2018年1月31日 (水)

ベルリンフィルジルベスター VS ウィーンフィルニューイヤー(ドイツ、オーストリア)

2017年12月29日発「ベルリンフィル・ジルベスターとウィーンフィル・ニューイヤーコンサート 7日間」の添乗に行って参りました。

世界最高峰を競うベルリンフィルとウィーンフィルによるコンサートにて年末と年始を過ごせる何とも贅沢な内容で、ベルリンフィルに関していえば、サイモン・ラトル氏によるベルリンフィルジルベスター最後の指揮ともなり、感慨深いものがありました。

このツアーでは、近い日にち間隔(12/30ジルベスター、1/1ニューイヤー)で両フィルのコンサートを聴けることから、聴き比べができたところが面白く感じました。

2017年末ベルリンフィルジルベスターで演奏された曲の中には、ドヴォルザークやR.シュトラウスの曲と共にバーンスタインとショスタコーヴィチの曲を含めたプログラム構成が印象的でした。バーンスタインが作曲した「オン・ザ・タウン」(ミュージカル)は、ノリがよい曲で、「ベルリンフィルのジルベスターコンサートは格式が高く、クラシックも詳しくない自分が聴いてどうなのだろう・・・」というような事前に不安を抱いていた人の緊張をほどいてくれた気がしました。昨年(2017年)、日本の某新聞記事にラトル氏が「二度と聞きたくない言葉は、〝クラシック音楽はエリート層の為のもの”」とあったのを思い出しました。すべての人がクラシック音楽を好きになるようにと尽力しているからこその、このようなプログラムになったのかなと思いながらノリのいいオン・ザ・タウンを聴き入りました。(余談ですが、オン・ザ・タウンは、日本の某男性アイドルグループも2014年にミュージカルをしましたので、曲だけでも知っている人は日本でも多そうですね。)旧ソ連の作曲家ショスタコーヴィチは、私はほとんど彼に対する知識がなかったので、調べていくと、ベルリンフィルにて彼の曲が演奏されたのは彼がベルリンとふとした関わりがあることがわかりましたが、それがプログラムに取り入れられたかはわかりません。しかし、決めつけられた理由ではなくプログラム構成への自由な考えをラトル氏は許してくれそうなので、私のつぶやきにとどめたいと思います。

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<ベルリンフィル・ジルベスターコンサート>

ウィーンフィルによるニューイヤーコンサートは、ベルリンフィルとは反対に、やはり格式高く、敷居が高いイメージそのものでありましたが、それがウィーンフィルによるニューイヤーコンサートの良さでもあることを実感してきました。シュトラウス一族の曲は、王室や貴族の為に作られた曲であり、上流階級の人たちの耳に入る曲であると頭ではわかってはいたものの、実際耳にしたときは想像していた以上のお上品な音に驚きました。「作曲家がイメージし、楽譜にこめられた音を忠実に再現するのが演奏者と指揮者の使命」というのを聞いたことがあります。優雅なメロディ、王室を讃える感情、歓喜が込められた曲は、約200年前の作曲家のメッセージであり、表現したい感情であり、それを伝統的に表現し続けてきたのがウィーンフィルだと思いつつ、素人の私にもお上品な音に感じられた体験ができたことは感慨深いものでした。庶民派の私には、その上品な音というものを感じられたことを嬉しく思い、クラシックファンが憧れる聖地・楽友協会にある美しい花で飾られた黄金の間の雰囲気を味わえたことは光栄で貴重な体験にもなりました。

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<楽友協会ニューイヤーコンサート>

どちらがよい、どちらが最高というわけではなく、どちらもよく、最高!それぞれの良さがあり、その良さを味わえる。好き嫌いがはっきりする場合は、興味のある音楽を聞けばいいと思いますが、異なるからこそ、様々な曲の選択肢を与え、自分好みの音を聴く機会を得られたり、逆に未体験の音を聴く機会からその体験によって得られる感動も多くなる。会場の雰囲気や生の音による耳あたりと体感で音楽を味わえる楽しみを得たツアーでした。

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