カテゴリー「地域:アジア(東南アジア、インド、中央アジア)」の169件の記事

2009年11月25日 (水)

再開!コーカサス三国への旅~乳と蜜とワイン流れるシルクロードの国々~(アゼルバイジャン、グルジア、アルメニア)

002 国際情勢によりしばらく催行を見合わせていたコーカサス三国への旅ですが、今秋、満を持して再開できることになり、その記念すべき再開1本目に同行させて頂きました。再開の告知をすると同時に多くのお客様からお問合せを頂き、この地域への皆様のご関心の高さを改めて感じた次第です。十月のコーカサス三国は秋晴れの下、黄金色の葡萄畑、白いコーカサスの峰々が清清しく、秋ならではの美味しい果物も食後の楽しみの一つになりました。そんなコーカサスへの旅を、いくつかのトピックでご紹介致します。

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2009年11月20日 (金)

観光地化されていないのが魅力、ウズベキスタンのフェルガナ地方

Cottonfield_ferganavalley スイカと綿花の収穫最盛期だった中央アジア・ウズベキスタンのフェルガナ地方より帰国いたしました。フェルガナ地方はウズベキスタンの東部に位置する盆地で、隣国タジキスタンとキルギスと接しています。ウズベキスタンといえば、サマルカンドやヒワ、ブハラ、シャフリサブスといった国内西部に点在する世界遺産の都市が有名で、実際にツアーも多く催行しておりますが、このフェルガナ地方には世界遺産はありません。それどころか同じ国内にあって、まだ殆ど観光地化されていないのです。

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2009年11月16日 (月)

スリランカ、シンハラ王朝の文化遺産シギリヤロック

先日「スリランカ世界文化遺産のすべて9日間」より帰国いたしました。
一年中、温暖な気候のスリランカでは10月というのに、ほぼ毎日30度を超える日が続きました。暑いのは苦手・・・と思われる方も少なくないと思いますが、街中に椰子の木やパパイヤ、マンゴスチンの背の高い熱帯地方ならではの木々が生い茂り、涼しいそよ風と木陰を作ってくれるので、それほど、苦ではありません。
さて、この9日間の日程の中で、私が一番印象的だったのは3日間目に訪れる古代都市・シギリヤという街に聳え立つシギリヤロックの観光です。シギリヤはコロンボから約5時間ほどバスを走らせたところにあります。5時間の移動と言っても、途中、カシューナッツの生産や籐細工で栄える小さな村々を通り過ぎ、ピンナウエラの像の孤児院にも立ち寄り愛らしい小象のミルクやりを見学しながら向かうので移動時間も楽しめること間違いなしです。
Frescoes_sigirya_maidens_1 シギリヤは、息を呑むほどの迫力ある巨大な一枚岩、そして、なんと言っても、岩山の中腹に描かれたシギリヤレディの壁画の美しさから1982年に世界文化遺産として登録されました。
シギリヤロックの歴史は5世紀後半・シンハラ王朝時代に遡ります。ダートゥセナ王の側室の子として生まれたカッサパはとても野心的でいつか自分が王として即位することを強く夢見ていました。そしてとうとう彼は、王である父親に不満を持つ将軍を集めて父王を投獄、その後、自身がカッサパ1世として王座に即位し、ついには父親殺害を命じてしまいます。しかし、「父を殺す」という仏教徒として最大の罪を犯してしまったカッサパは、その日から後悔の日々を送ります。Frescoes_sigirya_maidens_2 自分の犯してしまった罪を償うべく寺院や病院などを建て善政に励みますが罪の意識は消えず、弟の復讐にも怯える日々を送ったと言われています。しかしある時、父王が現在のシギリヤの岩山の上に宮殿を建てることを夢見ていたと知ったカッサパは亡き父の供養の為、宮殿を建造することを決意するのです。宮殿はわずか7年で完成。岩山を3分の2程上ったところにある「獅子の山」の壁面には艶やかな天女の姿が描かれ、それを眺めながら王妃ともに唯一の安らぎの時を送ったと言われています。

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2009年11月12日 (木)

残暑の残る中央アジア!

ユーラシア大陸のど真ん中、カザフスタン・キルギス・ウズベキスタン・トルクメニスタン・タジキスタンを17日間かけてまわる、「中央アジア5カ国大周遊」へ行って参りました。 Costume
最初の都市、カザフスタンのアルマトイに到着した時には生憎の雨・・・もう秋だなあ、などと感じていた旅の始まり。しかし、日を追うごとに太陽がじりじりと降り注ぎ、まだまだ夏を感じました。それでも朝晩は涼しかったり、日陰に入ればほっとするひと時が訪れます。キルギスでは晴天に恵まれ、天山山脈の支脈がくっきりと見えました。 Cottonfield
私達が訪れた9月中旬頃からは、主要産業でもある綿花の収穫時期にあたります。特にウズベキスタンでは綿帽子を摘み取る為に国をあげての大収穫が始まります!バスでホテルを出発すると、長い列が畑に向かっていました。大きな風呂敷や布団を抱えた学生達です。この時期は収穫の為に学校も休みになるのです。その中に、珍しい!軍服を着た人々までもが収穫している姿がありました。

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2009年11月11日 (水)

壮観!『筏祭り』と湖上の祈り

先日、「ミャンマー物語」から帰国しました。雨季が明けて乾季に入ったばかりのミャンマーは太陽の勢い盛んで、日の出とともに気温は一気に上昇。そんな中訪れたインレー湖は、少し高地にあるため、朝晩はからりとした涼やかな風にホッとしました。旅のタイトルにもなった『筏祭り』は、毎年インレー湖で行なわれるお祭りです。ミャンマーは敬虔な仏教徒が多く、また、全体で135にも及ぶ少数民族がともに暮らしています。インレー湖では、主にインダー族と呼ばれる人々が湖上生活を営んでおり、漁業だけでなく、湖上に浮島を作って野菜などの栽培にも力を入れています。偶然話したインダー族の方は、「暮らしに不便があっても、祖先から続いてきた湖での暮らしを続けていきたい」と語ってくれました。土地への深い思いがあるからこそ、有名な櫓の足こぎなど、生活のための智慧がいくつも生まれたのかもしれません。

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2009年10月 7日 (水)

ウズベキスタンの秋

Photo_39月の連休に「サマルカンド・ヒワ・ブハラ世界遺産周遊の旅8日間」の添乗に行って参りました。
このツアーは8日間でユーラシア大陸のど真ん中、中央アジアにあるウズベキスタンとタジキスタンの2カ国を巡る旅です。
9月に入りウズベキスタンも大分涼しくなっていました。ツアー中の平均最高気温は30度前後ですが、湿度が高くありませんので日陰に入れば風も心地よく、日本の夏のじめじめとした30度とは全く違い、むしろ観光には最適な季節と言えます。また、秋は主要産業の一つでもある綿花の収穫時期でもあり、道の両側に広がる真っ白な綿花畑には、1つの畑につき40人~50人ほどが収穫に励んでいました。

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2009年10月 6日 (火)

幸せの発信地、ブータン王国

幸福の王国、ブータンより帰国しました。ヒマラヤ山脈の南斜面に位置するブータンは、北は中国、南はインドという大国に挟まれた小さな王国です。面積は九州くらい、人口は67万人(東京都足立区の人口と同じくらい)のブータンはちょっと変わった国策を取り入れていることで有名です。Native_dress_bhutan
まず、入国して目を奪われるのが民族衣装を身に着けた人々の姿。日本でもお正月に振袖、花火大会に浴衣を纏った人々の姿を目にすることは珍しくありません。しかし、ブータンの民族衣装着用率はそんなものではありません。たとえて言うならば、日本のサラリーマンが会社に行くときにスーツを着るように、ブータンの男性たちは「ゴ」とよばれる民族衣装を日常的に着ています。そして女性たちは若い女性から主婦、老婆まで「キラ」と呼ばれる色鮮やかな民族衣装を着ています。大国に挟まれた小国のアイデンティティを保つ為にとられている政策だといわれています。

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2009年9月23日 (水)

「桃源郷」タナ・トラジャ

Toraja01先日、「インドネシア大周遊」の添乗から帰国しました。
乾季のインドネシアは、日中の陽射しは厳しくても、日陰に入ると涼やかで気持ちがよく、現地の方々が木陰でのんびり昼寝を楽しんでいる様子が印象的でした。
インドネシアは、1万を超える島々からなる国で、3百を超える民族が生活しています。
実はインドネシアにも『チャンプル』という言葉があり、沖縄と同じく『混ぜる』という意味で使われているそうです。

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2009年9月10日 (木)

「乾いたカンボジアの遺跡観光から潤いの湖観光へ」

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先日8月22日発「水と緑の都アンコールワットと森に眠る巨大寺院ベン・メリア、コーケー7日間」のカンボジアから帰国しました。
日本の夏の時期、カンボジアは雨季にあたりますが、雨季といっても日本の梅雨のように一日中雨が降ると言うことはなく、朝晩にスコールがザーッと10~20分くらい降ってやむというもので、今回のツアー中で日中にスコールに当たることはありませんでした。
カンボジアというとアンコール遺跡観光がメインとなりますので、今回は視点を遺跡から外して、遺跡観光の拠点となる町シェムリアップの郊外にある東南アジア最大の湖トンレサップ湖に注目したいと思います。

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2009年9月 7日 (月)

石澤良昭先生同行、ベトナム・カンボジアの旅!

Blogte 「インドシナ2大王国の興亡、ミーソン遺跡とアンコール・ワット6日間」のツアーより帰国しました。上智大学学長、石澤良昭先生が現地で4日間ご案内してくださるという特別企画です。2003年末から毎年石澤先生にご協力いただいているコースで、回を重ね今回は15回目となりました。毎回コースの中にポイントとなる訪問地を入れておりますが、今回はカンボジアだけでなくベトナム、ミーソン遺跡を訪ねたことがポイントです。 Blogtemplate
1日目からベトナム中部の都市ダナンへ飛びその後ホイアンへ向かいました。翌日は早速、ミーソン遺跡を観光です!ミーソン遺跡は海洋民族国家チャンパの聖地。チャンパはベトナム中部の海岸沿いに次々と町を築き9世紀には中国とヨーロッパを結ぶ海のシルクロ-ドの中継地を有し、交易で栄えました。現在ミーソン遺跡には8世紀から13世紀位までのレンガ造りの祠が残っており聖山マハーパルヴァタの麓、神秘的な雰囲気を持っています。石澤先生には幾度もの戦を交えたチャンパとクメール(カンボジア)の関係についてお話頂きました。また、チャンパ時代から港町として栄え、朱印船貿易時代に日本街も形成されたホイアン旧市街も石澤先生のご案内の下、シクロ(人力車)に乗ったり、のんびりと歩いて散策しました。ベトナムはホーチミンに代表されるようにバイクが走り、発展著しいイメージがあるかと思いますが、古都ホイアンは静かでゆったりとした時間が流れ、趣溢れる家並みを実際に歩くのがぴったりの町です。夜には、ほのかに店や家々の明かりが灯り一層、ノスタルジックな雰囲気を醸し出しました。

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