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2017年12月

2017年12月29日 (金)

サンティアゴ・デ・クーバの魅力(キューバ)

ビランのカストロが座った実際のイス

 先日、「カリブの楽園、じっくりキューバ8都市周遊 9日間」の添乗より戻りました。
このツアーでは、首都ハバナやキューバ最大のリゾート地バラデロはもちろん、革命の火蓋を切ったサンティアゴ・デ・クーバ等合計8都市を巡ります。

 首都ハバナからサンティアゴ・デ・クーバまでは国内線で約1時間程。飛行時間は短いですが、地図で見るとほぼ国土の端から端までの移動。まずここまで来たらバスを走らせてビランへと向かいます。たどり着いた所は、かの有名な革命家フィデル・カストロの生家があります。そこはまるで村のように郵便局や小学校、ホテルやレストランなど生活に必要な施設が建てられていました。現在は施設として機能はしていませんが、カストロが実際に座って授業を受けていた教室のイスまで残されていました。そしてカストロがどんな人物か感じながら、キューバ革命の火蓋を切った歴史的な場所「7月26日モンカダ兵営博物館」や、カストロの墓がある「サンタ・イフィヘニア墓地」にも訪問。そして1959年1月1日にカストロが革命の勝利を宣言した「セスペデス広場」にもご案内しました。

セスペデス広場

 キューバにはビーチリゾートや音楽、食事にお酒にクラシックカーに楽しいことはたくさんありますが、サンティアゴ・デ・クーバは現在までのキューバの歴史を語る上で、欠かせない重要な場所です。(森)

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2017年12月28日 (木)

地上からも上空からもヒマラヤ山脈とアンナプルナ山群を堪能!(ネパール)

先日「ネパール・ヒマラヤを望むリゾートホテルと二大遊覧飛行 9日間」から帰国しました。
ネパールと聞いて何を思い浮かべますか?‥‥ほとんどの方が「ヒマラヤ山脈」を思い浮かべるでしょう。
ヒマラヤ山脈は、西はパキスタン北部インダス川上流域から、東はブラマプトラ川大屈曲部まで続き、ブータン、中国、インド、ネパール、パキスタンの5つの国にまたがっています最高峰8848mのエベレストを筆頭に、世界の高峰トップ10の山はすべてヒマラヤ山脈に属しています。その中でもネパールは、8000m級の山が8座ある山大国なのです。
今回そんなヒマラヤを地上からだけではなく、遊覧飛行にて上空からもご堪能いただきました。
イエティ航空(イエティ=雪男)というネパールらしい航空会社の飛行機に乗り、いざヒマラヤへ!
今回は雲一つない青空の元、遊覧飛行をお楽しみいただきました。
この遊覧飛行は特別に、コックピットにも入れてくれるのです。

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「あれがエベレストだよ!」と山の名前を機長さんたちが教えてくれます。

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ヒマラヤ山脈が有名ですが、ネパールを語る上で忘れてはいけない山脈がもう一つあります。
それは「アンナプルナ山群」です。
最高峰はアンナプルナⅠであり、8091mです。その近くにはマチャプチャレ(標高6993m)という山があります。この天に突き刺さるような形‥‥どこかで見たことがありませんか?

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スイスにあるマッターホルンにそっくりです。そのため、ネパールのマッターホルンとも呼ばれています。
実はこの山、まだ人間が登頂したことがない山なのです。
シヴァ神に関連する神聖な山とされているため地元住民によって崇敬されており、登山が禁止されています。
かつてイギリスの登山隊が足を踏み入れたことがありますが、50ⅿ過ぎたところで撤退しました。
アンナプルナ山群は、首都カトマンズの西側に位置する第二の都市・ポカラで見ることができます。ポカラでは目の前に山群が広がるヒマラヤフロントホテルにご宿泊。
部屋の窓にはドーーーーン!とアンナプルナ山群が広がります。

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また出入り自由な最上階の展望台からもアンナプルナ山群を望むことができます。
1階のレストランからも望むことができるので、いつもの朝食よりもなんだか優雅な気分になりました。

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そしてアンナプルナでも遊覧飛行に挑戦。
マチャプチャレは魚の尾を意味します。地上からだと全く分かりませんが、上空から見ると本当に魚の尾の形をしています。
山は天気や少しの雲の動きによって見える姿が変わるので、姿を見せてくれないことがしょっちゅうあります。
だからこそ綺麗に見えた瞬間は感動します。
次訪れた際にはまた違う顔を見せてくれるのかと楽しみにしながら、帰路につきました。(白井)

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2017年12月27日 (水)

酸っぱいけど甘辛い?カンボジアの「お漬け物」

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先日、「アンコール遺跡を極める旅 9日間」の旅より帰国しました。カンボジアは、雨季が明け乾季へと移り変わる真最中でした。
どの国に行っても、ガイドさんがその地域ごとの食べ物を紹介してくれますが、カンボジアで、見たり聞いたりはするけれども食べないのが「手作りのお漬け物」です。
今回はプノンペンのセントラルマーケットでの自由時間中に、お漬け物の売り子さんを見つけました。

カンボジア料理は、酸っぱさ・甘さ・マイルドな辛さが特徴です。カンボジアのお漬け物は、その3種類の味覚を一気に味わうことが出来ます。なんと、酸っぱいお漬け物に唐辛子入りのお砂糖をつけて食べる、というのが現地流の食べ方なのです。中でも、遺跡近くの高木に実がなっているタマリンドを使ったお漬け物が印象的でした。

タマリンドは20mほどの高木なので、ロープを使って登らないと実を取ることが出来ません。時には家族総出でその実を取るのだとか。お父さんがロープで木の上まで登り、子供たちが下で実を受け取る、その実を選別するのがお母さんの役目です。こうした家族の連携からお漬け物となって売られているタマリンドを見ると、味見してみたいという欲が湧いてきますが、今回も時間が無く、レストランにも無く、実際に食べることは出来ませんでした。ガイドさんから現地人でないと食べてはいけないと言われると余計に食べたくなってしまいます。その味を想像しつつ、今度こっそり食べてみようと思います。(近野)

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2017年12月26日 (火)

山奥にたたずむ要塞?客家土楼とそこで暮らす人々(中国)

客家土楼

先日、「福建省を巡る、客家土楼と海のシルクロード~花のコロンス島2連泊~ 8日間」のツアーから帰国致しました。
毎日がハイライトのようなツアーですが、印象に残っている光景はやはり“客家土楼”です。
客家とは、騎馬民族の支配への抵抗から、黄河流域の中原を離れ南部に移動してきた漢民族のことです。しかし逃れた先にも先住民がおり、客家の人々は僻地の山間部に住まざるを得ませんでした。当時、山間部では虎などの猛獣や山賊などの危険から身を守る必要がありました。そこで客家の人々は要塞のような土楼を築き上げたのです。
バスでどんどん登っていくと、山の上にも関わらずバナナの木やザボンの木が。この日は寒かったですが、普段はとても暖かいことが伺えます。客家の人々は、このような農作物をつくることで生計を立てています。
よくみると、主に農業をしているのは女性です。男性はというと…
外に働きに出ている方が多いそうです。そして、世界で活躍している華僑の人々は客家出身が多いのです。
やっと土楼に到着。外観は要塞。窓があまりなく、入口も一つ。
しかし一歩足を踏み入れると、夕飯を準備している匂い、干されている洗濯物、お茶を飲みながら話しているお母さんたち、その周りで遊ぶ子供たち、今も実際に生活をしている空気を感じました。
立ちながら食事をしている姿もちらほら。立って食事をするのは昔からの習慣で、外敵から身を守るため!?だそうです。
入口の正面には、祖先を祭る祖堂があります。ここは、教育に力を入れている客家の子どもたちの勉強の場でもあります。
日本人の観光客はまだめずらしいらしく、歩いているとたくさん声をかけられます。
今回は住人のおばあさんが声をかけてきました。どうやらおばあさんの部屋に案内してくれるというのです。
土楼は集合住宅のような造りで、1階が共同の台所、2階が倉庫、3、4階が住居になっていました。おばあさんの部屋はその一角で、中はとても質素ながら趣がありました。
暖かい烏龍茶を頂き、ほっとひといき。外観とは異なる、温かい人々、昔ながらの暮らしをみることができ、どこか懐かしい気持ちになりました。(小嶋)

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2017年12月22日 (金)

素朴なシチリアを知る。名画の舞台チェファルーへ

海辺のチェファルーの町

先日シチリアの添乗より帰国致しました。
添乗前や帰国後にも、参考と称してその国の映画を見る休日を送っている自称映画好き添乗員ですが、今回訪ねたシチリアもわずか四国より少し大きいほどの島ではありながら、この島をロケ地とした作品や、物語の舞台となった名作が多く存在します。
例えば、イタリア統一戦争時代のシチリア貴族の没落を描いたヴィスコンティ監督の『山猫』や、美しい海に魅せられた実在のダイバーの物語『グランブルー』、テーマソングが印象的なマフィア映画の『ゴッドファーザー』は言わずもがなといったところでしょう。
そんな中、今回のツアーでは貧しくも慎ましく生きた戦後のシチリアを感じられる『ニューシネマパラダイス』の一幕が撮影された小さな町チェファルーを訪ねました。
この映画は、恩師である映画技師のアルフレードの訃報を機に、映画少年だったトトが自らの幼少時代の故郷での思い出を振り返っていく流れで物語が進んで行きます。
主な舞台となる故郷の村の撮影地は別の場所なのですが、このチェファルーにはトト少年がある夏の野外上映会で初恋を実らせ、恋人と雨の中キスするシーンが撮影された港があります。短い場面ですが、幸せでもありちょっぴりほろ苦い故郷の思い出を象徴する素敵なシーンです。
(重ねて言いますが、本当に短いシーンなのでロケ地めぐりを楽しみにお出かけされる方はこのシーンをよ~く覚えてから訪問することをお勧めします)
この映画の魅力の一つは、戦後のシチリアの生活がよく再現されていること。シチリアはイタリアの中でも特に経済発展が遅れ、主人公も戦争で父を亡くし母を支える周りの人々に見守られながら育ってゆきます。こうした時代背景と温かい人間関係はどことなく日本の戦後に通じるものもあり、親しみが持てます。
小さな街ながら、チェファルーの町はアラブ=ノルマン時代のモザイクが美しい大聖堂が世界遺産に登録されています。天井から見下ろすイエス・キリストとまばゆいばかりの金色のモザイクの壁は小さな港町の過去の栄光を感じられます。

チェファルーの町の大聖堂

オフシーズンに差し掛かったこの時期は町を歩いていても観光客とすれ違うことも少なく、観光地ではない、人々が生活する“生きた”町を感じられる時期でもあります。良くも悪くも、シチリアの街々は映画で描かれた当時から大発展を遂げてはいないように思われ、角をまがる度、主人公の少年時代のシチリアが垣間見えるような気がします。(松永華)

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2017年12月21日 (木)

まるで巨大エレベーター?三峡ダムシップロック通過(中国)

長江黄金2号外観

先日、「四川省の世界遺産と三峡クルーズ 12日間」のツアーより帰国致しました。
当ツアーではツアータイトルにもある通り、重慶から湖北省の三峡ダムまでの3泊4日、長江三峡クルーズの旅となります。実は私個人にとって三峡クルーズは10年ぶりのことでしたが、まずびっくりしたのが以前に乗った船よりもかなり大型化していることでした。これはレセプションまで足を踏み入れたら一目瞭然。なんと以前の船にはなかったエレベーターが!ちなみに10年前に乗ったクルーズ船は全長92m、船幅16mでしたが、今回のクルーズ船「長江黄金2号」は全長150m、船幅24mです。これは2009年に三峡ダムが完成してから大型船の航行が可能となったことに伴い、より大きなクルーズ船が次々と造船されていったためです。

長江黄金2号内部

クルーズ中は下船観光があったり、デッキに上がって三峡(瞿塘峡、巫峡、西陵峡)を眺めたりしますが、一番印象に残ったのが、三峡ダムシップロック(閘門)の通過です。三峡ダムは上流側の海抜が175m、下流側が60m、つまり高低差が115mもあるため、船を航行させるために5段式のシップロックが設けられています。今回のツアーでの通過予定時刻は深夜1時。私は12時半ごろ最上階のデッキへ上がったところ、すでに船はダム手前に停泊しており、順番待ちの状況。それから1時間ほど経ってから閘門扉が開いたので、船は前へ進み閘室(船を収容するために前後の閘門扉に挟まれたスペース)の中へ入ります。なお閘室の広さは280m×34mあるので、私たちのクルーズ船とその前の小型貨物船2隻が同時に入ることができました。後ろの閘門扉が閉まった後、閘室の中の河川水を排水させることによって水位が下がっていきますが、まるで船ごとエレベーターで下がっている感覚です。23mほど下がり、前の閘室と水位が同じになってから、前の閘門扉が開き、船は前の閘室へと進んでいきますが、この一連の流れが5回行なわれます。最後まで見学された方のお話しでは、5回目が行われ、一番下に着いたのは明け方の5時ごろだったとか。

船頭から見たシップロック(下がる前)

船頭から見たシップロック(下がった後)

朝食後、クルーズ船を下りてから三峡ダムの見学を致しましたが、展望台より5段シップロックの様子を見ることができ、昨夜の行程が一目でわかりました。また発電所もあり、三峡ダムの水力発電で作られる電気量は、中国全体の2%をまかなえるとのことです。こうして三峡ダムのスケールの大きさを感じながら、次の目的地である関羽ゆかりの荊州へ移動したのでありました。(斉藤信)

船尾から見たシップロック(下がる前)

船尾から見たシップロック(下がった後)

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2017年12月20日 (水)

モナ・リザだけじゃない、ヴィンチ村のレオナルドさん

 この度、「レオナルド・ダ・ヴィンチの道」より帰国しました。
ツアーのタイトル通り、生まれ故郷ヴィンチ村、才能を開花させたフィレンツェ、名声を確立したミラノやその他イタリア国内の彼に関係する場所を訪問しました。
フィレンツェ近郊のヴィンチ村は見渡す限りオリーブの畑に囲まれ、遠くまで緑が広がっています。

発明品スキューバ

 訪問した日は、前日に近郊の山に降った雪の影響で冷たい風が吹き、空は薄暗く、こんな何もない寂しい所であの天才が生まれたのか、、、という印象でした。
幼少期のレオナルドは同年代の友達を持つこともなく、自然豊かな村はずれのアンキアーノの丘でトンボやトカゲなどを追いかけて遊んでいたそうです。遊び相手である動植物の生態に興味を持ち、大自然が彼にインスピレーションを与え、想像力や探究心、観察力を育てたと言われています。
 レオナルドは「モナ・リザ」や「最後の晩餐」で世界的に有名ですが、実は数々の発明でもその能力を発揮しています。
 ヴィンチ村の博物館ではそのアイディアを模型にして展示してあります。彼は溢れるアイディアを全て鏡文字(逆さ文字)で書き残していて、その数は分かっているだけで5000以上もあるそうです。オリーブ油を抽出する機械や糸巻や水車など、実用的な物から自転車やヘリコプターなど後世になって実現化できたような物まで、模型を見ているととても一人の人間のアイディアとは思えません。「天才」だからこそ可能なのでしょう。

空を飛ぶ発明品

 人体にも大変興味を持ったレオナルドは解剖を通して、人の目に関して良く理解しています。光や角度、様々な状況下での見え方などを研究してそれを絵で表現しています。遠近法や透視画法がうまく表現された絵画はその成果とされています。
 ところで、名画「モナ・リザ」のモデルは誰か?一時期ブームにもなりました。今回はそのモナ・リザのモデルの一人とされる女性の故郷だというワイナリーのレストラン「ヴィーニャマッジョ」で食事をしてきました。
 こちらも自然に囲まれたキャンティ・クラシコ地区。ちょうど黄葉が美しく、収穫の終わったぶどう畑が黄色く色づいていました。移動中の車窓からもトスカーナ州ならではのなだらかな丘が続く風景を楽しめました。
 今回は食事に合せて3種類のワインも飲ませてくれました。

ヴィーニャマッジオ

 一つ目はモナ・リザのモデルとなったという女性のリザ・ゲラルディーノの名のついたワイン。イタリアワインの最高級とされる「DOCG」が格付けされています。キャンティは700年の歴史を持つイタリアを代表するワイン、その中でも特定の地域で昔ながらの伝統的製法で作られた物を「キャンティ・クラシコ」として区別しています。
 次に出たのが、ワイン法の順守よりや格付けを意識せずに高品質を目指すという生産者の熱い思いが生み出した「スーパータスカン」。
 伝統と革新、2つのワインを楽しみ、最後には独特の甘みの「デザートワイン」で締めとなりました。
 こういった場所は、都市から離れているので簡単に行けません。出来たての料理を提供してくれるので時間もかかりますが、自然の中で育った家畜や自然農法で作られた野菜を使った料理は本当に美味しかったです。一般のツアーではなかなか出来ない贅沢な時間を過ごす事が出来ました。
 料理やワインを提供してくれた女性は、終始穏やかな微笑を私たちに向けてくれました。
モナ・リザのモデルが本当は誰か、今となっては誰にも分からないままですが、500年の時を超えてそのモデルに会えた気になれました。(関根)

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2017年12月19日 (火)

技術の高さに感動の連続!イランの“古代のダム”へ

先日、「イラン世界遺産紀行 11日間」より帰国致しました。11月のイランは、木々も黄葉していて、すっかり秋景色。イラン北西部発祥とされるザクロも旬を迎えます。このコースでは、ツアータイトルの通り、世界遺産15箇所を見学します。紀元前5000年以上の歴史を持つ国イランは、「中東の3P」のうちの一つペルセポリスや、世界の半分と謳われた古都イスファハーンなど毎日がハイライトづくしで世界遺産の宝庫です。

その中でも、2009年に世界遺産に登録された「シュシュタルの水利施設」は、当時いかにイランの文化レベルが高かったのかを象徴しています。

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シュシュタルは、イラン西部のフーゼスターン州の州都アフワーズより92km離れたところに位置する町です。シュシュタルの水利施設は、ササン朝ペルシャ時代、3世紀にシャプール1世の治世に造られた、4つのダムのうちの1つ。イラン中央部を西南に延びるザクロス山脈より流れる、イラン最長の川であるカールーン川の水を利用して造られました。流れ落ちる水は、再びカールーン川に戻り、カールーン川はやがてペルシャ湾に注がれます。
橋の上から見下ろすと、まるで本物の自然の川、滝のよう!轟をあげて流れ落ちる水量の凄まじさは、人間が作り出したものだとは思えないほどの大迫力です!
当時は、この水利施設に40か所の粉挽き所がありました。水力を利用して、石臼を回し、小麦から粉を精製していたのです。イランの食卓では、煮込み料理やケバブが並びます。その主食はサフランライスとナン。シュシュタルとは、「水の恵み」という意味。この水利施設がなければ、ナンを食べるという習慣は生まれなかったかもしれません。
3世紀にすでにこのような大規模な施設を作るほどの文明が栄えていたことに胸が熱くなりました。

また人間の綿密な計算で完成したのは、一歩踏み入るとその美しさに魅了される、ローズモスクこと、シラーズの「ナシル・アル・モルク・モスク」。朝だけ差す太陽の光によって、ステンドグラスの模様が床の絨毯に映ることで有名なモスクです。モスクは神様の家でもあります。そんな家に色鮮やかで暖かい光で満たすことは神様を信仰していることを意味します。

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2017年12月15日 (金)

お釈迦様入滅の地、クシナガルへ

先日「インド八大仏跡巡りと三大仏教美術館 13日間」より帰国いたしました。

 仏陀の誕生・入滅・降臨まで、仏教聖地のなかでも「八大仏跡」と呼ばれる場所をすべて巡ってきました。お釈迦様の生まれたルンビニ、菩提樹のもとで悟りを開いたブダガヤ、初めて説法したサールナート、そして入滅の地クシナガル、この4箇所は「四大仏跡」として有名です。この4箇所と、仏陀の説法を聞くために沢山のお弟子さんたちが登った霊鷲山のあるラージギール、お釈迦様が説法する際に利用された祇園精舎のあるサヘト・マヘト、仏陀が最後の雨季を過ごしたとされるヴァイシャーリ、天界で3カ月を過ごした釈尊が再び地上に降りたった地と言われるサ―ンカーシャを加えた8箇所がその重要度から「八大仏跡」と呼ばれています。

 その中のひとつ、お釈迦様が入滅された地であるクシナガルについてご紹介いたします。

涅槃を直感したお釈迦様は、説法をしていたラージギールを出発し、最後の旅に出ました。旅の途中、鍛冶屋のチュンダがお釈迦様一行に料理を提供したところ、 激しい苦しみに見舞われたのです。しかし、お釈迦さまは、チュンダの責任ではなく、日常生活の中で病が生じただけだと悟り、チュンダが非難を浴びないよう、思いやりました。苦しみながらもクシナガルに向かい、着いた時には、すでに疲れ果てていました。お釈迦さまは沙羅双樹の間に北枕を用意させ、右脇を下に横になりました。そして大涅槃へと入られたのでした。お釈迦様の涅槃の時、時ならぬ花が咲き、花弁がお釈迦様の身体に降りかかったと言われています。

現在この地にはお釈迦様を記念して寺院が建てられています。寺院内にはお釈迦様の涅槃像があり、タイやスリランカなど多くの地からも訪れている仏教徒が巡礼に来ていました。

お釈迦様の涅槃像

 ツアーでは、お釈迦様が、最後に説法をされたケサリアストゥーパを訪れた後に向かいます。観光の時間はちょうど夕暮れ時で、夕日に照らされたニルヴァーナ寺院はとても美しく、より一層、神秘的に感じました。

ニルヴァーナ寺院

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2017年12月14日 (木)

バスクといえば美食だけ?(スペイン)

11月9発「現代アートの街ビルバオとスペイン・バスク周遊 9日間」の添乗に行って参りました。バスクは最近では非常に人気の旅行先になり、様々なメディアにも取り上げられ、耳にする機会が多くなりました。それでも『バスク』という単語だけを聞いて、どれだけ『バスク』の物事を思い浮かべますでしょうか?おそらく多くは〝美食”や〝ピンチョス”などのフレーズではないかと。
バスク地方のリゾート地サンセバスチャンの旧市街にある各バールには、スライスしたフランスパンに色鮮やかな食材を美しく見惚れてしまうように盛り付けられたピンチョスがカウンターに並びます。それにあわせてバスク地方で作られたワイン、チャコリ(バスクのスパークリングワイン)やリンゴ酒を楽しみます。一軒ではちょっと食べて次のお店へと数件巡るのがバスク流儀。それにより小さなバルが混んでいても人の回転が速く、かつ様々なお店の味や雰囲気を楽しめます。バールというと大人の行く店の印象が強いですが、行ってみると早い時間では子供を連れてきている家族の姿も。注文するドリンクはお酒でなくとも、コーヒーやカプチーノもあります。デザートもあるので子供はピンチョスに甘いケーキを食したりしていました。またお値段も非常にお安く、ワインなど一杯2-3ユーロ、ピンチョスも同様。3~4軒巡り、ちょこちょこ食べ飲みでお腹いっぱいになりました。立ち飲みのカウンターだけのバールもあれば、テーブル席もあるバールもあるので、お店によってはゆっくり席に座って食すこともでき、ピンチョスではなく注文されてから作る暖かい料理も食べることができます。

サンセバスチャンのバルカウンターに並ぶピンチョス

このような美食の印象が強いバスクですが、バスクにはもっと興味深いバスクならではの物事があります。そもそもバスク地方は北スペインのビスケー湾に面していますが、海岸から30~1時間内陸に走れば、山と丘陵地帯になり、緑の牧草地が斜面を覆い、そこに羊や牛が放牧されています。それゆえにバスク地方は海の幸と山の幸と両方の美味しい食材が手に入るのも美食につながっています。そこから話を膨らませると、山バスクでは羊の羊毛から作られた帽子を男性が着用していますが、それは私たちもご存じのベレー帽です。ベレー帽はバスク発祥で、いまでもバスク地方の街を歩くと、素敵なオジサマが格好よくベレー帽をかぶっています。海バスクでは当然猟師や船乗りにつながります。世界史の教科書で世界一周航海を成し遂げた人物としてマゼランが載っています。しかし実際には彼は航海の半ばでセブ島で亡くなり、彼の後に戦艦を率いてスペインに戻った際の船長がバスク人エルカーノだったということはあまり知られていない驚きの事実。その他には日本にキリスト教を布教しにきたフランシスコ・ザビエルもバスク人です。画家ゴヤの生まれはアラゴン州サラゴサ近郊ですが、父親はバスク人。スペイン内戦時には世界各地にバスク人が移住しましたが、サッカー前日本代表監督を務めたアギーレ監督の両親は、メキシコに移住したバスク人です。

バスク版サンタはオレンツェロ

このように『バスク』を掘り下げていくと、実は私たちの身近にバスクが存在していることに気づかされます。さらにバスクは独自の文化や伝統があります。美食だけではないバスクならではの歴史、芸術、文化などもバスクの魅力です。
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2017年12月13日 (水)

 「トリュフ料理に舌鼓を打つ!!(クロアチア)」

先日、「スロベニアのユリアンアルプスとクロアチアの美しき町々を訪ねて 12日間」のツアーより帰国しました。現地は、丁度美しい黄葉に彩られていました。
スロベニア・クロアチアはかつてから、イタリアやフランス、オーストリアやオスマントルコ等、多くの国に支配されてきた歴史がある為、食文化も様々な国の食が混じり合っています。特に、クロアチアのイストラ半島は、 地理的・歴史的にイタリアの食文化の影響を強く受けており、ワインやプロシュート(燻製しない生ハム)、オリーブオイル、チーズ、トリュフ等の製造が盛んです。

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昨日のブログでもイタリアピエモンテのアルバのトリュフをご紹介しておりましたが、クロアチアのイストラ半島のトリュフも負けてはおりません!知る人ぞ知る産地であり、シーズンになると、世界中から多くの人々がトリュフ料理を食べに訪れると言う程、世界有数のトリュフの産地として名高いのです。世界三大珍味の一つであるトリュフの色は、黒、白、茶があり、白は最も高価とされています。トリュフのシーズンである10月~1月頃になると、トリュフハンター達は、特別に訓練されたトリュフ犬を連れ森へと入り、地中約30センチ位の奥深くにあるトリュフを探し求めるのです。ツアーでは、採れたてのトリュフをたっぷり使った、「トリュフのパスタ」を頂きます。トリュフのパスタが運ばれてくると、香ばしいトリュフの香りがふわっと漂い、嗅覚が刺激され食欲が掻き立てられます。濃厚なクリームソースとふんだんにかけられたトリュフの絶妙な味が広がり、想像以上の味わいで期待を裏切りません。トリュフの芳醇な薫りに包まれながら食べる幸せな時間。。。食には、非常に嗅覚も重要であるということを、改めて実感しました。トリュフは生以外にも、オイルやペースト状等、色々加工されて市場に出てもいるので、気軽にいつでもトリュフの風味を楽しみたい場合にはお勧めです!因みに、ギネス世界記録に認定されている世界一大きなトリュフというのは、クロアチアのイストラ半島の物だそうです!トリュフ以外にも、自家製のプロシュートやオリーブ、チーズ等、旬の地の物を手間暇かけて作られた物ばかりです。これらに、地元産のワインと共に頂けば、更に美味しさが増すのではないでしょうか。 クロアチアはアドリア海に面している為、山の物以外にも新鮮な海の幸も豊富なので、何処に行っても美味しい物と巡り合えるでしょう!!(井手)

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2017年12月12日 (火)

トリュフ市は大賑わい!美食のピエモンテ州への旅(イタリア/トリノ)

先日、ビジネスクラスで行く、栄光のジェノヴァとトリノの休日より戻りました!
北イタリアは美食の町々が点在する地域ですが、例えばパルマと言えば、パルメザンチーズ、ジェノベーゼパスタはジェノヴァ、チョコレート、トリュフが有名なトリノ。これら舌鼓を鳴らす料理が自慢の町を、9日間でゆったり巡る贅沢ツアーに行って来ました。
美味しいものには目がない私が、もっとも楽しみにしていたのは、なんといってもこの時期に収穫を迎えるトリュフ!キャビア、フォアグラに並ぶ世界三大珍味の一つです。
ツアー中でも、11月発のツアーではトリュフ料理が用意されますが、今回はトリュフのパスタを食べました!
 
トリュフパスタ
トリュフは香りが強いので、オリーブ油とバターを絡めたシンプルなパスタに乗せるだけで、絶品の一品になります。
口に入れた瞬間、トリュフの香りが広がり、バターの甘みと絡んで何とも言葉に出来ない程、とても美味しかったです。
アルバと言う町では、10月上旬から11月の下旬にかけてトリュフ市場が開催され、大勢の人で賑わっています。

トリュフ市の様子


トリュフ市の為に特設された会場内に入ると、ふわりとトリュフの美味しそうな香りが漂っていました。トリュフの品々を扱うお店がいくつも出店しており、トリュフその物だけではなく、トリュフのオリーブオイル、トリュフチーズ、トリュフブレッド、トリュフチョコ、地元で製造しているパスタやワインもありました。
気軽に試食もさせてくれるのも嬉しいポイントです。
お気に入りの製品に出会ったら即お買い上げ!
私はトリュフを交ぜてつくられた、パルメザンチーズとオリーブオイルを衝動買いしました。
他の国では、鼻を聴かせて豚がトリュフを収穫するそうですが、イタリアでは犬がその役割を担います。
自分のご自慢の愛犬と一緒に、トリュフを探している最中の写真を飾りながら、採れたてのそれらを販売している農家の方々もいました。
トリュフは高値で売買されるので、思わずここ掘れワンワンと宝を探し当ててくれる花咲か爺さんの物語を思い出してしまいました。(笑)
ちなみに、今年の最高値で取引された白トリュフは何と880グラムで990万というので驚きです。堤

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2017年12月 8日 (金)

太古の大自然、オーストラリア・ブルーマウンテンズ国立公園

先日、「オーストラリア物語14日間」のツアーより帰国しました。日本の国土の約20倍もの面積を持ち、広大な大地に広がる大自然が魅力的なオーストラリア。日本と東経があまり変わらない為、時差も最大で2時間ほど。何となく近いように感じますが、南半球に位置しているため季節は真逆。出発時は、そろそろ冬物を出そうかなという時期だったのに、初日に到着したケアンズは初夏とはいえど30℃越え!暑さが苦手な私にとってはつらいスタートでしたが、オーストラリアの固有種の花やコアラ、カンガルーなどの可愛らしい動物とも触れ合うことができ、とても癒されました。

ボノロング野生動物公園

今回のツアーでは14日間の長い期間を生かして、オーストラリア本土だけでなくタスマニア島まで足を延ばしました。特に印象に残ったのは、シドニーから西へ80kmほど離れたところにあるブルー・マウンテンズ国立公園。公園面積は約26万7,900ヘクタールあり、約3億万年前にできた堆積岩の層が地殻変動により形成されたものが、後に浸食されて出来上がった壮大な景色が広がる国立公園です。
ブルー・マウンテンズという名称は、一面に広がるユーカリの森林から発生する霧状の油分が太陽に反射して、まるで青く霞んでように見えることに由来します。名前の通り、公園内に入ると青みがかかり、カメラのフィルター加工をしたような風景でした。有名なのはスリー・シスターズと呼ばれる奇岩。アボリジニの伝説で、村の美しい3姉妹が、他の種族の3兄弟に恋をしてしますが、掟によって位禁じられた結婚だったため、逃げ出そうとして村の長老に岩に変えられてしまったといわれています。

スリー・シスターズ

国立公園内では、シーニックレイルウェイと呼ばれるトロッコもあります。トロッコと言っても見た目はジェットコースターのようで、かつては石炭を運ぶために使われていたものを現在は観光用に姿を変えています。インディジョーンズのテーマ曲とともにいざ冒険に出発!催行傾斜52度を高速で岩と岩の間をすり抜けていくのでスリル満点!アトラクション気分も1分ほどですぐ到着してしまうので、写真も一瞬です。今だ!と言わんばかりの勢いでシャッターチャンスを狙います。トロッコのほかにオーストラリア国内で最も勾配の激しいシーニックケーブルウェイにも乗車しました。眼下に広がるユーカリの森林や渓谷の風景を目に焼き付けながら後にしました。

その後、シドニー市内へ戻り、地上250mの高さを誇り、シドニーで最も高い位置にあるシドニータワーの展望レストランで昼食ビュッフェを堪能しました。オペラハウスやハーバーブリッジなど市内を360°見渡しながらの食事は、旅の締めくくりにふさわしく、胃も心も満たされるひと時となりました。
オーストラリアと言えば有名なのがエアーズロックですが、先月、2019年10月26日から登山禁止が正式に発表されました。現地の方にとっては、アボリジニの聖地として祀られている神聖な場所な為、嬉しいニュースだったようですが、登山中止は我々観光客には大きなショックを与えました。しかし、一度では見尽くせないほどの大自然大国、オーストラリア。まだまだ秘めた自然があると思うと、冒険心がくすぐられる魅惑の一国だなと感じました。(西澤)
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2017年12月 7日 (木)

ポサーダでゆったり貴族気分の旅(ポルトガル)

先日、「ポルトガル、ゆったりポサーダ紀行12日間」の添乗より帰国しました。
ポルトガルの街は、リスボンで遊び、ポルトで働き、コインブラで学び、ブラガで祈ると例えられます。今回の旅では、この4つのポルトガルを代表する街はもちろん、あまり知られていない小さな街にも行き、じっくりポルトガルを堪能してきました。
さて今回のツアータイトルにもなっているポサーダ。ポサーダとは元々はお城や貴族の館、修道院として使われていた建物を改装した国営のホテルのことです。スペインでいうパラドールにあたるものになります。建物自体は歴史あるものですが、設備は新しくなっているので、ご安心下さい。
今回はエストレモス、コインブラ、ヴィアナ・ド・カステロと3つの街のポサーダに宿泊しました。

まず、リスボンからずっと東に行ったスペインに近いエストレモスという街でのポサーダ。ここはかつてドン・ジョアン王が妃イザベルと暮らしたこともあるお城。ポルトガル名物の青い絵の描かれたタイル、アズレージョで飾られた長い廊下を進み部屋へ。中に入ると、天蓋付きベッド、絵画、きれいに装飾された大きな鏡。お姫様気分で優雅な宿泊を楽しむことができました。

次にコインブラからすぐのコンデイシャ・ア・ノーヴァのポサーダ。ここは元々、貴族の館として使われた所。こぢんまりとしたホテルで貸し切りの別荘のような雰囲気。このポサーダ専属のアズレージョ職人が絵付けをしているところも見られました。

そして、一番印象に残っているのが、ヴィアナ・ド・カステロのポサーダ。ここは元から貴族のホテルとして使われていたサンタ・ルジア山という山の上に立つポサーダ。このポサーダの素晴らしさは、なんと言っても景色。山の中腹に建つ石造りの白っぽい教会、サンタ・ルジア教会がロビーからきれいに見えます。窓枠に、山の木々と白い教会、青い空がきれいに収まり絵画のようです。

ポサーダから見えるサンタルジア教会

今回は天気にも恵まれ、早朝には朝もやの中に浮かぶ教会、そして夕暮れ時にはオレンジ色に染まる教会と幻想的な景色にも出会えました。
ポルトガルにはまだまだたくさんのポサーダがあります。次回は他のポサーダも見てみたいという思いに後ろ髪を引かれつつ、帰路へとつきました。
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2017年12月 6日 (水)

ユニークな“泥人間の踊り”(パプアニューギニア)

パプアニューギニアの泥人間

先日、「パプアニューギニア大周遊8日間」のツアーから帰国致しました。今回のツアーはタイトル通り、パプアニューギニアの代表的な観光地であるラバウルの戦跡をはじめ、アロタウ、民族色の強いゴロカをじっくりと周遊する旅です。

中でも一番印象的だったのが、“泥人間の踊り”。パプアニューギニアといえば、800を超える部族が存在し、各部族で違ったシンシンと呼ばれる民族舞踊があることで有名です。その一つ、ゴロカ近郊、アサロ渓谷の部族が踊るのが、“泥人間の踊り”。名前の通り、体中に泥を塗って、泥の仮面を被って踊ります。見た目からかなりユニークなこの踊り。昔、戦いに弱かった部族が、敵の部族から逃げていた際、沼地で転んでしまい、全身に泥をかぶってしまいました。すると、敵の部族が泥で白くなった姿を見て、亡霊だと思い、恐れて逃げてしまいました。これに味を占めて、自ら体に泥を塗るようになったのが、由来と言われています。

実際どのような踊りなのかとわくわくして待っていると、茂みから泥人間が登場し、ゆっくりと近づいてきます。いくら待てども、のそりのそりと歩くだけ…。まるでスローモーションかのよう。そう!これが泥人間の踊りなのです!彼達は、前述のとおり、亡霊になりきっている為、激しい踊りは一切なし!いかに恐ろしげに這いよれるかが重要なのです。しかし、なぜか可愛く見えてしまうのは、私だけでしょうか…。仮面の顔がどう見てもチャーミング。

この踊りを見て驚いたことは2つ。1つ目は、泥人間が手に持っている葉っぱの意味。亡霊になりきる為の工夫?部族のシンボル?様々な意見が飛び交いました。答えは…虫よけ。亡霊も踊りも関係ないじゃない!よく見ると、手に持った葉っぱを顔の前で振るしぐさをしていました。確かに、ゆっくり動いていると、ハエや蚊がとまってしまいますよね。2つ目は、泥人間の仮面について。踊りが終わると、仮面を被らせてもらえました。驚いたのが、その重さ。大きな陶器の壺を被っている感覚。とにかく重い!この仮面を被ってしまっては、ゆっくりとしか動けないなと納得しました。

不気味なようで、可愛らしい…ユニークな泥人間の踊りに思わず笑みがこぼれてしまいました。(五島)

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2017年12月 5日 (火)

「星の王子さま」では恐怖の木!?不思議な巨木バオバブは存在感抜群!(マダガスカル)

バオバブの並木道


  先日、「マダガスカル、絶景ツィンギーハイキングとバオバブの里ムルンダヴァ 10日間」のツアーから帰国しました。マダガスカルは太古の昔、大陸から分裂して孤立した島国となり、動植物も独自の進化を遂げたため、現在でも野生生物種の90%以上が固有種という貴重な生態系を持っています。日本では白と黒の縞々のしっぽが特徴的なワオキツネザル、地上を2足歩行で横っ飛びジャンプするベローシファカ、童謡でも知られるアイアイが有名ですが、最もよく知られているのは上下が逆さまになったような不思議な巨木バオバブではないでしょうか。

 伝説では、地球で最初の木であったバオバブは後に登場したヤシの木のように背が高く、イチジクのように果実を実らせたいと望み、それを実現させた我が儘さに神様が怒り、根を引っこ抜いて逆さまに地面に突き刺したため今のような姿になったといわれています。バオバブを一躍有名にさせたサン・テグジュペリ作の小説「星の王子さま」では、星を破壊する暴れん坊といった悪いイメージですが、地元の人にとっては信仰の対象として神聖な木でもあります。
 一口にバオバブと言っても形は様々。諸説ありますが、バオバブはアフリカ本土やオーストラリアを含めて全世界に10種あり、その内8種はマダガスカルの固有種です。群生地は決まっており、今回のツアーで訪れたムルンダヴァ付近で見られたのは3種でした。天に向かってまっすぐ伸びるスタンダードな「グランディディエリ」、少し浅黒い「ザー」、とっくり型の「フニィ」です。バオバブの中身は藁のような繊維質で年輪がない為、樹齢ははっきりと分かりませんが、この辺りで一番大きいのは樹齢700年ほどで、「聖なるバオバブ」として柵で囲われ祀られていました。
 一つの根元から2本のバオバブが仲良く生えている「双子のバオバブ」や2本の幹が絡み合い恋人同士のような「愛し合うバオバブ」など様々なバオバブスポットがありますが、「バオバブの並木道」がやはり一番のハイライトです。1本1本が巨大で存在感抜群のバオバブが小道に並ぶ姿は圧巻。今回は夕陽鑑賞のために少し長く滞在しました。各々ベストスポットを探しに散歩したり、露店に並ぶバオバブのミニチュアオブジェを吟味したり、カメレオンを連れて商売する子どもたちに声をかけられたり。バオバブの実も売っていましたが、お客様が話の種にと購入され、おすそ分けして頂いたので試食しました。中は種が多く、白い実の部分は少ししかありませんが、酸味があり、栗のような味がして案外おいしかったです。そうこうしているうちに日が暮れていきます。日が沈むにつれ、バオバブがだんだんとシルエット化していく様は神秘的。まさに絵になる光景で、一日ガタガタの悪路を4WDで突き進んできた疲れも吹き飛びます。太陽が沈み切ると名残惜しくもお別れの時間。再び4WDに乗り込み、どんどん小さくなっていくバオバブに後ろ髪を惹かれつつ、ホテルへと向かいました。(日裏)


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2017年12月 1日 (金)

モンタルチーノでつぐみ祭!(イタリア)

先日、「華麗なるイタリア紀行 イタリア・ルネサンス芸術と古都を巡る11日間」より帰国しました。このツアーはミラノ、ヴェネツィア、フィレンツェ、ローマと主要都市を回る王道コースですが、それだけではなく途中の街、ラヴェンナやサン・ジミニャーノ、シエナ、アッシジなども丁寧に巡るため、イタリア初心者からイタリアリピーターまでご一緒した皆様がお楽しみ頂けていたのではないかと思います。そんな今回のツアーではさらにプラスしてモンタルチーノの街へ訪れ年に1度の“つぐみ祭”を堪能してきました!

つぐみ祭は毎年10月の最後の金土日と3日間にかけて行われます。このお祭りが開催されるようになったのは50年ほど前とまだまだ新しいのですが、中世の頃から狩りの成功を祈って行われてきた伝統的な慣わしをモチーフにしたものです。中世の時代、男たちが獲物をどっさり抱えて狩りから帰ると村では女・子供がごちそうと赤ワインを準備して待っており、宴が繰り広げられます。中世の時代から良く食べられていたのがつぐみ鳥の焼き鳥です。当日も町の広場にはつぐみの焼き鳥の屋台をはじめ豆のスープやホットドッグなどが売られていました。これが祭りの名前の由来にもなっています。

このお祭り、とっても素朴なのです。お祭りのハイライトは町のメインストリートを中世の衣装に身を包んだ地元民が行進するパレードです。農民風の衣装もあれば、貴族のような華やかな衣装も。これは、狩りの成功を狩人・農民だけではなく街に住む貴族・商人みんなで喜んだことに由来しているそう。

つぐみ祭

つぐみ祭


モンタルチーノと聞いてピンとくる方は少ないかと思いますが、ワイン愛好家の方でしたらきっとイタリアが世界に誇る赤ワイン、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノをご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。繊細かつ優雅な香りでイタリアワインの女王とまで呼ばれるこのワイン。パレードが催されるメインストリート沿いにはワイン屋さんがずらり。パレードを鑑賞しながら赤ワインをお楽しみになるお客様もいらっしゃいました。これも小さな町の素朴なお祭りならでは。大混雑必至の有名なお祭りでは赤ワインなんて飲んでたら人にぶつかりシミを作ってしまいますものね。

 

パレートは20分程で終わってしまいますがその後もワインをたしなんだり、町自慢のはちみつを試食してみたりとゆっくり、のんび~りと過ごしました。そしてこの時期ならではの見事な黄葉まで!素朴でそれでいて贅沢な時間を過ごすことが出来ました。(岡山)

 

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