カテゴリー「地域:アジア(東南アジア、インド、中央アジア)」の155件の記事
2009年5月25日 (月)
2009年5月19日 (火)
「コモドドラゴンに会いました」
この度、4月29日発「コモドドラゴン探索とブロモ山の聖なる夜明けを体験する旅8日間」より帰国しました。
体長2m~3m、鋭い爪、口腔内に50種類以上のバクテリアを持ち、一噛みであらゆる動物を死に至らしめる現代の恐竜といわれるコモドドラゴン。インドネシアのコモド国立公園で保護され、自然に生息しているコモドドラゴン。バリ島からプロペラ機でフローレス島へ行き、そこから船で約3時間半でリンチャ島、約4時間でコモド島へ到着。そこで私達をコモドドラゴンから守ってくれるレンジャーと合流していざコモドドラゴン探索へ!自然に生息しているので必ず遇えるという保証はないのですが、今回はなんとレンジャー小屋の近くで遭遇!!いきなりでびっくり!その姿は想像していた恐竜というイメージもあればつぶらな瞳とのんびりしている姿には可愛さも感じました。手足を地べたにべったりつけてリラックスしている様子は非常に愛らしい。歩く姿は横から見ると大きなおなかが地面にすりそうにのしのしと。それでもよくよく見れば鋭い爪を地面に突き立て、チロチロっと舌を出しながら向かって来られたら(レンジャーがちゃんと向かってくるコモドラゴンの進行方向をさすまたで変えてくれました)迫力も感じました。トレッキングルートではコモドドラゴンの遭遇がなくとも、レンジャーが水牛や鹿、イノシシ、フライングリザードなど他の動物を見つけてくれたり、薬にもなる植物などを教えてくれながら進むので、楽しくトレッキングができました。
2009年5月12日 (火)
想像以上の美しさ?!中央アジアの春を満喫
先日、中央アジア5カ国のツアーより帰国しました。 
初日にカザフスタンの大都市アルマトイに到着すると、天気はどんよりとして今にも雨が降り出しそうな天気。外の空気は冷たく、春の兆しを期待していた私たちは少々がっかりして、着込めるだけ着込み、最初の観光に出掛けたのでした。 しかし、中央アジアにも少しずつ春は訪れ始めていました。移動の道中、何気ない道端のさくらんぼやりんご、あんずなどの木々には白や薄ピンク色の花が咲き始め、草原の新緑は色濃くなってきていました。そうです。中央アジアは草原の国々でもあります。
カザフスタンから国境を越えてウズベキスタンへ向かう途中では、ぽつりぽつりと赤いポピーの花が見えてきました。「ポピーが咲いてるね」「きれいだね」と話しながらバスで走り続けていくと、道路の左右に広がる草原の中の赤がますます増えていきました。「わぁ、すごい!」「きれい!」感嘆の声が上がりました。花が咲いていなければなんともない草原だったかもしれません。思わずバスを止めると、皆様大喜びでバスを降りて、夢中で写真を撮り続けていました。その後も国境までの移動の間、満開の赤いポピーの花が一面に続き、もうすぐカザフスタンを去る私たちへの最後のプレゼントだねと話しながら、カザフスタンを後にしました。
2009年4月17日 (金)
パロツェチュ祭を見て来ました!
先日、「ブータンの懐深く、ブムタン地方とパロとティンプー10日間」のツアーより帰国致しました。今回は通常の観光に加え、ブータン最大の祭りである、パロのツェチュ祭の見学がありました。
ツェチュとは、「月の十日」という意味です。グル・リンポチェ(パドマサンバヴァ)の身に起こった重要なことが全て十日であったことが由来しています。グル・リンポチェはヒマラヤ地方に仏教を伝えた人物として今も多くの人々から敬慕されています。ツェチュ祭は踊り・劇などで構成され、日中の一番の盛り上がりをみせるのは閻魔大王の舞の時です。
そして、最終日には「トンドル」と呼ばれる大きな「タンカ(掛仏画)」のご開帳を早朝に行います。まだ真っ暗なうちに開き、太陽が昇るとトンドルの保存の為、すぐしまってしまいます。僅かな開帳の時間に、是非トンドルに触ってご利益を得ようという信心深い人々が大勢集まってきます。
2009年4月14日 (火)
近くて遠い国から近い国へ(韓国)
日本の隣りに位置し、飛行時間わずか2時間半で到着する韓国。最近はウォン安の影響を受けて、日本人の海外旅行先ナンバー1にもなったそうです。時差もなく、気候も日本に近いので、私が訪れた頃はちょうど桜が咲き始めたところでした。ガイドさんによると、最初に訪れた町、慶州の桜は済州道原産だそうです。
今回の旅は南の慶州から始まり、古刹を訪れながらソウルまで北上して行きました。世界遺産の観光の際に必ず出てくるのが日本との関わり。朝鮮半島から伝わった仏教、豊臣秀吉の時代の文禄・慶長の役、韓国併合などなど、現地を訪れて日本と韓国は歴史的にも深い繋がりがあるとわかったことで、より韓国を身近に感じるようになりました。
2009年4月 6日 (月)
2009年4月 1日 (水)
2009年3月24日 (火)
2009年3月16日 (月)
ピンクシティでHAPPY HOLI(北インド)
先日「インド悠久文明の旅 13日間」の旅から帰国致しました。このツアーはデリー、アグラ、ジャイプールのゴールデントライアングルに加え、アジャンタ、エローラなどの石窟寺院群やベナレスではガンジス川の沐浴風景も見学するというインドの王道のコースとなっています。
そして今回は特別にインドのお祭りにもご案内致しました。
HOLI(ホーリー)とは、インドの2大祭りの1つの大きなお祭りです。
何でもこれから来る春の訪れを祝うものなのだそうです。誰彼構わず、カラフルで、色の濃い粉や色水を掛け合って「気にしないで、ハッピーホーリー」と言って祝います。町では大人も子供も、男性も女性も、全身カラフルに染まっていました。 それに伴い、象祭りも行われます。
私たちはお昼過ぎに会場に着きましたが、既に別のお客さんは集まっていました。空いている席に座っているとその後、続々と集まり会場は立ち見が出るほど。
16時スタート予定でしたが、そこはインド時間。30分遅れでスタートです。
まず30頭ほどの象さん達や踊り子、楽団のパレードが行われました。ただの象さんではございません。この日ばかりは色鮮やかな装飾を身に纏い、お化粧もバッチリ決まっていました。色とりどりの粉で素敵な絵やデザインが描かれ綺麗に変身。これもホーリーからきています。
カラフルな色の粉を身に纏うのは人間だけではないんですね(町では犬や牛までもカラフルに)。
2009年2月26日 (木)
2009年2月23日 (月)
ベンガルタイガーを訪ねて ~世界最大のマングローブ林シュンドルボンを歩く~
先日、「バングラデシュ歴史文化探訪とシュンドルボンクルーズ8日間」の添乗より帰国致しました。
日本人にはまだまだ馴染みの少ない国、バングラデシュ。一体何があるのかとお思いの方も多いことでしょう。
ところが、実際に訪問してみると、意外にも多い見どころに驚きます。たとえば、パハルプールのソマプーラヴィハーラは、8世紀に栄えたパーラ朝の仏教僧院跡で、世界三大仏教遺跡として知られるアンコールワットやボロブドゥール、バガンにも強い影響を与えたと言われています。また、バゲルハットには、15世紀にイスラム教が伝来した際に建てられたモスクが数多く残っており、今なお、人々が礼拝に足を運んでいます。今でこそ、国民の9割近くがイスラム教徒の国ですが、かつては仏教やヒンドゥー教を基盤に繁栄した時期もあり、各地に残る遺跡が往時の繁栄を物語っています。
上記2つの遺跡は世界文化遺産に登録されていますが、本日は、ツアーの中でも特にご好評を頂いたもう1つの世界遺産、シュンドルボン国立公園についてご案内させて頂ければと思います。
シュンドルボン国立公園は、世界最大のマングローブ林として知られています。バングラデシュの国語ベンガル語で、「シュンドル=美しい」、「ボン=森」が示すように、水面に広がる緑豊かな森林が印象的です。世界に500種類以上あるとされるマングローブのうち、350種類以上がこのシュンドルボンに生育し、その中でシュンドルという種類のマングローブが最も多く生育しています。
今回のツアーは、クルーズ船に1泊してじっくりマングローブの大自然をお楽しみ頂きました。お楽しみどころは何と言っても、小島に上陸してのマングローブ林散策!
シュンドルボンと言えば、ベンガルタイガーの生息地としてあまりにも有名です。その姿を一目見ようと、私たちも期待に胸が膨らみます。来年はトラ年ということもあり、収めた写真を年賀状にしようと、カメラを握る皆様の手に一層力が入ります。万一のために備えて、グループの先頭と後方には、ライフルガンを備えたガンマンも待機し、気分はまるでジャングル探検隊!
剣山のように突き出すマングローブの根を避けつつ、ぬかるみにうっかり足を滑らさないように注意深く森林を進んで行きます。残念ながら、ベンガルタイガーに出会うことは出来ませんでしたが、先ほど歩いたばかりと思われる足跡や、フンを発見!
2009年2月18日 (水)
インド寝台列車の旅
先日「インド世界遺産紀行10日間」より帰国しました。このツアーでは、多彩なる観光地もさることながら、このツアーでは2度の列車移動があります。しかも「寝台列車」!!10時間以上の列車の旅になります。
観光地を巡るだけでは体験できない、インドそのものの雰囲気を味わうことが出来ます。
駅に着くと、赤い服を着たポーターが近づいてきます。値段交渉成立後、彼らはターバンを巻き始め…ひょいっと荷物を頭の上にスーツケースを2個もしくは3個乗せるのです。そしてスタスタと歩いていくので、私たちもその後に続きます。インドの駅では改札というものがなく、そのままホームへ向かいます。ホームにはたくさんの人・人・人!活気に溢れています。
列車に乗り込むと、中にはすでにインド人が。スーツケースはポーターがちゃんと席まで運んできてくれます。列車を使うこのツアーでは夕食はお弁当。ある程度の時間になると周りのインド人も夕食タイムです。夕食が終わると、寝床の準備をする人もいます。使用する寝台列車は3段ベッド。3段目は嫌だなぁと思うところですが、寝床の準備を好きな時間に出来るのは3段目。1段目はまだみんなが座席として使ってるし、2段目は折りたたまれている状態。早めにお休みになりたい方には3段目がいいかもしれませんが、22時頃になると大抵の人が寝る体勢に入るので大丈夫です。23時頃は消灯時間。次々と各部屋の電気が消えていきます。時折、列車の揺れを感じながら朝を迎えます。
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2009年2月16日 (月)
2009年2月 6日 (金)
インド悠久の時を感じて
先日、「魅惑の北インド周遊と宮殿ホテル 10日間」より帰国いたしました。
北インドのハイライトを散りばめた見所たっぷりの10日間では、インド・ゴールデントライアングルであるデリー、アグラ、ジャイプールへの観光、ヒンズー教の聖地ベナレスと、かつてマハラジャの住居であった宮殿ホテルへの宿泊、そしてこの出発日の特別企画・共和国記念パレードへご案内させて頂きました。
今回は、聖地ベナレス、特別企画・共和国記念パレードについてご案内いたします。
インドといえばまず連想されるものの1つにガンジス川、特にベナレスでの沐浴シーンがあります。
早朝、まだ暗いうちから人々はガンジス川へ向けて足を進めます。町はすでに目覚めており沢山の人々で賑わっています。その人々の間にはヒンズー教の聖なる動物・牛も沢山見ることができます。
ヒンズー教では、朝、まず初めに牛へのナンを焼きます。そしてその後に自分達の分のナンを焼くそうです。牛はヒンズー教三大神のひとつ、シヴァ神の乗り物であることから非常に神聖視されています。その牛に最初のナンを与えることは聖なる行為としてみなされます。
さて、朝早くのガンジス川ですが、到着したときにはすでに沢山の人々が沐浴をしていました。ガートと呼ばれる階段から川縁へ降り、皆様々に祈りを捧げます。
ここではボートに乗り、対岸から人々の沐浴姿を見学します。 
沐浴は朝日に向かってするのが最も神聖とされています。霧がかかった川面、靄の中から現れる太陽は真丸で真っ赤に染まります。右手に朝日、左手に沐浴風景。神秘的という言葉ではありふれていますが、それ以外の言葉が見つからないほどすばらしい光景といえます。
ガンジス川での沐浴風景を写真やテレビの映像などでご覧になったことがある方も多いかとは思いますが、実際にその場所に行ってみるとその雰囲気、パワーは想像以上のものであると思います。百聞は一見にしかずとはよく言ったものだと思っていただけると思います。
2009年1月30日 (金)
「うし」の国、インドで年越し
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。年末年始をインドで過ごしてきました。
ジャイプールでマハラジャの旧居、「ラージパレス」に宿泊する今回の旅、見どころは宮殿に留まりません。
小説「深い河」の舞台としてもよく知られる聖地ベナレスは、何度行っても神聖なものを感じさせる場所。明け方、聖なるガンジス川での沐浴風景を見に出かけると、まだ真っ暗な中なのに、続々と人びとが川に向かっていきます。巡礼者たちが方々で打ち鳴らす楽器の音で辺りはずいぶんと賑やか。遠路はるばるガンジスの水を求めてやってくる人々に、信仰の力を実感させられました。
ガンジス川の水は何年たっても腐らない、「聖なる水」と言われます。何ともいかがわしい話と思いますが、一説によると科学的な根拠もあるそう。ヒマラヤに端を発するガンジス川には流域で生育する薬草のエキスがたっぷり溶け込み、その中には防腐剤の役目を果たすものもあるのだそうです。
2009年1月27日 (火)
2009年1月22日 (木)
仏教国スリランカ
年末年始にかけてスリランカの添乗に行ってまいりました。皆様の中には、スリランカというよりもセイロンと聞くほうがピンとくる方もいらっしゃるかもしれません。1972年イギリスから独立した際に、「セイロン」からもともと国民によって呼ばれていた「スリランカ」となりました。スリランカとは光り輝く島(スリ:光り輝く・ランカ:島)という意味です。人口の約3分の2の人々が仏教を信仰しているスリランカは仏教国ですが、他宗教も共存しています。
ツアーでは、主に仏教・仏陀にまつわる寺院や遺跡を訪れますので「仏教徒達の信仰心の深さ」を感じるとともに、他宗教と共存しているが故、同じ仏教国である日本とは違う雰囲気を感じる事が出来るのではないでしょうか。寺院へ行く際、露出厳禁はもちろんのこと、敷地内では裸足で参拝する決まりがあります。さらに仏像と一緒に写真を撮ることはご法度とされています。以前、仏像と一緒に写真を撮った外国人がいた為、その仏像を塗装しなおしたという例があるくらいです。寺院にはいつも多くの仏教徒の姿があります。中でも一際賑わいを見せるのは、キャンディにある仏歯寺。
2009年1月19日 (月)
ボルネオ島で出会ったコウモリとボルネオ象
ボルネオ島ジャングル探険とブルネイ王国」より帰国しました。今回は、ボルネオ島で出会ったコウモリとボルネオ象をご紹介します。
「コウモリ」
国立公園入り口からコウモリが棲む洞窟まで、ジャングルの中に同化するように生息するナナフシや、木を登るリスに出会いながら遊歩道を歩いていきます。ここには沢山の鍾乳洞があるのですが、鍾乳洞の活動が終わってしまった洞窟は、コウモリの巣窟と化しています。ディアケイブと呼ばれる洞窟はキレイな水を湛えて、かつては鹿が集まっていたそうです。そして今では洞窟内の天井部は無数のコウモリたちで黒く覆われています。あまりにも広大なため、洞窟内を歩いていてもコウモリが近くまで降りてくることはもちろんありませんが、「棲んでいる」という雰囲気を感じながら、そして彼らのフンの匂いを感じながら洞窟内をぐるりと歩きます。
そして夕刻、エサを採るために洞窟から外へ飛び出すコウモリの群れを観察所から眺めるのですが、これがすごい!ひとつの列のような形を成して、コウモリが一斉に飛び出してきます。何グループもどんどん出て来るので、写真を撮り損ねてもチャンスが何度もあるのもおいしいところです。
2009年1月 8日 (木)
アンコール遺跡の特別な見方
「クメール文明徹底鑑賞 7日間」のツアーより帰国しました。上智大学学長、石澤良昭先生が現地で5日間ご案内してくださるという特別企画です。2003年末から毎年石澤先生にご協力いただき出発しているコースで、こつこつと回を重ね今回で14回目となり、初めてのカンボジアの方からリピーターの方まで多くのお客様にご参加いただきました。毎回コースの中にポイントとなる訪問地を入れており、今回はカンボジア第二の都市、バッタンバンへ宿泊して周辺の遺跡を訪ねました。まず、シェムリアップからバッタンバンへ向かう途中に立ち寄ったバンテアイ・チュマールはアンコール・トムの建立者、ジャヤヴァルマン7世が息子の為に建てたと言われています。北の砦であったと考えられ、寺院は広い環濠に囲まれておりその規模が大きいことが想像されます。まるで探険隊になったように、崩れた遺跡の中を進むと巨大な祠堂に残った四面仏があり圧倒されました。
祠堂を囲む回廊にはアンコール・トムのバイヨン寺院の回廊のように王の軍とチャンパ軍との戦いの場面や伝説を描いたもの等、躍動感あるレリーフが刻まれて見ごたえたっぷり。中でもこの遺跡にしかないという二十二手の観世音菩薩のレリーフは大変美しく、その手のなめらかな動きが石とは思えない柔らさで表現されています。
2008年12月24日 (水)
2008年12月22日 (月)
2008年12月17日 (水)
2008年11月28日 (金)
神々の棲む山嶺(ネパール)
先日、「ヒマラヤ眺望リゾート、ジョムソンの休日 10日間」の旅から帰って参りました。
世界の8000メートル峰の全てが集まるヒマラヤ山系。地球上でここより高い場所はありません。その上にあるのはひたすら続く宇宙だけという神々の棲む山嶺。美しくコーティングされた白銀の頂、そこには想像を絶する苛酷な環境が存在するといいます。
1800年代から世界中のクライマー達を魅了し登頂に駆り立て、そしてそれを拒み続けてきた山々。その雄大にして麗美なヒマラヤの懐に抱かれて日常の喧騒を忘れる、それが今回の旅の目的です。
ネパールの首都カトマンズや古き良き田舎町ポカラ、美の都パタンなどの街を歩き人々の生活を垣間見ることはもちろん、旅のメインはやはりヒマラヤの麓町ジョムソンでの連泊ハイキングです。
朝の澄み切った空気の中、ホテルを出ればヒマラヤの峰々を縫って吹き込む冷たい風が身体と心を引き締めます。
2008年11月26日 (水)
2008年11月20日 (木)
2008年10月27日 (月)
2008年10月17日 (金)
2008年10月16日 (木)
日本が大好き!ウズベキスタンで歴史と人にふれた旅
先日、「ウズベキスタン周遊、歴史と人にふれる旅 9日間」より帰国致しました。今、ウズベキスタンは綿の収穫の最盛期!市街地を抜けると、右も左も見渡す限り綿花の畑が広がっています。畑には綿花摘みに来た若い学生がたくさん。色鮮やかなスカーフを巻いた若者たちが、夏休み返上で綿花摘みに精を出しています。
意外と知られていないことですが、ウズベキスタンの綿花の輸出量は世界第三位!もちろん日本にも輸出しており、私達が毎晩すやすや眠れているのは、ウズベキスタンの綿のお陰かもしれません。
そんな、私達の気づかぬところでお世話になっている国ウズベキスタン。そんな遠くて近い国ウズベキスタンと聞いて、一番初めに思い浮かべるものは何でしょうか。ウズベキスタンという国名は聞いたことがあっても、ピンと来るものがないという方が大半かもしれません。しかし、「サマルカンド」や「チムール」と聞くと、歴史の中で耳にした事があると感じる方が多いのではないでしょうか。
2008年10月 3日 (金)
世界遺産のない国、ブータンの魅力
先日、「幸福の国、ブータン王国 8日間」の添乗より帰国致しました。
最近、数々の旅行番組で取り上げられたこともあり、以前よりは注目を浴びるようになったブータンですが、それでもまだ、その魅力は十分に知られていないように感じます。
その一つの理由に、ブータンには「世界遺産」が一つもないことが挙げられるのではないでしょうか。世界遺産ブームが渦巻く昨今、世界遺産巡りこそ、ご旅行の目的とされている方も多いでしょう。そんな中で、世界遺産を一つも持ち合わせていないブータンは、今一つ、魅力に欠ける国と思われても仕方がないのかもしれません。
しかし、世界遺産が一つもない国ブータンは、必ずしも、「世界遺産に匹敵するものがない」訳ではありません。むしろ、歴史的にも宗教的にも、重要な位置を占めてきた建築物が点在しています!!例えば、都市ごとに存在する「ゾン」と呼ばれる建物は、役所などの政治的施設と、寺院や僧坊などの宗教的施設とを兼ね備えた施設で、数100年に渡って機能している非常に重要な施設です。ブータンを旅行したことのある方なら、ブータンが「世界遺産級」の優れた建築物の宝庫であることを既にご存知でしょう。
2008年9月16日 (火)
ホンモノの遺跡 カラカルパクスタン(ウズベキスタン)
先日、知られざるカラカルパクスタン共和国とトルクメニスタン大周遊より戻りました。
今回のツアーでは、皆様にはあまりなじみのないカラカルパクスタン共和国という、ウズベキスタン内の自治国と、トルクメニスタンをぐるっと巡ってまいりました。
あまり聞きなれないこの二つの地域に何があるのでしょうか?実は非常に歴史的価値の高い、まだまだ研究途上の遺跡の数々が眠っているのです。訪れる先々には古代の生活の様子や偉大な建築の後を垣間見ながら、はるか昔の文明の世界へと思いを馳せていただきました。
この旅で訪れた遺跡の数々を簡単に紹介させていただくと、アム河によって出来たデルタ地帯に栄えたホレズム王国の城砦跡が点在するカラカルパクスタン共和国、そしてそのホレズム王国の発祥地であるクフナ・ウルゲンチ、人類最古の農耕文化の一つアナウ、パルティア王国の跡地ニサ、仏教伝道の最西端メルブなどです。これらは中央アジアの歴史を極めるためには欠かせない、非常に重要な遺跡といえるでしょう。
今回はその中でももっとも馴染みのないカラカルパクスタンについてお話させていただきます。
2008年9月 8日 (月)
世界無形文化遺産ワヤン・クリッの裏舞台(インドネシア)
先日、「歴史遺産の宝庫・ジャワ島周遊と芸術の島バリ 7日間」の添乗より戻りました。
今回のツアーは、そのタイトル通り、インドネシアの遺産と芸術の魅力を余すことなくお楽しみ頂ける見どころ満載のツアーとなっています。
中でも、インドネシアのあちこちで演奏される伝統的な打楽器“ガムラン”や、100人近い男性が「チャッチャッチャッ!!」と声を発しながら演じる大迫力の“ケチャダンス”、 世界無形遺産にも指定されている影絵芝居“ワヤン・クリッ”など、伝統芸能の数々は必見です。
今回は、こうした伝統芸能を多く鑑賞し、インドネシアの伝統芸能をとことん極めるツアーとなりました。
その数10,000とも言われるほど膨大な島数を誇る群島国家インドネシア。
今回は、その膨大な島数の中の2つ、ジャワ島とバリ島を訪れました。
同じ島国でも、さして大きな違いを感じることなく生活している私たち日本人にとっては想像しにくいことですが、インドネシアは一つ島が違えば、まるで違う国であるかのように、それぞれの文化の差は大きな振幅があります。
例えば、バリ島ではヒンドゥー教徒が大半を占めているのに対して、ジャワ島ではイスラム教徒が90%以上占めていることからも伺えます。そんな多彩な文化を誇るインドネシアで、伝統芸能は多くのインドネシアの人々の心に共通する精神と なっています。
2008年9月 1日 (月)
今回も大満足!石澤良昭先生同行ツアー08年夏!(カンボジア・アンコール遺跡群)
先週、「アンコール歴史物語7日間」より帰国致しました。上智大学学長であり、40年以上に渡りアンコール遺跡研究に携わっていらっしゃる石澤良昭先生が5日間現地同行して下さる特別なツアーです。2003年12月から数えて今回で13回目となる今回の特徴は、シェムリアップ中心の遺跡をできるだけ年代順に巡り、美の移り変わりやアンコール帝国の繁栄、滅亡をその場で感じて頂けたことです。
確かに、「アンコール・ワット」、「アンコール・トム」は有名で多くの方は一度は見てみたいと思う遺跡でしょう。巨大な石造建造物は計算され尽くした設計と美しく精緻な彫刻は他の地にはないもので、世界中の人々を引き付けて止みません。実際にその遺跡を前にしたら、「すごいな!」と単純に感動するでしょう。しかし、石澤先生のご案内と共に遺跡の中にいると、普段であれば決して気づかない小さな彫刻や、設計のトリック、往時の人々の暮らしにまで目が向けられ、体全体を通して一千年も前の遺跡が残したメッセージを聞き取ることができるような気がします。毎回ご参加下さるお客様はカンボジア訪問が初めての方が多いのですが石澤先生のご案内にすっかり惹かれて、2回、3回と続けてご参加下さる方もいらっしゃいます。
2008年8月26日 (火)
2008年8月 8日 (金)
ヒマラヤの麓の花の妖精を求めて(インド)
先日、「北インド花の谷と聖地ヘムクンドトレッキング 12日間」より帰国致しました。
当ツアーは世界遺産にも登録されているインドのガルワール地方の花の谷国立公園と、シーク教(「ターバンにひげ」という、私たちが連想しがちなインド人像は彼らの典型的なスタイルです。)の聖地とされる標高4,300mの高山湖・ヘムクンドを訪れます。
花の谷とヘムクンド湖へのトレッキングは標高約3,000mにあるテントサイトを拠点に行います。まずは花の谷へのトレッキング。花の谷はその名のごとく、5月の雪解け~9月上旬にかけて、約350種の花々が入れ替わり立ち替わり咲き誇り、約8kmの谷を埋め尽くします。その神秘の谷は、妖精が住まうとして現地の人々もあまり足を踏み入れなかった為に手付かずの自然が残っており、1939年英国人の登山家に発見されてなおもひっそりとヒマラヤの麓に息づいているのです。このわずかばかりの期間に花々を求めて世界各国から人々が…と思いきや、インドのガルワール地区は知る人ぞ知るトレッキング地。途中ですれ違うほとんどは、ヘムクンド巡礼のついでに立ち寄ったインドの人々で、私たちが訪れた時は花の谷をほぼ独占状態でした。
2008年5月26日 (月)
2008年4月24日 (木)
モンゴルの足跡 ~メルブ遺跡にて~(中央アジア)
先日、「中央アジア5ヵ国大周遊 17日間」のツアーより帰国しました。今回は寒さが和らぎ、春のお花がちょうど少しずつ咲き始めた頃。春の種まきの準備で畑を耕す農家の人々をよく見かけました。
このツアーは一度に5カ国もの国をまわってしまおうという贅沢なツアーです。前半は天山山脈を仰ぎ草原を旅するカザフスタン・キルギス、中盤は砂漠に広がる世界遺産を旅するトルクメニスタン、そして後半は雪解け水が流れるザラフシャン川と、沿岸のオアシスの都市を巡るウズベキスタン、タジキスタンへ。移動距離は4000kmを越し、日を追うごとに気候も景色も、人々の様子も大きく変化していく、長くても決して飽きることのないツアーです。
さて、中央アジアの国々を巡っていると、やはり様々な共通項に出会います。そのひとつが、「モンゴル帝国」。13世紀に大帝国を築いたチンギス・ハンが、それまで中央アジアに栄えていた文明をことごとく滅ぼし、何もない草原を砂漠にしてしまったというのは有名な話です。
旅の中で、私がモンゴルの影響を特に強く感じたのが、トルクメニスタンのメルブ遺跡でした。
2008年4月23日 (水)
2008年4月21日 (月)
日韓交流の足跡を訪ねて(韓国)
先日「済州道周遊と韓国歴史探訪 8日間」の添乗より戻りました。
韓国は済州道と韓国本土南部を回り、日本との関係が深い地域をめぐる旅は、改めて日韓のつながり、それは文化においても歴史においても非常に興味深い地域だと感じます。
国立光州博物館ではとても興味深い物が展示されていました。かつて中国より、陶器をはじめとした品々が日本へ運ばれてきました。しかし、海に飲み込まれた結果、沢山の品々が600年もの長きにわたり海底に沈むことになりました。20C末にそれらが発見され、発掘された後韓国の幾つかの博物館に展示される事になったそうです。ソウルの中央博物館ではなく、全羅南道の博物館に展示され、その為に建てられたのが国立光州博物館だったのです。又、韓国ではとれない黒曜石等はかつて日本の九州から運ばれた・・・だの、日本の前方後円墳によく似た墳墓だの、非常に興味深いものでした。
2008年4月14日 (月)
国の転換期・ブータン
先日、「知られざるアジアの秘境 ブータン・バングラデシュ・ダージリン 16日間」の添乗より戻りました。このツアーは16日間をかけて最後の秘境とも呼ばれるブータンやバングラデシュを陸路で移動、国境越えのツアー。
なんといっても見所はブータン王国。「幸福の国」ともいわれるこの国は人々みんなが幸せで素朴な笑顔に心が和みます。この国が「幸福の国」といわれるのは先代の第4代目国王が「国民総生産(GDP)」より「国民総幸福量(GHP)」を大事にしようという政策を取ったためです。そしてもう一つの魅力はこの国民性のみでなく、ブータン王国が持つその大自然・風景です。どこを見てものどかな田園風景が広がり、その景色はどこか日本の昔を感じさせてくれます。それもそのはず。1964年から亡くなるまでの28年間、ブータン王国の農業発展の為に尽くした日本人「西岡京冶」氏が基礎をつくり、その知恵や方法が受け継がれているからです。彼は生前に先代の国王より「ダショー」という称号を得ました。彼の遺志は今もなお、このブータンに息づき、日本に昔あった風景・良さを残してくれています。
2008年4月10日 (木)
2008年4月 7日 (月)
ベトナム第5の世界遺産!フォンニャケバン
このたび「ベトナム物語16日間」の添乗から戻りました。ベトナムと中国・雲南省との国境の町ラオカイから北部の大都市ハノイ、中部のフエ、ホイアン、そして南部のホーチミンとメコンデルタをめぐる大縦断の旅でした。日本のように南北に伸びている弓長の国土。北部・中部・南部でそれぞれ特徴ある気候、文化、人々の暮らしがあり、見所有りで毎日がハイライトでした。北部の少数民族、ハロン湾の水墨画の世界、古都フエの兵どもの夢の跡のような王宮や帝廟、南部メコンデルタの豊かな恵みを感じる市場、活気溢れるホーチミン・・・。様々な見所と思い出のあるベトナムですが、本日はベトナムで一番新しい、2003年世界遺産登録されたフォンニャケバン鍾乳洞についてお話します。
フォンニャケバン鍾乳洞のあるフォンニャケバン国立公園までの道のりは、中部フエから北上して約4時間半のバス移動。その道のりは長く感じるかもしれません。しかしその途中にはベトナム戦争激戦地のクアンチ県や非武装中立地帯の北緯17度線(軍事境界線)を通過し、いまではこうして観光バスが走ることが不思議に思いながら車窓からさほど遠い昔のことではない激戦地だった町々を見て、復興しつつもまだ枯葉剤の影響を受けている人々が多く、まだまだ貧しくもある状況に様々な思いがこみ上げたものでした。
2008年3月28日 (金)
幸福溢れる国ブータン
先日、「ブータン最大の祭り、パロ・ツェチュ祭を訪ねる 8日間」の旅行から帰国いたしました。このツアーはブータン2大都市、ティンプー・パロを訪ね、1年に1回の最大の祭りであるパロのツェチュ祭も見学いたします。2大都市といってもティンプー、パロは人口10万人には程遠く、ティンプーなんかはここが本当に一国の首都なのかと疑うほど小さな街です。それでも伝統的な家屋が立ち並び、人々はのんびりマイペースで穏やかな人が多く、街は賑わっていました。そして街を見回すと360度、緑深い山で囲まれているのが分かります。まさにスローライフの典型です。
蒸し蒸しとしたバンコクからドゥルクエアーで3時間、ひんやりした空気が身を包みます。空港やホテルでは伝統的な民族衣装のゴやキラを身に纏った方たちが優しく出迎えてくれました。
2008年3月25日 (火)
気分はマハラジャの招待客!インドの宮殿ホテル
この度「魅惑の北インド周遊と宮殿ホテル9日間」より帰国しました。
このツアーでは、インドのゴールデントライアングルと呼ばれるデリー・アグラ・ジャイプールの3都市と官能美あふれる彫刻で世界的に有名なカジュラホ、そして2007年に世界遺産に登録されたばかりのラールキラーにも立ち寄ります。往復の飛行機はJALを利用。インド国内では3時間ほどの列車体験もできます。まさにインドのいいとこ取りといった感じのツアーです。
その中でも、お楽しみは宮殿ホテルです。このツアーでは旅の後半、アグラで1泊、ジャイプールで2泊、宮殿ホテルを利用します。
宮殿ホテルはマハラジャの住居や別荘を改造してホテルにしたものですが、見た目から他のホテルとは違います。エントランスのアーチが今まで観光で見てきた古い建築物とどこかしら似ていたり、美しく整えられた中庭を眺めていると思わずタージマハルを思い出してしまったりします。一日中宮殿ホテルで過ごしても楽しいかもしれません。
朝、日の出の頃に目を覚ますと、どこからともなくシタールの音色が聞こえてきました。
廊下に出て中庭を眺めると、朝もやの奥に2人の男性が民族衣装に身を包み演奏しているのが見えました。中庭の芝生を整えたり廊下掃除をする人、みんな朝から働いています。
そして「Good morning madam」と声をかけてきました。
ただそれだけの出来事ですが、わたしはマハラジャに招かれた客人になった気分になりました。
夜は、男性はクルタ、女性はサリーという民族衣装に身を包み、ラジェスターン州の民族舞踊を楽しみました。ホテルの中庭でライトアップされた宮殿をバックに踊る煌びやかな踊り子たちを眺める、まるで夢のようなひと時でした。
民族衣装はプレゼントですので日本持って帰って何かの機会にご利用ください。
インドと言うと、ホコリっぽいとか、汚いとか、良くないイメージの方が多く浮かびがちですが、こんな優雅なインドもあるのです。
インドに行きたいけどアレコレ心配という方におすすめです。ぜひ一度、宮殿ホテルで優雅なひと時を楽しんでください。
(関根 三恵子)
インドのツアーはこちら
2008年3月14日 (金)
2008年3月11日 (火)
2008年3月 6日 (木)
異国の地で故郷を懐かしむ(ネパール)
先日「エベレスト遊覧飛行とネパール周遊12日間」より帰国致しました。このコースはネパールの各観光地の魅力を凝縮した、毎日がハイライトのツアーです。
各地のホテル使いも様々、部屋からゆったり山々の絶景を望んだり、中世に舞い戻ったようなお部屋に泊まったりと旅心をくすぐります。ポカラとナガルコットでは、紅茶を飲みながらホテルでヒマラヤを望み、ジョムソンではホテル内の展望レストランで目の前に聳え立つ7000メートル級の山々ニルギルを眺めてはスケッチをするお客様もいらっしゃいました。最後の宿泊地カトマンズでは、伝統的な装飾が見事に施され、各国の著名人も宿泊するというドゥワリカホテルで旅の疲れを癒しました。
ネパールと言えば、ヒマラヤを始め世界でも標高の高い山々が属している事で有名です。ハイキングも本格的なのでは?と思いがちですが、今回のツアーでは4回初心者でも楽しめる簡単なハイキングを楽しんできました。
さて本日は、アンナプルナとダウラギリの真ん中に位置し、チベットとインドを結ぶ交易路として栄えたジョムソンでのハイキングの様子をご案内します。
2008年3月 3日 (月)
人生で大切なのはお葬式~インドネシア~
このたび2月9日発『インドネシア大周遊10日間』の添乗から戻りました。この旅では島国インドネシアの3つの島を巡りました。バリ島、ジャワ島、そしてスラウェシ島。どの島も魅力的な観光地ですが、特に印象に残ったのはスラウェシ島。スラウェシ島のウジュンパンダン空港から中型バスで約8時間移動して目的地のタナ・トラジャに到着。
翌日タナ・トラジャの小さな村々への観光に出発!そこで目にしたのはこんな山奥に船?!いえいえそれは現地の人の住居である舟形家屋トンコナン。高床式の家なのですが、その住居となる家の形はまるで船。空に突き出すような反り返った屋根は下から見上げてその裏側をみると屋根が竹で出来ているのがわかった。その屋根を構成する竹はまるで籠が編まれているように美しい。建物の壁板も鮮やかな紋様が施されている。赤・黄(土)黒(炭)白(石灰)の色で描かれ年月が建った家ほど趣深い。
2008年2月27日 (水)
インドとスリランカ、2つの南国
先日、「スリランカと南インド 12日間」のツアーより帰国致しました。
古来より相互に人々が行き交い、つながり深い南インドとスリランカ。しかしこの2地域は面白い程に雰囲気が異なります。
様々な民族・宗教・価値観が混在するインドは「カオス」などと表現されることがあります。南インドは北インドに比べヒンドゥー色が強く、また海のシルクロードとしても栄えた港町には西欧諸国の街並みも多く残り、より一層その印象を与えます。そんな中で目を引くのはやはり、数え切れないほどの色鮮やかな神様達が集うゴープラム(塔門)を持つヒンドゥー寺院。そして熱心に祈りを捧げる教徒の人々。日本で暮らす私たちとはかけ離れた世界観で生きる人々が放つパワーに圧倒され、しかし一方で、取り囲む風景は南国独特の穏やかさを持ち、そのアンバランスさに始終戸惑いっぱなしだったように思います。
2008年2月22日 (金)
2008年2月19日 (火)
2008年2月14日 (木)
2008年2月 8日 (金)
南インドの楽園、探訪
今回は、南国情緒溢れる南インドでの年越しとなりました。インドの南端を時計回りに駆け抜けた8日間を駆け足でご紹介します。
インド最南端には、東のベンガル湾側にタミルナードゥ州、西のアラビア海側にケーララ州が細長く伸びていますが、歴史的にイスラム王朝の力が及ばなかったということで、今なお純インド的なヒンドゥー文化や伝統を色濃く留めています。
この地方のヒンドゥー教寺院には、ドラヴィダ様式と言われるユニークな建築様式が用いられています。遠目でもすぐにそれとわかる60mほどの塔門は、数千ともいわれる、カラフルで躍動感溢れる神々の像で埋め尽くされていて圧巻です。南インドのベナレスとも言うべきわれるヒンドゥー教の聖地マドゥライは、元旦の日、各地からやってきた参拝客でごった返していました。人びとの向かう先は、南インド最大のミナークシ寺院。私たちも地元の人びと混じって、素足で境内を見て回りました。
翌日は、インド亜大陸の突端へ。3つの海が出会うコモリン岬では夕陽を眺めにアラビア海の方へ。色とりどりのサリーをまとった女性たちに混じって、うっとりと。
2008年2月 5日 (火)
2008年1月31日 (木)
2008年1月25日 (金)
2008年1月23日 (水)
ぽかぽかネパール、どっしりヒマラヤ
先日、「ネパール・ヒマラヤの初日の出とアンナプルナ遊覧飛行」のツアーより帰国しました。
ネパールというとまずヒマラヤを連想し、寒い国だと思われがちですが、実際は奄美大島と同緯度に位置し、今の時期も日本より随分暖かく、日中はぽかぽかの晴天続きでした。ホテルの庭ではブーゲンビリアが鮮やかに花を咲かせ、道端のあちこちで売られているみかんを見れば、これまでイメージしていたネパールの印象が全く違うものになります。
世界でも有数のトレッキングルートの入口として知られるポカラでは、まずアンナプルナ遊覧飛行を体験しました。次々と雄大な姿を現すヒマラヤの山々に機内はてんやわんやとなりましたが、コックピットで機長からも山々を案内して頂き、大満足のマウンテンフライトとなりました。
2008年1月18日 (金)
心・和む・ラオス
先日ラオスのツアーより帰国いたしました。
他の東南アジア諸国とは異なり、都会さとは無縁で、素朴さや慎ましさが今も多く残るラオスには、私たちの求める「ふるさと」のような優しさがあり、年末年始を過ごすにはとてもふさわしいと感じました。
日本では、日々の心がけの積み重ねで、誰しも仏になることができると考える大乗仏教が主流ですが、ラオスでは、厳しい修行を積んでこそ仏になることができると考える上座仏教が主流です。
ラオスを旅すると行く先々の町に、村に、集落に、人が住まうところにはまず寺院があります。
どの地域でも、その地域に住む人々が寺を建て、僧侶に供物をささげ、生涯僧侶を敬います。寺や僧侶は人々の信仰の支えとなり、仏事を取り持ち、時には祈祷により病をも治す…その信頼関係を端的に見られたのが早朝の托鉢の風景でした。
2008年1月15日 (火)
2008年1月10日 (木)
2008年1月 9日 (水)
2008年1月 7日 (月)
ベトナム食紀行
12月30日出発「華麗なるベトナム紀行7日間」より帰国しました。北から南へと、首都ハノイ、貿易都市ホイアン、古都フエに商業都市ホーチミンとそれぞれ全く異なる顔を持つ街々を順々に巡って参りました。ベトナムといえばバッチャン焼き、生春巻き、アオザイ、バイクといろいろ目立つものがありますが、帰国した人たちがみな口をそろえて言うのは「食べ物が美味しい!」ということです。まったくそのとおり、土地ごとにそれぞれの名物料理があり中華をベースとした味付けは私たち日本人にはとてもなじみやすいものです。
2007年12月27日 (木)
2007年12月21日 (金)
2007年12月19日 (水)
2007年12月12日 (水)
2007年12月11日 (火)
“東インド”への誘い~まだまだあなたの知らないインドがたくさんあります!!~(連載1/2)
インド渡航歴12回、密かに“インド・クィーン”の称号(?)を持つ私が、今日は、ベストシーズン真っ盛りのインドの魅力をお伝えします!!折角ですから、有名どころではなく、まだあまり知られていない場所をご紹介します。
ベンガル湾を臨む東インド・オリッサ州。
そこには、知られざる魅力がたくさん詰まっていて、インドという“摩訶不思議大国”の懐の深さを実感してしまいます。
オリッサ州における魅力の3大都市は、州都であり最大の都市であるブバネーシュワル、ヒンドゥ教の巡礼都市プーリー、そして世界遺産の太陽神殿(スーリヤ寺院)を擁するコナーラク。名付けて“オリッサ州の「ゴールデン・トライアングル(黄金の三角地帯)」!!
2007年12月10日 (月)
2007年12月 5日 (水)
2007年11月26日 (月)
2007年11月21日 (水)
祝!西参道修復工事第1工区完成 (カンボジア)
寒風吹く冬が到来する昨今ですが、11月1日発「アンコール遺跡群を極める旅 6日間」のカンボジアの添乗より戻りました。雨季の終わりたてで、過ごしやすい気温のなか観光してきました。
今回のツアーでは、アンコール遺跡群の観光に加え、「西参道修復工事第1工区完成式典」へも出席してきました(実はユーラシア旅行社もこの式典の運営に携わってきました)。みなさまがカンボジアといったら思い浮かべる遺跡、アンコールワット。その玄関口である西参道にむかって左半分を日本の上智大学が修復工事を担当していました。その上智大学の職員が現地のカンボジア人の人たちと共に修復していることをご存じでしょうか。西参道の長さは約200m。2000年から解体工事を始め7年間の歳月をかけて、100mがこのたび完成しました。7年間でやっと半分。それには理由があります。
2007年11月13日 (火)
2007年10月10日 (水)
2007年10月 2日 (火)
2007年9月19日 (水)
2007年9月10日 (月)
2007年8月 3日 (金)
インドの中のチベット
『7月のインド』というと、ものすごく暑いイメージがあります。確かに首都デリーは35℃~40℃ぐらいまで気温が上がり、湿度も90%と高いのですが、今回私が訪れたインド最北のジャンム・カシミール州にあるラダック地方は日差しはきつかったですが日影に入ると涼しく、とても爽やかでした。州都レーは標高が約3500mで、とても乾燥しており、すぐに洗濯物が乾いてしまう程です。
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2007年6月26日 (火)
6000キロを陸路で移動!(中国)
先日、「上海~カシュガル6000キロ、列車とバスで横断する中国大陸15日間」のツアーより帰国致しました。 6000キロ?どれくらいの距離かピンと来ない方もいるかもしれませんので、ご参考までに、今回私たちが成田を出発してから最初に下り立ったのが上海ですが、その間の飛行距離は約1800キロなので、その3倍以上ということになります。
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2007年6月 6日 (水)
中国・カザフ・キルギス国境越え~天山山脈満喫の旅~
この度、5月14日「天山に抱かれて、カザフ・キルギスからウイグル自治区へ15日間」のツアーより帰国致しました。
このツアーは中国・カザフスタン・キルギスの3国の国境を陸路越えしながら、天山山脈を北から南からご覧頂くコースです。
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2007年5月23日 (水)
2007年5月22日 (火)
2007年5月 7日 (月)
伝説の湖イシククル
4月11日発「中央アジア5ヶ国大周遊17日間」のツアーより帰国致しました。イシククル湖には何度か行ったことのある私ですが、今回は今までに見たことのない、美しいイシククル湖を見ることができたのでご紹介したいと思います。
ここには伝説が残っています。山々に囲まれたある町に、わがままな王様がいた。彼は町に美しい女性がいると知り、家来に連れてくるよう命令をする。プレゼント等を贈って求婚したが、全く応じず。そこで、強制的に結婚させようとしたところ、彼女は山から飛び降りて自殺した。その時、周りの山から水が溢れ出て、町は底に沈んでしまった。湖の水が冬も凍らないのは彼女の心が今も生きているから。水がしょっぱいのは悲しむ彼女の涙のせいといわれている。
2007年4月13日 (金)
2007年4月 6日 (金)
2007年4月 5日 (木)
ブータンを“護る”もの
このたび「じっくりブムタン地方とパロとティンプー11日間~パロ・ツェチュ祭~」の添乗より戻りました。ブータンはまさに桃源郷の国。山間に建つ家々、人々は着物に似た国民服ゴとキラを纏う、穏やかで信心深い仏教徒。 ブータンという国で話によく出たり、皆様も耳にしたことがあるのではないかという言葉があります。『GNH』=Gross Nasional Happiness。GNPという経済の数値の向上が国の豊かさではなく、心の豊かさが国にとって大切なこと、という要素を含んだものです。ブータン前4代目国王が就任4年目にして発言したものです。この言葉の意味は哲学的で難しいものがありますが、今回旅行中にガイドさんとお客様との間でこういった会話がありました。
2007年4月 3日 (火)
太陽+宗教+カレー=インド
先日、「インド悠久文明の旅 13日間」の添乗より戻って参りました。
この時期のインドは大変暑いと思われて、敬遠される方もいらっしゃいますが、やはり暑い。しかし、裏を返せば、最もインドらしさを感じることのできる季節です。そんな暑さも含め、インドの持つ魅力は計り知れません。
今回のご旅行は、ムンバイからデリーまでの世界遺産を訪ねながら、電車にも乗り、インドの家庭を訪問、さらにヒンドゥー教の聖地ベナレスでの沐浴…。ホントに毎日がハイライト!暑い毎日だからこそ、観光客が少ない!だから、好きなだけ写真も撮れるし、じっくりと観光もして頂けるという嬉しい特典付きのツアーでした。もちろん本場のカレーもナンもお腹いっぱい食べてきました。辛いというイメージがありますが、日本人に合わせたとてもおいしいインドカレーです!
2007年3月27日 (火)
2007年3月23日 (金)
2007年3月19日 (月)
ミャンマーの教育制度
ミャンマーの添乗より帰国致しました。
私たちがミャンマーを訪れたのは2月下旬。乾季で湿度も低いこの時期はまさにベストシーズンといえる頃です。これからは気温が徐々にあがってきますが、4月にはミャンマーの正月を祝う水掛け祭りも開催されるのでそちらもお勧めです。
今回は、ミャンマーの教育制度のことについて少しご紹介させて頂きたいと思います。丁度、私たちが現地を訪れた頃は各地の学校で年度末試験の真っ最中。 学校帰りの子供達、訪れた村などで一生懸命勉強に取り組む子供達の姿を度々見かけました。
ミャンマーの教育制度における初等・中等教育は、小学校から高校まで5・4・2の11年制。就学年齢は6歳で、最終学年の高校2年生の年齢は日本の高校1年生に当たる16歳です。
2007年3月14日 (水)
ヒマラヤの懐のインド、ダージリン・シッキム
先日、インドのダージリンとシッキムのツアーより帰国しました。
インドの北東部に位置し、ネパール、ブータン、チベットに囲まれているダージリンとシッキム。広い国土に多種多様な民族、言語、文化が混在しているインドですが、ヒマラヤの懐に抱かれ、チベット仏教文化を中心としたダージリンとシッキムは、そんなインドの中でも特異な印象を受ける所です。
シッキムは現在はシッキム州というインドの1つの州となっていますが、17世紀から1975年まではシッキム王国として栄えた国でした。松の木が生えた山道を通るとどことなく日本の山間部と似た風景が広がり、懐かしさを覚えます。農業が盛んで緑も多く、山の斜面にはよく整備された棚田が広がっています。冬のこの時期は棚田ではからし菜の花の黄色がきれいでしたが、これから春を迎えると緑で輝く美しい季節になるでしょう。そしてなんといっても世界第三峰のカンチェンジュンガがより近くで望める所でもあります。
2007年3月 9日 (金)
栄枯盛衰!カオプラ・ヴィハーン!!
先日、ラオスの添乗より帰ってまいりました。今回はラオス大周遊に幻のクメール遺跡、カオプラ・ヴィハーンが入っている特別日程のコースでした。
やはり今回の見所はカオプラ・ヴィハーン。 『幻のクメール遺跡』といわれるこの遺跡はタイとカンボジアの国境に位置するため、領有権争い が激しかったことと後の内戦などにより長い間入場することが出来ませんでした。ポルポト時代の 拠点ともなっていたところでその面影も見ることができます。
最近になり入場可能になったのでまだまだ手付かずの巨大クメール遺跡が私たちを迎えてくれました。 この遺跡はカンボジア領土ですが断崖絶壁に建てられているため、タイ側からの入場でした。 パスポートチェックもないままタイからカンボジアに入り、巨大寺院を目指しました。
2007年3月 7日 (水)
2007年3月 1日 (木)
バンコク、リゾートばかりでない、タイの魅力満載の旅
「タイ大周遊12日間」の旅より帰国致しました。
タイというと、「すぐに行ける気軽な観光国」というイメージがあるようです。今回ご参加頂いたお客様もバンコクやリゾート地には行ったことがありもう少し見てみたいといった方が多かったのですが、タイが同じようなイメージを覆す「とても変化に富んだ国」だという事に驚かれたようでした。
旅は北部から始まり、ラオス国境やタイ国境まで赴き少数民族の村を訪ねて村の素朴な生活風景を見ることができました。途中で象に乗って村を回ったり、メコン川を船でクルーズしたことも冒険気分で面白い体験でした。旅の後半は東北部に点在するクメール遺跡やタイ族の王国遺跡で世界遺産のスコータイなども訪れましたが強烈な印象を残したのはカンボジア国境にあるカオ・プラ・ヴィハーン(タイ語)、プリアヴィヘア(カンボジア語)遺跡です!自然の地形をそのまま利用して断崖絶壁にシヴァ神を祭る神殿が建てられています。そこまでに至る階段や楼門を歩いていくことで、この先には何があるのだろう、この道をアンコールの王が登ったのだと思うと自然に心が高ぶります。
2007年2月26日 (月)
ヒマラヤの魅力を堪能する3つの方法
先日、「ネパール二大遊覧飛行とヒマラヤ眺望ホテル」10日間の旅より帰国致しました。
今回のツアーは、ネパールの旅の醍醐味を存分に味わうことのできるもので、“世界の屋根”ヒマラヤの魅力を様々な形で味わえるものでした。
第一に、ヒマラヤの魅力を、ハイキングをしながら楽しむということ。山々を眺めながら大自然の中を歩くハイキングを楽しみ、汗を流すことの心地よさは何ものにも代え難いネパールならではの体験でしょう。今回のツアーでも、計 3 回、山々を眺めながらのハイキングを楽しみました。アンナプルナ山系の山々に見守られながら歩いていると、所々で人懐こい村の子どもたちが「ナマステ!(こんにちは)」と笑顔で私たちに声をかけてくれました。純粋で素朴な子どもたち。ヒマラヤの懐の国で生きる彼らの無邪気な笑顔を目にすると不思議と心は癒されます。今回特に山が美しく見えたのはポカラ近郊の「サランコットの丘」でのハイキングでしたが、最後のひと踏ん張りの上り道を上り切って、丘の頂上に到達したときの喜びはひとしお。アンナプルナ山系の峰々がその雄姿をくっきりと見せ、それはまるで仰ぎ見る私たちに微笑みかけてくれたかのようでした。
2007年2月21日 (水)
2007年2月14日 (水)
2007年2月13日 (火)
2007年2月 9日 (金)
感動のヒマラヤ遊覧飛行!
この度「ネパール二大遊覧飛行とヒマラヤ眺望ホテル10日間」より帰国しました。
このコースは今シーズンのネパールのツアーで一番人気です。それもそのはず、何と!2回の遊覧飛行がオプションではなく、ツアー代金に含まれているのです。
1回目は「アンナプルナ遊覧飛行」です。ポカラの空港から出発して、ポカラから北西約70㎞に位置するジョムソンの方面に向かいます。
ツアー参加の皆様が楽しみしていたのは「マチャプチャレ」を見る事です。マチャプチャレはネパール語で「魚のシッポ」を意味し、英語では「フィッシュテイル」と呼ばれている標高6993mの山です。ネパールのマッターホルンと呼ばれる先のとんがった山ですが、実は頂上が2つに分かれており角度によっては魚のシッポをさかさまにしたような形に見えるためこの名前が付きました。近くで見るマチャプチャレは白く雪がかかってとても美しく、飛行機が移動するにつれて、魚のシッポもその姿も見せてくれました。今だ誰も登頂に成功した人はおらず、また、その美しい形を保つために現在登山は許可されていません。
西はダウラギリから東はマナスルまで、滞在中のホテルから遠くに見えていた山々がもう手の届きそうな距離に見えて、感動の40分でした。
2007年2月 7日 (水)
象が街を練り歩く!スリランカ・ペラヘラ祭体験記
先日、常夏の国スリランカを旅してきました。到着は深夜となりましたが、真冬の日本とは対照的にスリランカはジトっと汗ばむ陽気でした。
まずは進路を北東へ。インドから伝来した仏教が、ここスリランカでは二千年の悠久の時空を超え、いまなお熱心に信仰されています。ときは、紀元前3世紀。かのアショーカ王の息子マヒンダ長老とデーワーナンピヤ・ティツサ王は、ミヒンタレーにて劇的に出会い、王は仏教に帰依します。こうしてスリランカは仏教が伝来した一番初めの国となりました。古代王朝が置かれたアヌラーダプラをはじめとして、各地には巨大な石造建築群、石窟群、聖なる菩提樹など仏教遺跡が多数見られます。なかでもムーンストーンの動物たちの浮彫りはいまなおその美しさを失っていませんでした。ところでスリランカのお寺の境内には(土の上でも!)下足を脱いで入りますが、どこでも終始きれいに掃き清める人、裸足で歩く敬虔な信者の姿が見られました。
2007年2月 2日 (金)
2007年1月30日 (火)
2007年1月26日 (金)
2007年1月25日 (木)
2007年1月22日 (月)
2007年1月18日 (木)
2007年1月17日 (水)
2007年1月12日 (金)
2007年1月10日 (水)
2007年1月 9日 (火)
2007年1月 3日 (水)
扉の向こうで待っていたもの、インド満喫の13日間
11月下旬、ブーゲンビリアが咲き乱れる北インドを旅してきました。12ヶ所の世界遺産を訪ねる充実の日程でご好評頂いている「インド悠久文明の旅 13日間」。お天気にも恵まれ、インドの大地を満喫してきました。
仏教・ヒンドゥー教の巨大遺跡群でその名を知らしめるエローラとアジャンタ。ベテランガイドは独特の話口で笑いを誘いつつ、その豊富な知識で悠久の歴史を刻む石窟寺院群を案内してくれました。
「平和」を意味するというサーンチーは、なだらかな丘と手入れが行き届いた芝がその名に相応しく地上の楽園といった雰囲気。大きな土饅頭のようなスゥーパの四方に立つ石門に所狭しと施された浮き彫りの情景は、全てお釈迦様の一生にまつわるもの。ときに蓮の花が、ときに足跡が、その他沢山の自然物がお釈迦様を象徴し、一つひとつ仏教の教えを表していると絵解きは続きます。
2006年12月25日 (月)
ジョムソンで間近にヒマラヤを堪能
「ヒマラヤ眺望リゾート、ジョムソンの休日 10日間」のツアーより帰国しました。
ただ今乾季を迎えているネパールでは、お天気に恵まれる日も多く、雄大なヒマラヤの美しい姿を望むことができました。
7000~8000m級の山々に挟まれた世界一深い谷にある村ジョムソン。今回のツアーではそのジョムソンに3連泊し、近郊の村までハイキングをしたり、ゆったりとホテルからヒマラヤを眺めたりして過ごしました。
ジョムソンへはポカラより飛行機で約20分ほど。短いフライトではありますが、山々をより間近に感じる、迫力ある景色を楽しむことができます。「魚の尾」の形をしたマチャプチャレやアンナプルナ、ダウラギリなどの上空からの素晴らしい山々の眺めに、ツアー参加の皆様はずっとくぎ付けでした。そして、深い谷間の小さな空港に、飛行機は滑り込むように着陸。標高2700mのジョムソンはひんやりとした空気に包まれ、澄み切った空が広がっていました。車がないジョムソンでは、空港からホテルまでの交通手段はトラクター。ガタガタと揺られながら山道を上って行った高台に、3連泊するジョムソン・マウンテン・リゾートがあります。ホテルの目の前にはニルギリやティリチョの峰々が聳え、ホテルにいながら雄大な景色を楽しむことができるのです。
2006年12月21日 (木)
ハラッパーは本当に原っぱ?
12月8日発「インダス文明の栄華、6大世界遺産周遊11日間」のツアーより帰国致しました。パキスタン南部は暑さが和らぐ今ベストシーズンですが、更にお天気にも恵まれ、充実したツアーとなりました。
モヘンジョ・ダロと並んで有名なインダス文明の遺跡と言えばハラッパー遺跡です。ハラッパーは紀元前2500~紀元前1700年に栄えた古代都市遺跡ですが、インダス文明が消滅した後も独自の文化を育て、H墓地と呼ばれるインダス文明後の墓からは、洗練された土器が発見されています。最盛期には3万人が住んだ大きな町でしたが、紀元前1500年頃ラービー川のは氾濫で多くの人が水に飲み込まれて亡くなりました。「ハラッパー」=「飲み込む」の名前はここに由来します。つまり、この名前は後世の人々がつけたものなのです。
2006年12月20日 (水)
2006年12月15日 (金)
仏教発祥の地・インド
この度、「インド八大仏跡巡りと三大仏教美術館 13日間」より帰国いたしました。
仏陀の生涯を訪ねて、仏教聖地のなかでも「八大仏跡」と呼ばれる場所をすべて巡ってきました。お釈迦様の生まれたルンビニ、6年間の苦行の末、菩提樹のもとで悟りを開いたブダガヤ、初めて説法したサールナート、そして入滅の地クシナガル、この4箇所は「四大仏跡」として有名です。インドを一度訪れたことのある方の中にはこの中の1~2箇所は立ち寄ったという方が多いのではないでしょうか。この4箇所と、仏陀の説法を聞くために沢山のお弟子さんたちが登った霊鷲山のあるラージギール、布教伝道の地となった祇園精舎のあるサヘト・マヘト、仏陀が最後の雨季を過ごしたとされるヴァイシャーリ、仏陀が母のためにとう利天に昇って説法しその後帝釈天の命によって造られた階段を降りたとされるサ―ンカーシャ、この8箇所はその重要度から「八大仏跡」と呼ばれています。
その中のひとつ、仏陀の布教の地として重要な拠点となった「祇園精舎」のエピソードをご紹介します。
舎衛城にスダッタという資産家がいました。スダッタは仏陀の教団のために僧園を造りたいと思い土地を探しているところ、ジェータ太子の持つ庭園を見つけました。さっそくジェータ太子にその土地を譲って欲しいと頼むとジェータ太子の答えは「この土地いっぱいに黄金を敷き詰められたら譲ろう」でした。スダッタは本当に黄金を敷き詰め始め、黄金が足りないとなると自分の家や土地、財産を売ってまで黄金を敷き詰め続けました。そのスダッタの姿を見てジェータ太子は無料でその土地を譲り、仏陀の布教活動に協力するようになりました。
2006年12月12日 (火)
艶やかな色彩のインドネシアへ
12月3日発『歴史遺産の宝庫・ジャワ島周遊と芸術の島バリ7日間』のインドネシア添乗より戻って参りました。
この旅行では、バリ島とジャワ島という隣り合っているけれども、それぞれの島で特徴があり魅力もある2つの島を見比べられるように巡るのが面白いところです。まず南国のリゾート地バリ島は、まさに芸術の島!キンターマニ高原ではバトゥール山とカルデラ湖がパノラマで見え、まさに自然の風景美をご堪能!そして人が生み出した芸術美は、バリの自然と日常を西洋美術と融合して描き出されたバリ絵画のひとつウブド・スタイル。南国の明るい色彩と躍動感ある絵に惹かれます。そしてバリはインドネシア全体では約2%しか占めないバリ・ヒンドゥー教を島民の90%が信仰しているのです。
2006年12月 7日 (木)
インドであってインドでない場所
先日「トイトレインに乗車!ヒマラヤの里ダージリンとシッキム王国9日間」より帰国致しました。
さて、このツアー名を聞いてどこの国のことかお分かりになるでしょうか?ダージリンというと世界的に有名な紅茶であるということは知られていますが、それがどこにあるのかをご存知の方は意外と少ないのではないでしょうか。それにシッキム王国。“王国”とある以上、国には違いない?・・・とはいえ一体どこでしょう?
今回は訪れたのはインドです。そう、様々な宗教、民族、文化、言語、あらゆるものが混在しているあのインドです。その中でも今回ご案内したのはシッキム州と西ベンガル州です。地理的に言うとインドの北。周囲をネパール、中国、ブータン、バングラデシュに囲まれています。この複雑な地形が物語るように、文化も民族もインドであってインドでない場所なのです。
まずはデリーで一泊しシッキム州へと向かいます。シッキム州はまだまだ知られていない場所。かつてそこにはチベット系の王が統治していたシッキム王国が存在していました。その王国は17世紀から1975年にインドに併合されるまで栄えた小さな王国です。現在地理的な問題から、この州に入るときには入境証が必要となりますが、観光においては何の問題もありません。チベット系、ブータン系、ネパール系の人々が多く、インドの多様性を改めて感じます。
2006年11月29日 (水)
インドが詰まった列車の旅
「インド悠久文明の旅」に行って参りました。今年もインド旅行のシーズンが到来。今年は今のところ例年よりやや気温は高めでしたが、これからもっともっと過ごしやすくなってきます。
この旅行ではインドの北西部を中心に観光して行きます。広大なインドを巡るにはバス、飛行機、ボート、列車と様々な手段を利用しますが、私の一推しは「列車」です。
駅に到着すると、赤い服を着たポーターさん達がやって来ます。彼らは私達のスーツケースを運んでくれるのですが、1人で1つではなく、2つや3つを軽々と運んで行きます。それも頭に載せて!です。
駅のホームに行くと、ものすごい数の人、人、人+動物。特に列車が到着した時は、列車から降りて来る人と、それを待ち構えている紅茶(チャイ)屋さん、水道の水をカップに入れて売っている人、歯ブラシや枕から雑誌、子供のおもちゃまでなんでもありそうな屋台を引く人、物乞い、寝ている人、犬、牛…。もうホームは身動きが取れないほどのごった返し状態。
2006年11月24日 (金)
2006年11月20日 (月)
ネパール、ヒマラヤへの道
先日、「エベレストを仰ぐ、ヒマラヤトレッキング 12日間」のツアーより戻ってまいりました。このコースの魅力はなんといっても6日間にわたるトレッキングです。
カトマンズから16人乗りのプロペラ機に乗って、40分程のフライトで標高約2800メートルのルクラに到着します。ここがトレッキングのスタート地点。今回のツアーはここルクラから3800メートルまで、実際にご自身の足で歩いて登るツアーで、高度順応しながらゆっくりゆっくりトレッキングスタートとなります。
まずはじめに私達を歓迎してくれたのは、標高6187メートルのコンデ・リです!!真っ白な雪をまとった威厳あるその姿はこの時点ではまだ彼方にありました。6日間という行程の中でもっとも厳しい登りは第2日目にやって参ります。ヤクと牛の混合種である「ゾッキョ」が思い荷物を持ってゆったりゆったり登って行く中、私達は最後の力を振り絞って急坂を制覇!
2006年11月13日 (月)
台湾の自然満喫~阿里山森林鉄道~
先日「台湾周遊と阿里山森林鉄道7日間」の添乗より戻りました。台湾を訪れるには、とてもすごし易いのがこの11月。どこも観光客でにぎわっていました。さて、このツアーでは世界3大鉄道の一つ「阿里山森林鉄道」にご乗車頂きました。標高30Mの嘉義市の北門より、標高2216mの阿里山へ、約3時間半の列車の旅。「がたん、ごとん」と、どこか懐かしい揺れに乗りながら・・・標高が高くなるにつれ、風景がどんどん変化していきます。北門を出た時は、民家や畑が広がり、バナナの木・ビンロウ・ヤシ等南国ムード満点!!景色もさることながら、10分間で200Mの標高を登る独立山螺旋トンネル、合計3回のスィッチバック、日本時代から残る駅舎を見かける事ができます。
2006年10月13日 (金)
2006年9月25日 (月)
温かいブータン人と出会う幸福の国・ブータン王国
先日、「幸福の国・ブータン王国」の添乗より戻ってまいりました。今回の旅はタイのバンコクを経由してブータンのパロ空港に到着という行程でした。飛行機を降りるとそこはもうブータン!!周りは山に囲まれた緑あふれる田舎の風景。空は青々としその中に真っ白な雲。このとても美しい緑、青、白のコンストラストはまさにブータンそのものです。この景色はとても印象深いものでした。
この旅の魅力はなんといっても人の温かさ、国民性とどこに行っても変わらない田園風景です。どの町に行ってもとても親切に接してくれ、みんな笑顔で迎えてくれます。また、バスで田舎道を走っていると子供たちは必ずといっていいほど手を振ってくれます。100メートルは離れているというような距離でも一生懸命手を振り続けてくれます。本当に可愛らしい子供たちが多くいる心温まるひとときです。
2006年9月20日 (水)
ネパール秋のお祭「インドラジャトラ」
この度「神の国ネパールの祭りとポカラの休日8日間」の添乗より戻りました。この時期ネパールは雨季と乾季の境目。「山をみるにはちょっとなぁ」と思われるかもしれません。しかし、なによりもこの時期外国人のみならずネパール国民をも魅了するお祭があります。それはインドラジャトラ。ヒンドゥーの神インドラ神のお祭りですが、その期間中、生き神様クマリが山車に乗って街を巡行します。クマリはタレジュ神の生き神様と言われています。シャーキャー族で、生理の始まっていない女の子から選ばれます。クマリに選ばれると年にこのインドラジャトラの時期しか外にでません。巡行の始まる前、人々は今か今かとクマリの館の前で何時間も立って待ちます。その人々は場所がなく、観光客用エリアにまでくい込んでくる勢いでした。
2006年8月29日 (火)
5大遺跡の一つ、サンボール・プレイクックへ
「アンコール遺跡を極める旅9日間」より帰国致しました。今回は夏の特別企画で上智大学学長である石澤良昭先生が現地で4日間解説してくださる旅でした。今回で8回目となるこの企画は毎回、多くのお客様にご参加いただいております。お客様の層は石澤先生のツアーに何回もご参加いただいている方やカンボジアは初めての方、ちょうど休暇が合ったという方まで様々でした。遺跡のことはあまり知らずに参加したという、あるお客様は最後には現地でアンコール遺跡の本を買って帰られました。それほど、石澤先生の解説を聞きながら遺跡見学をしていると引き込まれてしまうということなんでしょうね。今回も皆様からは、「先生の話は分かり易かった」、「発掘の様子などを見ることができ特別だった」、「先生がとても気さくで優しかった」というお声をたくさんいただきました。先生や現地で実際に働く上智の方々からのお話を聞くと、遺跡に対する見方も想像力が膨らみ、印象が更に深まります。
2006年8月21日 (月)
美味!ベトナム縦断の旅
先日『ベトナム南北周遊 10日間』のツアーより帰国しました。ホーチミンから始まるこのツアーは、細長い国ベトナムをハノイに向けて北上します。空港から市街に入りまず驚くことは、バイクの多さ!私達のバスはあっという間にバイクに囲まれました。赤信号で停まれば、正面には青信号を待ちわびるバイクの大群が、我先にと今にも飛び出しそうです。ベトナムの民族衣装・アオザイを身に纏った若い女性も逞しくクラクションを鳴らしまくっています。ベトナムの信号機はあってないようなもの。場所によっては、警察官が近くにいる時だけ停まればよいことになっているとか。よく事故が起こらないものだと関心してしまうほど彼らはスイスイと周りを避けながら運転するので、交通も極めて円滑です。これだけのバイクの波が押し寄せる道路を渡るのに最初は戸惑っていたお客様も、コツを掴めばもう大丈夫。走るのは厳禁。自分の存在をアピールしながらゆっくり歩いて渡る、これが攻略法です!
2006年5月19日 (金)
アンコール遺跡群を極める!
先日「アンコール遺跡群を極める旅 ~完全周遊~」から戻ってまいりました。ゴールデンウィーク初日に出発という事で成田空港から大変な人手にもまれる所から始まった今回の旅でしたが、現地では同じホテルに6連泊と、最初から最後まで移動なく、広大なアンコール遺跡群を満喫しました。アンコールワットで見たご来光は聖池に映る逆さアンコールが美しく、聖なる丘プノンバケンからはジャングルの彼方に沈む夕陽も印象的でした。アンコールトムには「クメールの微笑み」と呼ばれる彫刻や、当時の人々の生活風景や戦いの様子など、バラエティに富んだレリーフが見事な第一回廊。夜にはライトアップされたバイヨン寺院をバックに、美しいアプサラダンスに酔いしれた「アンコールナイト」と、毎日がハイライトの8日間。普段ではなかなか足を運ぶ事のできない郊外まで足をのばし、ジャングル探検のように、まだまだ手付かずで荒れはてた道を進むベンメリア、コーケーなどの遺跡群を訪れました。
2006年5月12日 (金)
カンチェンジュンガの雄姿と高山植物の競演~インドの秘境シッキムの春~
インドの地図をご覧になると、その北東部の辺りは何やら国境線が不自然に入り組んでいることに気付くでしょう。そこにネパールとブータンとバングラデッシュに西・東・南から挟まれ、北側は中国のチベット自治区と接している、小さな領域があります。ここは、1975年にインドに併合されるまで「シッキム王国」というチベット系の王が治める小さな王国だったのです。関係が未だにあまりよくない両大国インドと中国に挟まれているという地理的な重要性から、インドの一州となった今も、シッキムへの入域は制限されており、観光客が自由に旅をすることができない「秘境の地」となっているのです。インドの大部分はインドの観光ビザさえあれば、自由に歩くことが出来ますが、シッキムへ入るには、その他に、特別な入域許可証を取得しておく必要があるのです。
そのシッキム州の中でも中国との国境により近い北シッキム地域は、更に入域が制限されており、別に「北シッキム入域許可証」を取得しなければ訪れることが出来ない上、そこに滞在できる期間も制限されているという、インドの中でも秘境中の秘境なのです。
2006年4月26日 (水)
アジアの意外な秘境
今回、私は年一回のツアー「ブータン最大の祭り、パロ・ツェチュ祭とシッキム王国とダージリン14日間」の添乗に行ってきました。
ダージリンの見所だったのは、世界最初の登山鉄道トイトレインの線路がバグドグラ空港を出たバスと、並走する形でダージリンまで一緒だったこと。本当にこの線路の幅で人を乗せた列車が走るの?と思わせる狭さに民家や山の崖ぎりぎりに置かれた線路に驚かされました。また登山鉄道だなと思わせるスイッチバックやZ字に敷かれた線路、途中の小さな小さな哀愁漂う駅舎も注目!また有名なバタシアループをこめて4つのループがあるのです。もちろん、ツアー中に蒸気機関車のトイトレインにも乗車できます。そのときは時速4kmくらいで坂道を、蒸気を上げて走るトイトレインに頑張れと声援をあげたくなる気持ちと、のんびりとした時間に心地よさを感じました。
2006年4月18日 (火)
アジアの秘境!ブータン、バングラデシュ、ダージリン
アジアの3ヶ国を16日間で巡るツアーより帰国しました。桜満開の日本を飛び出しまず入国したのはインドの中で一番人口密度の高い街、カルカッタ。マザーテレサが拠点を置いた街としても有名です。人々の活気にパワーをもらい、次なる目的地バングラデシュへ陸路国境越えです。バングラデシュの国旗は日本とそっくりなんです!日の丸がオレンジに、その周りの白が、緑に代わればバングラデシュの国旗になります。国旗に表されている通り、バングラデシュは緑豊かな国。高層ビルばかり目にしている私達日本人には良い目の保養となりました。そしてここバングラデシュも人口密度の高い国。日本の約5分の2の面積で人口は日本とほぼ同じなんです。その人々は本当に素朴で好奇心旺盛。バスを降りると、どこから沸いてきたのか、あっという間に百人程に囲まれてしまいます。観光地を見に来たはずの私達が、逆に観察されてるなんていう状況はバングラデシュ滞在中ずーっと続きます。少しはムービースターの気持ちがわかったところで、再びインドへ入国。英国植民地時代に避暑地として使われた、標高2134mに位置するダージリンへ向かいます。車でどんどん標高を上げていくにつれ窓から入る風は熱風から涼風へ!斜面にはダージリンティーの茶園がひろがっています。これらは英国により造られたもので、その周りには労働者の子供達が通う為に建てられた英国風の学校が多くあります。その為、ダージリンはインド有数の教育都市としても有名で、海外から多くの留学生が学びにきます。そしてダージリンの目玉はなんといっても、おもちゃの電車・トイトレインです。ダージリンティーを運ぶ為、開発を急いだ英国が急な斜面やカーブに対応できる小型ボディの電車をつくったのが始まりです。時速約20キロ、総営業距離88キロを8時間かけて走ります。タイガーヒル展望台へは4WDに分乗し、早朝出発。お天気がよければ、世界第三位の高さを誇るカンチェン・ジュンガが目の前に姿を見せてくれます。
2006年4月10日 (月)
2006年4月 5日 (水)
2006年3月31日 (金)
2006年3月26日 (日)
安らぎの国ミャンマーほのぼの祭り (カッグ遺跡祭)
先日、ミャンマー大周遊の添乗から戻りました。
依然として軍政が続くミャンマーですが、実際に訪れるととりわけ暗澹たる雰囲気を感じることはありません。人口の過半数を占めるビルマ族以外に、実に135もの民族が共存する多民族国家であるこの国は、国民の85%が仏教徒という敬虔な仏教国でもあります。今回はシャン州のカッグ遺跡で年に2回催される、『カッグ遺跡祭』にご案内させて頂けました。かつてバガンに栄えた王朝が、周辺に住むシャン族やパオ族に忠誠を誓わせる目的で、仏塔を寄進させたことに始まるというこの遺跡は、その後も仏塔の数を増やし続け、今では何と2487基もの仏塔が林立する、正に度肝を抜く光景を見る事ができます。
2000 年9月に観光客に開放されるようになったばかりであり、往時の雰囲気そのままであると思える素朴さで、静寂の中に佇むその光景には、心洗われる気がします。
2006年3月23日 (木)
2006年3月17日 (金)
砂漠のインドの摩訶不思議
へえ、ラクダってこんなに速く走ることができたんだね!
あ!ラクダが人間と握手しているよ。ラクダって賢いんだね!
うわ!走るラクダの上で逆立ちしてるよ、あのお兄さん!
砂漠が広がるラジャスターン州。石油、川、緑と比較的豊かなグジャラート州。先日この両州を巡る旅へ行って参りました。インド広し。皆様、インドと聞いてどのようなイメージ、どのような想い出をお持ちでしょうか。タージマハル、ガンジス、象さん・・。しかし、西部インドは他の地方とはまた違った魅力を、様々な顔をみせてくれる地方です。砂漠、アカシア、ラクダ、塩の原、インダス文明の遺跡の数々、城砦都市、昔の宮殿・・・。 どのシーンも各々に印象的でしたが、特に印象に残ったシーンをご紹介したいと思います。
2006年3月 9日 (木)
2006年3月 7日 (火)
ボルネオ島でまたまた大ヒット!
先月「ボルネオ島ジャングル探検とブルネイ王国 10 日間」のツアーの添乗に行ってきました!今年は例年に見ない降水量でサンダカンからゴマントンケイブを経てスカウに行く道が浸水のため通れなくなる事態が発生。サンダカンよりキナバタンガンクルーズとなりましたが、こうしたイレギュラーもまた面白いもので、その分ジャングルクルーズは長く楽しめ、乾季では絶対に見られない雨季のような降水量のすごさを体験でき、また海からのクルーズは思い出に残りました。
昨年 8 月のツアーでは、アジアゾウの対面という大ヒットがありましたが今回のツアーでも大ヒットが起こりました。私達はなんと、幻の花『ラフレシア』を見ることができたのです!
2006年2月23日 (木)
2006年2月21日 (火)
心安らぐ国「スリランカ」
先日、「スリランカ大周遊11日間」の添乗より戻りました。インドに近いその島は、仏教徒にとっても重要であり、固有の動物が生息し、なによりも人々の人懐こい笑顔がとても印象的な国です。
さて、今回のメインはコロンボでのペラヘラ祭でした。ペラヘラとは行列の意。もともとは、仏歯をいれた容器をもった人が象のせなかにのり、街を歩いたのが始まりだそうです。それにダンスの行列も加わり、現在スリランカでみられる壮大なペラヘラ祭となったそうです。それはとても神聖で、各国から500人くらいのお坊さんが参列し、車には仏像が乗せられ行列の一部にに加わっていました。ゾウもご覧いただけるのですが、ただのゾウではなくお祈りを捧げられたゾウのみが参列できるそうです。
2006年2月17日 (金)
2006年2月10日 (金)
2006年2月 7日 (火)
2006年2月 2日 (木)
2006年1月31日 (火)
2006年1月30日 (月)
2006年1月24日 (火)
感激!!ボロブドゥールの初日の出
年末年始の「歴史遺産の宝庫・ジャワ島周遊と芸術の島バリ」の添乗より帰国いたしました。今の季節、インドネシアは雨季ですが、幸運にも観光中に雨に降られることもほとんどなく、最高の年明けを迎えることができました。
このツアーでは、芸術の島・バリ島と多くの遺跡の残るジャワ島の2つの島を訪れます。バリ島では工芸を営んでいる村を訪ねたり、緑豊かなライステラスを見たり、今回はバリ・ヒンドゥー教の総本山のブサキ寺院まで足をのばしました。世界でもこのバリ島にしかないバリ・ヒンドゥー教の寺院や、そこに集まる多くのバリ人の信仰の深さには驚かされます。お参りに来る人々は皆、民俗衣装を着用し、沐浴をしたり、お供え物を持参したりと、寺院にはいつも多くの人が集まります。
2006年1月20日 (金)
アンコール・ワットの修復現場
「アンコール遺跡群を極める8日間」のツアーより帰国しました。今回は上智大学学長、石澤良昭先生が現地で3日間ご案内してくださるという特別企画でした。2003年末から毎年、石澤先生にご協力いただき、出発しているコースです。今回も多くのお客様にご参加いただきました。年末年始にかけてのカンボジアは、世界各国からの観光客でとても賑わっていました。最初はどこに行っても混んでいて大変なのでは、と少し心配しましたが、石澤先生のご提案で一番の見所のアンコール・トムとアンコール・ワットは、通常と少し回り方を変えたり工夫しました。その甲斐あって、以外とスムーズに両遺跡とも観光することができました。アンコール・ワットの見学は上智大学が中心となって修復している西参道修復現場から始まり、夕陽が射す第一回廊まで、たっぷりと3時間かけて先生と共に回りました。中でも興味深かったのは西参道の修復現場です。毎日カンボジア人達によって少しづつ修復が続けられています。
2006年1月18日 (水)
最新バングラデシュお知らせします
年末年始にバングラデシュ8日間のツアーに添乗してきました。バングラデシュという名前を聞いて何処の国で、どんな国なのかしらと思う方が多いのではないでしょうか。バングラデシュのガイドブックは数少なく、有名な地球の歩き方もバングラデシュ版はでていません。バングラデシュは、面積14万4000平方キロメートルと日本の約5分の2の広さに人口が約1億3700万人と日本とほぼ同じじです。さらに1年での人口増加はなんと400万人。そのような国に観光する場所なんてあるの、というお問合せを受けたことがありますが、答えはもちろんあります。それもたっくさんあります、と。
まず首都のダッカは、混沌と喧騒の町と言われています。特にオールドダッカは、英国植民地時代の古き建物が色あせて残り、そこにひしめいて車に負けじと走るリキシャの波は、そこに生きる人々の逞しさを感じられます。
2006年1月17日 (火)
南インドで初日の出&初詣で
日本式のお正月もよいですが、たまには気分を変えて新年を海外で迎えるというのも良いのではないでしょうか?
私たちは南インドと東インド16日間の旅の途中、第9日目にインド最南端の地、コモリン岬で新年を迎えました。実は、ツアーの前半は2005年の締めくくりの日(大晦日)も含め、度重なるハプニングに見舞われて来ました。そんなことも少しは影響したのでしょうか、インド最南端の聖地に立ち、新年こそは、いいことが沢山あるように聖なるインドの神様に願いたいといった思いが自ずから涌いてきました。南インドを巡りながら、神々を祀るために造られた素晴らしいヒンドゥ建築の数々に圧倒され、信心深く敬虔な南インドの人々を目の当たりにしていると、不思議なことに、普段から神に祈ることなど殆どない自分でも、インドの神様を心から信じてみるのもいいかも知れないという思いになるのです。神秘の国インドの中でもとりわけ深い信仰心を持つ人々が多いのが南インドです。ここでは、神は大いなる存在でありながら常に人々の身近にいて心の支えとなっています。そのように神とともにあるインド人の生き方や考え方を少しでも理解できたらといつも思うのですが、それは生きてきた環境が違うのでなかなか難しいのが正直なところです。
2006年1月16日 (月)
幻の遺跡、バンテアイ・チュマールを訪ねて~カンボジア~
おかげさまでもうすっかり恒例になった感のある、石澤良昭先生現地ご同行の、『アンコール遺跡群を極める~アンコール再訪の旅』へ行って参りました。石澤先生は、上智大学の学長という多忙なお立場ながら、3日間ご同行して下さいました。
今回は、アンコール・ワット周辺だけに留まらず、数年前までツアーでのご案内は不可能であると考えられていた、コーケー、ベンメリア、サンボール・プレイクック、そして何と言っても、タイとの国境に近い幻の遺跡、バンテアイ・チュマールまでをも含めた、かなり広範囲のご案内を実現致しました。
年の瀬も近づく12月28日に出発した今回のツアーには、アンコール遺跡に再訪の方ばかりでなく、何と弊社の石澤先生ご同行ツアーへのご参加が2度目、3度目という方々までお集まり頂き、終始、遺跡への情熱に満ち溢れ和気あいあいとした雰囲気でした。元日には、アンコール・ワットにてとても美しい初日の出をご覧頂きましたが、実に弊社のお客様だけでツアー6本、約90名様が集結!もちろん世界各国からの観光客も大勢集まり、アジアが世界に誇るアンコール遺跡の人気を、改めて思い知らされました。
1月3日、いよいよ幻の遺跡、バンテアイ・チュマールへ出発です。この日は2ツアー合同、計30名様以上が何と13台もの四輪駆動車に分乗して頂き、探検隊さながらの大キャラバンでのご案内となりました。
2006年1月11日 (水)
インドで一番輝く建造物、タージマハール
先日、12月24日出発「インド悠久文明の旅 13日間」に行って参りました。10月~3月の北インドは、乾期でありましてかなり過ごしやすく、旅行をするならベストシーズンの時期です。私達のツアーも13日間、暑さや雨季独特の雨に悩まされること無く、北インドの美しさをお客様にもお楽しみいただけたようです。
さて、今回のツアーはインドの三大都市の一つムンバイから始まり、壁画で有名な世界遺産であるアジャンタやエローラ、そしてガンジス川が流れる聖地ベナレスを通り、北インド一番の見所ゴールデントライアングルである、デリー・ジャイプール・アグラと北インドの見所をぐるりと回る、欲張りなツアーでした。
2006年1月10日 (火)
躍動感溢れる交通事情~ベトナム~
年末年始にベトナムへ行って参りました。日本の寒さから逃れて夏の国へ。中部から北部は、まだ雨季の気配で雨がちらつくこともありましたが、気温は25度前後で、とても観光しやすい季節でした。現地の人々にとってはものすごく寒い季節だそうで、ジャンパーを着込み、厚着をしている姿を横目に見ながら、私達は半袖で旅をして参りました。ハノイからホーチミンまで駆けめぐるこのツアーは、みどころ満載でしたが、とくに印象に残ったのが、あの交通事情です。道路を埋め尽くさんばかりのバイク、バイク、バイク。市内はノーヘルが許されているそうで(理由は暑いからとか)、帽子、サングラス、マスク、脇まである手袋(女性のみ)の完全装備のライダーが縦横無尽に走り回っています。2人乗りまでは法律で許されているそうですが、3人乗り、4人乗りは当たり前。ベトナムのファミリーカーと言えば、バイクなのです。時には、バイクでタンスなどの家具類を運んでいたり、仕入れの品物をバイクと体にびっしりくくりつけて走っていたり(例えばハムなど)、大型バスから眺めるベトナムの交通事情はとても面白いです。
2006年1月 5日 (木)
ブータン王国でパワー充電
先日「ブータンの懐深く、ブムタン地方とパロとティンプー10日間」より帰国しました。
皆さんの中で「ブータン」と聞いて、思いつく物は何でしょうか?全く、イメージもできないという方もいらっしゃるのではないでしょうか?なかなか、普段から目にする事、耳にする事のない国、だからこそ昔からの景色が残る国、それが「ブータン」です。
ブータンは、王を中心に全てがまわる「王国」です。そして、王の下国民達がのびのびとそして平和に暮らしています。
まず、ブータンに降り立って気付く他の国との違いは、国民が民族衣装を着ている事です。どの国にも民族衣装はありますが、それを普段の生活で着ている国は多くありません。このブータンでは、それが国民の義務となっています。男性は「ゴ」女性は「キラ」と呼ばれる衣装を着ていますが、どちらも日本の着物にそっくりです。そして国民達は、限られた服装の中で独自のお洒落を楽しみます。




















































































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