2018年11月22日 (木)

熊野古道小辺路を歩いて思う(奈良県・和歌山県)

先日、「語り部とゆく、熊野古道小辺路、果無越えと大峯奥駈道3日間」より戻りました。

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<果無集落世界遺産碑>

熊野古道はいくつかありますが、私たちは「小辺路」と呼ばれる高野山から熊野本宮大社に至る全長72kmの街道の一部を歩きました。歩いたのは、街道の終盤、果無峠越えの部分で、世界遺産の参詣道が通る天空の郷「果無集落」の観光用ポスターで一躍有名になった村を通るルートです。

天空の郷に至るまでの道は、麓の十津川からひたすら急な坂道、石畳、階段を上って標高を600m一気に上ります。森の中を歩きますが、果無村に近づくと視界が開け、視線の先には谷を挟んで果無山系 の山々の連なりを望むことができます。
果無集落では、古道沿いの個人宅の縁側が古道を歩く人の憩いの場としてご厚意で一般に解放されていて、腰を下ろして一息つくことができます。その向かいには、丸太をくりぬいて作られた水受けが印象的な湧き水を飲めるのも嬉しい心遣いです。
その後の行程は、再び果無峠に向けて標高をあげて行き、今度はひたすら熊野本宮大社に向けて下っていきます。その標高差は約1000m。ほとんどが森の中の道ですが、途中途中で視界が開け絶景を楽しめるというメリハリのあるルートでした。

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<果無集落にて>

この険しい小辺路は、1000m級の3つの峠を越える道であったものの、高野山から熊野本宮大社間を最短距離で往来できる道として、多くの庶民の参詣者たちが通りました。私たちは山道に適した靴を履き、重ね着ができ、1日分の荷物を持つだけでよいという装備で歩くことができましたが、中世の人が同じ道を着物と草履で歩いたというのは想像できないほど困難だったと思います。それでも「蟻の熊野詣で」といわれるほど庶民の間でも熊野詣が盛んであったというのは驚くとともに、人気のほどがうかがえます。

明治維新後、神仏分離令により熊野詣の風習も殆どなくなりましたが、熊野古道自体は、大正から昭和にかけて国道が整備されるまで、周囲の生活道路として使用されつづけられました。小辺路のほとんどの部分が通る奈良県の十津川村は鉄道を敷けないほど山深い地であったため、街道沿いには未だ豊かな自然が手つかずのまま残されています。熊野詣の往時の様子を偲べる絶好の場所です。(大久保)


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