2018年11月13日 (火)

終着点が運んだ発展 ~アッピア街道~(イタリア)

先日、「アッピア街道、古代ギリシア・エトルリア・ローマ文明 10日間」の添乗に行って参りました。

“全ての道はローマに通ず”有名な言葉ですが、ローマを中心に張り巡らされた石舗装の街道は、紀元前312年に着手したアッピア街道から始まりました。街道は軍隊の迅速な移動を目的として建設されたので、領土が拡大するにつれ、街道は新たに造られ、最終的に幹線道路で8万km(地球約2周分)、支線を含めると15万kmの道を残しました。もちろん平時には、街道は一般人にも使用され、そこを商人が交易品を運び、異国の植民市からの食べ物や文化も運ばれてきました。

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<トラヤヌスの記念柱>

ツアーは、アッピア街道の終着点ブリンディシから始まりました。南イタリアはギリシア人の植民市が各地にあり、ブリンディシもそのひとつでした。紀元前3世紀にマグナグラキエ(大ギリシア)と呼ばれるギリシア人植民市の中心都市ターラント(古名タラス、タラントゥム)を陥落したローマがイタリア半島統一を果たしたことで、領土拡大と共に少しづつ延伸させてきたアッピア街道がターラントを経由して、半島かかとに位置ずるブリンディシまで達しました。そしてブリンディシの港にてアッピア街道は終着点となり、そこから先に見えるのは青い海。陸路としての道はここで終点ですが、ここから出航した船がオリエント世界の交易品や文化を再び戻って運び、兵士たちは半島から更に遠くの異国の戦地へ赴き、拡大したローマ領土を治めるための移動や巡回の為に皇帝、副帝がこの港から出航したのかとイメージすればするほど、感慨深いものがありました。
ブリンディシもターラントもいまでは小さな南イタリアの街で、中心地は半日もあれば見て周れる広さ。しかし先述したように紀元前からギリシア→ローマの街でしたので、掘れば遺跡が出る出る。特にブリンディシでは、外観は中世の建物でも、それを建設したり修復した際に地下からギリシアやローマの遺跡が発見されたので、その建物内部に発掘された遺跡が見えるよう保存していました。知らなければ素通りしてしまうので、ガイドさんの導きによって知らなければ見られない隠れた観光スポットを訪れられた気分でした。
そのように紀元前4世紀までギリシアとゆかりの深かった南イタリアですので、訪れたブリンディシをはじめとしたターラントやパエストゥムでは、貴重なギリシアの発掘品と古代ローマの発掘品、ギリシア神殿の遺跡を見ていきました。

ナポリでは、郊外にある有名なポンペイ遺跡を訪れれば、当時のまま残る建物も興味深いのですがローマの道は街道だけではなく市内の道だってローマの道、と道にも注目しながら観光しました。商品を積んだ馬車が残していった轍の跡は、たくさんの馬車の往来を彷彿させ、東西南北の基幹道路デクマノスとカルドがしっかり定まった街づくりに注目してしまったりするのもこのツアーならではかもしれません。さらにナポリというと、普通イタリアツアーで滞在はしても街中をじっくり見ることは少ない街。賑やかなスパッカナポリという旧市街の中心地はお土産屋と中世の教会をみて終わりになりがちですが、この街の地下に隠れた広大な遺跡が眠っているのはあまり知られていません。現在の地上にたつ中世以降の建物の下に紀元前のギリシア時代の遺構と古代ローマ時代の遺構があり、ここでも表向き中世時代に建てられた教会から地下へと降りていくと、そこには古代ローマ時代の商店の跡などが残っている空間が!賑やかなお土産屋が並び、多くの観光客でひしめく地上と対比して、ひんやりとした空気に静まり返った地下に残る遺構空間では、現代とは少し違う時間が進んでいるような不思議な気分になりました。わずかな階段を下っただけで、別世界に一瞬にして来られたような感じでした。

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<ハドリアヌス帝の別荘に残るティヴォルティーナ街道>

そしてツアー後半はローマとその近郊へ。偉大な遺跡を残したローマも始めは不器用で、先輩から習って成長していった若者のようだと思わされたエトルリアと絡めた観光をしてきました。かつてのローマ市内が湿地帯で低地に住めない場所を排水設備によって水をテヴェレ川に流した技術はエトルリア人によるものであり、それによって生まれたフォロ・ロマーノを含めた低地を歩きながら、後世の皇帝たちによって建てられた周辺にある数々の建造物も、こうした技術の伝達や教わった技術の更なる向上と磨きがあってこの景色が生まれたのかと思うとローマの長い歴史を身に染みてすごいものだと感じることが出来ました。また建築においてはアーチをローマ人に伝えたエトルリアあって後世にローマの数々の素晴らしい建造物が生まれたともいえ、高いドームがある石造りの建物に入っては、知識が伝わること、そこから発展させていくこと、そして出来上がった素晴らしい物がこうして長い年月残っていることに感動してしまいました。その先輩であるエトルリア人の発掘品を展示していたタルクィニアの国立博物館では、ギリシアの発掘品と負けじ劣らずの素晴らしい作品や生活用具を見ては、紀元前に高度な技術や文明があったことに驚かされました。

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<街道沿いに植えられた傘松>

最終地ローマでは、地図を広げればテルミニ駅の東から北東へティヴォリへ伸びるティヴォルティーナ街道、アヴェンティーノの丘の南からオスティアまで延びるオスティエンセ街道、そしてカラカラ浴場の南から延びるのはアッピア街道。
アッピア街道においては終点からの始まりだったツアーでしたが、アッピア街道を始めとし、様々な街道から人、文化、もの(付随して知識)が流入し、できあがった様々な時代の建造物が残る集大成ローマを最後に訪れるというのも良いものでした。


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