2016年9月20日 (火)

8月・東京から空路約2時間でロシアへ!(サハリン) その4・最終回

オハD型機関車

サハリンが「樺太」であった頃、岩手出身の童話作家・宮澤賢治が1923年8月サハリンを訪れ、そのときの体験が『銀河鉄道の夜』の創作に活かされました。私は、作品の中で主人公たちが車窓から見た光景や降りた駅の描写は、故郷岩手のものだとずっと思っていました。しかし、それらは賢治がサハリンで列車に乗り、山や湖、海岸を訪れ見た光景だったのかと想像しながら2016年現在のサハリンの自然を眺めてきましたが、特に私にとって印象に残った場所は“琥珀海岸”と呼ばれるスタロドゥプスコエ(栄浜)の海岸でした。内陸にある山の琥珀が川に流され海に辿りつき、波によって浜辺に打ち上げられた山の琥珀が見つかることで有名な場所。訪れた日は晴天で、その日に眺めたオホーツク海はキラキラ光り、人工的な騒音もなく波の音とカモメの鳴き声が静かに聞こえてくるだけ。そしてときにきらりと光る小さな小さな目をこらさないと見つからないほどの琥珀があちこちにある浜辺は、穏やかでいて非現実的な雰囲気が漂い神々しく感じました。

スタロドゥプスコエ(栄浜)の海岸

8000万年以上前の樹脂が長い年月をかけて宝石のようになった琥珀を浜辺で見つけたとき、『銀河鉄道の夜』のなかで主人公たちが白鳥の停車場で下車して訪れた水晶でできた砂を見つけた河原の場面、主人公たちがプリオシン海岸で出会った化石を掘る大学士の場面が頭のなかに浮かんできました。また賢治は、サハリンを訪れる前年に最愛の妹を亡くしました。妹の魂を追ってサハリンにやってきた賢治は、小さなかけらながらも癒しの効果がある琥珀によって癒されたのだろうか、それともその効果を知っていて賢治は立ち寄ったのだろうかと美しい光景の浜辺で想像してしまいました。ちょうどツアー中の8月27日は宮澤賢治の誕生日でした。今年は生誕120年の節目でしたが、残念ながら現在のサハリンでは宮澤賢治は有名ではなく、現地では何のイベントもありませんでした。しかし、いずれサハリンに宮澤賢治博物館を開設するための動きがあるとのこと。いつになるかわかりませんが、その博物館の開設と共に現代の日本人がサハリン=樺太のことに注目を集めるきかっけになったり、流行りの聖地巡礼ではありませんが作品の舞台となったサハリンを訪れる人が多くなるかもしれません。領土問題など深く考えずに、サハリンを訪れ、遠くに思えていたロシアを身近に思えたり、現地の人々や文化に接し交流をはかったり、日本の歴史を振り返るきっかけになれば素敵だなと思いました。(髙橋)

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