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2017年9月

2017年9月30日 (土)

幻の花を求め、花々の楽園へ!(西オーストラリア)

幻のリースレシュノルティアを発見!
先日、「西オーストラリア周遊とワイルドフラワー観賞の旅 9日間」より帰国しました。
南半球のオーストラリアは秋の訪れを感じる日本とは逆の季節。そう、現在、春爛漫。
そしてこの時期は桜前線ならぬ花前線が、西オーストラリアの北から南へと南下、これにあわせ毎年ワイルドフラワー観賞ツアーが人気です。ですが、そこは行けば確実に見ることが出来る遺跡群や建造物などと違い、花の開花の時期はその年の雨や気温などの自然現象に左右されます。それ故、行く前はいつも以上にドキドキが止まりません。
オーストラリアの国花でもあるゴールデンワトルはオーストラリアに春を告げる花。州都パースをバスで出発すると、次から次へと目に入るワトル(ミモザ)の黄色い花に心を奪われます。西オーストラリアに自生するワイルドフラワーはなんと約1万2000種!この先どんな花々に出会えるのかな!?いつしかドキドキはワクワクに変わっていました。
時にバスを止めてフラワーハンティング!とにかく種類が多いので正式な名前を調べるのも大変ですが、それを本で探し当てた時の嬉しさったら!!「ここにある花はまだ見てなかったわよね?」「この花はこの前見たのと同じかしら?」このようにツアー中、花探しはたびたび行われ、色々な花を見る事ができました。
その中で一番の人気はなんと言っても通称リースフラワー(リースレシュノルティア)。その名の通りクリスマスリースのように放射状に茎が伸び、ピンクの花を咲かせるこの花はほんの一部でしか見る事の出来ない希少種で、その美しさや珍しさから乱獲され今は僅かしか存在しないと言われる幻の花。前年にそこにあったからといって今年も同じところで咲いているとは限らない。道行く先のホテルやインフォメーションなどで情報を入手し、いざその場所を訪れると・・・。
リースレシュノルティアの群生

リースフラワーを発見!その一株にバスを下車し拍手喝采。おや?その周辺に目を向けると、な、なんと沢山のリースフラワーが列をなして迎えてくれているではありませんか!!それもまだまだ花のない小さな子供?から見事花をきれいに咲かした大人?まで。「幻の花が幻で終わらなくて良かった~。」と、喜びと共に安堵に胸をなでおろしたのでした。
オーストラリアはこれから夏を迎えそして冬が来ます。花の命は短いですが、必ずまた春はやってきます。来年も再来年も、そのまたずっと先も、きっと花々は美しく私達を迎え続けてくれることでしょう。そんな場所を守り続けなければ、と旅の最後に誓いました。(岩間)

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2017年9月28日 (木)

知られざるロフォーテン諸島でハイキング(ノルウェー)

先日「アビスコ国立公園とロフォーテン諸島を歩く9日間」の添乗より帰国致しました。旅は黄葉で色好きはじめたスウェーデンのアビスコ国立公園から始まり、欧州最北を走るノールランストーグ鉄道、世界一美しい航路と謳われる沿岸急行船に乗って移動中も絶景を堪能し、ロフォーテン諸島の素朴で可愛らしい風景を楽しみました。今回はお天気にも大変恵まれ、日中は絶好のハイキング日和な日が続きました。また、タイミングよく太陽フレアの爆発もあり、なかなか見ることができない迫力のオーロラを鑑賞することもできました。

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ロフォーテン諸島は、日本ではまだあまり知られていない観光地かもしれません。ロフォーテンが位置するノルウェー北西海岸は、北極圏にありながらメキシコ湾流の恩恵で不凍の海岸。その上、大量のプランクトンが発生するためタラをはじめ魚が繁殖します。古くからこの地域に住む人々は漁業で生業としてきました。特に冬場はタラ漁が盛んで、ロフォーテンで生産された干しダラはポルトガルをはじめ、ヨーロッパ全域に輸出されています。ポルトガルに行かれた方は“バカリャウ(干しダラ)”を召し上がっているはず。しかし、漁業が盛んとはいえ、一つ一つの集落は小さく、村人が1人しかいないなんて村もあるくらいのロフォーテン諸島。そんな場所が観光地として注目を浴びるようになったのは、アメリカの雑誌「TIMES」でレイネの風景が取り上げられたのがきっかけだったようです。ロルブーと呼ばれる赤い小屋(かつての漁師小屋)、その背後に切り立った山並み、美しいフィヨルド…。まるで絵葉書から現実の世界に飛び出してきたような、素朴ながらも魅力あふれる風景です。

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ツアーではレイネから小型ボートに乗ってヴィンドスタッドという村まで足を延ばしました。ここは現在1年中暮らしている人はいないのだとか。夏の間のみ滞在する人が多いようで、家はあるものの、閑散とした雰囲気。しかし、氷河が作り出したフィヨルドは見事。ハイキング中、時折足を止めて周りの景色を堪能しました。(市川)

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2017年9月27日 (水)

ブラジルの中心に卓上台地を発見!

先日ブラジル五大自然物語16日間のツアーから帰国しました。南半球は冬の季節といえど、気温は35度以上。お天気も良く、アマゾン川、レンソイス、イグアスの大瀑布、パンタナールの大湿原等ブラジル屈指の大自然を満喫してまいりました。
そして今回はブラジルのみを巡る16日間ということで普段はツアーで行かないようなまだまだ知名度の低い地域にも足を運びました。
 その地域とは、ブラジルの中西部にあるシャパーダ・ドス・ギマラエス。地理的に南米大陸のちょうど真ん中にあり、町は平野に囲まれた600mほどの高地にあります。大陸の真ん中はどうなっているのだろう?!と期待を込めて行くと、道中は赤茶色の岩壁がそびえ、アメリカ西部で見たような景色。そして、だんだんと上り坂を走ると見えてくる隆起した台地の風景。

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そして、街を抜けギマラエス高地の景色が見られる展望台へ。そこには大地がぐっと盛り上がった卓上台地のような景色が広がっていました。目の前には断層がくっきり見える台地は迫力満点。大陸が形成される際の地殻変動で創られた地形を間近に見ることができます。

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また、近くにはセントロ・ゲオデシコという南米大陸の“へそ”も。南米の中心というくらいですから旗が立っているかと思いきや、地面からぴょこっと見えている石の印がかわいらしい場所。卓上大地から流れ出る落差78mの滝もあり、知られざる魅力を秘めている地だと感じました!

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険しい道のりの先にあるのかと思われますが、意外にもパンタナール観光の基点になる、クイアバからバスで1時間以内で到着できる好立地、道はしっかり舗装もされています。そして少し高地にあるためさわやかな風も吹き比較的過ごしやすい気候。ブラジル人の間では有名な観光地の様ですが地球の裏側の日本にはまだまだ伝わってきていません。新たな観光資源としてとして頑張って欲しいと感じました。(杉林)

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2017年9月26日 (火)

錦秋の美しきデナリ国立公園を訪ねて(アラスカ)

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先日、「秋のアラスカ大自然紀行とオーロラ 10日間」のツアーから帰国致しました。今回のツアーはタイトル通り、秋色に染まるアラスカの国立公園を巡り、オーロラ観賞やアラスカ鉄道、デナリ(マッキンリー)山遊覧飛行、氷河クルーズと様々な角度からアラスカの大自然を満喫する旅でした。

中でも特別なのが、デナリ国立公園内のカンティシュナ行きのバスツアー。国立公園最奥の地、カンティシュナへ行ける唯一の手段です(ほかの手段では途中までしか行けません)。人がより少ない奥地まで訪れる為、動物たちに出会える可能性も高いのです。また、デナリ国立公園で最も美しい場所の一つとされ、雑誌などの写真でよく見かける湖とデナリ山の景色が見られるポイント、ワンダーレイクもこのカンティシュナ行きのバスツアーに乗らなければ、見られないのですから、“特別”という理由もお分かり頂けると思います。

北米大陸最高峰デナリ山(6,190m)を擁するデナリ国立公園は、アラスカの中で最も良く知られ、多くの観光客が訪れる場所。デナリは、先住民の言葉で「偉大なるもの」という意味です。アメリカ最大の州、アラスカ州の面積の7.5分の1を国立公園が占めていますが、その中でデナリ国立公園は州内4番目の大きさ(四国の広さ以上)です。38種類の哺乳類、172種類の鳥類など多くの野生動物が生息しています。

バスは、約40名乗りの大型で、人気の為満席!日本人はユーラシアのグループだけでした。道はほとんど砂利道ですが、ガタガタ揺れることはほとんどありません。2時間ごとにお手洗い休憩をしながら進みます。国立公園はカンティシュナまでの一本道しかありません。片道約5時間の道のりで、カンティシュナで昼食を食べ、その後同じ道を戻ります。
そのバスツアーに参加したのは9月6日、「これ以上はないわね」とお声を頂くほど、きれいな紅葉を見ることができました。ここでの紅葉は、日本で想像するものと違います。標高約1,000mの森林限界を挟んでおり、広大なツンドラ地帯が広がっています。木々が育たず、低木のままの森が広がり、それらが紅葉するとまるで赤い絨毯を敷き詰めたよう。動物も遠い時もありましたが、計6回グリズリーベアを見ることができました。なんと先導するようにバスの目の前まで来てくれたグリズリーベアもいて、バスの中は大騒ぎでした。他にもムースやカリブー、ドールシープ等々…さまざまな動物たちに出会えました。世界最高比高を誇るデナリ山は、約100km進んだところから見えるようになります。今回は、雲で頂上は見えませんでしたが、富士山の約1.6倍の大きさは見ると迫力が違うなと感じました。
紅葉あり、動物あり、山ありと見所満載のデナリ国立公園は、その名の通り「偉大」でした。(五島)

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2017年9月22日 (金)

今話題の絶景、氷のトンネル(アイスランド)

氷のトンネル
先日、「アイスランド周遊と秋のオーロラ 10日間」のツアーから帰国致しました。
今回は、リングロードと呼ばれる国道一号線を使い、アイスランドをバスで一周するツアーです。アイスランドの情景はまさに非日常、コケに覆われた大地や氷河から流れ出す滝、月面にいるような凸凹とした溶岩台地。日本で目にすることのない景色に息をのみます。そんな絶景ばかりのアイスランドで今話題の絶景、氷のトンネルに今回はご案内致しました。
 アイスランドで2番目に大きなラングヨークトル氷河を氷上車で進むこと約20分。氷のトンネルの入り口に到着です。2015年に造られたこの氷のトンネルは入口を入ると一気に世界が変わりそこは何千年もの時を経た氷の世界。氷の壁にはLEDライトが埋め込まれており、神秘的な空間を生み出しています。トンネルの中を進むと少し開けた場所に到着です。

氷のトンネル

この空間には椅子などが置かれなんとここで結婚式を行う人もいるそう、その他にも音響効果が抜群ということでコンサートが行われることもあるそうです。私たちもそこで、ふるさとを歌い、ガイドさんに歌のプレゼント。分厚い氷河に跳ね返り音が響いているのがよく分かりとても気持ちの良い空間でした。そしてさらにトンネルを進むと、大きなクレバスが!ゆったりとした川のように流れ続ける氷河は所々、クレバスと呼ばれる氷河の割れ目ができます。この氷のトンネルではクレバスの真下に行き見ることが出来、とても貴重な体験になりました。これだけでも魅力たっぷりの氷の氷河ですが、この氷の氷河にはもう一つ魅力があります。それは地図を見るとよくわかるのですが、道がハート型に掘られています。

氷のトンネル地図
人工的に掘られた道ではありますが、とてもほっこりとした気持ちになりました。(竜崎)

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2017年9月21日 (木)

これぞ三河の粋!“炎の祭典”手筒花火(国内旅行)

先日、9月9日発「豊橋“炎の祭典”手筒花火と井伊家ゆかりの地へ 2日間」より戻りました。この度のメインは何と言っても、450年以上もの歴史を持つ、豊橋の手筒花火見学です。手筒花火と聞いてもピンとこない方も多くいらっしゃると思いますが、手筒花火とは直径10cm、長さ約80cmの竹の中には火薬を敷き詰めて揚げる吹上花火のことです。打ち上げ花火との違いは、その火柱!何と10m以上もの火柱が吹き上げます。大きいものでは、筒の直径30cmにも及び、その火柱の高さといったら圧巻の一言。手筒花火は、愛知県豊橋市の吉田神社が発祥の地といわれ、かつてこの地を治めた徳川家康が三河衆に火薬の製造を任せたことに由来すると言われています。
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今回はそんな手筒花火が盛んな豊橋にて開催される手筒花火を中心とした花火大会“炎の祭典”を見学しました。隅田川花火大会などの都内で開催される大きな花火大会とは異なり、そこまでの来場者を想定していなかった私ですが、いざ会場に到着すると、地元の方々だけでなく、東西南北、全国各地から手筒花火を一目見ようと集結していました。会場は豊橋公園内の球場、外野席から内野席、さらにはグラウンド内に特設されたアリーナ席まで、空席はほとんどない程の賑わい。
そしていよいよ花火大会の開始!手筒花火を持った人々が横一列に並び、合図とともに点火。すると、次々と火柱が吹き上がります。打つ上げ花火とは違い、手筒花火は筒を持ったまま、火をつけ、吹き上がっている間もずっと人の手に抱えられています。火花が降り注いでくるのも構わず、ボーンっという吹上の終わりを告げる音が聞こえるまで、持ち手は片時も筒を手放すことはできません。とてつもなく熱いであろう火花に耐え、それでも一直線に火柱を上げ続ける持ち手の方々に、三河の粋を感じました。
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豊橋の手筒花火は、“炎の祭典”だけではなく、4月から10月にかけて豊橋市内各地で開催されます。豊橋を訪れる機会があれば、三河の粋を感じてみてください。(吉村)
豊橋“炎の祭典”を訪れるコースは2018年2月頃に発表予定です。
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2017年9月20日 (水)

大型バスでサファリ体験。百獣の王ともご対面!(ナミビア)

先日、「ナミビア大周遊と砂漠の花園ナマクワランド13日間」の添乗より帰国しました。
今年は例年稀にみる干ばつとのことで砂漠は花園になっているのかと不安でしたが、
ウエスコースト国立公園では砂漠に咲くたくましい花々に出会うことが出来ました。   

南アフリカツアー

南アフリカツアー

南アフリカツアー

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2017年9月19日 (火)

動物サファリで大物遭遇!マサイマラ国立保護区にて

先日、「ケニア・タンザニアハイライト9日間」のツアーより帰国致しました。
今回はツアー出発の直前にケニアで“世界で最も厳しいビニール袋(ポリ袋)禁止令”が施行され、出発前にバタバタと荷物の詰め替えをして当日を迎えました。近年アフリカ地域の国々で、環境保護の観点から同様の条例が施行されており、ケニアにおいては所持・持込が見つかった場合、罰金4万ドル(約430万円)または禁錮刑4年となる可能性があるということで、ヒヤヒヤしながら注意を払いました。

そんな問題がありましたが、やっぱり今回のツアーの醍醐味は何と言っても動物サファリ!
中でもケニア・タンザニアは、野生動物の楽園とも言えるほど、様々な種類の動物たちが数多く生息しています。サファリでは皆様会えたらラッキー「ビッグファイブ」のゾウ・ライオン・サイ・ヒョウ・バッファローの大物を狙って、様々な国立公園や自然保護区を訪れました。
特に皆様が期待するのはライオン。ライオンは、シマウマやガゼルなどの群れで生活する動物と比べて、数も少ないため簡単には見つけられません。しかも餌である草食動物を狙って、ひっそりと草むらに隠れているので人間の目にもなかなか探し出せないのです。
しかし、今回は心強い助っ人が!マサイ族のドライバーガイドさんたちです。聞くところによると、マサイ族は大平原ならおよそ20km先まで見えるそうで、4WDを運転しながら、あちこち見ていろいろな動物を見つけてくれます。そして全サファリカーに無線が搭載されており、周囲のガイドたちで情報共有をして、大物が見つかったらすぐ駆けつけられるようになっています。
ケニアのマサイマラ国立保護区は、今回のツアーの中でも最も動物の数が多く、大物がよくみられるということで目を皿のようにして窓の外をじーっと見渡します。するとブッシュの木の陰になにやら黒い物体が…。ドライバーも確信したように4WDを走らせて向かうと、なんとライオンの雄と雌の二頭いっぺんに発見!しかも車との距離は5mくらいと近い!大興奮でカメラのシャッターを切ります。ちょうどお昼時で、ライオンなどの肉食動物は午前中に狩りをして、食事のあと昼は満腹でお昼寝タイムに入ります。まさにちょうどこれから眠ろうかという、ライオンの姿はまるで大きな猫。ですがこの広いサバンナで、何におびえるでもなく自由気ままにくつろぐ姿に、百獣の王の威厳すら感じられました。
そのあとも立て続けに無線が鳴り、終われば1日に4~5回もライオンに出会うことが出来ました。
ライオン

今回のツアーでは、ヌーの川渡り見学(2回)や、その他大物のゾウ、バッファロー、チーター、キリン、ハイエナ、カバなど、沢山の動物に出会えました。また、普段都会で暮らす私たち日本人にとって、そこかしこに動物がいる風景というのは、現実離れした素晴らしい空間でした。

ヌーの川渡り

結局、出発から帰国まで、一度もビニール袋に関して問われることはなく、思い思いにサファリを満喫し、無事にツアーを終えることが出来ました。また日本に帰国して電車通勤の生活に戻ると、草原に漂う動物のにおいが恋しい今日この頃です。(西澤)

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2017年9月18日 (月)

シベリア鉄道の旅は、1日にしてならず(ロシア) その4

8月17日発「シベリア鉄道走破の旅 ~9,259㎞、ウラジオストクからモスクワへ~ 15日間」の連載ブログ第4回目です。
シベリア鉄道の楽しみのひとつは、車窓から見える景色でしょう。同じ景色が続くとはいえ、眺めていると疑問に思ったり、おやっと思うものが見えたりするときがあります。
私は、ウラジオストクからモスクワまでの区間で特に好きだった景色は、前半でした。ウラジオストクから出発したては、進行方向左側の車窓から金角湾がしばらくの間見えました。ウラジオストクは半島にあり、その半島の西側に線路が敷かれ、北上していきます。ウラジオストク駅を19:10発でしたので、夏の時期はちょうど夕方に差し掛かり、いよいよ旅が始まる、という気持ちとともに眺めた金角湾の夕景は忘れられません。翌朝、ハバロフスク駅を通過直後にアムール鉄橋を渡ります。昔は、アムール川越えには地下トンネルを使っていましたが、いまは鉄橋で渡りますので、雄大なアムール川の光景も印象的です。その後、ザバイカリスキー地域に入ると、ブログその1でも書きましたが、鉄道工事難航区間へ。美しい自然と工事難航区間だったことを知っていると、何気ない自然の景色からもさまざまに思えることでしょう。そのザバイカリスキー地域は、2012年まで大きな川に架かる橋や舗装路がなかったそうです。それをプーチン大統領になってから道路整備が一部ではありますがすすめられたそうです。
何もない広野(畑も周辺に見かけない)に、ときおりぽつぽつ見える木造の家。時には簡素な一軒家も。さて、ここで不思議に思うわけです。ここで生活する人たちはどうやって生活しているのかと。たまたまこの地域出身の現在、鉄道関係者の方が同じ車両に乗っていたのでその疑問の答えを知ることが出来ました。線路脇に見える家は、鉄道補修関係者の家だそうで、冬の時期などは雪かきの除雪車など動かしたり、場合によっては人の手で除雪したり、電線などに異常があれば駆けつけるそうです。また先述した舗装路がまともになく、その前後で大きな町らしきものがないような場所でお店のようなものが見えず、数軒民家が建つだけの場所では、週に何回か、日用品から食料などを乗せた列車が最寄駅に来るそうで、そのときに駅に行き必要なものを購入するのだと。シベリア鉄道では小さな駅は通り過ぎてしまいます。しかし通り過ぎる小さな駅も、その地域に住む人にとっては移動手段以外に重要な駅なのです。更になにもないところに見えた簡素な一軒家は、鉄道工事に携わる人の休憩小屋兼作業道具置場なのだと。特に冬の時期は暖を取るのに重要。舗装された道路もなく、町もないようなザバイカリスキー地域で、いま自分が乗っている列車がたくさんの鉄道関係者の人たちによって安全に運航されているのかということが身に染みる話で、じん・・・としました。イルクーツクに近づいてくると、舗装された道や橋が普通に見え始め、牛や馬の放牧された集落などが見え、ちょっとした車窓の見えるものへの変化にも嬉しく、楽しく思いました。

シベリアの白樺

もちろん、自然の美しさも素晴らしいもので、よく見られる白樺も幹が細かったり、太かったり、背が高かったり、低かったり。嵐などで倒れた木が残る自然そのままの白樺林、緩やかな小山が続く山稜区間、黄色やピンク、薄紫の野花、人家の庭に植えられた向日葵。線路を並走する小川やときに鉄橋で渡るシベリアの大河。これらの大河は、その先で更なる大河アムール川やレナ川などにつながっていたりし、その大河を航行して冒険者や探索隊が未開の地シベリアに向かったのか、ウラジオストクもハバロフスクもそのような探索隊によって発見されたのかと通り過ぎていった町のことを連想してみたり・・・。

車窓からみた給水塔

そうはいっても飽きちゃうのよね、という方は、ウラジオストクからモスクワまでの間で所々で見える給水塔を探してみましょう(上記写真は給水塔です)。その形はサイロにもムーミンハウスにも見えるもので、かつてシベリア鉄道が蒸気機関車で走っていた時代の名残です。駅に見えたり、なにもないところで突然見えたり。その建設素材やデザインも様々なので、あの給水塔は可愛い、あの給水塔は木造だった、あの給水塔は・・・と見つけては考察したり、頑張って移動する車窓から写真を撮ったりして楽しんでみてください。

駅で見かけた給水塔

第5回目以降は掲載未定です。
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2017年9月17日 (日)

シベリア鉄道の旅は、1日にしてならず(ロシア) その3

8月17日発「シベリア鉄道走破の旅 ~9,259㎞、ウラジオストクからモスクワへ~ 15日間」のブログ第3回目です。
極東・シベリアの夏は暑いときは暑いです。この度のツアーは8月17日発でしたので、8月中旬~下旬中も昼間に27~30℃まで気温が上がる日もありましたが朝晩は15~20℃と気温が下がり、ちょっと肌寒いか心地よい涼しさとなりました。そのような暑い日中、シベリア鉄道で移動し、途中下車しながら観光する際は、是非各地域の地ビールを楽しんでください。ロシアのビールというとバルチカ7が有名ですが、シベリアの各地域やお店ごとで地ビールを製造しています。なかには酵母入りビールもあったりしました。シベリア鉄道の食堂車でもビールは販売してます。ちなみに現在、シベリア鉄道の客車・コンパートメントへの酒類の持ち込みと飲酒は禁止になりました。シベリア鉄道滞在時は、食堂車で酒類を購入・飲酒のみとなります。食堂車によっては、地ビールを積んできていることもあるので、「とりあえずビール」という注文ではなく、何種類かあるビールを見て飲むことをお勧めします。

ウラジオストクの地ビール

甘党は、駅の売店や売り子さんからアイスクリームを買って食べるのも楽しみのひとつ。アイスクリームもその地域の工場で作ったものだったりするので、停車駅毎により売られるアイスクリームもメーカーが違います。

マロージュナ

味はバニラばっかりで真ん丸のバニラアイスがコーンについているタイプがほとんど。ちゃんと密閉包装されてますので衛生面も大丈夫です。またロシアの東側の家庭で作るお菓子のひとつにワッフルの生地をロール状にしてそのなかに煮込んだ練乳を入れるスウィーツがあります。このお菓子で初めて知りましたが、練乳を長時間煮込むと色が茶色になるのです。ですから、このお菓子を買ったとき、中身はチョコレートクリームかなと思いました。そして調べていくと、練乳を煮込んで茶色くなったのがキャラメルなんだそうで。要は、このスウィーツはキャラメルのワッフル巻きとでもいうのでしょうか。これはスーパーや駅の売り子さんから購入することができます。
シベリアの自然から得られた松の実、ベリーも夏ならではの食べ物。市場や駅のホームにくる売り子さんが売っていたりしますが、面白いのはハチが集めた花粉。え、それ食べるの?と思うかもしれませんが、女王蜂が食すという花粉はロイヤルゼリーと同じくらい栄養素が詰まっています。自然の色(着色していません)で意外とカラフル(写真参照)。

栄養価の高い花粉

それが一袋200ルーブル(約400円)。安いです。そのまま食べるのですが、すごくおいしいというわけではないのですが、なんとも病み付きにある味です。モスクワなど大都市に行くと簡単に手に入らないものですし、値段も高くなるので是非、極東~シベリア地域間で買ってみてください。

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2017年9月16日 (土)

シベリア鉄道の旅は、1日にしてならず(ロシア) その2

8月17日発「シベリア鉄道走破の旅 ~9,259㎞、ウラジオストクからモスクワへ~ 15日間」
この度のシベリア鉄道の旅のなかで印象的だったことのひとつは、短い夏の時期に草木花といった自然の生命が逞しく息づいていたことです。草木の緑、色鮮やかな野花、野生の甘酸っぱい美味しいベリーが実る夏のシベリアは、『極寒』のイメージを覆しました。更に途中下車し、観光したノボシビルスクでは、カフェ前の路上にテーブルがでて、ふりそそぐ陽光を浴びながら外でのお茶を楽しんでいました。寒い地域だからこそ、短い夏を満喫しようとする地元の人の気持ちが伝わってきました。また建物1階で歩道に面し、窓も出入り口の扉もないオープンレストランもありました。冬の間は、窓や扉を取り付けるのだろうか?それでも雪が積もって出入り口は頻繁に雪かきをしないと閉ざされるだろうし、どうするんだろう?と思っていたら、そのレストランは夏だけオープンなんだそうです。寒くなると1階部分のテーブルやイスなどは全部片づけてしまい、冬の間は扉と窓を取り付け完全に閉めてしまうそうです。そのようなお店はウラジオストクをはじめ、冬に雪深くなる地域ではよくあるそうで、まさにそのレストランが営業し始めたら夏がきた、という街の人にとっては季節を告げるような存在でもあるのだなぁと、活気づく店内にしみじいした思いがこみあげました。
ちなみにカフェでお茶をするときは、是非ハーブティーをお楽しみ下さい。シベリアは野生のハーブやベリーの宝庫。ハーブティーやハーブ&ベリーティーがとても美味しいです。ちなみにジャムを紅茶に入れて飲む日本のロシアンティーというのは本場ロシアではありませんし、ジャムを入れて飲むようなことはしません。しかし、極東やシベリア地域では非常に質の良いハチミツもとれるので、スプーンにハチミツをすくって、口に入れて、紅茶を飲むということはするそうです。私も鉄道の旅の間、サモワールでお湯をもらって持参のティーバックで紅茶を作り、市場で買ったハチミツをなめながらちょっと濃いめのストレートティーをすすりましたが、最高のお味でした。

ペロゴルスクⅠ駅にて

(追記:松の実入りハチミツというのもスーパーや市場などで売っていますし、8月下旬になると涼しい地域ではキノコもとれ、乾燥キノコも市場で見かけます。その香りは西洋の松茸と言われるポルチーニ、セップ茸に似ていました。)

市場で見かけた乾燥キノコ

つづく
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2017年9月15日 (金)

シベリア鉄道の旅は、1日にしてならず(ロシア) その1

8月17日発「シベリア鉄道走破の旅 ~9,259㎞、ウラジオストクからモスクワへ~ 15日間」の添乗に行き、ツアータイトル通り、東の大都市ウラジオストクから首都モスクワまでの9,259㎞をシベリア鉄道に乗って移動してきました。 シベリアというと、皆様はどのような印象をもっていますか。寒々しい?人が住めるところではない!?・・・と『寒』のイメージが強いことでしょう。確かに冬の気温は-20℃にも-30℃にもなりますが、その気温でしたらカナダのイエローナイフも冬の時期にはそのくらい下がりますよね。当然、シベリアはちゃんと人が生活し、都市や町があります。しかし、夏のシベリアは、その冬の印象で訪れると何とも生命力溢れる風景が広がっていてシベリアに対する先入観との違いに驚かされました。

ウラジオストク駅のキロポスト

ウラジオストクからイルクーツクまでの移動中の区間は、厳密にいうと極東、ハバロフスク、アムール、ザバイカリスキー、そしてシベリアと地域が分かれています。シベリア地域とはシベリア鉄道路線でおおまかにいいますと、イルクーツク駅より約8時間手前で停車するペトロフスキー・ザヴォート駅までがザバイカリスキー地域で以降がシベリア地域となりウラル山脈まで続きます。 さて、上記の区間で一番鉄道工事が難航した地域はどこでしょうか。実はシベリアではなくザバイカリスキー地域が一番の難航区間でした。この区間は永久凍土に湿地帯、山と丘陵地帯という地理的な問題に加え、夏は30℃と暑く、冬は-20~-30℃の気温になります。8月下旬、車窓から眺めた永久凍土の地域には草木が生えて緑の大地を私たちに見せ、『凍土』という言葉の意味が見た目では理解できませんでした。その地域を走っているとき、たまたまその地域出身の乗客と同じ車両で話を聞くことが出来ました。永久凍土の地域は、夏でも地面を1.5m掘ると氷の地層にあたり、狩猟をして狩った獲物を掘った穴の中に入れておけば自然の冷蔵庫状態になったそうです。しかしシベリア鉄道の建設作業に従事する人たちにとっては、この永久凍土が建設作業を難航させました。また湿地帯は車窓から見ると何とも草がきれいに生い茂り幻想的な雰囲気・・・と思ったものですが、建設工事を想像すると、何とも広大な範囲にわたって見える湿地帯。シベリア鉄道を建設していた当時、夏の時期に発生する蚊による病気にもかかり、亡くなる人もいました。さらに、その湿地帯に高い土手を築いて鉄道のレールを敷いたのかと思うと何とも大変という言葉を通り越した作業だったと胸が詰まる思いになりました。 よくシベリア鉄道の車窓風景は同じ光景で飽きてくるといいますが、永久凍土の大地に息づく草木、難航の要因だったとはいえ美しい湿地の景色、白樺の林、ときどき見える集落やぽつんと建つ小屋。自然の美しさに感動し、鉄道工事の困難さに沈み・・・と車窓からの景色に様々な思いが浮かんできたものでした。

車窓からの景色

つづく
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2017年9月14日 (木)

馬乳酒をご存知ですか?~モンゴル・ゲル体験~

先日、「モンゴル紀行 8日間」より帰国致しました。
このツアーでは、大草原だけでなくゴビ砂漠が広がる南ゴビまで足を延ばします。見渡す限り大草原の中、モンゴルの移動住居ゲルでのんびり滞在しました。
時には放牧されている羊、ヤギ、馬といった家畜が通り過ぎるのを眺め、心地良い風に吹かれながら忙しない日常を忘れるような時間を過ごすことができました。

モンゴル大草原

大多数のモンゴルの人々は、ご存じのとおり家畜の牧草を求めて、家畜とともに移動をしながら生活をしています。(中には定住ゲルの家族もいます。)特に、モンゴルの夏の6月~9月頃は馬のお乳を搾り発酵させる、「馬乳酒」を作ります。馬乳酒は、発酵させて作るため、ほんのりアルコールを含む、飲むヨーグルトのような甘酒のような味に似ているかもしれません。

馬乳酒と民家

モンゴルの人々、特にゲルで生活する移動民は、3食とも馬乳酒を飲んで過ごすというほど非常に栄養価の高い、モンゴルの国民的栄養ドリンクです。
しかし、モンゴルの夏に欠かせない馬乳酒ですが、飲むことができるまでには大変な道のりです。馬のお乳なのですから、お乳が出るのは母馬です。そのため、可哀想なことに仔馬は母馬と離れ離れにされてしまいます。また馬のお乳は大変貴重なもので、一度にあまり出ません。そのため、2時間に1回、搾乳することで少ないながらもお乳を母馬より分けてもらいます。そして何よりも、お乳が出るためには母馬が栄養を取ることも必要不可欠。牧草をしっかり食べないとお乳は出ません。今年は例年に比べて雨が少なく、あまり牧草が育っていないという状況。残念なことにそういった条件から、ほとんどのご家庭が馬乳酒を作っていませんでした。しかしながら、バスでの移動途中に訪問したゲルのお母さんが馬乳酒を作っており、なんと分けてくださることに!皆様を手作りのお菓子で温かく迎えてくださり、貴重な馬乳酒をいただきました。普段、ウランバートルのマンションに住んでいるガイドさんも「今年初めての馬乳酒ですよ、嬉しい!」と笑顔で一気飲みをしていました。突然の訪問にも関わらず、現地の人々との交流は、心が温かくなるものでした。ちなみに、南ゴビは砂漠で低い低木の雑草しか生えておらず、家畜といえばラクダ。馬乳酒ならぬ駱駝乳酒が振る舞われました。お味は・・・ご想像にお任せします。

南ゴビのゲル

ゲルに住む人々の生活を体験しながら、ゲルで夜を明かす。今回は、新月付近の出発日だったこともあり満点の星空も楽しむことができました。まさに今にも降ってきそうな星空の下、コーヒー片手に薪ストーブで温もり、この豊かな生活がいつまでも消えないことを流れ星に願いました。(角田)

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2017年9月13日 (水)

ポルトガルで最もポルトガルらしい村、巨石の転がるモンサント

先日「ポルトガル・ハイライト 9日間」の添乗から帰国しました。
海洋国家ポルトガル。教会や修道院は大航海時代に得た金や富で築いたものばかりです。今回訪れたリスボンのジェロニモス修道院は、その中でも随一のマヌエル様式の装飾が施された美しい教会がありました。マヌエル様式というのは、航海用具のロープや錨、貝、アジアの香辛料などの彫刻が柱や門に細かく施されたポルトガル独自の様式のことです。
今回のツアーでは、ポルトガルの海岸線沿いを北から南へと下っていき、海洋国家ポルトガルの魅力を堪能しました。

その中で唯一、海から離れたスペイン寄りの村モンサントにも立ち寄りました。バスでぐんぐん東へと進んでいくと、辺りの景色は段々と山並みが広がってきます。その山の中腹にモンサントはあります。
道を歩いていると、小さな教会や民宿、家が建ち並んでいて、その家々に食い込むようにして、大きな岩がゴロゴロと。岩を屋根や壁代わりに使っていて、夏は40度を超える暑さでも家の中を25度くらいにする効果があるそう。近くまで来ると2メートルを超える岩の存在感に圧倒されます。山の中にある街なので坂道が多く、所々に岩でできたベンチが置かれていて、歩き疲れた人が休憩できるようになっています。人口100人程の老人ばかりのモンサントらしい気遣いを感じました。
途中、時計台があり、そのてっぺんには鉄板でできたような風見鶏。これはモンサントが「ポルトガルで最もポルトガルらしい村」ということで賞をもらったときに与えられたものです。

モンサントの風見鶏

更に上の城壁跡まで登っていきます。上へと進むにつれて段々と傾斜も厳しくなっていきます。道の脇に転がる岩もどんどんと大きくなり迫力があります。そして15分程歩き、坂道を登りきるとようやく城壁に到着します。

モンサントの城壁

もとは11世紀レコンキスタの時に建てられたものでしたが、今では跡形もなく、城壁のみが残り、城壁内にはやはり岩がごろごろと転がっています。城壁の上によじ登ると、少しスリルもありますが、山の上からの素敵な景色が楽しめました。

そして最後に昼食。「ごちそうと花崗岩」というレストランへ。中に岩が突き出ているのはもはや見慣れた光景。しかしお手洗いから何やらお客様の盛り上がっている声が。なんとお手洗いにも大きな岩がどどんと張り出しているのです。そしてそこからの景色も絶景。

こうして素敵なお手洗いに後ろ髪を引かれつつ、モンサントを後にしました。

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2017年9月12日 (火)

チーズの香り漂う、トスカーナの田舎町、ピエンツァ

町のメインストリートを歩いていると、チーズが発酵した時の独特のにおいが、香ってきます。道の左右を見ると、チーズのお店がたくさん。ドアの向こうには、ところせましと並べられたチーズが顔をのぞかせています。大聖堂の向こう側には、オルチャ渓谷の素晴らしい眺めが。ここは、トスカーナ州のピエンツァの町。緑の大地が美しいオルチャ渓谷を一望できる小さな町です。

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ピエンツァの町はペコリーノチーズが有名。ペコリーノチーズは羊のミルクを原料としています。イタリア語で、雌牛のことを「ペコーラ」ということから、この名がつきました。塩味が少しきいている、ハードタイプのチーズ。刻んだりして、パスタと合わせたり、ワインや日本酒と一緒にそのまま食べるのもおすすめ。ローマの方で作られているものよりもトスカーナで作られている方のチーズの方が、味が少しマイルドなのだとか。町中ではこのチーズを売るお店を本当によく見かけます。メインの通りを外れて、あまり人気のない路地を歩くのもなかなか雰囲気があり、お散歩にはもってこいです。夏にはチーズを転がすチーズ祭りもあるほど、ペコリーノチーズが有名なのです。ペコリーノの中でもいろいろな種類があって、味見をしながら好みのものを選んでいくのも楽しいですよ。

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1996年に世界文化遺産に登録されている、ピエンツァの歴史地区。東西400m程の小さな町は、15世紀にルネサンス様式の街並みに統一しようという案があがり、そこが今の町の原型になります。人も温かく、町の雰囲気もゆったりとしていてとても良いのですが、町のシンボルの大聖堂から見える、オルチャ渓谷の風景はトスカーナきっての絶景。糸杉が所々にたち、畑が広がるオルチャの谷はピエンツァの町から眺めるのが一番。

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他のイタリアの大都市に隠れて、あまり有名ではない町ですが、何週間も滞在したくなるような、素朴さが魅力のピエンツァ。季節が変わるごとにその風景も変化していきます。今回の添乗は夏でしたので、次は秋の時期に…。(荒川)

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2017年9月 8日 (金)

吸血鬼ドラキュラの故郷、ルーマニアへ

先日、「ルーマニアとリラの僧院夢紀行 10日間」のツアーより帰国致しました。ところで有名なルーマニア人を3人挙げなさいという問いに対し、まずはモントリオール五輪金メダリスト「白い妖精」ナディア・コマネチ、ルーマニア革命により1989年に公開処刑の様子が全世界に放映された共産主義時代の独裁者ニコラエ・チャウシェスクが挙がるかと思いますが、あと1人は私は「吸血鬼ドラキュラ」を挙げます。
「吸血鬼ドラキュラ」はアイルランド人であるブラム・ストーカーによって書かれ、19世紀末に出版された怪奇小説ですが、このドラキュラのモデルになったのが、ワラキア公であったヴラド・ツェペシュであります。ヴラドが生きた15世紀のワラキア公国はオスマントルコやハンガリーなどの大国に囲まれていましたが、劣勢の中ヴラドはメフメト2世率いるオスマン軍と戦い、焦土作戦と奇襲を組み合わせたゲリラ戦法でオスマン勢を撃退させ、現在ルーマニア国内では英雄視されています。しかしヴラドの名を世に知らしめたのは英雄としての功績よりもむしろ彼の残虐性でありました。ヴラドはドラキュラの如く人の血は吸いませんでしたが、敵味方、身分の上下、老若男女関係なく、串罪による処刑を行なったと言われています。ゆえにヴラドは「串刺し公」とも呼ばれています。ここで串刺し公ヴラドの残虐なエピソードを紹介します。先述のメフメト2世が先にワラキアに派遣した使節団を串刺しにし、そのまま野ざらしにしておき、その後ワラキアへ来たメフメト2世を出迎えたのが、太陽の熱で腐敗し野鳥についばまれた、見るも無残な使節団の姿であり、これを見たメフメト2世は戦意を喪失したというものです。

ブラン城

今回「ドラキュラ城」とよばれるブラン城へ行きましたが、実はこのお城にはヴラドは滞在していません。それではなぜここがドラキュラ城なのか?実はヴラド自身の居城は廃墟になってしまいましたが、ヴラドのおじいさん(ミロシュ老公)がここを居城にしており、森深い場所にひっそりと立ち、秘密の抜け道や薄暗い廊下を持ち、小説のイメージ通りの佇まいを持つことから、ここがドラキュラのお城になったとか。現在はルーマニアで1、2を争う観光地であるがゆえ、観光客で溢れかえり、周りにはTシャツ、マグカップ、アクセサリーなどのドラキュラグッズを売るお店が軒を連ねているため、正直薄気味悪い印象はありませんでしたが、それでもお城の中にはヴラドがどのように串刺しにしたかという展示を見て、少々背筋がぞっとしました。

ヴラドの生家

それからもう一ヶ所。12世紀にザクセン(ドイツ)人が入植し、15~16世紀に繁栄を極めた丘の上の城塞都市シギショアラへ訪れました。実はこの街、ヴラドが生まれた場所であり、彼の生家も残っていますが、現在はレストランとなっており、私たちも夕食をここでとりました。気になるメニューですが、メインディッシュはなんとドラキュラの心臓!もちろん本物ではありませんが・・・。その正体は赤パプリカの肉詰めで、トマトソースとホワイトソースがかかっており、見た目は少々グロテスクでしたが、味は普通においしかったです。こうして「ドラキュラの心臓」食べて悪魔祓いをした私たちはレストランを後にしたのでした。(斉藤信)

ドラキュラの心臓

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2017年9月 7日 (木)

幸せの国ブータンに幸せを運んだ日本人がいた!

首都ティンプー

先日、「ブータンの懐深く、ブムタン地方とパロ、ティンプー10日間」の添乗より帰国しました。
通常のハイライトコースでは中々訪れないブムタン地方での観光が含まれたツアーです。

ブータンでは旅行を通して美味しい野菜をたくさん食べました。
ですが、ひと昔前のブータンでは野菜どころかお米も沢山とることができずに食料問題で
大きな問題を抱えていました。その危機的状況のブータンに農業技術を教えたのは、
外国人唯一のダショー(ブータンにとって最も名誉ある顕彰)を与えられた西岡京治という日本人です。
彼はブータンの農業の父と呼ばれるほど、亡くなった今もなお愛され続けています。そんな彼がもたらした幸せを
いつまでも忘れることなく、記念館にして残し色々な方に語り継ごうとするブータン人の人柄の良さに
感銘をうけました。また、今まで何気なく食べてきた野菜がとても高価な物だったと改めて実感させられました。

ヤタ織の織子さん

また、道中すれ違いざまによく見る放し飼いの牛に癒されながらより田舎に感じるブムタン地方のジャカールに滞在しました。
ここではヤクの毛糸を使って作られたヤタ織と呼ばれる織物が盛んです。地元のヤタ織工場にて、実際に織っている所を
見学しました。一つ一つ地道に作業を続けている織子さんも写真を取りたいとお願いすると快く撮らせてくれました。
ブータンという国は決して裕福な国ではないですが、美味しい野菜を使ったご飯や、地元の方の温かい心にふれて、

ブータン人の温かさを知りました。この温かさが幸せの国と呼ばれ、人々の笑顔を増やしていると思います。
雨季の季節でも後半からは晴れ間も見れ、またタクツァン僧院は傘をさすことなく、
上ることができ、ブータンでの10日間は数々の幸せに溢れていました。(森)

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2017年9月 6日 (水)

轟々と燃え盛る地獄の門(トルクメニスタン)

地獄の門

先日「地獄の門とトルクメニスタン 8日間」の添乗より帰国致しました。

今回は旧ソ連の一部だったウズベキスタンとトルクメニスタンの2ヶ国を訪れました。年間で最も暑い8月中旬で予想気温は40度だったので、現地では汗が止らないだろうなと心配しながら出発しました。しかし、現地に到着してみると風がとても心地よく吹いていて、日本のように湿度が高くないため、汗をかいてもすぐ乾いてしまうぐらい過ごしやすい環境でした。

今回のツアーで印象深かったのは、やはりトルクメニスタンのダルヴァザにある地獄の門。
この地獄の門は、約40年前旧ソ連時代に天然ガスの発掘調査中に何ならかの事故が起き、地面に大きな穴が出来ました。その穴から有毒ガスが出てきて、周辺の家畜に影響を与えていたため、政府は火を放ってこれを食い止めようとしました。当初はガスが数日で燃え尽き消えるはずが40年たった今でも出続け、燃えています。現在では、トルクメニスタンの観光名所となりました。
砂漠の道路を4WDで4時間程駆け抜けていくと、それは砂漠の中に突然姿を現しました。
最近ではヨーロッパの人々もここを訪れるため、クレーターの周りには人だかりが出来ていました。
近づいてみると、約40年間燃え続ける火の粉からの熱気は凄まじく思わず体を引いてしまうほど。

写真撮影だけ行いキャンプサイトへ移動。テント泊の準備をし、夜になってから再び地獄の門へ。
周辺は、砂漠の中なのでもちろん街灯はなく、懐中電灯の明かりを頼りに足元を照らしながら砂漠を10分程歩いて行きました。目線の先には、轟々と怪しく燃える様子がはっきり見えているので、まるでお宝が目の前にあるかのように期待に胸が膨らみます。
到着すると、燃えている火の大きさは変わらないのに不思議なことに夜は昼間と比べると格段に規模が大きく見えます。
クレーターは直径約90m、一周歩いてみるとまさにここから地獄へ落ちてしまいそうなほど深く大きなクレーターだということがよく分かります。

一周歩き終わったら再びテントへ戻りました。戻ってふと空を見上げると満点の星空。
上を見上げると輝く天の川、地平線を見ると轟々と燃える地獄の門、絶景の中でのテント泊は個人的に快適なホテルのベッドで眠るよりも最高でした。(山下)

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2017年9月 5日 (火)

マダガスカルの魅力、明るく前向きな子どもたち

先日、「絶景ツインギーハイキングとバオバブの里ムルンダヴァ」の添乗から戻って参りました。巨大なバオバブがたくさんあるムルンダヴァと石灰岩の台地が浸食されてできた針山のツインギーなど、マダガスカルでしか見ることのできない絶景を楽しみましたが、特に私の心に残ったのは、マダガスカルの子どもたちとの出会いでした。

ツアー中、マダガスカルの人々の暮らしを身近で見ることができる場所がベタニア漁村です。ベタニア漁村は、漁で生計をたてるヴェス族の村で、人口は千人ほどです。ムルンダヴァ川から河口まで、ピローグと呼ばれるアウトリガー付きカヌーで20分ほど渡ったところに小さな島があります。その小島がベタニア漁村です。

ピローグからの景色

島についた途端、村の子供たちが出迎えてくれました。私たちがカメラを向けると、慣れたようにポーズをとってくれました。少し大きな女の子は、顔に「タバキ」と呼ばれる日焼け止めを塗っていました。日焼け止めの原料は、オレンジがタマリンド、白はキャッサバです。ミャンマーの日焼け止め「タナカ」に似たようなものです。女の子は、ピアスをつけたり、髪の毛をアレンジしたりと、お洒落に気を使っており、私が付けていた地味なヘアピンは形が珍しいようで、彼女たちは興味津々でした。

女の子

男の子たちは、飛び跳ねたりしてとっても元気。少し大きな青年は、木登りを披露してくれました。マダガスカルのキツネザルに劣らないスピードで幹を駆け上がる彼を見て私たちは感動して拍手喝采でした。

木登り

村は大きくありませんが病院や教会もあります。電気やガスがなくても、井戸やシャワー室などを砂浜に作り、工夫をして生活をしています。大人たちはのんびり、子どもたちは元気に過ごしていました。楽しい時間はあっという間で、村人たちとお別れの時間がやってきました。子どもたちは私たちと手を繋ぎ、浜辺まで送ってくれました。最後に再び写真撮影し、彼らに別れを告げました。

このような子ども達の元気な姿が印象的でしたが、今回ツアーに同行してくださったガイドさんは、国の課題のひとつに教育制度をあげていました。2002~2009年のラヴァルマナナ政権下では、教育が優先課題でしたが、大統領が変わり教育制度改革は終わってしまいました。ほとんどの子ども達は、義務教育5年間の小学校を卒業後、お金がないために働きます。また、14才で結婚する子もいます。しかし、このような深刻な状況の中で、明るく前向きに過ごしています。来年、マダガスカルでは大統領選挙があります。新しい政権となり、明るい子ども達のために前向きな教育制度となることを心から願っています。(松本)

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2017年9月 1日 (金)

ギリシャ絶景巡り!ザキントス島のナヴァイオビーチへ

先日、「イオニア諸島とサントリーニ島・メテオラ四大絶景紀行」の添乗より帰国致しました。バカンスシーズン真っ只中のギリシャは、サンサンと降り注ぐ太陽の光、雲一つない真っ青な大空、エメラルドグリーンに輝く海と、それだけで心躍る素晴らしさです。
ギリシャと聞くとエーゲ海のほうが日本では知られていますが、実は、ヨーロッパの人々がバカンスの間好んで行くのがイオニア海。トルコの影響がみられるエーゲ海の島々とは異なり、場所柄、ヴェネチアやフランスなどの影響を受けてきました。ギリシャの文化と西洋の文化が織り交ざって独自の文化が息づいています。

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イオニア諸島で世界的に話題になっているのがザキントス島。ザキントス島の名を知らしめたのは、難破船が打ち上げられたビーチ、ナヴァイオビーチです。周りを切り立つ崖に囲まれた風景は荒々しくも壮大で、何よりも際立つのが海の色の美しさ!今回のツアーでは、まずビューポイントからナヴァイオビーチを見下ろします。写真を撮るベストポイントまでは少し険しい道なき道を10分ほど進んでいく必要があるのですが、絶景の為なら何のその!目の前に広がる景色に息をのみます。ご存知の方も多いかと思いますが、このナヴァイオビーチはジブリ作品「紅の豚」で、主人公ポルコのアジトのモデルになったのではないかと言われている場所です。ここを訪れる前に「紅の豚」を鑑賞した私の脳裏には、ポルコが操縦する赤い飛行機がナヴァイオビーチから飛び立つ光景が浮かびました。
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翌日には、ボートに乗ってナヴァイオビーチに上陸です。ビューポイントから見下ろすのとはまた違った印象を受けます。目の前に迫りくる断崖絶壁と長い年月を感じさせる難破船は他のビーチでは見られないちょっと異様な光景。シンボルともいえる難破船は、タバコの密輸船だったのだとか。難破した船にタバコが残っているのではないかと思った島民は、船をビーチまで引き上げて、大量のタバコを手に入れて喜んだそうです。1980年からシンボルとなり、現在は沢山の観光客がこのビーチにやってきます。難破船をアスレチックのように登る人もいれば、美しい海で泳ぐ人、SNSの為におしゃれな写真を撮る人と、楽しみ方は人それぞれ。ツアーではビーチに約1時間滞在しましたが、あっという間でした。
エーゲ海の島々に比べると、そこまで観光地化されておらず、ゆっくりとした時間が流れるイオニア諸島。バカンスで訪れるヨーロッパの人々のように、一日ビーチでゆっくりと過ごす休日を次の夏休みに計画しようと思います!(市川)

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