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2017年10月

2017年10月31日 (火)

黄金に輝く馬、アハルテケ(トルクメニスタン)

先日、「中央アジア大周遊 15日間」の添乗より帰国致しました。
今回は4か国、ウズベキスタン・トルクメニスタン・カザフスタン・キルギスを周るツアーです。
その中でも印象に残ったのは、トルクメニスタン。
遺跡や博物館だけでなく、トルクメニスタンの至るところで見ることが
出来る馬の像が興味深いです。これはアハルテケという種類で、トルクメニスタンが原産国です。
トルクメニスタンの国章にも使われていて、国が誇る馬なのです。
スピードと持久力を兼ね備えており、且つ、過酷な気候にも適応できるため、中国の歴史上で有名な、血の汗を流し1日に千里(約500km)走る名馬「汗血馬」ともいわれています。
ツアーでは、アハルテケを競走馬に育てるための厩舎を訪れます。
ここでは、実際に馬たちが動いているところを見ることができます。
実際に見てみると、毎日3時間みっちり鍛え上げられている馬たちが光輝いてみえるのです。
これは、アハルテケ特有の光沢を含む毛色が、太陽に反射することで、そのように見えるのだそうです。
室内で見るのと、屋外で見るのでは、全く違います!
ツアー後半は、気温も下がり、木々が黄色や赤に染まり始めていたので、日本よりも一足先に秋を感じることが出来た中央アジアの旅でした。

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2017年10月27日 (金)

独立から15年 2017年の東ティモール

 先日「東ティモールとインドネシア・ロンボク島の旅 8日間」の添乗より帰国しました。スハルト政権時代に紛争が激化し、25年以上の苦難の道を乗り越え、2002年5月20日に21世紀初の独立国として誕生した新しい国。面積は岩手県ほど、人口は110万人の小さな国でもあります。

 独立後も国内で小さな紛争はありましたが2012年以降は、情勢も落ち着き今年7月に平穏に国民議会選挙も終了しました。1999年独立を問う選挙の際の騒乱で、小さな首都ディリの80%以上が破壊されたとのことでしたが、現在は新しい建物が多くその痕跡は全くというほどありません。
時折、古い建物の黄色い壁が、ここがポルトガル植民地であったことを物語っているかのようです。細長くきれいな海沿いに延びる公園では,人々が雑談をしたりランニングをしている姿も目につきました。

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国連の関係者が多かったせいか、近代的なショッピングセンターや、日本と変わらない値段のおしゃれなコーヒーショップができている一方、地元の人々が集うローカルマーケットの物価はかなり安いものでした。

日本でもあまりメディアに登場しないので、いったい何があるの?と思います。観光地としては、紛争に関する悲しい歴史に関する場所や教会などが多くなりますが、印象に残ったのは、平和と自由を静かに味わうような「人々の笑顔」と「きれいな海」です。

市場にいた子供達

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 今回のツアーでは「日本東ティモール協会」のホームページより、現地の情報を参考にさせて頂きました。

 最近ではアジアとオーストラリアを結ぶ大型クル-船の寄港もあるようです。現在も空路のアクセスは良いとはいえず、なかなか行く機会に恵まれないかもしれませんが、ラオスよりもより素朴な東ティモールに是非注目して頂ければと思います。(加藤)

ユーラシア旅行社で行く東ティモールのツアーはこちら

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2017年10月26日 (木)

島国なのにグルメの代表はヘルシーな牛肉!(バヌアツ)

南太平洋の島国バヌアツ。世界一火口近くで噴火が見られる活火山ヤスール火山やジュゴンのいる海、美しいブルーホールなど自然を楽しみに多くの人が訪れています。

今回のツアーでも大自然を堪能し、のんびりした島の暮らしを見学しました。
さて、日本と同じく火山活動によって生まれた島の連なりを国土とするバヌアツは、自然豊かで農業も盛んな国です。輸出品の多くも農作物です。南国らしいココナッツや近隣諸国で高品質と評判のカヴァ(胡椒科の植物、根を煎じて飲みます。伝統的な儀式では欠かせません)などが主品目ですが、それらと並ぶバヌアツの名産品が、牛肉です。
バヌアツ牛のステーキ(一例)
かつてフランス人が多く住んでいたエスピリトゥ・サント島(サント島、ジェームズ・ミッチェナー『南太平洋物語』の舞台)をはじめ、バヌアツのあちらこちらでココ椰子の木陰や大きな羊歯の木の間に放牧されている牛を見かけます。
バヌアツ、タンナ島で
かつて、サント島などの牧場のオーナーの多くはフランス人でしたが、今日では日本や中国など諸外国の企業が所有しているところも多いようです。
自然の中でのびのびと育てられ、良くしまった赤身のお肉は、そういった企業を通じてオーストラリアやニュージーランドなどへ輸出されています。
日本にも、バヌアツからの牛肉が輸入されていますが、残念ながらまだまだブランドとしての知名度が低く、商品名などに大きく謳われていることは稀です。
しかし近年の健康志向の波に乗れば、ヘルシーで臭みのないバヌアツ牛のブームもやってくるかもしれません。
その際にはぜひ美しい海と猛々しい火山の島国バヌアツに思いを馳せてみてください。
(山岸)

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2017年10月25日 (水)

秋色染まるアイスランド!柱状節理から流れ落ちるスヴァルティフォスの滝

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先日「アイスランド周遊と秋のオーロラ 10日間」の添乗より帰国致しました。秋色に深まるアイスランドは大変美しく、月面にたとえられる溶岩台地に、苔や地衣類が黄色や赤色に染まったツンドラ台地は絶景でした。また、北部ミーヴァトン地方では、見事なオーロラを鑑賞することができました。
さて、アイスランドと聞いて、皆様は何を思い浮かべるでしょうか。国土の10%以上を覆う氷河、今も活動を続ける火山、地球の割れ目ギャウ、ミネラル豊富な温泉等、アイスランドは魅力たっぷり。もちろんこういった魅力もツアーのハイライトではありますが、ツアーで沢山ご覧頂くのが、数々の滝!ツアー終盤には、たくさんの滝の種類に名前が覚えきれない!とお声を頂くほどです。しかし、アイスランドの滝はそれぞれ特徴があり、いくつ見ても飽きることはありません。

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なかでも今回印象に残ったのが柱状節理の岩壁から流れ落ちるスヴァルティフォスの滝。この滝は、ヴァトナヨークトル国立公園の中にあり、滝まで片道45分ほどのハイキングがあります。お天気にも恵まれ、空は快晴!あたりは秋色深まり、黄葉を楽しみつつ、なだらかな上り坂を進んでいくのはとても清々しく、気持ちのいいものでした。黒い玄武岩の柱状節理は見事で、細かい縦線がはしる様子はパイプオルガンのよう。そこから流れ落ちる澄んだ水。あたりの黄葉の美しさも重なって、その風光明媚な景色に思わずため息が出るほど。滝といえば、三大瀑布のような水量があり迫力があってこそ!と思っていた私の概念を覆すようでした。その他の滝でもマイナスイオンたっぷりの水量のある滝から、滝の裏側を歩いてその迫力を体感できるものまでさまざまありますが、どれもたっぷり楽しみました。(市川)

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2017年10月24日 (火)

ウズベキスタンの古代仏教都市テルメズ訪問。故加藤九祚先生の功績にも触れました。

 先日、「テルメズの仏教遺跡とウズベキスタン周遊」の添乗より帰国致しました。世界遺産ヒワ、ブハラ、サマルカンドの素晴らしさは多くの方がご存知かと思いますが、この旅のハイライトは何と言っても仏教遺跡で有名なテルメズ。ウズベキスタン最南の街で、アムダリヤ川の対岸はアフガニスタンです。アレクサンダー 大王時代に遡る歴史を持ち、2002年に街の創立2500年を迎えました。
テルメズのファヤズテペ
 かの玄奘三蔵もインドへの旅の途中にこの地を通りました。大唐西域記には「伽藍は十余箇所、僧徒千余人」と書かれており、玄奘が旅した7世紀前半にはテルメズの地が一大仏教都市であったことがわかります。
 そんなテルメズですが、実は日本と大きな関わりがあります。テルメズの仏教遺跡発掘には日本人、加藤九祚先生が大いに貢献されたのです。遠い日本からやってきて発掘に専念する加藤先生の姿勢、深い考古学的知識、ウズベキスタンという国に対しての敬意・理解が認められ、2002年にウズベキスタンの大統領から直々に友好勲章が授与されたほどです。
 「発掘しながら、パッタリ死にたい」と仰っていた加藤先生は、2016年9月発掘作業中に倒れ、テルメズの病院で亡くなりました。加藤先生の訃報に際してウズベキスタン政府は「国民にとって大きな損失」と哀悼の意を表明し、大きく報道されました。テルメズの考古学博物館を訪問した際には加藤先生の功績を讃える特別展も開かれていました。
 ツアーで訪れるカラ・テペの北丘では加藤先生の発掘した巨大な仏塔を雨から守るため屋根が設けられていました。ここではストゥーパの中にシリンダーのようにストゥーパが入っている、入れ子状の珍しいものが発見されました。また、立正大学の発掘チームの方々が先生の遺志を継いで発掘にあたられていて、発掘の進行状況を伺えるという嬉しい偶然もありました。最後にタシケントの歴史博物館で加藤先生がフォヨズ・テペで発見した三尊仏を見学し旅の締めくくり。いつかアムダリア川の向こうアフガニスタンの治安が落ち着き、さらなる仏教遺跡をご案内できる時が待ち遠しく思えます。
(尾崎)

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2017年10月20日 (金)

ネパールの生きた女神、クマリにびっくり!

先日、「ネパールの休日、遊覧飛行とアンナプルナ眺望ホテル3連泊 8日間」のツアーより帰国しました。
帰国してすぐ、カトマンズで新しいクマリが誕生というニュースが流れ、びっくりしました。
クマリは「タレジュ女神の化身の少女」で、生きた女神としてクマリの館で生活をしています。
3歳くらいから、初潮が始まるころまでの長い期間を女神として過ごすのだそうです。

サキャ族の少女から選ばれるクマリ
起源は分からないということですが、仏教徒のシャキャ族の少女がヒンドゥー教のシヴァ神の妻であるパルヴァティ女神のいくつかある化身の一つのタレジュ女神を身に宿すという、何とも不思議な考えです。
山間のネパールは昔から災害に見舞われることも多かったためか、信仰心の篤い人々が多いように感じました。
様々な民族が住まう多民族国家でもあるネパールには様々な宗教や風習があり、それらがあんまり喧嘩することなく共存しています。
クマリの存在も、そのようなネパールの共存精神が生んだものなのかもしれません。
 また、ネパールは世界の屋根と言われるヒマラヤ山脈が鎮座する国で、本格的なトレッキング以外でも山々を楽しむ方法もたくさんあります。
中でも山の景色を楽しむ人気のツアーは遊覧飛行です。私たちが到着した翌日にエベレスト遊覧飛行を行ったのですが、飛行機が雲を突き抜けた途端!青と白の稜線が眼下に飛び込んできました。
 最初はどの山も同じように見えたのですが、落ち着いて見直すと、それぞれの稜線の違いがはっきりと分かってきました。
キャビンアテンダントの「あれがエベレストです」という声に機内のあちこちで歓声が上がりました。

エベレスト遊覧飛行で出会えたエベレストの頂き
もう一つ、ポカラという町からアンナプルナの山々を楽しむことが出来ます。
ここでは軽いハイキングから本格トレッキング、遊覧飛行など、とにかく山を楽しめます。でも…山には女神が鎮座すると言います。
時には彼女らは雲のベールに隠れて出てきてくれないことも…。

ヒマラヤ・フロントホテルからもう少しで見えそうだったマチャプチャレ
私たちがハイキングを行った時も、残念ながらアンナプルナの山々は雲の影に隠れてしまいました。
けれども、だからこそ、雲が晴れた瞬間の感動は一塩です。旅行者の私達ですら心をつかまれるのですから、ネパールの人々の山への思いは計り知れません。
アンナプルナ山系で唯一登頂されていない山があります。魚のしっぽの様な形をした「マチャプチャレ」です。
山々に神が座すると考え、神々が人間に煩わされないように、あえて未登頂であるのだとか。たくさんの神々を有する、ネパールらしい考えだなぁと思いました。(齋藤晃)

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2017年10月19日 (木)

ユーゴスラビアをまとめ上げたチトーの霊廟を訪れて(セルビア)

花の家

先日、「スロベニア・クロアチア周遊とボスニア、モンテネグロ、セルビア 13日間」のツアーから帰国致しました。
今回は、旧ユーゴスラビアの国々を周るツアーでしたがかつては同じ一つの国とは思えない程、国の雰囲気も違えば建物の建築様式、宗教も違い見所が沢山の国々でした。「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字を持つ、1つの国家」と言われる国を唯一、統治できたと言われているのは、ヨシップ・ブロズ・チトーです。
 今回訪れたセルビアの首都ベオグラード、ユーゴスラビア歴史博物館の中に彼の霊廟はあり、“花の家”と呼ばれています。今も献花に訪れる人が絶えないという彼のお墓は大理石で造られ綺麗な花々が周りに置かれていました。この花の家では彼がいかに統治者として優れていて慕われていたかが分かるものがいくつかあります。まず入口を入り左に行くと沢山の数のバトンが置かれています。このバトンは、毎年チトーの誕生日の5月25日に旧ユーゴスラビアの若者たちが行う< Relay of Youth(若者のリレー)>という行事があり、ユーゴ国内の各民族・地域の若者がリレー形式で渡しあったもの。ここまで民族や宗教がバラバラの人々が一つのバトンを受け渡し、最後にはチトーの元に届けることでユーゴスラビアとしての団結力を高めるイベントとして始められたそうです。カリスマ的存在として、尊敬されていた彼は1892年クロアチアで生まれ、1980年5月4日リュブリャナの病院で87歳で息を引き取ります。彼の亡骸は彼が生前旅行に行く際よく使っていたブルートレインに乗せられベオグラードまで戻ったそうです。その際の写真が壁に展示されていますが、線路の脇にはチトーの最期を見送るユーゴスラビアの人々で埋め尽くされていました。この群衆はベオグラードまでの帰路、途切れることはなく続いたそう、そして写真からも伝わるほど、人々は大きく手を振り、チトーの死を悲しんでいるようでした。この花の家に訪れたのはツアーの最終日、ここまでバラバラの国々が一つの国だったとは思えないなと感じる程、違う雰囲気の国だったので改めて彼の凄さを感じることができました。(竜崎)

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2017年10月17日 (火)

地上の南十字星(サザンクロス)を探す旅へ(オーストラリア)

サザンクロス

先日、「花の西オーストラリアと七大国立公園物語 13日間」より帰国しました。
南半球のオーストラリアは現在春。世界一乾燥している大陸と呼ばれるオーストラリアで短い冬の間に降ったほんの僅な恵みの雨を頼りに可憐なワイルドフラワーを咲かせる光景は圧巻でした。

13日間のツアーではグレート・サザン地域や南西部地域も訪れます。オーストラリアらしい乾燥した風景が残る北とは異なり、雨が多いパース以南は20~30mのカリの木(ユーカリの一種)が聳え立つ北では見られなかった光景が続き、ついつい上を見てしまいます。しかし、南部に咲しか咲かないワイルドフラワーを見逃さずにはいられません。

北はリースレシュノルティアが有名ですが、南で有名なのがサザンクロス。
サザンクロスはオーストラリア西南部のスターリング山脈の麓に自生しており、南部まで行かないと中々見る事が出来ない花です。
日本ではミカン科で5弁花のクロウエアがサザンクロスとして知られていますが、5弁花のサザンクロスは日本でしか通用しない名称。

世界中で知られているサザンクロスはセリ科で高さ30~50cmほどの多年草で、5個の小さな花を抱くように数枚の白い苞が囲み、その後十字形になるたいへんにユニークな花形をします。
まさに、南半球だけで見られ、オーストラリアの国旗にもデザインされている南十字星(サザンクロス)と同じ名にふさわしい十字形です。
リースレシュノルティアも可愛らしい花ですが、サザンクロスも清楚な雰囲気のある花であるため、お客様の期待値も高いように感じられました。
「いつになったらあるのかなぁ」という声がある中ついに南部の都市アルバニーで発見!
発見したと同時に、皆様写真タイム。サザンクロスの中には4つの苞だけでなく、5つや6つの苞を持つ花も。まるで、童心に帰って4つ葉のクローバーを探しているような光景でした。

サザンクロスを探して

花の開花の時期はその年の雨や気温などの自然現象に左右されますが、今年南部は雨が多かったため、当たり年だったそう。
行く前は本当に見つかるか心配になってしまいましたが、お目当てのサザンクロスも見つけることが出来て大満足だったようです。(三浦)

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「平原の国」ポーランドにだって山はある!山岳リゾートザコパネ

「平原の国」を意味するポーランド。中世の面影残す可愛らしい街並みや、負の世界遺産、アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所など、なかなかポーランドには自然のイメージがわかないのではないでしょうか。平地のイメージがある上、ましてや美しい山があるなんて…。とお考えの方も多いのでは?
ポーランド南部、ポーランド内のリゾート地として圧倒的な人気を誇るザコパネ。スロバキアとの国境にあり、国立公園に指定されている、タトラ山地を中心に織りなす自然が素晴らしい街です。夏、冬ともにポーランドはもちろん、諸外国からも毎年多くの観光客が訪れます。スキージャンプの大会でも有名で、葛西選手も何度か訪れています。ザコパネ様式という、昔ながらの木造伝統家屋も残っており、他の都市とは一味も二味も違った雰囲気。
そのタトラ山地の中の、ポーランド側で代表的な山が、カスプロヴィ山。その山にケーブルカーで登っていき、2000m級の雄大な山々を望みます。頂上は1959m。スロバキアとの国境はもうすぐそこ。山々にはもう既に雪がありました。この日はお天気もよく、眺めも最高!ちょっとしたハイキングの要領で、国境の部分を歩くこともでき、簡素な国境の柱で記念撮影をすることもできました。

タトラ山脈、ポーランド、ザコパネ

そして食で印象的だったのが、ザコパネ名物、樽型チーズのオスツィペク。羊乳と牛乳を合わせて、塩水につけ、燻製にするので、味は少し塩気が強め。両面を軽くあぶって、ジャムや蜂蜜をつけて食べるのが主流。ザコパネではこのチーズを売るワゴンをたくさん見かけます。ポーランドで現在でも伝統的な方法で作られる蜂蜜酒やワインと一緒に食べるのもおすすめ。

ザコパネ、ポーランド、チーズ

ザコパネにいき、ポーランドのイメージががらっと変りました。地図上から、1度は姿を消したポーランド…。国境も幾度となく変わり、辛抱強く、粘り強く、何度も再生してきた国。リゾート地ののどかな風景を眺めながら、その激動の歴史に思いを馳せました。(荒川)
ユーラシア旅行社で行くポーランドツアーの魅力はこちら

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2017年10月13日 (金)

オーストラリア、ロットネスト島のクオッカを愛でる

先日、「春のワイルドフラワーとゆったりパースの休日 8日間」より帰国しました。花盛りの西オーストラリア、公園にも民家の庭にも路肩にも空き地にも、それはもうたくさんのワイルドフラワーが咲いており、香り高く、素晴らしかったです。しかしながら、花は関係ないのですが、なにより私の心を掴んだのは、西オーストラリア州の州都パースからさらに西に約20km沖にある島、ロットネスト島でした。なんの変哲もない小さな小さな島で、この島の見張りの役を与えられた人は退屈過ぎて自殺するということが続いた程の、何もない島なのですが、実は現在、この島はパースで1番の人気観光地になっています。なぜか・・・?それは、この島含むオーストラリアの一部の島にしか生息していない、ある動物に会えるからです。その名もクオッカ。
ロットネスト島のクオッカ
ぱっと見はネズミです。でも本当はカンガルーと同じ有袋類で、雌はお腹に袋があり、産後はここに子供をいれて生活します。約19平方キロメートルの小さな島のあちこちを、このクオッカが走ったり、葉っぱを食べたり、寝たりして無防備に暮らしています。この島にはクオッカの天敵となる動物がいないので、全く無防備になってしまったようです。私たちがクオッカに近づくと、クオッカも寄ってきて、くんくん匂いを嗅いで来たりするもんですから、お客様たちと一緒にメロメロになってしまいました。
寄ってくるクオッカ
クオッカは口角が上がっていて、いつも笑っているように見えるので、「世界一幸せな動物」とも呼ばれています。とにかく可愛く、このクオッカと自撮りをするのがブームで、にっこり笑ったクオッカと写真を撮りたいとたくさんの人が訪れています。私たちも挑戦しましたが、注意しなくてはならないことがあります!今後もし訪問を検討される方は注意してくださいね。①クオッカを蹴らない・触らないこと。クオッカは無防備で寄ってきますが、触ると人間のにおいがついて、群れの中で生きていけなくなってしまうそうです。島内にはクオッカポリスが3人いて、クオッカに触っている観光客がいると厳しく取り締まります。罰金は150オーストラリアドルです。②カメラのフラッシュをたかない。クオッカは目が弱い生き物で、実際ほとんど何も見えていないそうです。フラッシュをたくとクオッカが失明してしまうようなので、ご注意ください!!③クオッカに食べ物を与えない。クオッカは好奇心旺盛で、もらったものは食べてしまいます。食べる様子の可愛さは尋常ではありませんが、人間の食べ物を食べると、クオッカは毛が抜けおち、元気がなくなってしまいます。島内でも抜け毛の激しいクオッカを見かけました。可哀そうなので、エサは絶対にあげないでください。
ベンチの下で眠るクオッカ
上記の注意事項を守れば、楽しいクオッカとのひと時を楽しむことができるでしょう。無防備なくせになんて儚い生き物なんだろうと、より一層クオッカが好きになってしまいますね。さて、クオッカも可愛いですが、ロットネスト島は海や浜もとても美しく、ゆったりと過ごすことのできる島です。西オーストラリア訪問の際には、是非ロットネスト島にも足を延ばしてみてください。(留置)

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2017年10月12日 (木)

これぞ日本一、秋の夜空に輝く花火

「日本三大花火、土浦全国花火競技大会と水戸探訪2日間」から戻ってまいりました。
今回の旅の目的はなんといっても土浦の花火大会です。土浦の花火大会は、長岡、大曲の花火とともに日本三大花火大会の一つに数えられています。花火といえば夏の風物詩。なぜ秋に?と思われる方も多いでしょう。それは土浦の花火大会が実りの秋を祝うという意味もあるからだそうです。
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さて、土浦の花火大会はただの花火大会ではありません。正式名称は「土浦全国競技花火大会」。つまり、全国の花火師たちが腕を競い合い、日本一を目指すのです。今回も北は北海道から南は鹿児島まで、全国津々浦々からやってきた花火師たちが渾身の93の作品を打ち上げました。
午後3時、バスを駐車場に止め、私たちは会場である桜川沿いの桟敷席を目指して歩き始めました。途中からだんだんと人も増えてきて、なかなか前に進むことができません。土手沿いの道には多くの露店が立ち並び、美味しそうな匂いが漂ってきます。一般開放の土手は席取りの人々で埋まっていました。そうした熱気に押されて我々のテンションも上がります。巨大な桟敷席にはすでに大勢の人が座り、桜川に沈む夕日を眺めながら花火大会の開始をまっていました。
真っ暗になった夜6時、ついに大会が始まりました。始めに参加する花火師たちがずらりとステージにあがり、「皆様に最高の花火をお届けすることを誓います」と高らかに宣誓しました。そう、これは花火師たちの真剣勝負なのです。観る側も気が引き締まる思いがしました。普通の花火大会と異なるのは、「●番、○○煙火工業」というように花火が打ち上げられる前に出品業者が紹介されることです。審査は「スターマイン」「10号玉」「創造花火」の3部門で行われます。日本の伝統的な花火、真円を描く10号玉も素敵ですが、なんといっても豪勢なのは「スターマイン」でしょう。2分30秒以内に2.5号玉から4号玉数百発を音楽に合せて打ち上げ、テーマ曲の世界を夜空に描き出します。まるで踊り子が舞う舞台を見ているようで、息をするのも忘れて見入ってしまいました。素晴らしい作品には歓声があがり、打ち終わったあと、自然と大きな拍手が沸き起こりました。
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さて、花火大会のお楽しみの一つは、ワイドスターマイン「土浦花火づくし」です。競技作品ではありませんが、大会の中盤の約6分間、息をつく間もなく花火が打ちあがり、視界に入る夜空の全てが花火で覆われます。まさに圧巻の一言でした。
 余韻に浸りながらの帰り道は、行きよりも短く感じました。一瞬で消える花火に精魂傾ける花火師たちの情熱にふれたひと時でした。(大西)

土浦花火大会のツアーは2018年3月頃に発表予定です。
その他の国内旅行はこちらから

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2017年10月11日 (水)

総面積四国の約半分!小さい島ながら歴史がつまった魅力あふれるキプロス島へ

ペトラ・トゥ・ロミウ海岸

先日、「南北キプロス島を極める8日間」の添乗から帰国しました。
このツアーではキプロス共和国を二分しているグリーラインを越えて、
北と南両方の魅力ある観光地を訪れるツアーです。
北キプロスではイスラム教のモスクは必見。南キプロスでは、
トロードス山塊にある正教会の壁画が必見とそれぞれに文化が息づいています。

1960年に英国から独立後、1974年のギリシャ系によるクーデターを機に、
南部ギリシャ系のキプロス共和国と北部トルコ系の北キプロス・トルコ共和国に分裂しました。
南北問題は今も解決されてはいませんが、EU加盟に伴い話し合いの場が設けられています。
また、かつては南北を横断できなかった時代から、今日では自由に行き来できるようになり、
南北の問題を肌で感じるような場面は現在ではほとんどありません。
むしろ、どちらのキプロスにもそれぞれの魅力があり、
食事も北キプロスではトルコの影響を受けた料理や、
南キプロスではギリシャの影響を受けた料理が出てきたりと様々でした。
また、北側ではイスラム教、南側ではキリスト教の素晴らしいモスクや教会の壁画を堪能でき、
1つの国ながら異なった文化を同時に楽しむことができるのもキプロス島です。

アフロディーテの誕生地など、ギリシャ神話の舞台でもあり、
海に山に贅沢な自然と様々な色のある文化を肌で感じることができた旅でした。(森)

例)ユーラシア旅行社で行くキプロス島ツアーの一覧はこちら

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2017年10月10日 (火)

収穫の秋!新彊ではフルーツが盛りだくさん(中国・新彊ウイグル自治区)

先日、「南疆鉄道乗車と新疆シルクロード物語15日間」のツアーより帰国しました。

今回訪れた新疆ウイグル自治区は中国の最西に位置しており、かつてシルクロードの交易路として栄えました。
このツアーはウルムチからトルファンへ天山南道を進み、タクラマカン砂漠を縦断した後は西域南道を巡る西域シルクロード制覇の旅です。

カシュガル老街の道脇に置かれたスイカ

石窟寺院、タクラマカン砂漠縦断と見どころ満載ですが、今回印象に残ったのは何と言っても旬の果物。8月下旬に収穫を迎えたばかりの採れたてのスイカやハミ瓜、ブドウがバザール、露店に並びます。
砂漠で果物が育つの?と思われるかもしれませんが、新疆は1日の寒暖差が大きく、日照時間も長い上、天山山脈や崑崙山脈の雪解け水が貢献し、果物がより一層美味しく育ちます。
他の地域から来た中国人が両手に沢山の果物を抱えて飛行機に乗り込む様子を見ると、やはり新疆の果物は中国人にも大人気のよう。

それもそのはず、なんてたって安い!程よい甘さでさっぱりと美味しい!大きなスイカやハミ瓜が丸ごと1個100円~200円程で購入できます。

ハミ瓜
ハミ瓜とはメロンに似た果物で、縦長のラグビーボールの様な形をしています。味は日本のメロン程は甘くなく、さっぱりとした程よい甘さでシャキシャキとした食感がクセになります。
暑い中観光した後のデザートで出てくるみずみずしいハミ瓜は体に染みわたります。

新疆に住むウイグル族はナンをスイカやハミ瓜などと一緒に食べるのがおやつの定番。
スイカは半分に切り、真ん中を掘るように食べ進め、くり抜いた部分にナンを浸して食べるのだそう。なんとも贅沢な食べ方…!私も今度行ったら試してみます。(鈴木)

ユーラシア旅行社で行く中国シルクロードツアーの魅力はこちら

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2017年10月 6日 (金)

シチリアの絶景ポイント!ファビニャーナ島とレヴァンツォ島(イタリア/シチリア島)

レヴァンツォ島

先日、イタリア・シチリア島から帰国いたしました。今回は通常の日程に追加して、絶景ポイントであるファビニャーナ島とレヴァンツォ島へ行ってきました。
エガディ諸島を構成するファビニャーナ島とレヴァンツォ島周辺には、グランブルーの透き通るような美しい海があり、国内外からの観光客が賑わうリゾート地として有名です。海の透明度が高く、浮いている船が宙に浮いているように見えることから、ガイドブックなどでも盛んに紹介されるようになり、人々の注目を集めています。
この日、朝一番にホテルを出発し、まずは海に突き出た細長い岬にあるトラパニ港へ向かいます。早い時間にも関わらず、港には島へ行く観光客で大いに賑わっていました。いよいよ出航時間となり船に乗り込むと、スタイリッシュなイタリア人の船長がお出迎え。これから見るであろう海の色を思い浮かべると心躍るようです。
他の島にも寄航しながら、約45分で、まずはレヴァンツォ島に到着です。
レヴァンツォ島は人口約200人の小さな島。船を降りると、すぐ近くに漁船が数隻浮いている小港がありました。この島に1本しかないだろうという舗装された坂の小道を進んでいきます。途中に垣間見る町角は、どこを切っても絵になるので、ついつい足を止めて写真を撮りたくなってしまいそうです。少し散策をし、小高い丘に差し掛かったときに、これまで歩いてきた方を振り返ると、そこからレヴァンツォ島の海岸と、先ほど降り立った港の全景を眺めることができました。透き通る海の上に浮かぶ船は、少しだけ宙に浮いているようにも見えて、ちょっと興奮!
「次に訪れるファビニャーナ島も楽しみだ」と話をしながら、次の船が来る時間まで散策を続けました。
さて、次はファビニャーナ島へ向かいます。レヴァンツォ島からは約10分ほどで到着です。ファビニャーナ島はエガディ諸島の中心となる島で約1200人が生活しています。また、この地域では毎年初夏になると海流に乗って大きなマグロが産卵のためこの一帯にやってくるそうです。その為、昔からマグロ漁が盛んに行われ、伝統的なマグロ漁法「マツタンツァ」が現在でも年に数回行われているそうです。ファビニャーナ島の港にはいり、一番最初に目に入るのは、かつて使われていた大きなマグロ加工工場。シチリアはワインでも有名ですが、この加工工場は、シチリアの有名なワイン会社フローリオ社が所有していたのだそうです。現在は、この地域で行われていた漁法を今に伝える博物館となっています。
港に降り立つと、先ほどのレヴァンツォ島と比べものにならないほどの、何倍もの数の観光客です。
早速、10名ほどのボートに乗り込み、この島でも一番の絶景スポットといわれている「カラ・ロッサ」へ。さあ、いよいよ船が宙に浮いているような綺麗な海が見えるぞ!と意気込んでいましたが、、、、!残念ながらこの日は、天気はいいものの風が強く水面が立って、船が浮いているようには見えませんでした。船が浮いているように見えるためには条件いろいろ揃わなければいけないのですが、なかなかそれが難しい日もあるようです。しかしながら、海底まで見えるくらい透き通ったグランブルーの海を体験することができて、本当によかったなと思いました。
この日のランチは、ファビニャーナ島のビーチに面するレストランで召し上がって頂きました。期待通りのシーフード料理に舌鼓を打ちながら、この後に続くシチリア旅行の話に花を咲かせました。(堤)

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2017年10月 5日 (木)

アイスランドにて食欲の秋を満喫

9月中旬、アイスランドに行ってきました。夏はほぼ日が沈まず、冬は日照時間最短4時間のアイスランドですが、今回の旅はちょうどその中間。日中の観光、黄色に色付きはじめた木々、オーロラ鑑賞が楽しめる一石三鳥のおいしい季節でした。
 アイスランドは食事の面でもとっても美味な国。食欲の秋という言葉の通り、アイスランドならではの食をお腹一杯堪能してまいりました。本日はアイスランドで出会った食べ物BEST3をご紹介します。
第3位は地熱パン。海面から顔を出した海底火山の上にあるアイスランドは、地熱エネルギーの宝庫です。そんなアイスランドならでは、地熱で24時間蒸して作ったのが地熱パン。じっくり時間をかけて蒸したパンはしっとりと柔らかく、黒糖が混ぜてあり上品な甘みが口いっぱい広がりました。アイスランド産の混ざりもののない純粋なバターを付けると、塩分と砂糖の按配が素晴らしくより絶品に!
第2位はロブスター。アイスランドで良く獲れます。日本でいう手長エビに近いもので、想像するよりも小ぶりなため目の前にすると少しがっかりするかもしれませんが、味は保証します。とても濃厚で甘みもある味わいは病み付きになりました。口に入れると噛む必要がないくらい柔らか。あっという間にとろけてしまいます。

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第1位はやっぱりスキール。アイスランドで知らない人はいない、アイスランドの国民食です。ホテルの朝食バイキングでもよく見かけました。スキールはチーズの一種ですが、食べてみると少し固めのヨーグルトといった感じ。濃厚でおいしいのに、高タンパク、低脂肪、低カロリーでダイエットにも最適という素晴らしい一品! 旅の途中にはスキールケーキも食べてみました。固めたスキールの下にタルト生地を敷き、ベリーソースをかけたもので、こちらもおいしかったです。早くもスキールが恋しい今日この頃。日本でも買えるようになる日を待つばかりです。
さてこれまで私のお気に入りのアイスランドグルメをご紹介してまいりましたが、最後にアイスランドに棲むトロールに人気のおやつをご紹介しましょう。それはマシュマロです。最近はイチゴ味やミント味、北欧ならではのリコリス(甘草)味など、味の種類も増えてきているそう。私も実際に旅の途中でこのマシュマロを何度も見ました。さて皆様、このトロールのマシュマロとは一体何をそのように例えているのだと思いますか?アイスランドでは刈り取った牧草を米俵のようにまとめてビニールコーティングを行い、牧場の至る所に並べてあります。大きくて丸くて、色とりどりのビニールに包まれた牧草の俵は、トロールを信じるアイスランドの人々には巨大マシュマロに見えるという訳です。ユーモアがあっておもしろいですね。(佐藤)

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2017年10月 4日 (水)

森が広がるクルシュ―砂州(リトアニア)

先日魅惑のバルト三国とヘルシンキ10日間の添乗より帰国致しました。今回のツアーは関空発着の復路直行便。まずは大阪を出発し、リトアニア、ラトビア、エストニアそして海を渡りヘルシンキへと北上して行きました。
今回印象に残ったのは、2000年に世界遺産に登録されたリトアニアにある「クルシュ―砂州」。
このクルシュー砂州は、氷河が解けた後に氷河に押し出された礫や岩塊などの堆積物が点々と島状に残り、その島と島の間をバルト海の海底の強い流れで運ばれてきた砂が埋めて土手状になったもの。日本でいうと天橋立も砂州です。全長は約98km(北から約52kmがリトアニア領、残りがロシアの飛び地カリーニングラード州)、幅は400m~3.8km。

砂州という言葉を聞いて、砂漠や砂丘というような砂の土地なのかと想像しがちですが、意外にそんなことはありません。この砂州はなんと全体の約80%が森林で、残りが砂丘です。
動物も目にすることはありませんが、クマや鹿が生息しているそうです。リトアニアの第3の都市クライペダの街からバスごとフェリーに乗りこみます。距離がそこまで離れていないため、港からクルシュー砂州が目の前に見られます。フェリーはたったの5分で対岸に到着します。

クルシュー砂州に入ると、森林に囲まれた道を進むため砂州にいるのに砂を見ないという不思議な光景が広がります。この森林は、かつてドイツ人の侵攻や人の伐採によりなくなっていたもの。19世紀に入り、ある機関が森に戻す研究を始め、防災林を設けるなど植樹が行われ、その成果で現在は森林が砂丘の面積を上回るまでになりました。

バスで港から1時間程森の中を移動するとようやく砂丘が姿を現しました。砂丘の展望台からは、4km先にロシア領が見られます。風がよく吹いていて、砂州が森に囲まれている様子、東にはラグーン(潟湖)、西には美しいバルト海も見られ、砂州の細長くのびた形がよく分かりました。
港町ニダにも寄り、最後にバルト海のビーチで琥珀探し。目的の足元に眠る琥珀探しよりも目の前に青く光るバルト海の方に自然と目が行ってしまいました。
実際に行ってみないと分からないクルシュー砂州の不思議な光景を目に焼き付けて後にしました。(山下)

ユーラシア旅行社で行くバルト三国ツアーの魅力はこちら

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2017年10月 3日 (火)

青空の中の麦積山石窟へ!

麦積山石窟

先日、「黄土高原、10の石窟を巡る旅」から帰国致しました。

このツアーは、中国の甘粛省・陝西省・寧夏回族自治区にある10個の石窟を
8日間で巡ります。

西安から出発し、天水・蘭州・固原を回り西安に戻るので、総移動距離は約2500km。
車窓には、黄土高原ならではの断崖絶壁が広がります。

この旅の見どころは、やはり世界遺産のシルクロードにも登録をされている麦積山石窟。
麦積山石窟は、莫高窟・龍門石窟・雲崗石窟に並ぶ、中国四大石窟の一つです。

名前の由来は、漢字の通り、麦を積んでいるような山に見えるため、このように名づけられました。
石窟には190個以上、1300㎡の壁画が保存されています。
そんな広大な麦積山石窟のうち、ツアーでは一般窟の他に、44窟、121窟、135窟の3つの特別有料窟にご案内。
梯子のような階段を上っていくと、特別有料窟の前には南京錠のかかった扉が現れます。
見張りの警備員に鍵を開けてもらい、いざ石窟見学へ。
やはり有料窟は、保存状態がいいものが並びます。
特に44窟の1400年前の西魏時代に造られた仏像は、顔の表情もはっきりと分かるほど綺麗に残っています。

今回はひそひそ話をしているように見える仏像で有名な121窟が修理中だったため133窟にご案内しましたが、
133窟は、麦積山石窟の中でも最大の広さで、仏像が壁一面に並んでいることから、千仏窟とも呼ばれます。
釈迦と子供が再開した時を表す悲しげな仏像や、釈迦の一生が彫られた大理石の石碑なども見ることができました。

石窟の観光は急遽修理が始まることもあり、ご案内が出来なくなってしまう窟もありますが、
それも石窟を守るためには仕方がないこと…

今回、9月と天候にも恵まれ、青空の中での観光は、素晴らしいものになりました。

ユーラシア旅行社で行く中国シルクロードツアーの一覧はこちら

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