2017年8月18日 (金)

大迫力!マサイマラにて、ヌーの命がけの川渡りに遭遇!

先日、「ケニア・タンザニアハイライト9日間」のツアーより帰国しました。
一番の目当ては、ヌーの川渡りを見ること。ヌーの大移動にあたるこの時期、ケニアのマサイマラ国立公園では、ヌーの大群が命がけでマラ川を渡る光景を見るチャンス!ドライバー達の話では、10日間滞在しても、なかなかその光景に遭遇することは難しいといいます。主に、夏をマサイマラで過ごすヌー達は、小雨季の始まる10月頃からマサイマラと国境を接する、タンザニアのセレンゲティ国立公園への移動を開始。徐々に南下していき、2月にはセレンゲティの南東部で出産シーズンを迎えます。そして雨季が終わる6月頃、セレンゲティで過ごした数万頭のヌー達は再び、マサイマラを目指し、北上していくのです。
野生動物の宝庫と言われるケニアの中で、大阪府とほぼ同じ面積で、且つ、最も個体数が多いといわれる、マサイマラ国立保護区。保護区内の快適なロッジに、ツアーでは3連泊します。チャンスは丸2日。1日目朝から、早速マラ川を目指します。ロッジからサファリをしながらマラ川へ行く途中、何度もヌーとシマウマの群れに遭遇。貴重な場面に遭遇できるかも!?と期待も膨らみます。そんな中、ようやくマラ川に到着!しかし川のまわりには、ヌーとシマウマが数頭いるだけ…渡る気配もまったくなし…ドライバーさんたちも、「昼を食べた後にもう一度来ようか・・」という会話が始まった時、少し遠くにヌーの大群を発見。なんと私たちの方に向かってきます。遠くに見えていると感じた群れはいつの間にか、マラ川のすぐそばに。臆病な性格であるヌーはマラ川の様子を伺い、川岸のあたりをうろうろ…なかなか渡ろうとしません。毎年、多くのヌーがナイルワニに捕食される、あるいは溺死するという情報を耳にしているので、頑張れ!とヌーの背中を後押しするように、自然と声が上がります。カメラを握りしめ、その瞬間を待ちます。そしてついに一頭が川に飛び込みました。その瞬間続くようにして、周りにいたヌー達が勢いよく飛び込み始めます。その光景に夢中でシャッターを切りながらも、大自然の厳しさ、素晴らしさ、人間の非力さ…いろいろな感情が混ざりあって、ただただぼーっとその光景を眺めていました。無線で頻繁にやりとりをし、私たちを良いポイントに連れてきてくれたドライバーさん達にも感謝です。この川渡りが見られた時のドライバーさんの得意げな顔は忘れられません。

アフリカ、ケニア、マサイマラ、サファリ

今回のヌーとシマウマたちは無事、渡りきる事に成功。何事もなかったかのように、再び草原を求めて、マラ川をあとにしていきました。ヌーの川渡り以外にも、たくさんの動物に出会うことができましたが、ヌーの川渡りを見た時の感動は、実際にその場に遭遇してみないと、なんとも説明しがたい、素晴らしいものでした。(荒川)

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2017年1月11日 (水)

ダナキル砂漠で最高のおもてなし(エチオピア)

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先日、「ダナキル砂漠、エルタ・アレ火山とエチオピア絶景紀行 8日間」のツアーより帰国しました。エチオピアには色々な顔があります。原始のキリスト教が残る信仰深い北エチオピアや独自の生活習慣を今も守り続ける南エチオピア。この添乗員ブログでも何度となく登場しているエチオピアの魅力は計り知れません。その中で大地溝帯の中に位置するダナキル砂漠は極彩色が美しいダロール火山や、今人気のウユニ塩湖を思わせるような塩の大地、アサレ湖に塩を運ぶキャラバン。活動が活発化し通常よりは遠目にはなりましたが赤々とした溶岩が煮えたぎるエルタ・アレ火山と世界各地で目にする絶景に勝る景色が広がっていました。
そんな絶景の地は「世界一過酷な地」、「危険地帯」、「世界で最もホスピタリティのない地域」と、どれもまぁ一見行くことを躊躇してしまいそうな言葉が並んでいたのは今は昔!?過酷な地に変わりはないし、いきなり全ての設備の整ったわけではありません。が、しかし迎えてくれる現地のおもてなしの心、気持ちはそんな不便さを忘れさせてくれます。
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今回の旅行でも口を開けば第一声は「暑い」。酷暑にテント泊、エルタ・アレ山へのトレッキングなど決して楽ではない状況下で皆様元気に過ごすことが出来たのは、もちろん、ご自身の健康管理や体力などが大前提ではありますが、現地のおもてなしも一役かっているのではないでしょうか。同行したシェフの料理は「日本に連れて帰りたい!」「ホテルの料理も全て作ってほしい」と皆が口を揃えるほどで、食欲がなくなりがちな暑さのなか、いつも完食でエネルギーチャージばっちり!野天泊の山頂では重いベッドを私たちより早く運びセッティング。疲れた体を癒やす快適な睡眠をとることが出来ました。
旅は目にするものだけでなく、周りの人々に触れ合うことで、またその心に触れることで更に素晴らしいものとなるのだなと感じた旅でした。私もエチオピア人に負けないようなおもてなしを!!改めて思いました。(岩間)

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2016年12月22日 (木)

スーダンもナイルの賜物!

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先日「ゆったりスーダン周遊 9日間」のツアーから帰国しました。あまり観光地としては知られていないスーダン、内戦や貧しいといったマイナスのイメージを持っている方がほとんどでないでしょうか。実際現地へ行ってみるとそんなことは感じさせない活気のある町と、人々の笑顔が溢れる国でした。また、首都ハルツーム以北の砂漠地帯には紀元前2000年頃からの貴重な遺跡がたくさん残っています。ハルツームでは青ナイルと白ナイルが合流し、エジプトまで流れ込むナイル川があり、古代にはナイル川沿いに文明が栄えました。紀元前2000年、古代エジプト王朝が栄えていたころ、同じナイル川沿いのスーダンにもクシュ王国が栄えていました。歴代の王の中にはブラックファラオと呼ばれる、エジプトをも支配した王が存在したのです。70年もの間スーダン、エジプトと大きな領土を持っていました。その為スーダンにはエジプト式のピラミッドや神殿が数多く残り、ピラミッドの数としてはエジプトの2倍以上!遺跡好きの方にはぜひ行って頂きたい国のひとつです。今回のツアーではスーダンに残る多数の遺跡を訪問しました。不毛な砂漠の地に見えてくる遺跡や神殿群を見ると気分はインディ・ジョーンズ!観光客は私達だけで遺跡を独り占めできました。

スーダンの遺跡は内戦が多かったという歴史的背景や政府予算の関係で、遺跡の修復が進んでいません。砂漠の厳しい環境から、修復を始めても途中で投げ出してしまうことが多いようです。その為たくさんの遺跡が半分砂漠の中にあったり、風化しているという現状。しかしながら、そういった未開発の遺跡の雰囲気がさらに冒険心をかきたてます。スーダンの有名な遺跡はメロエのピラミッド。世界遺産にも登録されており、一世紀以降の王の墓が100基ほどあるといわれています。スーダンのピラミッドはエジプトのピラミッドに比べ先が尖っていて小さなものが多いのが特徴。複数のピラミッドが連なっている風景は圧巻です。夕日が沈むまで滞在し、美しい夕暮れの景色も見ることが出来ました。現在、100基中全てのピラミッドが見つかっている訳ではなく、未だ砂漠の下に埋まっているものもあるかもしれないと、ガイド談。政府の予算が観光に充てられ、本格的に修復・発掘されると世紀の大発見が起こるかもしれない、なんともロマンのある地でもありました。(杉林)

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2016年12月 9日 (金)

世界一過酷な地、ダナキル砂漠の絶景ダロール火山

 この度、「ダナキル砂漠、エルタ・アレ火山とエチオピア絶景紀行」より帰国しました。
 最近の絶景ブームで耳にした事があるでしょうか?ダナキルはエチオピアの北東部、エリトリアとの国境近くにある砂漠地帯です。
 まずは、エチオピア首都アディスアベバから飛行機で1時間、北部の中心都市、標高2000mの高原都市メケレへと向かいます。そこから4WDに乗ってくねくね山道を走り、地球の割れ目、大地溝帯の中にあるダナキル砂漠へとぐんぐん下ってゆきます。標高差は約2000m。たった3時間の移動で、肌寒い高原の朝から灼熱砂漠へと変わります。

ダロール

 到着したのはアフメッド・エラ。周りには何もない土漠地帯に、木を組み合わせて作った隙間だらけの小屋が点在するキャンプサイトです。
 「今日はここでテント泊だ!」と、4WDのドアを開けると埃と一緒にムワっと熱い空気が入ってきました。午前10時の時点で32℃。汗がじんわりとにじんできます。
 これから行くダロール地区は日陰もない灼熱の砂漠地帯。照りつける太陽の光に目を細め、頭からかけたタオルで日陰を作り、水を持っていよいよダロールに挑みます。

ダロール

 ダロール地区での見学は塩の採掘場や硫黄泉、塩の奇岩群など。移動には4WDを利用するので歩くのはほんの少しのはず、、、ですが、少し外に出ただけなのに暑さで溶けそうになりました。周りには建物も木も何も無く、ちゃんとした道や標識ももちろんありません。もしこんな所で一人になったら、、、と思ったらちょっと怖くなりました。頑丈な4WDや現地に精通したスタッフの存在に感謝の気持ちでいっぱいです。
 4WDは、時々現れる枯れ木やサボテンをよけながら、土埃を巻き上げて走ります。すると、突然周辺の土地が赤茶色に変わりました。いよいよ「ダロール火山」に到着です。
 「その丘の上だよ」とガイドに言われ、みんな暑さも忘れて足早に登って行きました。
「すごぉ~い!」「綺麗!!」「きゃー!!」。頂上に到着した人から次々と感動の声があがります。ここって本当に地球?と思ってしまいます。ここ以外のどこでも見たことのない景色でまさに絶景です。 まるで新しい惑星に来たかのようでした。

ダロール

 ダロール火山はとにかくカラフル。大きなマッシュルームのようなクリーム色の石、小さい花のように固まった黄色い石。白い部分からはポコポコとお湯が沸き、この世の物とは思えない緑色の水たまりが無数にあります。赤茶色の石の塊の上を歩くとベコンと変な音がします。歩けば歩くほど未知の世界に入りこんでいきます。
 どこからどう見ても本当に不思議な景色ですが、ふとした瞬間に硫黄の匂いを感じてここは火山なんだと実感しました。
 夕方はアサレ湖でキャラバン隊に遭遇、夜はテントで星空を眺めてから眠りにつきました。翌日のエルタ・アレ火山もものすごい迫力で、とにかく絶景続き、感動いっぱいの旅でした。(関根)

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2016年10月13日 (木)

2億8000万年前の歴史を感じる化石の森(ナミビア)

先日、ユーラシア旅行社の「ナミビア・スペシャル 8日間」の添乗より帰国致しました。エトーシャ国立公園にてドライブサファリを楽しんだり、世界一美しい民族といわれるヒンバ族の村を訪ねたりと、ナミビアの魅力が凝縮された8日間でした。

ナミビアの「ナミブ」とはサン族の言葉で、「何もない」という意味し、
世界最古の砂漠ナミブ砂漠にちなんでつけられています。
実際に移動中は草原や砂漠などの見渡す限りの大自然が広がっており、モンゴルについで世界で二番目に人口密度が低い国であることも実感できます。

今回、ダマラランド地方にある化石の森を訪れました。

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ダマラランド地方は2億8000万年前の大陸移動と地殻変動の影響を受けた地域で、このあたりでは地上に吹き出たよう溶岩が急速に冷却、圧縮されて出来た柱状節理の岩「パイプオルガンの岩」や溶岩が降りかかって熱で焼けて黒くなった砂岩の山「バーントマウンテン」など特異な光景がご覧頂けて、またナミビアの中でも珍しく起伏が激しい地域です。

2億8000万年前の大陸移動と地殻変動は火山活動だけでなく、大洪水ももたらし、コンゴ盆地から流れてきた流木をこの起伏が激しいダマランド地方の山々が堰き止めました。

その後、流木が炭化せずに地下に埋まり木の中の酸素や水素が溶けて化石化(珪岩化)し、風化によって地中から顔を出した木がまるで岩のようにゴロゴロ転がった場所がこの化石の森。

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乾燥が激しいこの地域では微生物の動きが鈍く化石化しやすいだけでなく、化学変化もよく起こり、マツの木の一部が石英や水晶、場合によってはオパールになったりすることもあるそう。
そのため、持ち出されないようにナミビアでは化石化した木を人工的に掘り出すことが法律で禁止されており、実際に持ち出すと実刑になります。

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化石の森といってもアンモナイトの化石があるわけでく、決して派手なものではありませんが、マツの木などの年輪や樹皮など2億年以上昔の植物の化石が間近で見られること、そして化石化したことによって本来の木の倍以上の重さになっている不思議さなど、歴史が育んだロマンをかきたてるものでした。(三浦)

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2016年10月 4日 (火)

「ギニア湾に浮かぶ食の宝庫!サントメ・プリンシペ」

先日、「中央アフリカの5カ国大周遊」の旅より帰国致しました。アフリカ中央部にある、コンゴ共和国、サントメ・プリンシペ、赤道ギニア、カメルーン、ガボンの5カ国を訪れて来ました。

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皆様の中には、聞きなれない国々ばかりで一体どんな国?何があるの?という所かもしれません。
カメルーンは2002年のワールドカップ以降、認知度が上がったと思いますが、その他4ヶ国は未だ未だ認知度が低いのではないでしょうか?中でもサントメ・プリンシペは、「世界で最も認知度が低い国」とまで言われてしまっていますので、今日はサントメ・プリンシペにスポットを当てていきたいと思います。
このサントメ・プリンシペは、ギニア湾に浮かぶ、サントメ(聖トメ)島とプリンシペ(王子)島という2つの主要な島から成りますが、アフリカでは、セイシェルに次ぐ2番目に小さな島で面積が東京都の半分程度しかなく、人口は現在27万人程です。日本で言うと、小さな市の人口と変わらないですよね。アクセスも悪い上、独立も1975年とまだまだ若い国の為知名度が低いようです。
ですが、見所は盛り沢山!あるのです。
かつて、この国は、1470年にポルトガル人が渡来し、町を築いた為、教会や主要な建造物にはポルトガルの影響が残り、どこかノスタルジックな雰囲気が残っています。
植民地化した後の16~17世紀頃には、奴隷貿易の一大中継地となり、カカオを始め、様々なプランテーション等によって発展していき、現在も国の経済を支えています。
実際にツアーでは、カカオプランテーションを訪れ、収穫したてのフレッシュなカカオ~出荷までの過程の見学や、コーヒー工場では、コーヒーが焙煎されるまでの流れを見たり、車窓からは、多くのカカオやバナナ、椰子の木等を眺めながら走りました。ここは、海に囲まれて居ながら緑も豊かな為、様々な野菜やフルーツも獲れ、食材も豊かな為お料理もとてRosa_st_jhon_91_4

美味しいです。西欧の影響が大きく、レストランも洗練されている所ばかりです。高温多湿な気候も相まって、西欧よりスパイシーな味付けは比較的多いですが、それが逆にサントメらしく独創的で更に美味しさが増しているようにも感じます。
何と!今回の昼食では、計10皿ものフルコース!でした。前菜だけで6皿、メイン1皿、
デザート3皿ものサーブがあるのです。10皿もあるにも関わらず、一皿毎に全く異なる
世界観が広がり、次はどんな料理が出てくるのかが楽しみでたまりません。サントメ産の
食材がシェフの手に掛かれば、まるで魔法にでも掛かったかのように素晴らしい芸術作品
に仕上がるのです。味覚だけでなく、視覚、嗅覚を刺激してくれ、食を心から楽しませて
くれました。中央アフリカにてこんなにも贅沢な時間を過ごせるとは。。
海に囲まれた常夏の島国で野菜やフルーツが豊富で、ポルトガル領であったこともあり、人々は陽気で非常に懐っこい国民性で、他4ヶ国の中央アフリカと比べ雰囲気は全く異なり、不思議な魅力に溢れているサントメ・プリンシペは、まさに楽園のようでした!(井手)

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2016年9月 8日 (木)

世にも珍しい木登りライオンを発見!(ウガンダ)

先日、「ウガンダ・スペシャル7日間」の添乗より帰国致しました。コンパクトな日程でありながら、ウガンダの見どころがギュッと詰まったツアーでした。

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ウガンダと言えばやはり、マウンテンゴリラ!密林の中で出会ったゴリラの家族は各々食事中でした。愛らしい姿に誰もが胸を撃ち抜かれます。しかし彼らに負けず人気急上昇中なのが、一部の地域で見られる木の上でぐたーっと休んでいるライオンたち。数頭のライオンが一つの木に登っていると、まるで木にライオンが実ったかのように見えることも。この世にも珍しい木登りライオンがウガンダのクィーンエリザベス国立公園のイシャシャ地区にもいるのです。しかし、実際に木登りライオンが見られるかどうかは運次第。出発前からドキドキしていました。
イシャシャ地区に入ってからは、目に入る木を順番に見ていきますが、なかなか姿を出してくれないライオンたち。お客様の表情にも、半ば諦めの色が浮かび始めたころ、ドライバーが「ライオンいた!」と声を上げました。

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見ると大きなイチジクの木の上に一頭の雌ライオンが座っているではないですか!興奮を抑えつつ、木登りライオンを写真に収めていきます。ライオンは3~4台の車に囲まれ、こちらをじっと見つめて少し警戒しているようでした。情報を聞きつけた車が徐々に増えると、せっかくの休憩を邪魔されたライオンは、なんとなく不機嫌そうに木から降り、草の茂みの中へと姿を隠してしまいました。僅か10~15分ほどの時間でしたが、見られて良かったと満足して、昼食をとるレストランへ移動したところ、ドライバーの携帯電話に連絡が。なんと数頭のライオンが今まさに木の上にいるとの情報!「私たちが行くまで下りないでー!」と祈りながら急いで公園の敷地内へ戻ります。

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私たちが到着すると、まだ4頭のメスライオンが木の上で待ってくれていました。なんてラッキー!木の上にいるライオンの姿は、猫を彷彿とさせ、百獣の王と称されるライオンは、やはりネコ科の動物なのだなと感じました。普通のサファリではなかなか遭遇できないライオンの姿に大満足でサファリを終えることができました。(市川)

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2016年7月28日 (木)

リゾートだけじゃない?!インド洋に浮かぶ知られざる国コモロへ(インド洋周遊)

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 先日、「インド洋4ヵ国大周遊 12日間」のツアーより帰国しました。インド洋の貴婦人、インド洋の楽園、インド洋の宝石・・・。インド洋の島々本来の魅力でもある青く輝く海の美しさはもとより、どの代名詞も気品の高さが感じられ、何かの魔法にでもかかったかのように惹きつけられる。今回の旅では、モーリシャス、コモロ、レユニオン、セイシェルを周遊しましたが、それはモーリシャスのどこまでも広がるサトウキビ畑や、フランス海外県でクレオール様式の建物が印象的なレユニオン、手つかずの自然、聖書に書かれた楽園のような椰子の森が残るセイシェル。とリゾートだけに終わらないインド洋の旅となりました。その中でリゾート?とは少しかけ離れた国があります。あまりと言うか、むしろ知っている人はかなり通ではなかろうかインド洋の知られざる国、コモロ。個人的には一番印象深かった国でもあります。
 モザンビーク海峡の入り口に位置するコモロ諸島は海底の火山の爆発から長い歳月のもと海上に隆起した火山島。ヨーロッパ人が来るよりずっと昔からインド洋に半年ごとに吹く季節風を利用してアラビア、ペルシャ、インドと東アフリカ海岸の交易が行われていました。いつしかそこには居留地が生まれ、新しい共通語、スワヒリ語が成立。その後、ポルトガルやスルタンの支配、フランスと長い歴史の曲折を経て今は3つの島から構成されている独立国です。しかし、インド洋には数々の高級リゾート地があるにもかかわらずコモロは独立後に多発したクーデターや独立問題など内政の不安定さなどが観光客の足を遠のかせてしまいました。では実際訪れてみるとどうでしょう。確かに道路は穴ぼこだらけでガタガタ。博物館へ行っても電気がつかない。(電力不足もあるが電球も入っていなかった)これが目玉だ!!と言うハイライト的なものがあるわけでもありません。ですが、現在は政情も安定し治安が良いことは街を歩いてみればわかります。観光化されてない分、彼等の普通の生活を垣間見られる。一仕事終え獲れた魚を吟味したりお喋りに夢中な漁師さん達や、いつも賑やかな青空市場では、ここにないものはない、とばかりに野菜から肉から日用品まで何でも売っています。驚いたのはたまに見かける白塗り(黄色?)した女性たち。これは樹木を乾燥させ粉末状にしたものに水滴を加えたもので日焼け止めにもなれば美顔効果があるのだとか。そんな話を聞きながら歩いているだけで色々な発見が楽しめます。そして子供達だけでなく大人達までもが笑顔で迎え入れる。。素朴でのんびりした空間。これがコモロの魅力ではないでしょうか。それともう一つ!
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 コモロは絶滅したとされていた生きた化石、シーラカンスを今日に残す国。きっとこののんびりとした時間の中、深海でひっそり生きていたのですね。
(深い海に生息するシーラカンスはその水温と水圧の違いから水族館などで生きるのは難しい。コモロの首都、モロニの博物館でシーラカンスの剥製を見て頂くことが出来ます。)(岩間)
※現在、インド洋にご案内するツアーはございません。次回は2017年発表予定です。

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2016年7月13日 (水)

月夜に浮かぶ虹・ルナレインボー(ザンビア)

先日、「ナミブ砂漠と南部アフリカ5か国周遊11日間」より帰国しました。同じアフリカと言えども、1歩国境を超えると国ごとに全く違った表情を見せてくれるので飽きることがありません。
私達が訪れた6月は、南アフリカを除き、乾季が始まったばかりのベストシーズン!ザンビア・ジンバブエにまたがるビクトリアの滝では雨期に降り続いた大量の雨で増水したものすごい量の水が滝つぼへ。そしてボツワナのチョベ国立公園では、雨期には散っていた動物たちが水を求めて川べりに集まります。さらに今回のツアーでは、ザンビア側のビクトリアの滝にて、この時期しかお目にかかれない“ルナレインボー”にもご案内いたしました。
“ルナレインボー”は虹月と訳され、読んで字のごとく月夜に浮かぶ虹のことです。なんと、ルナレインボーが出現するのは満月の前後3日間、さらにビクトリアの滝の水量が多く水煙が上がるこの季節のみなのです!夜19時過ぎに虹が現れ始め、21時過ぎ頃に姿を消す幻のルナレインボー。水煙をスクリーンにして白くぼんやりとした虹は昼のそれとはまったくの別物でした。しばし滝の音のみが響き渡るだけの贅沢な静寂を味わいました。
刻一刻と虹の形が変わりだんだんと平べったくなりながら滝つぼの方へと下がっていきます。皆様、ルナレインボーの撮影を試みますがなかなかその姿を映すことは出来ません。来た者しか味わえない光景というのもなんだか贅沢ですね。カメラに映せない分、思う存分目に焼きつけてきました。私のカメラにもルナレインボーは映りませんでしたので、ブログにお載せしているお写真は、昼過ぎの虹の架かるビクトリアの滝と、2枚目は、ビクトリアの滝の向こう側から昇る、力強い朝日です。
ザンビアツアー
ザンビアツアー
水量の多いこの時期は、滝の全貌をとらえることができない程の水煙が上がり、カッパを着ないとびしょ濡れになります。一方、乾季には水量が減り、何千年もかけ水圧によって削られた岩肌を拝むことができます。1年を通して様々な表情を魅せるビクトリアの滝。人間にはどうすることも出来ない自然のパワーを感じました。(岡山)

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2016年6月 2日 (木)

アークゆかりの古都巡り(エチオピア)

Cimg3335  先日、ユーラシア旅行社企画「エチオピアの神髄8日間」より帰国致しました。昨年4月から就航したエチオピア航空の成田―アディスアベバ線によって、より早く快適に、乗り継ぎなしでエチオピアに行けるようになりました。

 「エチオピアと言えばなにがある?」よくお客様にも家族にも友人にも聞かれますが、コーヒー、マラソンランナーのアベベ、アフリカで唯一独立を守った国など、日本人にもイメージしやすいキーワードは沢山あります。そして、映画「失われたアーク」やグラハムハンコックの本「神の刻印」などで知られる、アーク伝説をテーマにすると、このツアーも一層興味深いものになります。 アークは聖遺物の一つとされ、元々はエルサレムの神殿に保管されていましたが、シバの女王とソロモン王の子、メネリク一世がエチオピアに持ち帰ったという伝説があります。

 まず、私たちが訪れたのは17世紀建立の街、ゴンダール。歴代の王たちが建立した城は、エチオピアに似つかわしくない、どう見ても欧米風の建築なので「不思議の城」と呼ばれています。ここにも「エチオピア王国史」の著者ポルトガル人神父アルヴァレスが訪れました。エチオピアには縁もゆかりもなかったポルトガル人たちがなぜエチオピアに来たのか…一説には当時、イスラムの脅威にさらされていた欧米人たちは、東方のキリスト教国家(プレスターヨハネの国)がイスラム教徒を滅してくれるという信仰を持っておりました。そのプレスターヨハネの王国はエチオピアだと考えられていた為、欧米諸国がこぞってエチオピアを訪ねたとされます。さらに、そのプレスタージョンがアークの隠し場所を知っていたとも…

 次に訪れたのはタナ湖畔にできた街、バハルダール。この辺りにも、18世紀にスコットランドからジェームスブルースが来ています。彼は青ナイルの滝に到達し、ナイル川の源流をつきとめ、欧米に報告した人物として有名。しかしながら、実はタナ湖周辺のあたりはポルトガル人によって既に調査されていたため、前人未踏の発見を求める当時の探検家たちにとって、そこまで魅力的な地ではなかったそう。やはり、ジェームスブルースもアークを探しに来ていたのではないかと言われています。実は、タナ湖に浮かぶ島の一つにはキルコス島と呼ばれる島があり、そこにアークが保管されていたという伝説も残っています…。

 さらに、アクスムでの観光。シオンの大聖堂敷地内では、大聖堂観光後、アークが納められているとされる建物を外から見学。ここは未だに一人のアークの番人のみしか入ることが許されず、代々アークが守られている場所です。

 今でも発掘や研究が進んでいない部分も多く、伝説と歴史の真偽の程ははっきりしていませんが、エチオピアの神秘にじっくり浸ることができました。(長田)

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