2017年5月12日 (金)

ツアー再開!4年振りにアルジェリアへ

「世界遺産ムザブの谷とアルジェリア・ハイライト」ツアーから帰国しました。
しばらく自粛していたアルジェリアツアーですが、治安もようやく安定し、現地視察を経て4年振りにツアー再開。その第1弾となった今回、「待ちに待ったよ!」という21名のお客様と共に日本出発となりました。

橋と峡谷の街、コンスタンティーヌ

アルジェリアはアトラス山脈を境にして北側と南側で光景がガラリと異なります。
北側は、地中海と肥沃な緑の大地が広がり、古くはフェニキア人の植民市に始まる町がたくさん建設された歴史ある地域。
アルジェリアと聞くと「アラブ人のイスラム教の国」というイメージが先行しがちですが、例えば、第3の都市コンスタンティーヌには19世紀からのフレンチ・コロニアル建築が多く、モスクから聞こえてくるアザーンで「あ、ヨーロッパじゃなかったっけ。」と思うほど。深さ100mを超える峡谷に何本も橋が架かる光景が、より一層、自分たちの居場所を謎にさせます。
また、首都アルジェの海沿いには、青と白を基調としたコロニアル建築が建ち並ぶプロムナードがあります。そこだけを切り取れば「ここはね、ヨーロッパのどこか。」と言われても疑問は抱かないかもしれません。

山あいのローマ都市、ジェミラ遺跡

そうして現在も生きている都市がある一方、既に歴史となった遺跡もあちこちに残っています。多くはローマ人の手でローマ風に作られた町で、セティフ郊外のジェミラ遺跡はその代表格。山あいの立地はローマ都市としては珍しいのではないでしょうか。遺跡は“旧市街”“新市街”が明確に分かれていて、前者にはローマの神々の神殿が、後者にはキリスト教会が鎮座。時代の流れと宗教の変化を目の当りにします。また、市場には取引を公正公平にするための計量・測量器があって「ローマ人って真面目だなぁ」と感じたり、あちこちにある浴場を見るにつけ「やっぱりお風呂好きだったんだね~」と感じたり。北アフリカのこんなところにまでローマ人が来た痕跡に、改めてローマ帝国の凄さを思いました。

ムザブの谷のガルダイア

一方、アトラス山脈を南へ越えると国土の85%を占める砂漠地帯。
「イスラムの清教徒」といわれるムザブ族が暮らすムザブの谷へ行けば、イスラム教の主流派から迫害を受けて流れ着いた彼らが守り続ける独自のイスラム文化に出会います。町を歩く女性はとても控えめ。ハイクと呼ばれる白い布を纏って足早に歩いて行きます。驚くのは、片目だけを見せて他は顔も全て隠している女性。既婚女性なのですが、「周りが見えるのか?」「歩きづらくないのか?」とついつい野暮なことを考えてしまいます。男性が履いているズボンはどこかで見たような…と思ったら、少し前に日本でも流行ったサルエルパンツ。ファッションの流行は、思いもかけないところから生まれるものです。
町自体は同じような正方形の建物の集合からなり、模型のよう。パステルカラーの壁色も相まって、他にはない光景です。建築家ル・コルビュジェが、フランス・ロンシャンの礼拝堂設計へのインスピレーションを受けたという建物はこの地に残っている、そのことにも驚きです。

アラブ人のイスラム教国であるアルジェリアですが、訪れてみると様々な時代の様子が混在していることに気づきます。どっぷりイスラムの空気に浸かりたいと思って訪れると、かえって肩すかしを食らってしまうかもしれませんが、それほど色々な表情を持っている国です。そういったことも含め、事前に情報収集できるガイドブックがなくて残念かもしれませんが、一方、先入観なくアルジェリアを見たままに感じられるのはガイドブックがないからこその良さという気もします。多様な情報源から色々な情報を手軽に入手できる今、こういう旅は貴重なのかもしれません。
4年振りの訪問でしたが、変わっていたのは、コンスタンティーヌの街に新しい橋が1本増えただけでした。以前の記憶のままのアルジェリアを再訪できたことは、とても幸せでした。(江間)

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