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2017年1月

2017年1月31日 (火)

冬のヨーロッパ旅行の勧め。年始のバルセロナはまるで穴場!

 この度、「魅惑のバルセロナ、ガウディと世紀末芸術を巡る 8日間」より帰国しました。
冬のヨーロッパは寒いから、、、と旅行先として敬遠されがちですが、実はお得で、しかも意外にも快適で楽しい旅行ができる場所があります。
 それが今回の旅行先のバルセロナです。
 緯度は日本の北海道、函館と同じくらいですが、地中海に面した地中海性気候の都市なので、同時期の東京よりも同じか少し暖かい位なのです。降水量も少ないので、雨が降る心配もさほどありません。もちろん夏に比べたら日は短いですが、観光が終わってホテルに到着する頃ちょうど暗くなる感じなので特に気になりません。

元旦のバルセロナ カサ・ミラ

 そして、最もお得なポイントは「観光地がすいている!」という事。例えば、アントニオ・ガウディの傑作として有名な「サグラダファミリア」。いつもはものすごい混雑で、予約をしているのにも関わらず入場するまでにものすごく時間がかかりますが、今回はすんなり入場できました。その分、内部をじっくり見学できるのでしっかり観光できた印象です。また、搭に登れるエレベーターも、通常、順番待ちに大行列ができますが、こちらも嘘のようにすんなり乗れました!
 ヨーロッパは春~秋がベストシーズンと思っていましたが、今回の旅で、方面を選べば冬でも十分楽しめる事が分かりました。

カサ・バトリョ冬バージョン_

 スペインの年越しの儀式は午前0時の鐘の音と共に葡萄を12粒食べるというイベントです。そして、夜は花火があがったり、酔っぱらったりドンチャン騒ぎ。友達や家族と賑やかに過ごして新年を迎えます。
 年が明けたばかりの町はシーンと静まり返っていて、走る車もわずかです。みんな午前中は寝ていて、午後になってようやく町に出始めるのだそうです。
 町には沢山の出店が出ていました。これは全て、子供達へのプレゼント(オモチャ)のお店です。他の国では12月25日にサンタクロースがプレゼントを持ってやってきますが、スペインでは1月6日に東方の三賢者がお土産を持ってやってきます。冬になると子供達は王様に手紙を書きます。そして、お父さんお母さんは、「良い子にしていれば欲しい物がもらえるよ」と言って、本当に良い子にしていたらそこでプレゼントを買うそうです。
 どこの店も1月6日が過ぎるまでは定価で物を売って、みんながプレゼントを買い終わった1月7日からセールを開始します。「SEAL!!」 「70%OFF」 とどの店にも張り出されるのです。すぐに安くなる事をわかっていても、みんな習わしに従って1月5日までにプレゼントを買うそうですよ。えらいですね!中にはセールが始まってから「賢者からの贈り物」を買う家庭もあるようですが、、。

カサ・バトリョ冬バージョン2

バルセロナの新年は日本のように門松が飾ってあるわけでもなく、いつもより空いているという事以外、いつもの町と変わらない感じです。

 ただ、ガウディの建築「カサ・バトリョ」が冬バージョンに飾り付けされていたのが唯一冬を感じたポイントでした。(関根)

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2017年1月27日 (金)

寒い季節の楽しみ方は寒い国が1番よく知っている?冬のポーランドに行ってきました!

ワルシャワの王宮前広場_2

先日、年末の「ポーランド航空利用 連泊で楽しむポーランド 8日間」の添乗から帰国しました。
この年末のツアーの中でもっとも寒い地域に行ったのではないかと思いますが、実際に行ってみたところ、「しっかり防寒対策をしていれば恐れるほどではない」というのが正直な感想です。

むしろ、冬だからこそ楽しい景色に出会うことができ、また違った一面を知ることができました。
例えば、町の広場にはスケートリンクが現れます。ワルシャワの旧市街広場にも、市のシンボルである人魚像を囲むようにリンクがありました。ワルシャワっ子たちはマイスケート靴を持っているくらい大好きなんだとか。

そして、まだまだ本場のクリスマスの雰囲気を楽しめるのも魅力の1つです。
日本では25日のクリスマス本番が過ぎると町は正月飾りに早替わりしますが、多くのキリスト教国では新年までツリーを飾ったり、今年はワルシャワとクラクフでマーケットがまだやったため、観光の合間に楽しむことができました。

今回のツアーでは、訪れた教会すべてで「ショプカ」と呼ばれるクリスマス飾りを見ることができました。ショプカとは、キリスト誕生の場面を華やかな人形で再現したクリスマス・ハウスで、聖母マリアとヨセフに加え、キリストの誕生に駆け付けた東方三博士や動物たち、天使がいることもあります。24日まではショプカの中心はぽっかりと空いているのですが、クリスマスの日を過ぎるとそこには赤ん坊のキリストが置かれます。かわいい幼子キリストは、教会ごとに少しずつ違った表情で、これを見比べるだけでも楽しいです。25日以降に訪問するからこそみられる、冬のお勧めです。
さらにクラクフは、ショプカ・クラコフスカと言われるミニチュア教会型のショプカが有名です。大人の上半身ほどもあろうかという派手な色合いのショプカは、クラクフの職人さんが冬の間の手仕事として作ったのが始まりで、やがてお金を払ってまで見たい!という人が現れ、現在ではショプカ・コンクールも行われるほどの、冬のクラクフの風物詩となりました。
また、忘れてはならないケシの実ケーキもこの時期ならでは。黒く小さなケシの実をすりつぶしたの餡は、黒ゴマのような風味豊かな味わいで、大変好評でした。この時期ならホテルの朝食でも見つけることができますよ。

冬の観光はもちろん防寒ばっちりで臨みますが、雪化粧のクラクフ旧市街やアウシュビッツもこの先ずっと忘れない光景となりました。

余談ですが、ポーランドの雪は吹けば飛びそうな軽い雪。山間部にほど近いクラクフなどは雪が降りますが、あまり濡れるような水分の多い雪ではありませんし、ワルシャワなどでは朝方少し凍結するくらい。もともと湿度が低いせいか積雪何十センチとは滅多になりません。町歩きも普段の観光用の靴で問題ありません。

さあ、これで冬のポーランドを楽しむ準備は万全です。

2017年の年の瀬は、直行便が就航したポーランドでお待ちしています。(松永華)

ユーラシア旅行社で行くポーランドツアーの魅力はこちら

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2017年1月26日 (木)

ウィーンフィルニューイヤーコンサートで幕を開けた2017年

指揮台足元より、ドゥダメルの見た景色を疑似体験
 前回に続いて、本日はウィーンフィルハーモニー管弦楽団による、2017年ニューイヤーコンサートをご紹介します。ウィーン楽友協会・黄金の間にて開かれるこのコンサートは、お正月に全世界(2017年は92か国)に中継される“世界で最も観客の多いコンサート”です。今回はなんと、ファーストカテゴリーの良席でお楽しみ頂きました。
 今年の見どころは何と言っても、ベネズエラ出身、新進気鋭のグスターボ・ドゥダメルによる指揮です。ニューイヤーコンサート史上最年少での大抜擢で、南米出身というのも初です。会場内の花の飾りつけ(実はこれも見どころ)も南国を意識したもので、パイナップルやオレンジなどフルーツまで飾り付けられていました(終演後は持ち帰りできます)。
また、今回はヴィヴィアン・ウェストウッドによってデザインされた、ウィーンフィルの新しいユニフォームお披露目の日でもありました。
 チューニングも終わり、会場の期待が高まる中、いよいよグスターボ・ドゥダメル登場。1曲目、レハールの『ネヒレディル行進曲』はピッコロフルートが小気味よい曲。続く『スケーターズ・ワルツ』はお馴染みの優雅なワルツ。『冬の遊び』は打楽器による鈴と鞭の音が特徴。日本の冬の遊びとは少々違うようですね。『メフィストの地獄の叫び』はタイトルと曲の出だしは恐ろしいものの、すぐにいつも通りの優雅な曲に。『別に怖くありませんわ』は軽快なシュネル・ポルカ。メロディーはオペレッタで料理人パパコーダが「なぜだか楽しい・・・」という部分ですが、妙に納得。なぜだか楽しくなる曲です。
 休憩を挟んで、『スペードの女王』は今回個人的に一番のお気に入りです。お客様の評価も上々。静かに丁寧に始まるオーケストラは突然“ジャン”と一斉に打ち、管楽器が余韻を残します。続く『いらっしゃい』、テレビ中継ではヘルメスヴィラでのバレエシーンが重ねられていました。そして合唱団が登場し、『月の出』。ワルツやポルカのリズムから一転、コーラスと鐘の音が調和し荘厳な気分に。再び『ペピタ・ポルカ』でリズミカルに。エキゾチックな曲調がスペインの踊り子を表現しています。『ロトゥンデ館のカドリーユ』では小品6曲を連続演奏。ワルツの見本市のようでした。『インディアン・ギャロップ』は確かに異国情緒を感じさせる旋律。新しいもの、珍しいもの好きなウィーンの人々に向け、当時様々なワルツが作られました。『ナスヴァルトの女たち』では曲の終わりにドゥダメルにより鳥の鳴き声。会場に笑いが漏れます。『さあ踊ろう』では踊り子乱入。曲が終わって踊り子に手を振るドゥダメル。『チクタクポルカ』では、曲の終わりでオーケストラが「チクタク、チクタク」と歌う恒例の演出。
 アンコール1曲目は『喜んで』。新年に相応しい華やかな曲です。
そしていよいよ『美しき青きドナウ』。源流のさざ波のようなイントロが1度中断。恒例の新年の挨拶は、
Die Wiener Philharmoniker und ich wünschen ihnen PROSIT NEWJAHR. (ウィーンフィルと私はみなさんのよき新年を願います)
でした。少し噛んでしまったドゥダメル。演奏再開。
終演後のドゥダメルとウィーンフィル
 オーストリア第二の国歌とも言われ、人々に愛されているこの曲。心が洗われます。
そしてお待ちかねのラデツキー行進曲。この時のために練習を重ねて下さったお客様もいらっしゃいました。最初は小さく、ドゥダメルの合図のある2周目で拍手。
 無邪気に、オーケストラと遊ぶような指揮が印象的でした。この若さで登りつめたドゥダメルですが、これから彼の“振り“がどう変化していくのか、楽しみですね。(尾崎)
2018年は“イタリアが生んだ現代の巨匠”リカルド・ムーティが5度目のニューイヤーコンサート指揮者を務めることが発表されました。
2017~18年 年末年始 ジルベスター・ニューイヤーコンサートツアーの発表は2017年7月頃の予定です。

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2017年1月25日 (水)

ベルリンフィル・ジルベスターコンサートで締めくくった2016年

ベルリンフィルハーモニーホール内
    「ベルリンフィル・ジルベスターとウィーンフィル・ニューイヤーコンサート 7日間」の添乗より帰国致しました。ツアーの様子を2回に分けてお伝え致します。
 ベルリンではベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による年末恒例のジルベスターコンサートをご鑑賞頂きました。会場はヴィンヤード型と呼ばれる独特な形をしたフィルハーモニーホール。設計には指揮者カラヤンも参加し、のちに東京にあるサントリーホールのモデルとなりました。
ベルリンフィルハーモニーホール外観  どこからでもステージがよく見えるホール内、20時の開演に向け期待が高まります。
オーケストラが揃い、拍手の中サイモン・ラトルが登場。カバレフスキー作曲の『コラ・ブルニョン』序曲で開演。ラトルの“野獣的”な指揮と、一糸乱れぬベルリンフィルに、ぐいぐい魅き込まれます。2曲目はダニール・トリフォノフが登場し、ラフマニノフの『ピアノ協奏曲3番』。最難曲の一つで、憂いを帯びたピアノが美しい曲。カデンツァ部ではピアノから跳ね上がっては、全体重を鍵盤に込めるトリフォノフの姿が印象的です。
 休憩中はホワイエにてトリフォノフのサインタイム。若手天才ピアニストを間近でご覧になった方もいらしゃいました。
ジルベスターコンサート休憩中のホワイエ  明けて後半。英国の作曲家ウィリアム・ウォルトンの歌劇『ファサード』より、サイモン・ラトルによる組曲編曲版の管弦楽小品。英国出身ラトルはこれまでも度々この曲を演奏しています。プログラム最後は、こちらもラトルが敬愛するドヴォルザークから、『スラブ舞曲72番』。2002年にベルリンフィルの首席指揮者に就任し、約15年で知り尽くしたオーケストラの力を最大限引き出すラトルの巧みな指揮。
 アンコール1曲目は、ラトル曰く“サーカス・ソング”、再びカバレフスキー作曲の『ギャロップ』です。あのパート、このパートが弾くコミカルで装飾的なフレーズはまさにサーカスのよう! アンコール2曲目はブラームスの『ハンガリー舞曲1番』。ラトルが首席として指揮するベルリンフィルが見れるのも、あと僅か。美しい演奏で2016年を締めくくりました。(尾崎)
 明日はウィーンフィル・ニューイヤーコンサートについて、お伝えします。
2017~18年 年末年始 ジルベスター・ニューイヤーコンサートツアーの発表は2017年7月頃の予定です。

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2017年1月24日 (火)

世界七不思議のひとつ、ギザピラミッドはやはり旅のハイライト…(エジプト)

ギザのピラミッド

先日、「ナイル河クルーズとエジプト・ハイライト 8日間」から帰国いたしました。今、エジプトは暑さが和らぎ、いわゆる旅行シーズンに突入しました。
エジプトはいつも人々の関心を引いてやまない魅力いっぱいの国です。永遠の憧れの観光地といったところでしょうか。その証拠に、考古学者達の新たな論文や研究が発表される度に、話題となっています。例えば最近のニュースでは、Ⅹ線分析や赤外線サーモグラフィ等の最先端技術を用いてクフ王のピラミッドをスキャンしてみた結果、ピラミッド内部に未知の空間を発見した、というもの。5000年の歴史を持つエジプトの文明が、特にピラミッドに関しては、未だ謎に包まれている事が多いというのが、人々の関心を高めているのではないかと思います。
そして世界七不思議のひとつ、ギザピラミッドはやはり旅のハイライトでもあります。ピラミッドエリアといわれる観光エリアに入り、早速クフ王のピラミッドへ向かいました。ピラミッドに近づいて最初に感じる事は、ピラミッドを形成する石灰岩の大きさは、我々の想像を超えて大きいということ。1辺が1m以上の石灰岩もあります。写真に写る人の大きさから、大体の石灰岩の大きさがご想像いただけるかと思います。

ピラミッドを構成する石灰岩

皆様はピラミッド内部に、何が残されているかご存知ですか?内部の写真撮影とガイディングは禁止されているので、カメラをガイドさんに託して、いざ進入です。恐らく、はじめてピラミッド内部に入った人間も、同じように高揚感と好奇心にあふれた気持だったでしょう。入り口から中へ入ると、最初は100mほどの上り坂を腰をかがめた状態で進んでいきます。これが結構足にきます。その後約200mの下り坂。ここからは天井は高いですが、道幅が狭いのですれ違う時に注意が必要です。酸素もなんだか薄い気がしますが、せっかくここまで来たのだからと自分を励ましながら進んでいきます。そして、ついに辿り着いた玄室の中には…石棺が一つ残されているのみ。石棺の中に何が入っていたのかという議論も、学者の憶測が飛び交うばかりではっきりとわかっていません。憶測は憶測を呼び、謎は深まるばかり。それが更に、私たちの好奇心を掻き立てて居るのだと感じました。次回、私がエジプトに行くまでの期間に、更なる考古学者達の学説や研究結果が発表され世間を賑わすことと思います。
お客様の中には、今回のご旅行でエジプトへの渡航が5回目という方がいらっしゃいました。それくらい、エジプトという国は、人々を魅了してやまないロマンの溢れる歴史の舞台なのです。(堤)

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2017年1月20日 (金)

アンナプルナ山群が目の前に!ヒマラヤン・フロントホテルに宿泊しました。(ネパール)

先日、「ネパールの休日、遊覧飛行とアンナプルナ眺望ホテル3連泊の旅 8日間」のツアーより帰国しました。ネパールといえば、「世界の屋根」ヒマラヤ山脈。国土の14%がヒマラヤ山脈にあたり、世界に14ある標高8000mを超える山のうち、8つはネパールにあるという自然豊かな国です。今回のツアーは、アンナプルナの遊覧飛行を中心に移動中、観光中にも高さは富士山の倍以上という想像もできないような雄大な山々を臨みました。
その中でも一番のハイライトは、なんといってもアンナプルナ山群が一望できるヒマラヤン・フロントホテルからの景色でしょう。ヒマラヤン・フロントホテルは、2016年1月にオープンしたばかりで、全室アンナプルナ山群を臨む好立地のデラックスリゾートホテルです。部屋からもレストランからも屋上からも…至る所から美しい山々を観賞でき、山好きにはたまりません。朝日や夕日で赤く染まるアンナプルナ山群をゆったり見られるのもこのホテルに宿泊するからこその特権です。今回のツアーは、そんな贅沢なホテルに3連泊し、天候が変わりやすく、良い風景が見られる機会が少ない山の景色にとことんチャレンジができました。

Photo_8


3連泊の中でも、一番きれいだったのが最終日の朝の景色。日の出は7時過ぎ、徐々に明るくなり、「魚の尾」と呼ばれるきれいな三角形をしたマチャプチャレをはじめ、アンナプルナⅠからⅣ等アンナプルナ山系を屋上から一望。朝日の光に染まる山々の美しさに私も含め皆様でずっと見入るばかり。思わず集合写真も撮って、素敵な思い出を残せました。

Photo_9

雲一つかかることなく山々を観賞することができたのは、本当に幸運なこと。新年早々見られた絶景に、今年は良いことがあるかもと嬉しくなりました。(五島)

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2017年1月19日 (木)

インドのウユニ塩湖!?グジャラート州カッチ地方の白い大地

先日、インド西部のグジャラート州とラジャスタン州のツアーから戻りました。インドといえば、タージ・マハルやガンジス川の混沌といったイメージが浮かぶところですが、今回は一味違ったインドを見てきました。
まず玄関口はグジャラート州の大都市アハマダバード。かつてインド独立の父ガンジーが暮らしていた家があり、かの塩の行進が始まった街です。ここから更にインドを西へ西へと進むと、辺り一帯はどんどん人のいない、インド最西端の湿原地帯グジャラート州カッチ地方へと入っていきます。
この地域、乾季(10月~2月頃)には真っ白でカラカラの乾燥した大地が広がりますが、雨季(3月~9月)はモンスーンの影響で浸水し、まるで海のように周囲から隔離された島のようになります。その為、孤立性が強く、独自の文化が根付いていったのだそうです。

ビリンディアラ村のブンガ

カッチ地方の人々の家はブンガと呼ばれるとんがり屋根のかわいい形をした建物で、それぞれの家に鏡を使った装飾や、カラフルな壁画の彩色が施してあり、見るに飽きません。また、その家々に住んでいる人たち、特に女性たちの服装の美しいこと!大体の女性はとってもシャイで、恥ずかしがってあまり写真を撮らせてはくれませんが、荒野を彩る彼女らの姿はとても素敵です。

ルディア村の少女

そんなカッチ地方、近年絶景と注目を浴びている場所があります。その名も“ホワイト・ラン”です。
「ラン」とは、グジャラーティ語で「砂漠」の意なのですが、遥か昔は海だったこの場所の土は塩分を含んでいて、雨が降ると、雨水に塩分が溶け出し、その塩分を含んだ水が乾季に蒸発することで、真っ白な大地が現れるのです。そのホワイト・ランに、実際に行ってきました。

ホワイト・ランの展望台

WELCOME TO WHITE DESERTの大きな看板が!周囲にはたくさんの人が集まっています。特にグジャラート州の人々に人気の観光地となっているのだそうです。バスを降りて、まっすぐな道を歩くこと、約25分、展望台が見えてきて、そこに登ると、まさに絶景が広がっていました!

ホワイト・ランで凧揚げ

ちなみに、小さくて見えにくいですが、凧揚げをしている少年がいます。グジャラート州は凧揚げが盛んなことで有名な州です。グジャラートの人々は、幼少時代から大人に至るまで、誰もが凧揚げを暇つぶしの遊びとして楽しむのだそうです。なんともグジャラート州らしい風景をみることができました。

ホワイト・ラン

ぐるりと辺りを見回すと、たくさんの人が楽しそうに塩湖で遊んでいます。今回は運が良く、パキスタンでインダス川が氾濫し、水がここまで流れてきていたため、このような半鏡張りの景色を見ることができたようです。お客様皆様、テンションの高いインドの人々の写真のモデルになられていました。(留置)

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2017年1月18日 (水)

マルタの人々の篤い信仰心に触れて

先日、「陽光のマルタをめぐる 7日間」の添乗より帰国致しました。マルタ共和国は、日本の淡路島と同じくらいの小さな島国です。今回はマルタ島とゴゾ島へ足を運びました。マルタはそんな小さい島国ながらも、古代巨石文明からはじまり、フェニキア人、アラブ人、東ローマ帝国、聖ヨハネ騎士団、ナポレオン統治、英国統治時代・・・と、まさに壮大な歴史ドラマがあります。

ヴァレッタ

“聖パウロの漂流”もその歴史の一幕です。聖パウロがローマに向かう際に船が難破し、パウロ一行は運よくマルタに漂着。そして、マルタ島にて避難・キリスト教の布教をしたと言われています。聖パウロの漂流により、マルタにキリスト教が広まり、今ではマルタの95%の人々がキリスト教を信仰しています。家々の壁の聖母マリアやキリストのオーナメントが架けられている様子からも、マルタの人々の篤い信仰心が垣間見られました。
そんな12月のマルタは、街中がイルミネーションやクリスマスツリーといったクリスマスの飾りが至るところで見られました。ガイドさんの話によると、マルタの人々は特に聖母マリア様を好み、ベツレヘムでのキリスト降誕の場面を大切に思っているそう。そのため、ロータリーの至るところには聖母マリアに抱かれているイエスキリストの降誕の様子のモニュメントがたくさん設置されていました。中には、キリスト誕生を祝う羊や博士たちがいたりとバリエーションも豊富!電車がなく車社会ゆえに交通事故も頻繁に起こるマルタだからこそ、交通安全の祈願を聖母マリアやキリスト像に込められているのでしょう。

また、マルタ国民はキリスト降誕のプレセピオ(ドールハウス)が大人気なんだそう。諸説ありますがイエスキリストがお生まれになった馬小屋、聖母マリア、赤子のイエスキリスト、ヨゼフはもちろん、凝る人たちは毎年その他アイテムをそろえるため、年々プレセピオは賑やかになるそうです。キリスト誕生を祝う羊、馬といった動物、村人たち、天使・・・・・
今回訪れたイムディーナの聖パウロ大聖堂の中にも、キリスト降誕の巨大プレセピオがありました。どこに幼子キリストがいるのかお分かりになりますか??

イムディーナ 大聖堂

12月のマルタは日本でいう3月上旬から中旬くらいの暖かさです。草が青々と茂り、黄色い野花が咲き始めます。運がよければアーモンドの花も咲き始める頃。そんな、小春日和なマルタで一足遅いクリスマスムードを味わいました。(角田)

ユーラシア旅行社でいくマルタツアーの魅力はこちら

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2017年1月17日 (火)

芸術の街バルセロナでちょっと変わった年越し体験

年末年始にかけて行く「魅惑のバルセロナ、ガウディと世紀末芸術を巡る8日間」の添乗より帰国しました。バルセロナの町はいつも観光客で賑わっていますが、年末年始は地元の人もなんだか浮き足立っているような、そんな活気が町中に溢れていました。
このツアーではバルセロナに5連泊して町中に散らばる天才ガウディや巨匠ドメネクの建築群、そして奇才ダリ・ミロ・ピカソの美術館を巡る芸術三昧の毎日です。
天才たちの意図するところをすんなり理解するのはなかなか至難の業ですが、現地のガイドさんが噛み砕いて丁寧に案内をしてくれるおかげで、「なるほど!うんうん」と頷きが止まりませんでした。なんとなく分かったような?気がしました。

ユーラシア旅行社で行くバルセロナツアー

ユーラシア旅行社で行くバルセロナツアー

さて、今回は芸術の町バルセロナの年末のちょっと変わった風物詩を紹介します。私たち日本人の大みそかの過ごし方といえば、家族がこたつに集まり、みかんを食べながら紅白歌合戦の鑑賞。そして深夜0時になると年越しそばを食べながら108回つかれる除夜の鐘を聞くといったこところでしょうか。
こちらバルセロナ(スペイン)では年越しそばの代わりに12粒の年越しブドウを食べるのです。町の広場では新年とともに3秒に1回、12回続けて鐘が鳴らされますが、その鐘の音に合わせて12粒のぶどうを食べきると幸せな1年を送ることができると言われています。
しかしやってみるとこれがなかなか難しい。皮付き・種入りのブドウを3秒に1粒食べるには飲み込む勢いで食べないといけません。
しかしバルセロナ人は幸せには貪欲です。この時期になると種を取り、皮を剥いた食べやすい状態の12粒のブドウが缶詰に入れられてスーパーにずらりと並びます。
今回はお客様とともにこの缶詰入りブドウをスタンバイし挑戦!成功した方もいれば、2粒まとめて食べてずるをした方も。なかなか良い経験ができました。
実は、この習慣は最近始まったものです。ある年にブドウがたわわに実り余らして捨てるくらいならと、農家の人が“幸せのブドウ”と称し、近隣の家に配ったことが始まりとされています。幸せのブドウを食べた人に幸運が起きたのでしょうか。詳しいことは分かっていませんが、これがすっかり習慣として根付き、今では町の広場にブドウとシャンパンを持った人々が集まりこの年越しイベントを楽しんでいます。
年末ツアーならではのバルセロナを満喫することができました。
12粒のブドウを食べることに成功した私は、ささやかながら皆様の1年が幸せなものになるようにお祈りをさせて頂きました。 (岡山)

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2017年1月13日 (金)

1万年の歴史を誇るキプロス島のお正月はまるでクリスマス!?

バシロピタ

 先日、「アフロディーテの休日 キプロス島ハイライト6日間」のツアーから帰国しました。2016年最後の、そして2017年最初に訪れる国となったキプロスは国土が四国の半分ほどしかない地中海に浮かぶ小さな島です。しかしながら、北はトルコから70km、東はシリア、レバノンから100km、南はエジプトから300km、西はギリシャから800kmという地理も相まって、様々な国の文化が混在する1万年の歴史を持った唯一無二の島でもあります。現在でも東西80kmに渡る緩衝地帯「グリーンライン」が国を南北2つに分けており、南側はギリシャ系、北側はトルコ系が暮らす土地となっています。今回ツアーで訪れたのは約95%の住民がギリシャ正教を信仰している南キプロスでした。
 大晦日の夜はリマソールのホテルでガラディナー。ステージでは歌やダンスのショーが行われ、欧米のお客様はノリノリでステージに上がっていきます。カウントダウンが始まり、年が明けると一人一人にシャンパンと「バシロピタ」と呼ばれるケーキが振舞われました。バシロピタは大きなパウンドケーキで、中にはコインが1枚だけ隠されています。切り分けて配られたケーキを食べ、コインを見つけた人はラッキー!という縁起のいいケーキです。私たちにとってはお正月にケーキ?と不思議な感覚ですが、実は1月1日はギリシャ正教版のサンタクロースである聖人アギオス・バシリスの祝祭日でもあります。彼は裕福な身ながらも貧しい人たちに、コインを中に隠して焼いたパンを分け与えていたといいます。それにちなんで幸せのコイン入りクリスマスケーキをお正月に頂く習慣が残っているのです。

クリスマスツリー

 また、ギリシャ正教のお正月はクリスマスの続きの祝日で、街中はまだまだクリスマスモード。至る所にクリスマスツリーが飾られており、キプロスの子どもたちにサンタクロースがやってきてプレゼントをくれるのも1月1日なのです。ちなみに日本ではお正月は3が日までお休みのところも多いですが、キプロスの祝日は元日のみで、1月2日からはどのお店も通常営業。日本とは全く違う雰囲気の中、迎えたお正月でした。(日裏)


ユーラシア旅行社で行くキプロスツアーの一覧はこちら

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2017年1月12日 (木)

パゴダの町バガンで拝む2017年初日の出!(ミャンマー)

先日、年末・ゴールデン・ウィーク企画「全日空直行便で行くミャンマー紀行 7日間」の旅より帰国致しました。今回は、ミャンマーの最大都市ヤンゴン、インダー族が暮らすインレー湖、古都バガン、そして落ちそうで落ちないチャイティーヨパゴダを観光するハイライトツアーでした。
その中でもカンボジアのアンコール・ワット、インドネシアのボロブドゥールとともにアジア三大仏教遺跡に数えられる古都バガンは人気観光地のひとつです。イラワジー川中流の東岸に広がる平野に無数の並ぶパゴダはいつみても圧巻です。

バガンの無数に並ぶパゴダ

今回のツアーでは、贅沢な事にバガンで新年を迎え、2017年の初日の出を拝みました。元旦、まだ外が暗いうちにホテルを出発し、バスでパゴダへ。いつものように、入口で裸足になり、見晴らしの良い上階に上ると、ご来光を待ち望む人々が既にちらほらいました。

バガンの朝焼け

朝焼けを写真に収めようと、ベストポジションを確保し、今か今かとその時を待ち望みます。日の出が近づくにつれ、だんだんと地平線が赤く染まっていき、たくさんの気球もあがり始めました。ついにその時はやってきて、雲海から太陽が顔を覗き出しました。

バガンの初日の出

素敵な景色にうっとり…そして、息つく暇もなくバガンの町を朝日で照らし出す幻想的な風景にシャッターを切る手が止まりません!日の出を待つ時間は長く感じましたが、朝日が顔を出してからはほんの一瞬でした。有難いご来光を拝めた2017年はどんな年になるか今から期待で胸がいっぱいです。(大和田)

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2017年1月11日 (水)

ダナキル砂漠で最高のおもてなし(エチオピア)

Photo
先日、「ダナキル砂漠、エルタ・アレ火山とエチオピア絶景紀行 8日間」のツアーより帰国しました。エチオピアには色々な顔があります。原始のキリスト教が残る信仰深い北エチオピアや独自の生活習慣を今も守り続ける南エチオピア。この添乗員ブログでも何度となく登場しているエチオピアの魅力は計り知れません。その中で大地溝帯の中に位置するダナキル砂漠は極彩色が美しいダロール火山や、今人気のウユニ塩湖を思わせるような塩の大地、アサレ湖に塩を運ぶキャラバン。活動が活発化し通常よりは遠目にはなりましたが赤々とした溶岩が煮えたぎるエルタ・アレ火山と世界各地で目にする絶景に勝る景色が広がっていました。
そんな絶景の地は「世界一過酷な地」、「危険地帯」、「世界で最もホスピタリティのない地域」と、どれもまぁ一見行くことを躊躇してしまいそうな言葉が並んでいたのは今は昔!?過酷な地に変わりはないし、いきなり全ての設備の整ったわけではありません。が、しかし迎えてくれる現地のおもてなしの心、気持ちはそんな不便さを忘れさせてくれます。
20161118bcd8_2
今回の旅行でも口を開けば第一声は「暑い」。酷暑にテント泊、エルタ・アレ山へのトレッキングなど決して楽ではない状況下で皆様元気に過ごすことが出来たのは、もちろん、ご自身の健康管理や体力などが大前提ではありますが、現地のおもてなしも一役かっているのではないでしょうか。同行したシェフの料理は「日本に連れて帰りたい!」「ホテルの料理も全て作ってほしい」と皆が口を揃えるほどで、食欲がなくなりがちな暑さのなか、いつも完食でエネルギーチャージばっちり!野天泊の山頂では重いベッドを私たちより早く運びセッティング。疲れた体を癒やす快適な睡眠をとることが出来ました。
旅は目にするものだけでなく、周りの人々に触れ合うことで、またその心に触れることで更に素晴らしいものとなるのだなと感じた旅でした。私もエチオピア人に負けないようなおもてなしを!!改めて思いました。(岩間)

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2017年1月10日 (火)

きつかった!でも行ってよかった!!セコン湖ハイキング(ネパール)

ダウラギリ(ホテルから)

先日、ユーラシア旅行社の「ネパール物語 15日間」のツアーより帰国致しました。
今回のツアーは有名な観光地でもある首都カトマンズ、ポカラはもちろんのこと、数多くの野生動物が生息するチトワン国立公園、お釈迦様の生誕地ルンビニにも足をのばしました。中でも、個人的に印象に残ったのは、何と言ってもジョムソン地方です。
そのジョムソン地方へはポカラから飛行機にてわずか20分ほどで行くことができますが、アンナプルナ山群とダウラギリ山群の合間を飛んでいくこととなるため、風の影響を受けやすく、他のフライトに比べると、欠航になる確率がどうしても高くなります。実は今回もジョムソンへ行く航空便が強風のため残念ながら欠航となり、その日は明日のフライトは無事飛ぶことを祈りながらポカラで過ごしました。
そして翌日。私たちの祈りが通じたのか、無事飛行機はポカラ空港を飛び立ち、ジョムソンへ行くことができました。もともとゆったりとした行程でツアーが組まれているので、予定の観光箇所を割愛することなく、ジョムソンに到着した日にティニ村へのハイキングとマルファ村への訪問をしてからホテルへ行き、翌日は1日ゆっくりとセコン湖へのハイキングができました。ホテルの場所は丘の上に位置するナウリコット村にあり、屋上からは、西にダウラギリ(8167m)と大氷河、トゥクチェピーク(6920m)、東にニルギリ三峰(北峰7061m、中央峰6940m、南峰6839m)が今にも目の前に迫ってくるかの如く間近に見ることができました。

ニルギリ(ホテルから)

また、さらに感動したのはセコン湖へのハイキングです。ホテルから歩いて出発し、前半はひたすら丘を下っていきます。その途中、木々の間から見えるダウラギリはホテルから見るのとまた違った趣きがありました。

ダウラギリ(セコン湖ハイキング中)

50分くらいかけて谷底まで下りてからは、しばらくカリ・ガンダギ河沿いを歩きます。その後登山口より山道を上がっていきます。それほど急に傾斜ではないのですが、標高が2700mくらいあるので、ゆっくりゆっくり休みながら、登り始めて1時間ほどでセコン湖が見えてきます。背後にはトゥクチェピークも見えています。私たちはまず湖畔を反時計回りに進みました。するとここでもニルギリ三峰が!そしてその右手にはポカラでもなかなかお目にかかれないアンナプルナⅠ(8091m)、アンナプルナ・ファン(7647m)も見ることができました。

アンアプルナ・ファン(セコン湖から)

さらに湖畔を回るとそれらの山々が湖面に映った様子が見えるではありませんか!皆一心不乱にシャッターを押したのは言うまでもありません。帰りはホテルまで同じ道を通って行きましたが、やはり正直なところ、谷底からホテルまでの登り道で一番きつく、途中休みながらゴールへ向かいました。1時間半くらいかけてようやくホテルへ到着しましたが、皆達成感と安堵感が混ざり合ったような表情をしていました。そして私自身もそんなお客様の表情を見て、ジョムソンに来て本当に良かった!と改めて思いました。(斉藤信)

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2017年1月 6日 (金)

王道の海路か?ラクラク空路か?南極旅行はアプローチも旅の一部

小型船で旅する南極はたっぷり上陸を楽しめます

先日、南極への旅から帰国しました。
南極は“地球最後の秘境”とも言われます。解釈は色々なのでしょうが、まずその物理的な位置や、寒冷で乾燥した過酷な環境から見て"秘境"という感じがします。さらに、人類が本格的に探索を開始してから約100年しか経たないこと、大陸を覆う分厚い氷と雪の中には未知なる過去がたくさん詰まっているらしいこと、人類定住の歴史はないとされる一方で独自の生態系が形成されてきたことなども秘境と呼ぶに値するのではないでしょうか。
その南極へ「行ってくるよ」というと、「何を見に行くの?」と言われることがあります・・・。氷と雪しかないと思われがちだからでしょうか。
しかし、この過酷な環境で、人間を知らずに生活する動物がたくさんいます。彼らが素のままで生きる様子をちょっと覗かせてもらうことが南極での楽しみ!クジラ、シャチ、アザラシ、オットセイ、数々の海鳥などなど。なかでもペンギンの愛らしさはダントツです。
今回の旅では、ジェンツーペンギン、アデリーペンギン、ヒゲペンギンの3種がメイン。ペンギンは18種いるそうですが、代表格ともいえる3種です。それぞれ特徴があって、すぐ見分けられるようになります。
今回訪問した12月上旬は、ちょうど卵を温めている時期。腹ばいになってじっと卵を温めているペンギン、その横で巣作りに必要な小石をエッサホイサと運ぶパートナー、と思いきや要領のいいペンギンはお隣さんの巣からこそっと小石を拝借して自分の巣に移していたり。そんな中、天敵のオオトウゾクカモメが卵を狙いにくると一斉に声を上げて追い払っています。波打ち際では「海に入ろうかな、どうしようかな」と何羽ものペンギンがウロウロ。安全かどうかよく分からない海に一番に入るのは嫌らしく、お互いに様子を窺っているさまは人間にそっくりです。

ペンギン・ハイウェイをゆくジェンツーペンギンたち

巣がある場所から海までの道のりには「ペンギン・ハイウェイ」。人間も雪の中を歩くときは前の人が歩いた跡を辿って歩きやすく道を作りますが、ペンギンも一緒。そして、正面から別のペンギンが来ると、ちゃんと止まって、うまくすれ違うのです。もちろん、ここではペンギンが優先ですから、我々が対面してしまった時にはペンギンに進路を譲ります。「5メートル以内には近づかないで」と言われるのですが、こちらが気にしていてもペンギンの方からお構いなしにやってきます。それほどまでに、南極のペンギンたちは人間を恐れとして認識していないわけです。この環境を守る為にも、私たちは「お邪魔する」という気持ちで毎日を過ごしました。

チリのプンタアレナスから飛行機2時間で南極へ!

寒さを忘れるほど楽しくて、時間をも忘れるほど夢中になる南極。とはいえ、南極はなかなかに遠い!最大の難所はドレーク海峡。船で越える場合は約2日間かかり、さらに荒れることで有名。南極への旅を考え始めると必ずぶつかる心配事でしょう。
ところが今回は、チリ・プンタアレナスからの飛行機に乗り、たった2時間で、海峡をひょいっと超えてしまう新たなアプローチで南極へ到着。拍子抜けしてしまうほど、あっさりと南極へ辿り着いたのです。
その時に思ったのは、
「ドレーク海峡の荒波を乗り越えてこそ、南極へ着た達成感があるのでは?」
「ドレーク海峡を船で越えることも、南極への旅の醍醐味ではないか?」
「そもそも、こんなにあっさり辿りついてしまってよいものか・・・」などなど。
一方で、南極が少し近くなり、船が苦手でも行ける道が開かれていることは嬉しくもありました。
「海から行くか?空から行くか?」私自身にとってはなかなかに難しい問いかけになりそうです。(江間)

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