2016年6月 2日 (木)

アークゆかりの古都巡り(エチオピア)

Cimg3335  先日、ユーラシア旅行社企画「エチオピアの神髄8日間」より帰国致しました。昨年4月から就航したエチオピア航空の成田―アディスアベバ線によって、より早く快適に、乗り継ぎなしでエチオピアに行けるようになりました。

 「エチオピアと言えばなにがある?」よくお客様にも家族にも友人にも聞かれますが、コーヒー、マラソンランナーのアベベ、アフリカで唯一独立を守った国など、日本人にもイメージしやすいキーワードは沢山あります。そして、映画「失われたアーク」やグラハムハンコックの本「神の刻印」などで知られる、アーク伝説をテーマにすると、このツアーも一層興味深いものになります。 アークは聖遺物の一つとされ、元々はエルサレムの神殿に保管されていましたが、シバの女王とソロモン王の子、メネリク一世がエチオピアに持ち帰ったという伝説があります。

 まず、私たちが訪れたのは17世紀建立の街、ゴンダール。歴代の王たちが建立した城は、エチオピアに似つかわしくない、どう見ても欧米風の建築なので「不思議の城」と呼ばれています。ここにも「エチオピア王国史」の著者ポルトガル人神父アルヴァレスが訪れました。エチオピアには縁もゆかりもなかったポルトガル人たちがなぜエチオピアに来たのか…一説には当時、イスラムの脅威にさらされていた欧米人たちは、東方のキリスト教国家(プレスターヨハネの国)がイスラム教徒を滅してくれるという信仰を持っておりました。そのプレスターヨハネの王国はエチオピアだと考えられていた為、欧米諸国がこぞってエチオピアを訪ねたとされます。さらに、そのプレスタージョンがアークの隠し場所を知っていたとも…

 次に訪れたのはタナ湖畔にできた街、バハルダール。この辺りにも、18世紀にスコットランドからジェームスブルースが来ています。彼は青ナイルの滝に到達し、ナイル川の源流をつきとめ、欧米に報告した人物として有名。しかしながら、実はタナ湖周辺のあたりはポルトガル人によって既に調査されていたため、前人未踏の発見を求める当時の探検家たちにとって、そこまで魅力的な地ではなかったそう。やはり、ジェームスブルースもアークを探しに来ていたのではないかと言われています。実は、タナ湖に浮かぶ島の一つにはキルコス島と呼ばれる島があり、そこにアークが保管されていたという伝説も残っています…。

 さらに、アクスムでの観光。シオンの大聖堂敷地内では、大聖堂観光後、アークが納められているとされる建物を外から見学。ここは未だに一人のアークの番人のみしか入ることが許されず、代々アークが守られている場所です。

 今でも発掘や研究が進んでいない部分も多く、伝説と歴史の真偽の程ははっきりしていませんが、エチオピアの神秘にじっくり浸ることができました。(長田)

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