2016年10月28日 (金)

CHE VIVE!(チェは生きている) ボリビア

ボリビアツアー

先日「ウユニ塩湖とゲバラ終焉の地 ボリビア世界遺産紀行11日間」より帰国しました。ボリビアと言えばやっぱりウユニ塩湖。もちろん塩のホテルに宿泊し、終日かけてウユニ塩湖を堪能してきました。が、今回のハイライトは何と言ってもチェ・ゲバラ終焉の地巡りです!
ゲバラと言えば、カストロと共にキューバ革命を成功に導いた人として有名ですがボリビアで最期を迎えたことを知る人は多くないのではないでしょうか。ゲバラはキューバ革命後、国のリーダーとして奮闘するカストロの右腕としてキューバの発展に尽力しました。キューバの一応の発展を見届けると次第に“自分を必要としている国が他にあるのではないか”と考えるようになり、その地をアフリカのコンゴに決めます。しかしいざ現地に赴くとゲリラ兵の士気の低さに愕然とし、革命を起こす段階に至っていないことを悟りキューバに戻ります。その後も革命を諦めず、次の地としてボリビアを選ぶのです。
ゲバラはボリビアに向かう際、キューバ国民に別れを告げずひっそりとキューバを後にします。そして二度とキューバの地を踏むことはありませんでした。その時に残した、同志カストロと愛する家族に宛てた手紙は有名ですね。
私たちは、ゲバラの命日にあたる10月9日、ボリビア第2の都市サンタクルスから350km離れたアンデスの奥地にあるチューロ渓谷を訪れました。周辺は100人足らずの村民が暮らす寒村が点在するのみです。 ボリビアに渡って11か月、ここでアメリカの援助を受けた政府軍にゲバラは捕えられ、約7km離れたイゲラ村まで連れていかれます。そして翌日、臨時の捕虜収容所として使われていた小学校にて処刑されてしまうのです。
ゲバラの足跡を辿るように私達もチューロ渓谷を下っていきました。今では踏み固められた土道になっており、かつてとは比べようもないほど歩きやすくなっていました。また道の両脇に可憐に咲く黄色いミモザやワイルドトマトが疲れた心を癒してくれました。
ゲバラ率いるゲリラ兵たちははなたで木をなぎ倒しながら進んだそうです。食糧も乏しく、いつみつかるかも分からない極限の精神状態でかなり苛酷な状況だったことでしょう。49年前のゲリラ兵たちの行軍に思いを馳せながら1時間30分をかけて渓谷を下りきると、ゲバラが捕えられたとされる場所に星マークが置かれていました。また、イゲラ村の名前の由来となったイチジク(イゲラ)の木の下にはCHE VIVE=チェは生きているの文字が。

ボリビアツアー

ボリビアツアー

“革命への勝利か、さもなくば死”をという覚悟で臨んだゲバラは革命なかばで捕えられさぞ悔しかったことでしょう。
ゲバラはまさに自己を犠牲にして世界の為に理想を追い求めた人でした。49年前、確かにここで歴史は動いたのです。それが嘘のようにのどかなチューロ渓谷の風景が広がっていました。
ゲリラ兵と聞くと残酷なイメージが浮かびがちですが、ゲバラは子供たちに“世界のどこかで誰かが被っている不正を、心の底から深く悲しむ事の出来る人間になりなさい。それこそが革命家としての、一番美しい資質なのだから。” と残しています、理想を貫き、正義を愛し、常に虐げられた人の立場で戦ったその信念が、時代や国境、価値観を越えて、現在でもなお世界中で愛され続けている理由なのではないでしょうか。(岡山)

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