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2016年12月

2016年12月30日 (金)

「異国情緒溢れる五島列島のクリスマス!!」

先日、「五島列島巡礼の旅 4日間」のツアーへ行って参りました。
今年のクリスマスは3連休ということもあり、大いに賑わったようですね。皆様はどうお過ごしでしたか?私は、一足先に五島列島にてクリスマスを味わってきました。Photo_6

毎年、12月の五島はクリスマスムード一色でとてもロマンチックです。12月発のツアーでは、「クリスマスイルミネーション」と「クリスマスコンサート」鑑賞にご案内させて頂いております。五島列島は大きく上五島と下五島があり、上五島だけでも29もの教会が点在しているのですが、その内の6つの教会で、6夜連続でプロの演奏家達によるクリスマスコンサートが開催されるのです。 私達が訪れたのは、コンサート最終日である青方教会で開催のコンサートです。荘厳な雰囲気の中でコンサートは始まりました。 柔らかく優しい音色のピアノ、明るく透明感があるフルート、太く柔らかく包み込むようなサクソフォンに、伸びやかで艶やかなソプラノが加わり素敵なハーモニーを奏でます。厳粛な雰囲気であった教会内は一変し、幸せな空気に包まれた中で演奏は続きます。 「アヴェマリア」や「蝶蝶夫人」、「ニューシネマパラダイス」等クリスマスらしいナンバーが続き、最後には会場のお客様全員で、「まきびと」や「きよしこの夜」を歌いコンサートは締めくくられました。奏者の五島に対する熱い思いも音楽から伝わり、胸に響くクリスマスコンサートでした。コンサートだけでなく、会場である教会もイルミネーションでライトアップされ、華やかに彩られます。その他の教会も、趣向を凝らしたイルミネーションで飾られます。因みに、2012年に教会イルミネーションが「日本夜景遺産」に認定されてもいますので、一度は是非ご覧頂きたいと思います。 来年のクリスマスは、ロマンチックな五島で過ごすのも良いのではないでしょうか?

五島列島ツアーはこちら

(井手)

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2016年12月29日 (木)

中東イランはどんな国?(イラン)

先日、「魅惑のペルシャ4都市周遊9日間」より帰国致しました。今なおゾロアスター教を守り続けているヤズドから始まり、“世界の半分”と呼ばれるイスファハンやシラーズで華麗なイスラーム建築を見学し、ラストは「中東の3P」のひとつであるペルセポリス観光で締めくくるハイライトツアーでした。
イランに行く事を家族や友人に伝えると、「危ない国でしょ?」、「行って大丈夫なの?」とイラクやシリアと地理的に近いからか治安を不安視する声ばかり。しかし、声を大にして言いたいのは、イランの治安は良好で人々はとても優しいという事です!親日家の方が多く日本人と知ると、気さくに声を掛けてくれる子供達や言葉は通じなくても一生懸命コミュニケーションを取ろうとする学生達が印象的でした。

イランの子供達

また、美しいアーチ、尖塔、そして彫刻が特徴的なイランのイスラーム建築はどこも引けを取らない美しさで、中でもシラーズにある通称ローズモスクと呼ばれる「ナシル・アル・モルク・モスク」は、一押しです。1876年から1888年にかけて建造されたこのモスクは、ステンドグラスを多用し、ピンクのタイルを使って伝統的な様式でデザインされています。このように鮮やかな色彩を持つモスクは、他に類を見ません。極彩色のモスクの中を見ることができるのは、実はモスクの西側の北の間のみ、早朝、朝日が差し込むほんの短い間だけです。ステンドグラスを通して差し込む朝日が、床に美しい色彩の光となって映り込みます。モスクの床には、カラフルな絨毯が敷き詰められており、太陽の光と併せて、素晴らしいデザインを作り上げ、見る者を虜にします。外界とは一線を画したような神聖な雰囲気が漂い、まるでここだけ時が止まっているかのようでした。

ローズモスク

カラフルなモスクの絨毯

イランの子供達は終始笑顔を絶やさず、異国からの訪問者を歓迎してくれ、またどの観光地も見応えがあり、圧倒されました。百閒は一見にしかず!イランの真の姿を是非たくさんの人々に知ってほしいものです。(大和田)

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2016年12月28日 (水)

パタゴニアでフラワーハイキング(アルゼンチン)

先日、パタゴニアのツアーより帰国しました。
地球のちょうど裏側の南半球にあるパタゴニアは今、春から初夏にかけての花のシーズン真っ盛り。首都ブエノスアイレス市街の大通りや広場、公園など街のあちこちには鮮やかな紫色のジャカランダの花が溢れていました。紫色のトンネルのようなジャカランダの並木道を通った時の、日本の桜並木ような春らしい華やかな雰囲気が印象的でした。

そしてブエノスアイレスから更に3000キロ飛んで南部パタゴニア地方に向かいました。
天候や気温が目まぐるしく変化し、風の大地パタゴニアならではの小さく可憐な野花が力強く根を張っていました。
今回の旅では、美しいアイスブルーのモレノ氷河を眺める展望台やクライマーの聖地フィッツロイ山を遠望するトレッキングルート上で、また点在する氷河湖と針のように尖った荒々しい峰々の麓を歩くパイネ国立公園、そして南米最南端・地の果てウシュアイアなどパタゴニア各地で野花を観察する機会に恵まれました。

パタゴニアの野花「聖母マリアの靴」 

パタゴニア固有の花や植物には共通の特徴があります。
ほとんどの花の花弁や葉が非常に小さく、背丈も小さくコンパクト。キノコのように一株ごとにまとまってポツンと咲いているところが何とも可愛らしいのです。
標高はたかだか数百メートル程度ですが、まるで高山植物を観察しているかのようです。これはパタゴニアの気象条件と関係があるようです。
常に強風が吹き荒れる地域なので花弁や葉を小さくして体が飛ばされないように、
また株や葉を大きく成長させないのも、また極度の乾燥地域なので水分が蒸発しないように表面積を小さくしているそうです。

パタゴニアの花「セブンシャツ」

また花の名前が何とも個性的でした。花弁がめくれあがって花はシャツの襟を連想させることから「セブンシャツ」という名前だったり、膨らんだ袋状の花弁から「女王のスリッパ」という名だったり、非常にユニークです。

天気がコロコロ変わりやすいパタゴニアなので、時にはパタゴニア名物の風雨や氷河から吹き降ろす冷たい風に負けそうな時もあります。なかなか氷河の大崩落が起きず、じれったい時もありますが、そんな時に道端に咲いている野花を見つけるとなんだかほっとします。足元に気を付けて歩いていないとうっかり通り過ぎてしまうくらい小さく控えめに咲いているパタゴニアの野花でしたが、ハイキングの途中で何度もその小さな野花に助けられたような気がします。(上田)

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2016年12月27日 (火)

オイルマネーで潤っているのはたった15%のカタール国民だけ?!

先日「アラビア半島5か国紀行~クウェート・バーレーン・カタール・UAE・オマーン~11日間」の添乗より帰国しました。出発前は5か国にそれぞれどんな違いがあるの?という感じでスタートしたツアーでしたが、ツアー最終日のバスの中では、「僕は生まれ変わるなら○○○人だなぁ」、「私は○○○が気に入ったわ」と皆様思い思いのお気に入りの国が見つかったようです。そんな私のお気に入りはカタールです。国民の優遇され具合がとても興味深かったからです。

5か国の共通点は“石油産出国”。オイルマネーに沸くリッチなお金持ちの国というイメージを抱く方がほとんどかと思いますが、実際もまさにその通り。ただし、その恩恵に預かれるのは国民のみ。国民のみと聞いてもそんなの当り前と感じることと思いますが、例えばUAEは人口のうち国民はわずか13%。カタールも大体15%程です。人口の大半はインドやフィリピンからの出稼ぎ労働者が占めています。アラビア湾岸諸国では、国民は自国にいながら少数派というおもしろい現象が起きています。私たちのガイドさんやドライバーさんもパキスタン人・バングラデシュ人・インド人の方がほとんどでした。道を歩いても観光地を散策しても国民にはなかなかお目にかかれません。

では、カタール国民の優遇され具合をいくつかご紹介します。

1. 道路はカタール国民専用レーンがある?!

2. 教育は大学まで無償。海外へ留学する場合もなんと国が全額負担!

3. 大学卒業後は土地と家が与えられる!(家というよりはお城級の豪邸です!)

4. 就職は新卒にもかかわらず管理職ポストを与えられる!(国民がつきたがらない仕事はすべて出稼ぎ労働者たちが担っています)

1の国民専用レーンを走る車は高級車ばかり。ナンバーを見てみると5桁・4桁・なかには3桁ナンバーも。ここカタールでは桁数が少ないほどにお金持ちの証なんだとか。1億円を支払ってまで3桁ナンバーを手に入れる人もいるほど、ナンバーはステータスとなっています。ちなみに1桁・2桁は王族ナンバーなので街中ではほとんど見かけることはありません。実のところ、国民専用レーンは存在しません。しかし、カタール人と外国人労働者が交通事故を起こした場合、カタール人に落ち度があってもかなりの確率で外国人労働者が罪を負うことになります。なので3桁ナンバーや、ドライバーがカタールの伝統衣装を着ている場合は自然と隣のレーンによけるため、実質上国民専用レーンが出来上がったそう。

この国民の優遇さっれぷりには驚きの連続ですが、ネットでは外国人労働者が暴露したカタールに対しての悪口はほとんどみかけません。なぜならカタール政府の厳しい検閲があり、悪口を書いたとなると即刻国外退去になることもあるから。なんだかカタールの実態が少し見えてきたような気がしました。

カタールをはじめアラビア湾岸諸国(今回訪れた5か国に加えサウジアラビアを含め6か国)はたった70年前の石油発掘前は遊牧民がヒツジやヤギを飼い、漁師が真珠採取で生計を立てていた貧しい国でした。

それが今ではオイルマネーを資本に超高層ビルが乱立する大都市へ、目覚ましい発展を続けています。しかし石油は限りあるものです。場所によってはあと数十年で石油が枯渇すると言われています。いつまでも石油資源に頼りっぱなしではいつか立ち行かなくなってしまいます。今は6か国とも同じように成長していますが、次なる手を打たなければ数十年後は明暗を分けるようなことになっているかもしれません。10年後に国の変化を確認しに再訪したいなぁと思いました。(岡山)

ユーラシア旅行社で行くアラビアツアー

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2016年12月25日 (日)

南チロルのクリスマスマーケットへ!(南チロルってどのあたりかわかりますか?)

12月10日発「南チロルのクリスマスと美しきトリノの休日8日間」のツアーに行ってきました。

ボルツァーノのクリスマスマーケット

今回訪問した南チロルの地域とは、北イタリア・ヴェローナの北へ約100kmに位置するトレントとそのトレントから北へ約66kmに位置するメラーノ、そしてメラーノから南東約25kmに位置するボルツァーノ。現在でもイタリアの北にはオーストリアが接しています。かつて歴史上、南チロルの地域はドイツ・オーストリアと密接な関係があったことから現在でもドイツ・オーストリアの文化が根付き、ボルツァーノ、メラーノではドイツ語を話せる人が多い地域。
ドイツの文化が残ることから食べ物のマーケットには、ドイツのクリスマスマーケットのようにソーセージやプレッツェルを売るお店も見かけましたが、この地域ならではの食べ物も売るお店も目につきました。まずはポレンタ(トウモロコシの粉を煮たもの)。ソーセージやグヤーシュのような味の濃い煮込み料理のごはん代わりのように添えられたプレートは何ともボリュームがあり美味しそうでした。

ホットアルコール&ノンアルコールドリンク

またボルツァーノの南にあるアディジェ渓谷はリンゴの一大栽培地。それゆえにホットアップルジュースにシナモンなどの香辛料が加えられた(お店によっては香辛料が入っていない)ノンアルコールホットジュースもありました。もちろんホットワインもありますが、アルコールが飲めない方も、地域ならではのノンアルコールの暖かい飲み物があるのは嬉しいですね。日本の縁日で見かけるようなリンゴ飴やリンゴのチョコレートがけなんていうものもありました。そしてクネーデル(ドイツではダンプリングと呼ばれるもの)。ホウレンソウやチーズ、お肉など様々なものを練りこんだクネーデルをスープ入りで食べるとほくほくもちもち暖かく、寒かった体もあっという間にほっかほかに。ほかにももちろんイタリアですから、窯焼きピザの屋台もあり、あつあつ出来立ての一切れサイズのピザも畜産が盛んな地域のお肉やチーズでできているので絶品でした。食べ物以外では牧畜が盛んなことからかフェルトでできた温かみのある手作りクリスマス飾りや山岳地域ならではのものでは、木工製品や蜜蝋も多く見かけました。イタリアらしさではガラス細工の商品も。

様々な味付けのクネーデル

南チロルのクリスマスマーケットの規模は本場ドイツに比べてしまえば小さく、クリスマスマーケットの歴史も浅い地域ですが、その地域ならではのご当地グルメや特産品を目にし食べられ、南チロルならではのクリスマスマーケットを楽しむことができました。

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2016年12月24日 (土)

南チロル・フィエンメ渓谷でパイプオルガンコンサート♪~オルガニスト吉田愛さん~(イタリア)

12月10日発「南チロルのクリスマスと美しきトリノの休日8日間」のツアーに行って参りました。今回北イタリア・ドロミテ街道の西端にあるボルツァーノから南東にフィエンメ渓谷があり、そこにある小さな村々を巡ってきました。
この渓谷では、ノルディックスキーの国際大会が開かれる場所として有名。さらに周辺の山からの木材が楽器作りの材料となることから、ピアノ工房、オルガン工房、バイオリン工房があります。
この渓谷を訪れたのは、ツアーの大きな目的のひとつ、渓谷にある村にお住いの日本人オルガニスト吉田愛さんによるパイプオルガン演奏を聴くためでした。カヴァレーゼ村の聖母被昇天教会を特別に開けてもらい、バロック時代に制作されたパイプオルガンの部品を20%ほど取り込んで修復されたパイプオルガンを使用しての演奏。贅沢なことに、私たちグループだけの貸切演奏会となりました!そのオルガンからは重厚な音色が教会中に響き渡りました。低音、高音と多彩な音色が重なり合い、先に飛び出した音が教会内に響きながら残る中、新たに生み出された音が混ざり合う特殊な空間でのパイプオルガンの演奏を聴けたことは感慨深いものでした。演奏後は、パイプオルガンを目の前にして吉田さんよりパイプオルガンについてのお話をしてもらいました。

聖母被昇天教会のパイプオルガン

その後、テッセロ(テゼロ)村に移動しパイプオルガン制作工房も訪問。制作中のパイプオルガンを見ることができました。パイプオルガンというと教会の西側や側面にバーーーンと存在感のある大きいものをイメージしますが、個人宅用のパイプオルガンというのもあることを、この度の見学で知りました。

制作途中のパイプオルガン4

今回、制作途中の個人宅用パイプオルガンを見ることができました。完成したパイプオルガンを運ぶ際には、一度ばらしてから運び、現地で組み立てなおすとのこと。そしてちゃんと音が出るかまでを工房の人が確認することなど説明を受けました。小さなパイプから大きなパイプ、手作業で美しく削られた様々な部品。これらが長い歳月かけ人の細やかな手作業で仕上がっていくことを、実際に目にして改めて感動しました。
その後、テッセロ(テゼロ)村にて、村中のあちこちに飾られたプレゼピオを探しながら村の建物の合間を縫う楽しい散策をしました。民家の窓や薪を積んでいる場所などさりげないところにもプレゼピオがあり、発見したときには思わずほっこりした気持ちに。小さなものから実物大(以上?)のプレゼピオもあり、プレゼピオ協会があるほどのテッセロ(テゼロ)村全体で気合が籠った作品の数々は非常に見応えがありました。村自体も中世の洗濯場や細い路地、味わいのある古びた山小屋風の民家など趣がありました。

テッセロ村のプレゼピオ

音楽、自然、食などなどフィエンメ渓谷を五感で満喫した充実の一日となりました。
♪♪♪吉田愛さんのドロミテ暮らしとパイプオルガンについてのブログはこちら♪♪♪
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2016年12月22日 (木)

スーダンもナイルの賜物!

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先日「ゆったりスーダン周遊 9日間」のツアーから帰国しました。あまり観光地としては知られていないスーダン、内戦や貧しいといったマイナスのイメージを持っている方がほとんどでないでしょうか。実際現地へ行ってみるとそんなことは感じさせない活気のある町と、人々の笑顔が溢れる国でした。また、首都ハルツーム以北の砂漠地帯には紀元前2000年頃からの貴重な遺跡がたくさん残っています。ハルツームでは青ナイルと白ナイルが合流し、エジプトまで流れ込むナイル川があり、古代にはナイル川沿いに文明が栄えました。紀元前2000年、古代エジプト王朝が栄えていたころ、同じナイル川沿いのスーダンにもクシュ王国が栄えていました。歴代の王の中にはブラックファラオと呼ばれる、エジプトをも支配した王が存在したのです。70年もの間スーダン、エジプトと大きな領土を持っていました。その為スーダンにはエジプト式のピラミッドや神殿が数多く残り、ピラミッドの数としてはエジプトの2倍以上!遺跡好きの方にはぜひ行って頂きたい国のひとつです。今回のツアーではスーダンに残る多数の遺跡を訪問しました。不毛な砂漠の地に見えてくる遺跡や神殿群を見ると気分はインディ・ジョーンズ!観光客は私達だけで遺跡を独り占めできました。

スーダンの遺跡は内戦が多かったという歴史的背景や政府予算の関係で、遺跡の修復が進んでいません。砂漠の厳しい環境から、修復を始めても途中で投げ出してしまうことが多いようです。その為たくさんの遺跡が半分砂漠の中にあったり、風化しているという現状。しかしながら、そういった未開発の遺跡の雰囲気がさらに冒険心をかきたてます。スーダンの有名な遺跡はメロエのピラミッド。世界遺産にも登録されており、一世紀以降の王の墓が100基ほどあるといわれています。スーダンのピラミッドはエジプトのピラミッドに比べ先が尖っていて小さなものが多いのが特徴。複数のピラミッドが連なっている風景は圧巻です。夕日が沈むまで滞在し、美しい夕暮れの景色も見ることが出来ました。現在、100基中全てのピラミッドが見つかっている訳ではなく、未だ砂漠の下に埋まっているものもあるかもしれないと、ガイド談。政府の予算が観光に充てられ、本格的に修復・発掘されると世紀の大発見が起こるかもしれない、なんともロマンのある地でもありました。(杉林)

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2016年12月21日 (水)

成田~プノンペン全日空直行便就航でカンボジアがより近くに!

先日、「アンコール遺跡を極める旅9日間」より帰国致しました。
アンコール王朝繁栄時代に作られた王道に位置する遺跡を巡り、あまり訪れる機会のないサンポール・プレイクックや大プリヤカーンまで訪れました。

サンポール・プレイクックは、7世紀から9世紀初頭にかけてアンコール王朝以前にカンボジアを治めていた「真臘(チェンラ)」の首都でした。プノンペン国立博物館に展示されているハリハラ神(シヴァ神とヴィシュヌ神の合体神)とドゥルガー女神(シヴァ神の妻)などの見事な像は、この遺跡から出土されました。

大プリヤカーンは、13世紀頃にアンコールワットを建設したスールヤバルマン1世と、アンコール・トムを建設したジャヤバルマン7世のアンコール王朝二大スターによって建てられました。あまり修復が進んでいないのでの荒れた姿ですが、アンコールワットの5倍もの大きさから当時の繁栄を感じることができます。

大プリアカーン

そして、ツアー中はアンコール遺跡の拠点シェムリアップだけでなく、カンボジアの首都プノンペンの魅力も味わえます。今年9月1日に成田-プノンペン間で記念すべき全日空直行便が就航したことで、日本とカンボジアの距離が今まで以上にぐっと近付きました。
プノンペンでは、ベトナムに引けを取らないバイクの数、国道にかかる橋やイオンモール2号店の建設、高層ビルなど、活気あふれるカンボジアの姿をたくさん見ることができます。
ツアーで訪れるセントラル・マーケットは、名前の通りプノンペンの中心にあり、食料品から雑貨、家電製品、貴金属となんでも売っている市場です。ここでは、日本では滅多に見ることのできないイナゴやクモ、タガメのスナックが売られています。現地の方は、熱心にイナゴの大きさなどの質を見極め購入していました。私も勇気を出し、ガイドさんが購入したクモの素揚げにチャレンジ。カリっと香ばしく、にんにくが効いた美味しいスナックでした。もし現地に住んだら、好物のひとつになること間違いありません。

セントラルマーケット

このような、日本人にとって貴重な経験ができるのも、プノンペン観光の魅力。アンコール遺跡の観光以外でも、スリリングな冒険気分を味わうことができました。

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2016年12月20日 (火)

シチリア島アグリジェントで変わったヤギに遭遇(イタリア)

先日「アマルフィに連泊!南イタリア・シチリア紀行 10日間」より帰国致しました。
今回のツアーでは南イタリアとシチリア島の主要都市を巡るハイライトツアー、
その上、絶景で有名な青の洞窟にまで入ることができ、見どころ満載の10日間でした。
そんな中で、今回お客様たちの目線を集めたのは、なんとヤギです。

 そのヤギがいたのはシチリア島、神殿の谷で有名なアグリジェント。
神殿の谷でアーモンドの木やオリーブの木など見ながら、道を進むと変わったヤギを発見。
顔は普通のヤギなのですが、ふわっふわの長い毛を身にまとい、
強そうだけれどぐるぐる巻きで可愛らしい角が特徴です。

ジルジェンターナ

 

このヤギはジルジェンターナという種です。
ジルジェンターナとはアグリジェントの昔の地名で、この名の通り、アグリジェントの固有種です。
ガイドさんによれば、昔はとてもたくさんいたが、今は数がどんどん減って来ていて
なんと500頭ほどしかいない絶滅危惧種とのこと。
そしてそのほとんどを、アグリジェントの神殿の谷で保護しているとのことでした。
見たことのないヤギにカメラを向けていると、
向こうは慣れたように木で角を磨いたり、ポーズを取ったりアイドルさながら。

私たちもその姿に大盛り上がり。
今回は野原で休む沢山のジルジェンターナを見ることができましたが、
見られない日は人が通る道まで全く出てこないそう。
個体数が少ないうえ、1頭から取れる乳が少ないこのヤギから作るチーズには限りがあるが
とても美味と聞き、いつかは味わいたいと心に決めたのでした。(竜崎)

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2016年12月16日 (金)

少数民族のルーツを求めて、“少数民族街道”を往く(中国雲南省・ベトナム)

先日、「雲南・北部ベトナム少数民族街道 10日間」の添乗より帰国致しました。
このツアーでは中国・雲南省とベトナム北部サパの両国にまたがる少数民族の村々や彼らの日常生活には欠かせない市場を訪ねました。藍に染まった水が流れるベトナム・黒モン族の村や中国・ハニ族が作り上げた絶景で話題の元陽の棚田など、のどかな田園地帯を楽しみながらのんびり散策をしました。

中国とベトナムには、両国それぞれ約54もの少数民族が生活しています。各々の民族ごとに独自の文化や習慣があり、その多種多様な生き様に触れることができました。
しかし、雲南省の少数民族・ベトナムの少数民族と住んでいる地域、つまり国籍も今では異なりますが、ルーツがまったく同じ民族もいます。例えば、ベトナム北部に住む「赤ザオ族」。非常に商売気質の強い彼らは赤い頭巾がポイントです。ふくらみがある頭巾が正装ですが、簡易頭巾も今では主流です。

赤ザオ族

一方、中国・雲南省の金平郊外の太陽寨に住む「紅頭ヤオ族」。名前からしてあれ?と気づかれた方もいらっしゃるかと思いますが、この2つの民族は実は同じ民族なのです。彼らはまるでサンタクロースのような赤いとんがり帽子(頭巾)を被っています。また、両民族とも結婚すると眉毛を剃るという習慣があります。その他にも、お食事の味付けは中華風、主産業は農耕生活というように民族や住む場所は違えど、両国に“国境”はないようでした。

紅頭ヤオ族

彼らとの交流もまた少数民族ツアーならではの楽しみです。ベトナムの赤ザオ族がたくさん住む、ターフィン村を訪れると、バスが停まるなり、赤ザオ族たちがお出迎え。その様子に驚きましたが、村の散策中もずっと隣で話しかけてきて(フランス植民地時代からの観光地のため、英語もある程度ペラペラです)、まるで赤ザオ族の人たちとお散歩しているような気分になりました。

また、出会う人、出会う人、彼らが身に纏う民族衣装の刺繍には終始、魅了され続けました。もちろん、民族によってその刺繍の施し方、模様、色使いは異なるので、伝統的な刺繍や染め物の技術とデザインは、母から娘へ受け継がれるそうです。
民族衣装を着ているとかさばるため生活しにくいという理由から、村の行事や冠婚葬祭の時にしか着用しない人も増えてきていることも事実です。しかし、娘の嫁入り道具としての花嫁衣裳の刺繍を縫うという伝統は今も受け継がれています。
道端で、あるいは野菜を市場で売りながらその片手間に、一針ずつ想いを込めながら、針をすすめるその姿に心を打たれました。

少数民族のルーツを辿りながら、人々の温かさに触れる旅となりました。(角田)

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2016年12月15日 (木)

より幻想的に見えた青の街、雨のシャウエン(モロッコ)

シャウエン

 先日、「青の街シャウエンとモロッコ周遊9日間」のツアーから帰国しました。意外かもしれませんが、モロッコは日本とほぼ同じ緯度に位置しています。中央に連なるアトラス山脈を境に、北は対岸にスペインがある地中海気候、南側がサハラに面する砂漠気候になっています。

さて、皆様は先日、日本に寒波が訪れ、11月なのに東京に雪が降った日を覚えていらっしゃいますでしょうか。実はその日、遥か北アフリカのモロッコでも寒波が到来しておりました。ツアー前半は暑いくらいの雲一つない好天でしたが、後半、アトラス山脈の標高2000m以上のところでは大雪。除雪車も作動していたそう。幸い、私たちは直前に山脈越えをしていたため足止めを食うことはありませんでしたが、お天気は少しどんより。シャウエンも残念ながら小ぶりの雨に見舞われました。

シャウエンはリーフ山脈に囲まれた、ベルベル語で「角」という意味の街です。これは街を挟むように聳える二つの山、メッグ山(標高1616m)とティシュカ山(標高2050m)がヤギの角のように見えることから名づけられました。この街の特徴といえば、家も青、ホテルも青、タクシーも青で塗られた青の街であること。青く塗られている理由は諸説ありますが、今回のガイドさん曰く、周りが緑に囲まれて虫が多いため、虫よけのために青く塗ったことが始まりだそう。いつしか青はこの街のシンボルとなったため、今ではどこもかしこも青で塗られるようになったとか。    
 朝、ホテルのロビーに集合し、早速バスで旧市街へ。メインゲート・アイン門でバスを降りると、カメラを首からぶら下げ、傘を差してシャウエン散策に出かけます。濡れた壁がより青い色を際立たせおり、これには全員感動!お客様の「雨のおかげで、青がより濃くなって綺麗!逆にラッキーだったかも!」というお言葉に私もほっと一息。途中から雨も止み、ふと顔を上げると、奥に見えるリーフ山脈の頂上には雪が積もっていました。暑いイメージのあるアフリカで見る青い街や白い雪はどこか不思議な感覚で、別世界に来たようでした。また、雨ならではの楽しみ方もあることを実感し、とても印象的な街でした。(日裏)

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2016年12月14日 (水)

まさに奇想天外!?2000年以上も生きるご長寿植物ウェルウィッチア(ナミビア)

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先日、「ナミブ砂漠と星空ハイライト8日間」のツアーより帰国致しました。
アフリカの南部に位置するナミビアには世界最古とされるアプリコット色のナミブ砂漠があります。2013年には世界遺産になったことから、海外からの観光客が増え、今注目の観光地となっています。ただし、今やその魅力は砂漠だけではありません。太古の昔、大陸が移動する前はナミビアに南極点があった為、ナミビアには今でもマグマが固まってできた地形や氷河時代の末期に起こった洪水の跡がしっかりと残っています。ナミビアの大地が織り成す景観もまたナミビア観光の楽しみの一つです。また、空気が非常に澄んでいることから、世界でも有数の星空の観賞地になっています。夕食後にロッジの外に出て眺めた星空は素晴らしいものでした。

ツアーの後半、私たちはナミビアの特殊な環境下に生きる固有種ウェルウィッチアを見学しました。ウェルウィッチアは大きいもので2000年以上生きるといわれています。和名は「サバクオモト」、園芸名は「奇想天外」。写真のウェルウィッチアは800歳くらいですが、葉が一年に1センチしか伸びないことを考えると、とっても長生きなのがなんとなく実感できます。

ウェルウィッチアは裸子植物と被子植物の特徴をそれぞれに持っています。大体20歳くらいから雌株、雄株に分かれ、花粉を飛ばし受粉し、翼のある種子を飛ばします。親から十分に離れることができた種はそこで根をおろし、成長。葉はいくつにも分かれているように見えますが、もともとは2枚の葉。風などの影響で裂けてしまう為、数が多くなります。15歳くらいの「赤ちゃんウェルウィッチア」は小さいきれいな双葉。ゆっくりゆっくり育っていきます。

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砂漠の不毛な土地で彼らはどうやって水を得ているのでしょうか。まず一つには地下水脈が挙げられます。地下に流れる水脈をめざし、3~4メートル、最長10メートル程、根を伸ばします。そして、また、葉には1センチ平方メートルにおおよそ80の気孔があり、水分を調達。ナミブ砂漠では霧が発生する為、その僅かな水分も逃さない造りになっています。過酷な環境で工夫を凝らし、必死に生きる強い生命力にびっくりでした。(長田)

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2016年12月13日 (火)

パプアニューギニアで最も美しい!マプリックのシンシンとハウスタンバラン

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先日、「パプアニューギニア大周遊8日間」のツアーより帰国致しました。「世界で一番石器時代に近い国」と称されるパプアニューギニアは驚きに溢れる国でした。
パプアニューギニアで忘れてはいけないのがシンシンショー。「シンシン」とは英語の「SING(歌う)」からできたピジン語で、現地の民族舞踊です。800以上の部族が住むといわれるパプアニューギニアでは、部族ごとにシンシンがあり、お祝い事のときなどに行われます。セピック州のマプリックには、ハウスタンバラン(精霊の家)と呼ばれる建物があり、そのハウスタンバランの前で行われるマプリックのシンシンショーはパプアニューギニアで一番美しいと言われており、今回のツアーのハイライトでもありました。

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本来、ハウスタンバランは通過儀礼を行う神聖な場所であり、通過儀礼を受けた成人男性しか入ることが許されていないのですが、特別に、内部を見学させてもらいました。裏口から内部へ進むと、化粧を施した男性たちが激しく太鼓をたたき、足を踏み鳴らしています。迫力あるパフォーマンスに、室内は熱気で満ちていて、薄暗く、狭い密閉空間にいると、異空間へといざなわれるようでした。
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さらに奥の小さな部屋には「チーフ」と呼ばれる精霊の人形が祀られ、両脇には精霊に扮した子供が目をつぶり、ゆっくりと足踏みをしていました。神聖な雰囲気に思わず息をのみました。通過儀礼を受けた男の子たちは、この中で部族の伝統や信仰など学んでいくのだそうです。
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その後、ハウスタンバランの前では、鮮やかな化粧を施した老若男女が総出となってシンシンを披露してくれました。6歳前後の子供たちも大人と同じように化粧を施し、堂々とシンシンに参加している姿はとても印象的でした。彼らは学校にもきちんと通い、それ以外は部族の伝統を親や祖父母から学ぶのだそうです。まだまだ発展途上の国ではありますが、近代文明が急速に押し寄せ、生活にも変化が訪れているなか、パプアニューギニアでは伝統を守りながら暮らしている様子を垣間見ることができました。(市川)

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2016年12月 9日 (金)

世界一過酷な地、ダナキル砂漠の絶景ダロール火山

 この度、「ダナキル砂漠、エルタ・アレ火山とエチオピア絶景紀行」より帰国しました。
 最近の絶景ブームで耳にした事があるでしょうか?ダナキルはエチオピアの北東部、エリトリアとの国境近くにある砂漠地帯です。
 まずは、エチオピア首都アディスアベバから飛行機で1時間、北部の中心都市、標高2000mの高原都市メケレへと向かいます。そこから4WDに乗ってくねくね山道を走り、地球の割れ目、大地溝帯の中にあるダナキル砂漠へとぐんぐん下ってゆきます。標高差は約2000m。たった3時間の移動で、肌寒い高原の朝から灼熱砂漠へと変わります。

ダロール

 到着したのはアフメッド・エラ。周りには何もない土漠地帯に、木を組み合わせて作った隙間だらけの小屋が点在するキャンプサイトです。
 「今日はここでテント泊だ!」と、4WDのドアを開けると埃と一緒にムワっと熱い空気が入ってきました。午前10時の時点で32℃。汗がじんわりとにじんできます。
 これから行くダロール地区は日陰もない灼熱の砂漠地帯。照りつける太陽の光に目を細め、頭からかけたタオルで日陰を作り、水を持っていよいよダロールに挑みます。

ダロール

 ダロール地区での見学は塩の採掘場や硫黄泉、塩の奇岩群など。移動には4WDを利用するので歩くのはほんの少しのはず、、、ですが、少し外に出ただけなのに暑さで溶けそうになりました。周りには建物も木も何も無く、ちゃんとした道や標識ももちろんありません。もしこんな所で一人になったら、、、と思ったらちょっと怖くなりました。頑丈な4WDや現地に精通したスタッフの存在に感謝の気持ちでいっぱいです。
 4WDは、時々現れる枯れ木やサボテンをよけながら、土埃を巻き上げて走ります。すると、突然周辺の土地が赤茶色に変わりました。いよいよ「ダロール火山」に到着です。
 「その丘の上だよ」とガイドに言われ、みんな暑さも忘れて足早に登って行きました。
「すごぉ~い!」「綺麗!!」「きゃー!!」。頂上に到着した人から次々と感動の声があがります。ここって本当に地球?と思ってしまいます。ここ以外のどこでも見たことのない景色でまさに絶景です。 まるで新しい惑星に来たかのようでした。

ダロール

 ダロール火山はとにかくカラフル。大きなマッシュルームのようなクリーム色の石、小さい花のように固まった黄色い石。白い部分からはポコポコとお湯が沸き、この世の物とは思えない緑色の水たまりが無数にあります。赤茶色の石の塊の上を歩くとベコンと変な音がします。歩けば歩くほど未知の世界に入りこんでいきます。
 どこからどう見ても本当に不思議な景色ですが、ふとした瞬間に硫黄の匂いを感じてここは火山なんだと実感しました。
 夕方はアサレ湖でキャラバン隊に遭遇、夜はテントで星空を眺めてから眠りにつきました。翌日のエルタ・アレ火山もものすごい迫力で、とにかく絶景続き、感動いっぱいの旅でした。(関根)

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2016年12月 8日 (木)

感動のトンガリロ・クロッシング(ニュージーランド)

トンガリロ・クロッシング

先日、春限定「春のニュージーランド絶景ハイキング紀行~南北三大国立公園を歩く~ 13日間」のツアーより帰国しました。今回のツアーでは、南島、北島ともに訪れ、南ではルートバーントラックやミルフォードトラックの一部を。マウントクックリリーがきれいなマウントクック国立公園をフッカー氷河まで。また、ルピナスがちょうど見頃なテカポ湖畔を歩いてみたり。。。雨の降る日もありましたが緑豊かなニュージーランドを色々な植物の案内を聞きながら楽しむことが出来ました。そんな中で一番の興奮は何と言ってもツアーのハイライト、ニュージーランドのトレッキングコースの中でも人気の高いトンガリロ・クロッシングでした。
マウントクックリリー
ニュージーランドで最初の国立公園でもあるトンガリロ国立公園は北島の環太平洋火山地帯の最南端に位置し、ルアぺフ山、ナウルホエ山、トンガリロ山の3つの活火山3兄弟を中心に、南島に見られるような緑に包まれた癒しの景色とは異なり赤茶けた荒々しい大地が広がり、すさまじいその息吹さえも聞こえてきそうな雰囲気です。約18.5キロを縦走。雨続きだった天気予報も当日は曇りのち晴れ予定。都合良く信じたり信じなかったりの天気予報ですが明日は信じる!!強く念じながら翌朝目覚めると・・・「おやっ?」今にも泣きだしそうな空。スタート地点までのバスでは早くもフロントガラスが雨に濡れていました。そんなぁ~(涙)心で叫びながらそれでも晴れることを信じて元気よく出発。緩やかに登りながらナウルホエ山とトンガリロ山の間を抜けて行きましたが一体、山はどこ?真っ白な霧に覆われた私たち。山は見えなくても周辺の噴火の際の軽石や溶岩の流れた跡などTHE・火山地帯とも言うべき景色が広がります。その後どんどんと急勾配の道を行きます。
絶景目指してハイキング
何やらだんだん怪しい風?!大きな石の麓で少し待つも風がやむ様子はなし。風速何メートル?台風なんて目じゃない程の強風に手と手を取り合いながら、互いのリュックを掴みながら最高地点であるレッドクレーターに到着。蒸気が立ちのぼり硫黄の匂いがほんのり。ですが、この立っているのがやっとの状態で長居は無用。更に先に足を前に進めると。不思議とふっと風がやんだと思ったら雲の隙間から青空がきらり。真下を見ると何とも美しく輝くエメラルドレイクが飛び込んできました。まさに奇跡のような瞬間。あの雲は、あの風はどこへいったの?頑張ってここまで歩いたご褒美なのでしょうか、決して他では見ることのない絶景が広がっていました。
エメラルドレイク
美しい景色が最高のおかずとなってお弁当を食したらその後はトンガリロのいろは坂。九十九折の道。タウポ湖等絶景を見ながらひたすら下ると・・・。全員、でゴーーール!!
ビールとワインとコーラで乾杯♪トンガリロ・クロッシングを無事歩ききったあとの最高の瞬間でした。(岩間)

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2016年12月 7日 (水)

世界に名だたる青島ビールの本場へ!(中国山東省)

青島ビール工場

先日、ユーラシア旅行社の「山東省の世界遺産、泰山と孔子の故郷・曲阜、魅惑の青島 7日間」のツアーより帰国致しました。
山東省の玄関口といえば青島で、成田空港からも直行便が出ており、往路は約3時間半、復路は3時間弱と国内旅行感覚で身近に訪れることができます。その青島と聞いて、ほとんどの人が連想するのがおそらく「青島ビール」だと思いますが、今回のツアーでは青島ビール工場内に造られた青島ビール博物館を訪問しました。
そもそも青島は、1898年にドイツの租借地となり、1903年にドイツ人投資家によりビール工場が設立されました。その後工場の経営権は1919年に日本へ、1945年に中国へと引き継がれていき、青島ビールは世界に名だたるビールブランドを確立していきました。ちなみに先述の博物館は工場設立100周年を記念して建てられたものです。
博物館に入ると、青島ビールの歴史はもちろんのこと、各時代の製造機器、ボトルやラベル、当時の人々が使った生活物資、青島ビールや世界のビールのラインナップなどの展示、そして昔と今の現在の製造工程を見学しました。
そしてお待ちかねのビールの試飲タイム。まずコップ一杯に注がれたわずかに濁ったビールが運ばれてきましたが、これは工場でしか飲むことのできない無濾過ビール。お客様の飲んだ感想は実に濃厚とのこと。そして最後にビヤホールさながらの大きな部屋へ移動し、飲み放題タイム!ピッチャーに入れられたできたてほやほやの生ビールを自分のコップに注ぎ、思う存分楽しんでいただきました。そして併設の売店に売られていた瓶入りの黒ビールも珍しかったので味見していただきました。皆様の感想は期待以上の味だったとか。

また最近では青島に限らず、中国各地で青島ビールを飲むことができます。中国一のブランド力は伊達ではなく、四川、広東、北京、上海のどの料理にも合うこと間違いありませんので、ぜひお試しください。(斉藤信)

青島ビール

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2016年12月 6日 (火)

巨石と共に暮らす、モンサント(ポルトガル)

先日ポルトガル12日間の添乗より帰国致しました。

今回の旅では、ポルトガルの主要な街だけでなくあまり訪れる機会のない小さな村まで足を伸ばしました。その中でも特に印象的な村が〝モンサント″でした。

その村は標高約750mの所にあり、人口は約800人で赤い屋根と巨大な花崗岩が特徴的です。1936年に「最もポルトガルらしい村」に選ばれました。この村の周辺には地中のマグマが雨で冷やされて、後に地上に出てきた岩が大小ゴロゴロ転がっています。この村に住む人々はこの岩をそのまま屋根や壁に取り込むことによって夏50℃近くなる暑さを凌いでいます。

バスで村の入り口にある駐車場まで進み道が狭くなるためそこからは徒歩。駐車場でバスを下りるとそこは展望台になっていて、さっそく周辺の街や岩が転がっている絶景を見ることが出来ました。

モンサント

その後昼食レストランまで村の中の坂を上りました。人口が少ないので村はとても静かですが、時折出会う村の人々は気軽にボン・ディア!と現地の言葉で挨拶してくれます。その村人の犬が途中から我々の先頭を歩いてくれました。レストランに到着するとレストランの前でこちらを振り返りお座りをしたので、まるでレストランまで道案内してくれたかのようでとても印象的でした。村の奥のほうに進むと巨石が家の一部になっている光景が見えました。他では見ることが出来ない光景と予想以上の岩の大きさはカメラのシャッターを押す手が止まらない程感動的でした。小さな村ではありますが、またもう一度訪れてみたいなと思う印象的な村になりました。(山下)

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2016年12月 2日 (金)

琵琶湖周辺と若狭の仏さまを訪ねて(滋賀、福井)

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先日、「近江・若狭路 珠玉の仏像めぐり3日間」の添乗より戻りました。まず、今回訪れた場所は、どこかというと、近江の国といえば、そう!滋賀県の琵琶湖周辺。そして若狭とは、かつて日本海の新鮮な海産物を京の都へと運ぶ重要な拠点となった福井県の小浜市周辺です。小浜は古来より大陸からの文化仏教伝来の玄関口であり、近江、京へと繋がっていたことから、この地域には、無数の寺院が今もひっそりと建ち並んでいます。また、琵琶湖周辺では、8世紀に奈良の東大寺から工人たちが工房を築いたことから、仏像がたくさん作られる基盤が出来上がりました。

訪れた11月半ばは紅葉も始まり、穏やかな秋空に恵まれました。旅のスタートは滋賀県大津市にある石山寺から。この寺の創建時に東大寺から多くの工人が招かれたといわれています。今回は、33年に一度という御開扉で、本尊の如意輪観世音菩薩、そして初代本尊の塑像断片、胎内佛像も拝観しました。厳かに、ひっそりと佇むお姿にはただただ圧倒され、言葉も出ませんでした。

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そして、いよいよ、2日目は小浜の寺院めぐりです。人口約3万の小浜市、いずれのお寺も木立に囲まれた静かな場所に建っており、喧噪とはかけ離れた世界で、仏像を見学することができました。国指定の重要文化財であるこれらの仏像の数々を間近で拝観できたこと、ほぼ私たちのグループだけで静かに見学できたことが、一層、仏像との距離を近くに感じさせてくれました。また、美術的にもその美しさ、技術の高さにも見惚れました。どの仏像が、どうだ、こうだ、とは言い切れませんが、妙楽時の千手観音菩薩立像は圧巻です。崇高な雰囲気の立ち姿にマッチ棒程の物も含め本当に千の手が残っています。信仰の対象である大切な仏像は、その多くが写真撮影が禁止されているので、個人個人、目と心に焼き付けました。最終日は琵琶湖北部の小さなお堂や寺へ。地域の人々が代々守っている仏像が多く、その守り人の方にお話しを伺いました。戦国時代、戦火から村人により守られ今に伝わっているというお話や、今もその村で担当者を決めて大事にされている事を知りました。

今回はたくさんの観音様に出会いました。観世音菩薩とは、多くの世の人の話を聞き、悟りの世界と人間の世界の架け橋となってくれる存在だそうです。今から一千年も前の平安時代からこれらの仏像はどれ程の人々の想いを受け止めてきたのか。様々な思いを巡らせます。今まで、全く知らなかった日本のそんな、歴史、宗教文化の一面に触れることができた旅でした。(帯津)

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2016年12月 1日 (木)

魔法の一滴バルサミコ酢!と優雅で繊細な味わいのスプマンテのコントラット!(イタリア)

先日,「北イタリア美食街道」のツアーより帰国致しました。イタリアの食の宝庫と言われる のエミリア・ロマーニャ、リグーリア、ピエモンテの各州を訪ね、特産品の製造工程の見学、試飲をしたり、料理も頂き北イタリアの食を堪能して参りました。

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パルマの生ハムを始め、パルミジャーノ・レッジャーノやジェノバのジェノベーゼ、アルバのトリュフ、トリノのチョコレート、ジャンドゥオッティ、バローロワイン等、数え切れない程の名物を食してきました。 その中でも、美食ツアーならではの「バルサミコ酢醸造所」と、スプマンテのワイナリー「コントラット」をご紹介致します。

バルサミコ酢は、エミリア・ロマーニャ州のモデナという町の特産品で、イタリア原産のぶどうの濃縮果汁を熟成して製造されるお酢です。まだまだ、日本人には馴染みが薄いかもしれませんが、イタリアの各家庭では欠かせない調味料の一つで必ず置いてあります。日本で言う醤油のような存在と言えるでしょう。サラダは勿論のこと、魚や肉料理、更にはアイス等のスイーツにまでと、幅広く使える非常に便利な調味料です。一滴かけるだけで、料理にコクや旨味が出て、極上の一品へと導いてくれます。

バルサミコ酢の醸造所では、熟成されている屋根裏部屋を見学します。部屋に入ると、酢独特のツーンとする香りが鼻をつきます。ですが、通常の酢の匂いとは異なり、酢とワインと木樽の香りが混ざった豊かな香りです。様々な木製樽で長期間に渡り熟成されるのですが、長い物だと50年~100年の物まであるのです。 その後、いよいよ試飲です!試飲させて頂いた物は2年物から25年までと様々ですが、「これが、バルサミコ酢!?」と思う程の濃厚具合なのです。まるでソースやシロップのような。。どれもとても香り高くコクがあります。皆様も感嘆の声を上げながら、しばしバルサミコ酢を味わっていました。バルサミコを一口口に含むと、何とも言えないまろやかで奥深~い味わいが口の中に広がります。どのお料理に使おうかしら~?とあれこれ想像を膨らませ盛り上がりました。これがあれば、プロ顔負けの料理の味が出せるのだろうなぁ。。と、頭をよぎったのも私だけではないでしょう。

そして、「コントラット」では「スプマンテ」のセラー見学です。 2_3

イタリアのスパークリングワインと言うと「スプマンテ」になります。「コントラット社」は歴史も古く19世紀の創業です。当初は赤ワインも作っていたようですが、現在ではスプマンテのみの製造を行っています。20世紀初頭にフランスのシャンパーニュと同じ瓶内2次発酵による製法の「メトド・クラシコ製法」のメーカーとして、世に広まっていきました。ツアーでは、地下のセラーの見学をしますが、広大な敷地には驚愕です!それもそのはず、セラーは5000㎡もあり世界遺産にも登録されています。数えきれない程の瓶が並んでいるセラー内は、スプマンテの芳香な香りが漂っており、スプマンテに包まれているような気さえしてきました。その後は、試飲をお楽しみ頂きますが、食後でお腹に入るかが懸念されていましたが「本場のスプマンテはやはり絶品だわ!」と、美味しい物は別腹!?のようで、笑みをこぼしながら全て味わって頂けました。 日々美味しい物に出会え、帰国後の目方が少々気になりましたが、とても幸せな旅でした! (井手)

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