2017年10月19日 (木)

ユーゴスラビアをまとめ上げたチトーの霊廟を訪れて(セルビア)

花の家

先日、「スロベニア・クロアチア周遊とボスニア、モンテネグロ、セルビア 13日間」のツアーから帰国致しました。
今回は、旧ユーゴスラビアの国々を周るツアーでしたがかつては同じ一つの国とは思えない程、国の雰囲気も違えば建物の建築様式、宗教も違い見所が沢山の国々でした。「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字を持つ、1つの国家」と言われる国を唯一、統治できたと言われているのは、ヨシップ・ブロズ・チトーです。
 今回訪れたセルビアの首都ベオグラード、ユーゴスラビア歴史博物館の中に彼の霊廟はあり、“花の家”と呼ばれています。今も献花に訪れる人が絶えないという彼のお墓は大理石で造られ綺麗な花々が周りに置かれていました。この花の家では彼がいかに統治者として優れていて慕われていたかが分かるものがいくつかあります。まず入口を入り左に行くと沢山の数のバトンが置かれています。このバトンは、毎年チトーの誕生日の5月25日に旧ユーゴスラビアの若者たちが行う< Relay of Youth(若者のリレー)>という行事があり、ユーゴ国内の各民族・地域の若者がリレー形式で渡しあったもの。ここまで民族や宗教がバラバラの人々が一つのバトンを受け渡し、最後にはチトーの元に届けることでユーゴスラビアとしての団結力を高めるイベントとして始められたそうです。カリスマ的存在として、尊敬されていた彼は1892年クロアチアで生まれ、1980年5月4日リュブリャナの病院で87歳で息を引き取ります。彼の亡骸は彼が生前旅行に行く際よく使っていたブルートレインに乗せられベオグラードまで戻ったそうです。その際の写真が壁に展示されていますが、線路の脇にはチトーの最期を見送るユーゴスラビアの人々で埋め尽くされていました。この群衆はベオグラードまでの帰路、途切れることはなく続いたそう、そして写真からも伝わるほど、人々は大きく手を振り、チトーの死を悲しんでいるようでした。この花の家に訪れたのはツアーの最終日、ここまでバラバラの国々が一つの国だったとは思えないなと感じる程、違う雰囲気の国だったので改めて彼の凄さを感じることができました。(竜崎)

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