2016年10月18日 (火)

チェコの歴史がぎゅっとつまった“農民バロック”の小さな村「ホラショヴィツェ」

ホラショヴィツェ・農民バロックの家

先日、「チェコ世界遺産と珠玉の街々 10日間」のツアーより帰国致しました。ようやく暑さも落ち着いてきた日本のシルバーウィークにあたる日取りは、チェコではもう秋。なだらかな丘陵地帯が続くチェコの大地は小麦色やぶどう畑の緑色といった秋色に染まっていました。
今回のツアーで訪れた中でもご紹介したいのは、19世紀に建てられた貴重な農民バロック建築が残る村「ホラショヴィツェ」です。
1998年に世界遺産に登録されたこの村は、首都プラハからチェスキー・クルムロフに向かう途中にあります。広場を中心に可愛らしい家々が立ち並ぶ本当に小さな村なので、30分もあれば十分に周り切ることができます。
 この村の名が歴史的な記録に登場するのは13世紀末。時のボヘミア王ヴァーツラフ2世が修道院に寄進したとされています。16世紀前半のペストの流行で人口はわずかに2人となりましたが、1526年にハプスブルク領となってからは、南ボヘミア一帯にドイツやオーストリアからの移民が大量に流入し、ドイツ系の農村として人口を回復させました。19世紀になると農奴解放で農民も住居を思い思いに装飾することも可能になったため、当時流行していたバロック様式で家を飾ったのが、“農民バロックの村”の始まりと言われています。バロック様式と言うと、贅を尽くした教会や宮殿建築が真っ先に思い浮かびますが、ホラショヴィツェに暮らしたのは農民たち。名だたる教会と比べればもちろんシンプルですが、お金をかけるのではなく、趣向を凝らすこと自体がささやかな贅沢だったのだろうなあと感じます。
第2次大戦後、チェコからはドイツ人が追放され、打ち捨てられたホラショヴィツェはソ連による支配のもとで忘れ去られていました。民主化後の1990年に人々が戻ってきてからは、今でも人々が住む「生きた」世界遺産です。観光客もほとんどいない小さな村ですが、約500年に及ぶチェコの民族模様を感じられる熱い場所でもあります。多くの人に知ってほしい半面、いつまでも隠れた名所であってほしいとも思える素敵な村でした。(松永華)

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