2018年10月21日 (日)

サハリンの少数民族、ニブヒ族

この度、サハリン大縦断と銀河鉄道の旅より帰国しました。
サハリンは、北海道の北に位置する細長い島。島の南部(樺太)は戦前日本が統治していた事もあり、製紙工場跡や銀行跡など、日本時代を感じさせる建物が残っています。

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<ホルムスク 製紙工場跡>

既に廃墟となった建物も多いのですが、コルサコフ(旧大泊)の拓殖銀行跡はサハリン州の歴史的建造物として保存することに決まったそうで修復工事中でした。
王子製紙によって建てられたサハリン最初の製紙工場(1914年)は、危険な為ロープが張られた場所もありますが、現在も建物の一部を利用しています。
また、日本時代から漁業、造船などが盛んなホルムスク(旧真岡)の製紙工場は、ソ連時代になってもトイレットペーパーやノートなどを生産して、地元の雇用を支えていました。
廃墟となった今も、かつての繁栄を感じさせる立派な佇まいです。

ツアーでは日本との関わりが深い南部だけでなく、鉄道を利用して北部まで足をのばしました。

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<オハ石油櫓>

日本時代に開通した鉄道は戦後ソ連が延長し、現在、ノグリキという町まで鉄道で行くことができます。

車窓からはオホーツク海や雄大な原野の眺めが楽しめます。
ノグリキは「臭い水」という意味。現在サハリン北部は石油の採掘が盛んで、オハの町などで沢山の掘削機を目にしました。
昔からノグリキ周辺に住んでいたニブヒ族もトゥイミ川に混ざる黒い液体の存在に気づいていたようです。
サハリン島には昔からニブヒ、ウィルタ、アイヌ、イヴェンキなどの北方少数民族が暮らしていましたが、ロシアの同化政策によって学校で民族の言葉を教えなくなり、急速に言語や文化が消えてしまいました。

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<ニブヒ族言葉>

現在、ニブヒ族の婦人会の方々が博物館に協力して伝統を伝えています。

ノグリキの郷土博物館に展示された、魚やトナカイの皮を使った衣装、骨から作った道具、白樺の木を利用した住居や家具を見ると、いかに限られた資源を駆使していたかが分かります。
映像を使って、一般には禁止されているアザラシ猟の方法やアザラシの皮や油を使った料理の作り方を見せてくれました。
とても美味しいとは言えない、必要な栄養を取るためだけの保存食のような物だそうです。

婦人会の方々が披露してくれた伝統舞踊は、彼らの自然に寄り添った控えめな生き方が垣間見れました。
雄大な自然の中で暮らす人々が仲間同士の交流に、また儀式などで行う歌や踊りです。
木の棒をコンコン、カンカンと静かにたたき、風に乗せて遠くに運ぶかのような音楽。
人に見せるよりも自然との交流を意味するかのような静かなダンスに、厳しい冬を乗り越えて春の喜びを表現するかのような歌。

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<ニブヒ族伝統芸>

便利になった現在の暮らしの中では失われていくのは仕方がないように感じました。
ロシア連邦には22の共和国があり、180以上もの民族が暮らしているといいます。
都市が発達するにつれ消えていった民族や伝統も数多くあるなか、小さな島だからこそ残った民族。サハリンでそんな一例を見た気がします。(関根)

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