2017年10月20日 (金)

ネパールの生きた女神、クマリにびっくり!

先日、「ネパールの休日、遊覧飛行とアンナプルナ眺望ホテル3連泊 8日間」のツアーより帰国しました。
帰国してすぐ、カトマンズで新しいクマリが誕生というニュースが流れ、びっくりしました。
クマリは「タレジュ女神の化身の少女」で、生きた女神としてクマリの館で生活をしています。
3歳くらいから、初潮が始まるころまでの長い期間を女神として過ごすのだそうです。

サキャ族の少女から選ばれるクマリ
起源は分からないということですが、仏教徒のシャキャ族の少女がヒンドゥー教のシヴァ神の妻であるパルヴァティ女神のいくつかある化身の一つのタレジュ女神を身に宿すという、何とも不思議な考えです。
山間のネパールは昔から災害に見舞われることも多かったためか、信仰心の篤い人々が多いように感じました。
様々な民族が住まう多民族国家でもあるネパールには様々な宗教や風習があり、それらがあんまり喧嘩することなく共存しています。
クマリの存在も、そのようなネパールの共存精神が生んだものなのかもしれません。
 また、ネパールは世界の屋根と言われるヒマラヤ山脈が鎮座する国で、本格的なトレッキング以外でも山々を楽しむ方法もたくさんあります。
中でも山の景色を楽しむ人気のツアーは遊覧飛行です。私たちが到着した翌日にエベレスト遊覧飛行を行ったのですが、飛行機が雲を突き抜けた途端!青と白の稜線が眼下に飛び込んできました。
 最初はどの山も同じように見えたのですが、落ち着いて見直すと、それぞれの稜線の違いがはっきりと分かってきました。
キャビンアテンダントの「あれがエベレストです」という声に機内のあちこちで歓声が上がりました。

エベレスト遊覧飛行で出会えたエベレストの頂き
もう一つ、ポカラという町からアンナプルナの山々を楽しむことが出来ます。
ここでは軽いハイキングから本格トレッキング、遊覧飛行など、とにかく山を楽しめます。でも…山には女神が鎮座すると言います。
時には彼女らは雲のベールに隠れて出てきてくれないことも…。

ヒマラヤ・フロントホテルからもう少しで見えそうだったマチャプチャレ
私たちがハイキングを行った時も、残念ながらアンナプルナの山々は雲の影に隠れてしまいました。
けれども、だからこそ、雲が晴れた瞬間の感動は一塩です。旅行者の私達ですら心をつかまれるのですから、ネパールの人々の山への思いは計り知れません。
アンナプルナ山系で唯一登頂されていない山があります。魚のしっぽの様な形をした「マチャプチャレ」です。
山々に神が座すると考え、神々が人間に煩わされないように、あえて未登頂であるのだとか。たくさんの神々を有する、ネパールらしい考えだなぁと思いました。(齋藤晃)

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2017年9月 7日 (木)

幸せの国ブータンに幸せを運んだ日本人がいた!

首都ティンプー

先日、「ブータンの懐深く、ブムタン地方とパロ、ティンプー10日間」の添乗より帰国しました。
通常のハイライトコースでは中々訪れないブムタン地方での観光が含まれたツアーです。

ブータンでは旅行を通して美味しい野菜をたくさん食べました。
ですが、ひと昔前のブータンでは野菜どころかお米も沢山とることができずに食料問題で
大きな問題を抱えていました。その危機的状況のブータンに農業技術を教えたのは、
外国人唯一のダショー(ブータンにとって最も名誉ある顕彰)を与えられた西岡京治という日本人です。
彼はブータンの農業の父と呼ばれるほど、亡くなった今もなお愛され続けています。そんな彼がもたらした幸せを
いつまでも忘れることなく、記念館にして残し色々な方に語り継ごうとするブータン人の人柄の良さに
感銘をうけました。また、今まで何気なく食べてきた野菜がとても高価な物だったと改めて実感させられました。

ヤタ織の織子さん

また、道中すれ違いざまによく見る放し飼いの牛に癒されながらより田舎に感じるブムタン地方のジャカールに滞在しました。
ここではヤクの毛糸を使って作られたヤタ織と呼ばれる織物が盛んです。地元のヤタ織工場にて、実際に織っている所を
見学しました。一つ一つ地道に作業を続けている織子さんも写真を取りたいとお願いすると快く撮らせてくれました。
ブータンという国は決して裕福な国ではないですが、美味しい野菜を使ったご飯や、地元の方の温かい心にふれて、

ブータン人の温かさを知りました。この温かさが幸せの国と呼ばれ、人々の笑顔を増やしていると思います。
雨季の季節でも後半からは晴れ間も見れ、またタクツァン僧院は傘をさすことなく、
上ることができ、ブータンでの10日間は数々の幸せに溢れていました。(森)

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2017年8月24日 (木)

これぞ絶景! インド・ヒマラヤ天空の道をラダックへ。

先日「絶景の天空の道、マナリ・レーロードを走破する旅 11日間」のツアーより帰国致しました。

 インドのチベットともいわれるラダック地方。ここへ行くには空路利用が一般的ですが例年6月から9月のみ、ヒマーチャルプラデッシュ州のマナリから陸路で行くことが可能です。マナリの標高は2,050メートル。ラダックの中心地・レーの標高は3,500メートル。その間には、4,500メートルを超える峠が3つもあり、テント宿泊などアドベンチャー要素が強い旅行となります。その景色はまさに「絶景」でした。

 マナリを出発すると、いろは坂のような急なS字カーブで標高を上げます。周囲の山肌からは水量が多い時のみに現れる無名の滝が大迫力で流れ落ちていました。最初の峠は、高山植物の宝庫ともいわれるロータンパス。ガイドが道から脇にはいり岩の周辺を何か探してこちらを呼んでいます。そこにはヒマラヤの青いケシと呼ばれる「ブルーポピー」が咲いていました。その他、白が美しい「エーデルワイス」や黄色のかわいらしい「キンポウゲ」なども咲き、時折雲が流れ、青空とヒマラヤの峰が見えるお花畑の散策を楽しみました。

ブルーポピー

ロータンパス付近

 マナリ・レーロードは生活道路であるため、大型トラックの往来もあり、狭い道での擦れ違いは一苦労。そして、片方が断崖絶壁という場所も少なくありません。そして、この道は世界的にライダーにも人気の道、インド人だけでなくヨーロッパの人々もインド産のロイヤルエンフィールドをレンタルしてそれぞれの旅を楽しんでいます。

マナリ・レーロード17

 

マナリ・レーロード

 ヒマラヤの雪解けが勢いよく流れる川沿いに走り、緑が美しい小麦畑やじゃがいもの花などが咲く小さな集落があるかと思えば、森林限界を超え、雲が横に流れる月面のような荒涼とした風景にも出会います。次々と現れる形や地層がダイナミックな山々に圧倒されながら、車は北へ走ります。

タグラン・ラ

 4,300Mに位置するテントホテル泊の次の日、息苦しさを感じながらこの道で一番標高が高いタグラン・ラ(5,317M)を超え、山を下っていくと、次第にチベットスタイルの家やゴンパ(僧院)が目につくようになり、ダライラマ14世が滞在中の賑やかなラダックの中心都市・レーに到着。絶景の天空の道を満喫する旅となりました。

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2017年5月30日 (火)

南インド・マーマッラプラムの2つの寺院

先日、ユーラシア旅行社の「南インドの楽園ケーララとドラヴィダ文化探訪 8日間」のツアーより帰国致しました。
南インド最大の都市チェンナイ(旧名マドラス)よりベンガル湾沿いに南へ約60km下ったところに位置するマーマッラプラム。パッラヴァ朝時代(3~9世紀)において、貿易港として栄えた町で、7、8世紀に建てられたヒンドゥー教の寺院群が世界遺産に登録されています。ここで面白いのが、同じ町にある寺院でありながら、7世紀のものと8世紀のものでは建築方法が異なること。つまり寺院建築の進化過程を目の当たりにできるのです。
まず7世紀の半ばに造られた「5つのラタ(ラタとは神の乗り物である寺院や山車を意味します)」。建物そのものや屋根の形が全て異なるのが非情に興味深いですが、これらのラタは皆1つの巨大な花崗岩から造られた石彫寺院です。ということは、巨大な岩を運搬することもままならない時代でしたので、寺院が建てられたのは必然的に岩場の近くということになります。

5つのラタ

そして8世紀初頭。ここで「建築革命」が起こるのですが、それを見ることができるのが上記の「5つのラタ」からわずか1kmほどの位置にある「海岸寺院」です。どのように変わったかと申しますと、巨大な岩ではなく、切石を積んで建立した寺院なのです。ということは、それまでは寺院の造営場所が限られていましたが、石を小さく切ってしまえば運搬も容易になり、それによりどんな場所でも寺院を建てられることが証明されたのです。

海岸寺院

そしてインド各地にヒンドゥー教寺院が数多く建てられ、インド北部、南部と建築様式がそれぞれ異なるようになっていきました。とりわけ南インドでは「ゴプラム」と呼ばれる彫刻が施された高い屋根を持つ塔門をあちこちで見ることができますが、石積寺院の原点である「海岸寺院」の屋根から派生していると思ったのは、私だけではないはずです。

ゴプラム(マドゥライのミナークシ寺院)

何の知識もなしに遺跡の建造物を見て感動することも多いかと思いますが、いろいろな歴史背景を頭に入れつつ見学すると、より一層旅に深みを与えてくれるに違いありません。(斉藤信)

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2017年4月26日 (水)

南国情緒溢れる、南インドでのんびり優雅なひと時を

先日、「南インドの楽園ケーララとドラヴィダ文化探訪 8日間」の添乗より帰国致しました。旅の前半では、チェンナイ、マドゥライのヒンドゥー教寺院を巡り、中盤ではインド亜大陸最南端コモリン岬で3つの海が出会う地点で朝日と夕日の鑑賞、後半ではコチンのキリスト教の教会や奇抜なお化粧が特徴のカタカリダンスを堪能しました。

インドと言えば、クラクションが鳴り響き、道路には牛が自由に闊歩している光景を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。実は、そんな我々が思い描くインドのイメージは北部のもので、今回訪れた南部では、今までの固定概念が覆りました!というのも、アーリア系民族が多い北とドラヴィダ系民族が多い南とでは、文化が異なっています。たとえば、主食で比べるなら、北は小麦粉といったナン、南は米、カレーも北は少し粘り気があるカレー、南はさらさらとしたカレーです。

バックウォータークルーズ

中でも、北との大きな違いは、のんびり、ゆったりとした時間の流れです。
それを体感できるのは、旅の後半、ヤシの木茂るケーララ州の「バックウォータークルーズ」です。
ベット・シャワー・お手洗いが備え付けられた個室が3、4つある船に乗り込んでトタパリからアレッピ間をクルーズします。そよ風が何ともいえないほど心地良く、のどかな田園風景を眺め、インドのビール「キングフィッシャー」を飲みながらキングフィッシャー(かわせみ)探したりと、贅沢な時間を各々過ごすことができます。日没後は、各船で夕食を頂き、虫の声に耳を傾けながら眠りにつきます。ふと目が覚めて、デッキへ出てみると満点の星空。そして朝は、鳥のさえずりで目を覚ますという極上の贅沢。真っ赤な朝日がヤシの木の間から顔を出す光景は感無量でした。

朝日

そこには、クラクションの音はなく、自然の音のみ。テレビやインターネットを見ることができない環境ですが、心が安らぐ極上の時間を南インドで過ごすことができました。(角田)

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2017年4月21日 (金)

昔の日本を思い出す国、ラオス

先日、ラオス7日間のツアーより戻りました。ラオスは東南アジアの中でも一際素朴な雰囲気が残り豊かな自然に恵まれた国です。国を南北に母なるメコン川が貫き、現地の人々の交通手段であるスローボートが何艘も連なって進んでいきます。ラオスの景勝地“バンビエン”はラオスの桂林と言われており、移りゆく景色を堪能しながらまったりとしたクルージングが、観光客に人気です。

そんな自然豊かなラオスをご旅行している間、各都市の観光地を巡ることはもちろんですが、私が特に楽しみしているのは、素朴ながらも日本人の口にあうラオスの食事です。周辺のベトナムやタイといった東南アジア料理の王道とは異なる食文化が残されています。絶対食べていただきたいのはなんといっても、ティップカオと呼ばれる竹筒に入っているもち米。ラオスの人々の主食です。他にも、川魚や野菜料理もありますが、もち米単品でもやみつきになるほど美味しいのです。昔ながらの調理方法を用いていることがほとんどで、なんとなく手作り感に溢れています。現地の人々は、おかずを箸でとり、もち米を手にとって丸めながら食べていました。ごま塩をかければ、美味しさ倍増!今後、ラオスにご旅行をご検討の方は、ごま塩を忘れずにお持ちください。

ラオスご飯

美味しい料理だけでなく人もとても魅力的です。ラオスの人はとても人懐こく、ときに優しく声をかけてきてくれます。旅の途中で出会った子供達が、手を振る私達に抱きついて、はしゃいでいる姿をみたとき、その無邪気さにお客様が笑みをこぼしていました。
そして、そんな子供達と別れた後、今回のご旅行の最後にお客様が仰った言葉が印象に残っています。

出会った子供達

「ここはまるで、50年前の日本のようだ。」
その素朴さが魅力の国、ラオス。どこか、懐かしい雰囲気が漂い、なんとなく安心してしまうような愛おしさを感じることができました。(堤)

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2017年4月11日 (火)

古き良き時代へタイムスリップ?!レトロな街ホイアンでノスタルジーに浸る(ベトナム)

ホイアン夜祭

先日「ベトナム周遊~フォンニャケバン、ミーソン遺跡も訪問~11日間」のツアーより帰国致しました。
縦に長いベトナムを北部から南部にかけて、1000以上の奇岩が浮かぶハロン湾で1泊2日のクルーズ旅をし、世界遺産フォンニャケバンの大迫力の鍾乳洞を見て自然の力に圧倒されました。
そんな見どころ盛りだくさんのベトナムで、最も癒されたのはホイアン夜祭です。
ホイアンは、18世紀に建てられた古き良き街並みが現在もそのまま残されており、1999年に世界遺産に登録されました。
ホイアン夜祭とは、ベトナム暦の旧暦で毎月14日の満月の夜に開催されるランタンフェスティバルです。
夕方ごろホイアンへ到着すると、町中がランタン(提灯)でいっぱい。それまでの風景とがらりと変わり、町全体がお祭りムードです。
夜になって市場やお店の通りへ行くと、ランタンに明かりが灯され、幻想的な景色が広がります。どことなく懐かしい雰囲気の通りの側のトゥボン川は、灯篭流しをすることもでき、様々な願いを乗せた灯篭はどこまで行くのだろうかとぼんやり眺めました。

ノスタルジックなムードに包まれたのもつかの間、向こう岸へ渡るアンホイ橋には人、人、人!
そして人をかき分けようやくたどり着いた提灯屋さん。色も柄も多種多様な提灯がずら~っと釣られ、その一つ一つはお店の方の手作りなのです。
私の好きな金子みすゞさんの「みんな違ってみんないい」という詩の一節にあるように、細かいデザインを見ていると、それら一つ一つの彩りに目を奪われ、時が止まったように感じられました。

ホイアンの街並み

翌日、日中にホイアンの町へ出かけると、レトロでカラフルな建物と、女学生の真っ白のアオザイの制服や美しいブーゲンビリアの花とのコントラストに魅了されました。

2世紀にチャンパ王国の港としてつくられ、16世紀には中国、日本に加えてポルトガル、オランダなどのヨーロッパ諸国の商船も多く来航する国際貿易の中心として栄えたホイアン。昼と夜の二つの顔を持つ魅力たっぷりの町でした。(西澤)

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2017年4月 4日 (火)

スリランカを代表する建築家ジェフリー・バワの手掛けるホテル

先日、「光り輝く島スリランカ探訪 8日間」の添乗より帰国しました。
有名なシギリヤ・ロックから要塞都市ゴールまでスリランカ6つの世界遺産を8日間で訪れるハイライトコースです。

ベントタビーチリゾートホテル

この度のツアーではスリランカを代表する建築家ジェフリー・バワの手掛けるホテルに宿泊しました。

ジェフリー・バワは1919年イギリス植民地時代のコロンボ生まれ。
もとは法曹の道を目指してケンブリッジ大学を卒業しており、紆余曲折を経て建築家となったのは38歳のときのことです。
光と影をダイナミックに使った空間や曲線を絶妙にミックスするなど、スリランカ独自の自然や気候、文化を色濃く反映した手法が特徴的です。

今回、私たちが泊まったのは、にベントタビーチ・リゾート バイ シナモンホテルです。
このホテルは1969年に建てられたジェフリー・バワの初期の作品です。
約50年もの月日が経っているなんて思えない程モダンな造りです。

ホテルのロビー

バスを降りて階段を登っていくと、そこには天井一面にカラフルなバティックが描かれたロビーが現れます。
ウェルカムドリンクを頂きながらチェックイン。ホテルの名前にもある様に、ロビーではシナモンの香りが広がります。

ロビーの目の前にある池を横目にお部屋へと進みます。一階の各部屋からは直接庭へ出る事が出来るのです!
庭では可愛いリス達がお出迎えしてくれました。もちろんプールだってありますよ。

少し早くホテルに到着したので目の前のビーチにて夕日を待ちます。
今回は少し曇ってしまい、綺麗な夕日は見えませんでしたが、お天気がよければインド洋に沈む美しい夕日をご覧頂けます。

ジェフリー・バワ建築のホテルはスリランカに全13ヶ所あります。
また別のジェフリー・バワのホテルにも泊まってみたくなりました。(鈴木)

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2017年3月16日 (木)

ヒンドゥー教の原点、愛の世界遺産へ(インド)

先日、「魅惑の北インド周遊と宮殿ホテル 9日間」の添乗より、帰国致しました。
このツアーでは、世界遺産が点在するデリー、アグラ、ジャイプールのゴールデントライアングルやインドの聖地ベナレスまで足を運びます。9日間を通して、インドのヒンドゥー教、仏教、そしてイスラム教が混在する異文化や混沌としたインドの日常を体感しました。今回は、インドの世界遺産の35か所のうち9か所にご案内しました。
その中でもインドには「愛の世界遺産」があることはご存知でしょうか。
「タージ・マハル」は、言わずと知れた「愛の世界遺産」です。
タージ・マハルは、イスラム教国ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが愛妃ムムターズ・マハルの死を悼み、愛する王妃のために建てられた白亜の廟です。シャー・ジャハーンは、タージ・マハルの対岸、つまりヤムナ河を挟んでタージ・マハルの一直線上に、自分の廟として黒大理石の廟を建てようとしていました。しかし、実の息子に囚われてしまい、夢半ばでこの世を去りました。そんな愛し合う二人は、今ではふたり並んでタージ・マハルに眠っています。世界中の人々がその美しさに魅了されるタージ・マハル以外にも「愛の世界遺産」があります。

カジュラホ寺院

それは、アグラから約410キロ離れたカジュラホ村の「カジュラホ寺院群」。これぞインドというようなバイクが行き交う光景はそこにはありません。(もちろん牛は道路の真ん中にどっしり腰を下ろしています。)
カジュラホ寺院群は、10世紀半ばから12世紀半ばごろに建てられたヒンドゥー教の寺院群です。創造と破壊の神・シヴァ神の象徴「リンガ」を祀っているカジュラホ最大の寺院「カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院」(西群にあります)をはじめとする寺院が点在しています。カジュラホ寺院の魅力は何と言っても壁面の彫刻の数々。砂岩でできた寺院の壁面には、官能的な彫刻が施されています。インドでは「カーマ・スートラ」という4~5世紀にかけて誕生した古代インドの性愛論書があります。カジュラホ寺院はまさにこの「カーマ・スートラ」の世界観を体現した寺院です。ミトゥナ像(男女交合像)の緻密な彫刻は世界中でここでしか見ることはできません。今回のツアーでは、カジュラホ寺院を背景に、インド古典舞踊「カタックダンス(シヴァ神の踊り)」もお楽しみいただきました。

カジュラホダンスフェスティバル

ヒンドゥー教の教義は奥深く、この宇宙全体は神が創り上げたと考えられています。
その神様とは、創造と破壊の神・シヴァ神とその妻のパールヴァティ。この2人によって宇宙全体、この世界、社会が生まれたと考えられます。つまり、この世界はすべて愛によって成り立っていると言えるのです。
ヒンドゥー教の教えによる、インドの原点を感じることができました。(角田)

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2017年3月15日 (水)

ラオス・ジャール平原に眠る謎の壺

先日、「ラオス大周遊 10日間」の添乗より帰国しました。
ラオスは他の東南アジア諸国に比べると、日本でまだ馴染みのない国かもしれませんが、
ニューヨークタイムズの‟今一番行きたい国ランキング“1位に選ばれる魅力溢れる国です。

ラオスでは首都ヴィエンチャン、古都ルアンパバーンだけでなく、今回は北部にあるシエンクワーンに足を伸ばしてみました。標高1000メートルの高原地帯に「ジャール平原」という有名な平原があります。平原の写真をご覧ください。無数にあるこれは一体何でしょうか?

ジャール平原

岩?石?いいえ巨大な岩壺です。
壺で最も大きい壺は、高さは2.5メートル、重さは何と6トンもあるそうです。
人よりも大きい石壺と一緒に記念写真をパチリ。
あきらかに人の手で作られたこの巨大な石壺は一体誰が何のためにこの平原に持ってきたのでしょうか?

実は謎はまだ解明されておりません。
ラオスの伝説によると、このエリアには巨人族が住んでいたそうで、彼らが戦いの後に、ラオス名物のお酒ラオラーオを石壺に入れ、乾杯したというロマンあるお話もあります。

しかし1930年代に入り、フランス人学者の調査により、人骨や装飾品と思われる銅の腕輪等が発見されました。また棺桶のようなものもその後発見されたため、1500~2000年前の古代モン・クメール族によるお墓説が有力だと言われています。

今回は蓋付きの石壺もご覧頂きました。
「まるでかくれんぼが出来そうだ」とおっしゃっている方もいらっしゃいました。

歴史ロマンが詰まっているジャール平原。次、訪れる際は謎が解明されているでしょうか?(白井)

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