太平洋戦争の激戦地ペリリュー島を訪ねて(パラオ共和国)
先日、「太平洋の宝石、パラオとペリリュー島 5日間」から帰国致しました。
パラオ共和国と聞くとあまり馴染みがないかも知れませんが、ペリリュー島と聞くとご存じの方も多いかもしれません。2015年には天皇陛下も訪問されました。パラオ共和国の一番大きな島コロール島からとても綺麗なエメラルドグリーンの海をボートで進むこと約1時間、太平洋戦争の激戦地ペリリュー島に到着です。ペリリュー島に到着してすぐ目につくのは、「ペリリューへようこそ」と日本語で書かれた大きな看板です。ここペリリュー島は第一次世界大戦後、日本の占領下にあり、今でも多くの日本語が現地語として残っていたり、日本語表記のものも沢山残っていたりします。ここには第二次世界大戦の際に使われた戦闘機や戦車もそのまま残っており、その悲惨さや平和の有難みをひしひしと感じる地でした。
まずツアーは洞窟の中を進むところから始まります。ペリリュー島の戦いは、この無数の洞窟を利用した持久戦を日本兵が初めて行いました。アメリカ兵は3日で占領するつもりがこの予想外の持久戦で70日間も戦い続けることになりました。当時、日本兵1000人が生活していた千人洞窟。中には当時のビール瓶などが今も残っています。中は真っ暗、そして私たちは20人のグループで中に入りましたが、それだけでむわっとした空気で息苦しく感じます。洞窟を抜け、その他にも島に残る戦跡を巡りました。
ツアーの最後はこの激戦の指揮官だった中川大佐の自決の地で終わるのですがこの悲劇は二度と繰り返してはいけないと強く感じました。そして今回訪れた当時の軍司令部やゼロ戦などは劣化が進みいつまで見られるかわからないそうです。もっと多くの日本人がこの地を訪れこの地で戦った日本人がいることを忘れずに伝えていけたらと感じました。(竜崎)
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