピアは、周辺諸国にイスラム教が広まっていく中でもキリスト教を信仰し続けていました。その為、イスラム教徒に攻撃されることもありました。18世紀、ゴンダールの街はスーダンのイスラム教徒に侵攻され、もともとこの街にあった、44もの教会が破壊されてしまいました。デブレ・ベルハン・セラシー教会は、このゴンダールに残る、18世紀以前からある唯一の教会なのです。

そんな敬虔なキリスト教徒の国、エチオピアの歴代の王の中には、エチオピアの中に第二のエルサレムを造ろうと考えた王がいました。12~13世紀頃、信仰心の篤いラリベラという王は、かつて兄弟に王位を狙われ、エルサレムに亡命していたことがありました。聖地エルサレムを目にしたことのあるラリベラは、いつかは自分もエルサレムに埋葬してもらいたいと考えていたのですが、周辺諸国をイスラム教徒の国々に囲まれているエチオピアから、エルサレムまで移動するのは非常に困難なことでした。標高も高く、山々が連なり移動するのも大変、というのもあって、エチオピアの国民たちは信仰心があるにも関わらず、聖地巡礼をすることができない人がほとんどだったのです。遠い国エルサレムに思いを馳せて、自分の為に、そして国民の為に、王は首都に第二のエルサレム建設しようと考えたのでした。

エチオピアツアー、エチオピア旅行

ラリベラは、町に12もの岩窟教会群を築きました。それらは全て1枚岩を掘り抜いてできたもの。伝説によると、王が夢の中で「教会を作るときは必ず一つの岩をくりぬいてつくること」という啓示を受けたからと言われています。なんと、この岩窟教会群、現在の技術をもってしても、どうやって造ったのかわかっていないんです。実際に歩いてみると、修復されたところ以外は全く石の継ぎ目がありません。約700年前に造られたとはとても思えないクオリティです。たくさんの人が今もなお巡礼に訪れていて、長い歴史のなか、絶えず教会としての機能を保ち続けているのもすごいところです。人々が一心不乱に祈る姿に、なんだか圧倒されてしまいました。(留置)

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