2018年12月25日 (火)

ヴァチカン市国で芸術三昧

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<ラファエロ キリストの変容>

メリークリスマス!今年もクリスマスがやってきました。日本では恋人のイベントのイメージが強くなっていますが、本場のクリスマスは家族でイエス・キリストの誕生をお祝いする静かな日です。
先月、添乗で行ってきたローマでも街中でクリスマスの準備始まっていました。
今回はローマ滞在ツアーで、世界最小の国家ヴァチカン市国にもたっぷり一日かけて観光しました。キリスト教の総本山であるヴァチカン市国。ミケランジェロとラファエロがその建築に携わったというだけでも豪華ですが、その内部には歴代ローマ法王を魅了したコレクションが一挙にあつまり、世界のどの博物館にも負けないコレクションを誇ります。展示通路だけでも7キロもある施設で日本語名ではヴァチカン博物館となっておりますが様々な美術館、博物館の複合施設です。博物館の入り口にはミケランジェロとラファエロの彫刻がお出迎え。全ての人を受け入れるというヴァチカンの指針の為入国審査はありません。今回は一日かけての観光だったので、美術館エリアもじっくりと観光できました。ピナコテーカ(絵画館)、ピオ・クレメンティーノ美術館にはローマ時代からの美術品がたくさん並びどこを見ても至宝ばかり。ピナコテーカでの見所はやはりラファエロの「キリストの変容」。一番大きな部屋の真ん中に飾られ、誰もが足を止めて見てしまう存在感のある絵でした。また、ダヴィンチやカラヴァッジョのコレクションもあります。そして、古代のローマ時代の彫刻のある、ピオ・クレメンティーノ美術館では大理石でできていることを忘れてしまうほどの、完成度で紀元前の作品とは思えないものばかり。その後、豪華絢爛な地図の間やラファエロの間を通って、システィーナ礼拝堂に続きます。どこを見ても素晴らしい作品ばかりで、国自体が世界遺産となっていることも納得!
また、サンピエトロ寺院の広場では、大きなモミの木が立てられ、その横には建設中のプレゼーピオ。プレゼーピオとは日本ではあまり聞きませんが、クリスマスのお祝いの装飾の一つで、キリストが生まれた馬小屋を模したものです。ヴァチカンでは毎年違う素材で作られるので、ローマ市民の楽しみになっているそうです。今年は砂の彫刻でした。クリスマスツリーはドイツ発祥、プロテスタントの習慣なので、カトリックが多いイタリアでは、プレゼーピオを飾ることが多いそう。ヴァチカンでツリーを飾り始めたのは近年になってからだそうです。飾りつけはまだだったので、これから豪華になっていくのだろうと想像。いつか、カトリックの総本山のクリスマスも一目見たいものです。(杉林)


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2018年12月13日 (木)

サルディーニャ島のタロス遺跡で折り重なる歴史を目撃!(イタリア)

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<タロス遺跡/サルディーニャ島>

遺跡観光というと、まず、ギリシャ遺跡なのかローマ遺跡なのかなど、それを築いた文明はどこかが気になるところですが、タロス遺跡はサルディーニャ独自の先史文明であるヌラーゲ文明、そしてフェニキア文明、ローマ文明が時代は違えど同じ場所に都市を築いたというユニークな経歴の持ち主。

そのため、例えばフェニキアの井戸があったかと思えばすぐ隣にローマの水道橋が走っていた跡があったり、大通りの石畳を見ても、きっちりと平らにならされたローマ人の几帳面な石畳が剥がれたところからは、丸石を無造作に並べたフェニキア時代の石畳が顔を出していたり。そんな複数の時代を見比べることができるため、さながら野外博物館のようです。

タロス遺跡が長い歴史を通して多くの文明に重用された大きな理由は、この遺跡の立地にあると思われます。タロス遺跡はシニス半島の先端のサン・マルコ岬にあり、遺跡の東西が海に面しているため非常に海運の便が良いのです。東西どちらから風が吹いても海に出ることができるため、特に海洋民族であるフェニキア人はこの点を重要視したようです。

海に面した斜面に建てられている町には巨大な神殿がありましたが、これもかつては入港した異邦人たちを圧倒したに違いありません。また、かつての町の歩行者道路だったと言われる商店街ではローマ時代の店舗の跡を見ることができます。引き戸の戸袋が掘られた石の隣は、店に出入りした人々によって踏みならされ、中央が丸く擦り減った敷居の石がありました。波の音に紛れて、束の間ローマの喧騒が聞こえたような錯覚に陥るほど、当時の生活の跡が随所に残る遺跡です。

遺跡ファンの皆さまには、後悔のない訪問になること請け合いです。ぜひ訪問リストに加えてくださいね。(松永華)


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2018年11月20日 (火)

モノトーンの木組みの家々(ドイツ)

先日、「華麗なるドイツ紀行 10日間」のツアーより帰国しました。秋深まる黄葉の中、ケルン、ベルリン、ミュンヘンという大都市の他、中世の街並みの残るローテンブルクやドレスデンといった街の見所を巡りました。

中でも印象に残った景色がこちら。一見、白黒写真…とは思わないかもしれませんが、フロイデンベルクの旧市街を写したものです。

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<フロイデンベルクの旧市街>

木組みの建物はドイツ以外でも森林の多いフランス、オランダなどでも見ることができますが、ノルトライン・ウェストファーレン州のフロイデンベルクの旧市街にはモノトーンの家々が立ち並んでいます。クオパークという高台になっている公園から眺めると見事に統一されていることが分かります。

14世紀に城下町として始まり、現在の旧市街は、1666年の落雷による大火により1軒を残して全焼した後に再建されたものです。それでも300年以上経つ現在、どの家もお店も上品に装飾され、大切に手入れがされていることが感じられ、心暖かくなりました。(中西)


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2018年11月13日 (火)

終着点が運んだ発展 ~アッピア街道~(イタリア)

先日、「アッピア街道、古代ギリシア・エトルリア・ローマ文明 10日間」の添乗に行って参りました。

“全ての道はローマに通ず”有名な言葉ですが、ローマを中心に張り巡らされた石舗装の街道は、紀元前312年に着手したアッピア街道から始まりました。街道は軍隊の迅速な移動を目的として建設されたので、領土が拡大するにつれ、街道は新たに造られ、最終的に幹線道路で8万km(地球約2周分)、支線を含めると15万kmの道を残しました。もちろん平時には、街道は一般人にも使用され、そこを商人が交易品を運び、異国の植民市からの食べ物や文化も運ばれてきました。

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<トラヤヌスの記念柱>

ツアーは、アッピア街道の終着点ブリンディシから始まりました。南イタリアはギリシア人の植民市が各地にあり、ブリンディシもそのひとつでした。紀元前3世紀にマグナグラキエ(大ギリシア)と呼ばれるギリシア人植民市の中心都市ターラント(古名タラス、タラントゥム)を陥落したローマがイタリア半島統一を果たしたことで、領土拡大と共に少しづつ延伸させてきたアッピア街道がターラントを経由して、半島かかとに位置ずるブリンディシまで達しました。そしてブリンディシの港にてアッピア街道は終着点となり、そこから先に見えるのは青い海。陸路としての道はここで終点ですが、ここから出航した船がオリエント世界の交易品や文化を再び戻って運び、兵士たちは半島から更に遠くの異国の戦地へ赴き、拡大したローマ領土を治めるための移動や巡回の為に皇帝、副帝がこの港から出航したのかとイメージすればするほど、感慨深いものがありました。
ブリンディシもターラントもいまでは小さな南イタリアの街で、中心地は半日もあれば見て周れる広さ。しかし先述したように紀元前からギリシア→ローマの街でしたので、掘れば遺跡が出る出る。特にブリンディシでは、外観は中世の建物でも、それを建設したり修復した際に地下からギリシアやローマの遺跡が発見されたので、その建物内部に発掘された遺跡が見えるよう保存していました。知らなければ素通りしてしまうので、ガイドさんの導きによって知らなければ見られない隠れた観光スポットを訪れられた気分でした。
そのように紀元前4世紀までギリシアとゆかりの深かった南イタリアですので、訪れたブリンディシをはじめとしたターラントやパエストゥムでは、貴重なギリシアの発掘品と古代ローマの発掘品、ギリシア神殿の遺跡を見ていきました。

ナポリでは、郊外にある有名なポンペイ遺跡を訪れれば、当時のまま残る建物も興味深いのですがローマの道は街道だけではなく市内の道だってローマの道、と道にも注目しながら観光しました。商品を積んだ馬車が残していった轍の跡は、たくさんの馬車の往来を彷彿させ、東西南北の基幹道路デクマノスとカルドがしっかり定まった街づくりに注目してしまったりするのもこのツアーならではかもしれません。さらにナポリというと、普通イタリアツアーで滞在はしても街中をじっくり見ることは少ない街。賑やかなスパッカナポリという旧市街の中心地はお土産屋と中世の教会をみて終わりになりがちですが、この街の地下に隠れた広大な遺跡が眠っているのはあまり知られていません。現在の地上にたつ中世以降の建物の下に紀元前のギリシア時代の遺構と古代ローマ時代の遺構があり、ここでも表向き中世時代に建てられた教会から地下へと降りていくと、そこには古代ローマ時代の商店の跡などが残っている空間が!賑やかなお土産屋が並び、多くの観光客でひしめく地上と対比して、ひんやりとした空気に静まり返った地下に残る遺構空間では、現代とは少し違う時間が進んでいるような不思議な気分になりました。わずかな階段を下っただけで、別世界に一瞬にして来られたような感じでした。

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<ハドリアヌス帝の別荘に残るティヴォルティーナ街道>

そしてツアー後半はローマとその近郊へ。偉大な遺跡を残したローマも始めは不器用で、先輩から習って成長していった若者のようだと思わされたエトルリアと絡めた観光をしてきました。かつてのローマ市内が湿地帯で低地に住めない場所を排水設備によって水をテヴェレ川に流した技術はエトルリア人によるものであり、それによって生まれたフォロ・ロマーノを含めた低地を歩きながら、後世の皇帝たちによって建てられた周辺にある数々の建造物も、こうした技術の伝達や教わった技術の更なる向上と磨きがあってこの景色が生まれたのかと思うとローマの長い歴史を身に染みてすごいものだと感じることが出来ました。また建築においてはアーチをローマ人に伝えたエトルリアあって後世にローマの数々の素晴らしい建造物が生まれたともいえ、高いドームがある石造りの建物に入っては、知識が伝わること、そこから発展させていくこと、そして出来上がった素晴らしい物がこうして長い年月残っていることに感動してしまいました。その先輩であるエトルリア人の発掘品を展示していたタルクィニアの国立博物館では、ギリシアの発掘品と負けじ劣らずの素晴らしい作品や生活用具を見ては、紀元前に高度な技術や文明があったことに驚かされました。

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<街道沿いに植えられた傘松>

最終地ローマでは、地図を広げればテルミニ駅の東から北東へティヴォリへ伸びるティヴォルティーナ街道、アヴェンティーノの丘の南からオスティアまで延びるオスティエンセ街道、そしてカラカラ浴場の南から延びるのはアッピア街道。
アッピア街道においては終点からの始まりだったツアーでしたが、アッピア街道を始めとし、様々な街道から人、文化、もの(付随して知識)が流入し、できあがった様々な時代の建造物が残る集大成ローマを最後に訪れるというのも良いものでした。


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2018年11月 8日 (木)

昼と夜で全く違う姿を見せるモンサンミッシェル(フランス)

先日、「フランス物語 15日間」のツアーから帰国致しました。
今回は、南のニースから北のパリまで主要都市をぐるっと周る、毎日見所満載のツアーでした。その中でも今回の目玉の一つはモンサンミッシェルの大潮です。よく、モンサンミッシェルの写真やテレビで海に浮かぶモンサンミッシェルを見かけるので海に浮かぶ島というイメージをお持ちの方もいらっしゃる方もしれませんが、実はあの姿は一年中見られるものではないのです。毎日潮の満ち引きはありますが、月に2回満月と新月の前後数日間だけ約10ⅿを超える潮の満ち引きを見ることが出来ます。その時モンサンミッシェルは孤島となりかつての姿を取り戻すのです。昼、モンサンミッシェルに到着した際はまだ干潟が続き、ここに水が入ってくるとは想像できないほど。

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<昼のモンサンミッシェル>

夕食も終わり、大潮の時間を待ちますが、30分前になってもなかなか水は増えず本当に大潮を見られるのか不安になるほど。それもそのはず、かつて沢山の巡礼者たちが潮に飲まれ亡くなったほど潮の満ち引きは早く、「馬の駆け足」のスピードで満ちるという伝説があるほど急速に満ちて行きます。時間になるとどんどん潮が渦を巻いて満ちて行きあっという間にモンサンミッシェルは孤島になりました。

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<モンサンミッシェル 大潮>

この姿が見られる時は太陽と月と地球が一直線に並びなんとも不思議な瞬間です。
歴史の面でもこのように陸と完全に切り離されて孤立するため、ある時は修道院、ある時は監獄にと様々なドラマを生み出し、潮の満ち引きで全く違う姿を見せるモンサンミッシェルに魅了されるばかりでした。(竜崎)


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2018年10月30日 (火)

3500年間、火山灰の下で眠っていた古代都市(アクロティリ遺跡/ギリシャ)

先日、ギリシャ15日間のツアーより帰国致しました。
冬に向けて徐々に肌寒くなる頃ですが、ギリシャの太陽はまだまだ元気。そんな時期のツアーでした。
ギリシャ本土から、島を伝って北から南まで訪れるツアーということもあり、様々な場所へ赴きましたが、私が最も心惹かれた場所がこちら。

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アクロティリ遺跡です。
青い海と青い空、白い建物と教会の青いドームで知られる、サントリーニ島の南に位置しています。
サントリーニ島へバカンスへ訪れる観光客は多いものの、中心地から車で約40分程の好立地にあるにも関わらず、この遺跡はあまり有名ではありません。

アクロティリは、クレタ島のミノア文明が栄えていた頃と同時期に存在していた都市と考えられています。
ですが、紀元前1500年頃の海底火山の噴火の影響により、この都市は崩壊しました。
古代都市の栄華は、都市の全てが火山灰で覆い尽くされるという結果で、終焉を迎えることとなったのです。

それから誰の目にも触れられぬまま、1967年にギリシャ人考古学者マリナトスによって発掘されるまで、ひっそりと火山灰の層の中で眠っていました。

驚くべきは、その発掘品。なんと3500年前の壁画が、色を残した状態でいくつも発見されたのです。

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<アクロティリの壁画(ギリシャ)>

火山灰で埋もれたことにより、劣化が少なかったことが功を奏したのでしょう。
その壁画の一部は、サントリーニ島のフィラにある先史博物館で見ることができます。

また、壁画だけではなく、古代都市の生活スタイルを想像できるような品も多数出土しています。石膏を使い、木製のベッドや椅子等の再現も進んでおり、3500年前に人々がどんな生活を営んでいたのか、目の前に浮かんでくるかのようです。

この遺跡の興味深い謎は、まだまだたくさんあります。
たとえばこのアクロティリ遺跡、50年の発掘作業を経ても、人骨や金銀財宝が未だに見つかっていない、ということ。突然の天災に見舞われて、都市が姿を消したはずなのに...?
つまり、当時の住民は何らかの方法で災害を予見して、財産を持ってどこかへ逃げたと考えるのが、妥当ですよね。
一体どうやってそんなことを知ることが出来たのかと考えれば考えるほど、謎は深まるばかり。その当時の人々には、ほんとうに神託や神から与えられた予言の力があったのではないかと考えてしまいます。

私たちが訪問した時は、ちょうど遺跡の片隅で発掘作業の真っ最中でした。神殿跡と思しき場所からは、奉納品と考えられる金色のヤギ像が発掘されたりと、まだまだアクロティリの新発見は続きそうです。続報に期待!

最後に、美しいサントリーニ島の景色をおひとつ。

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<サントリーニ島(ギリシャ)>

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2018年10月 9日 (火)

芸術の街で本場のバレエを鑑賞(ロシア)

先日「バルト三国とサンクト・ペテルブルク 10日間」の添乗より帰国しました。バルト三国の主要都市、ビリニュス、カウナス、リガ、タリンを巡るだけでなく、ロシアのサンクト・ペテルブルクまで足を延ばします。

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<サンクト・ペテルブルクの運河>

ポーランドとリトアニアの関係、カウナスでの杉原千畝の活躍、美しい旧市街が残るリガやタリンなど見どころは多いですが、今回はサンクト・ペテルブルクに注目したいと思います。この都市は、ロシア西部フィンランド湾の河口に位置し、1917年まではロシア帝国の首都でした。もしかしたらソビエト時代のレニングラードの名前の方が聞きなれている方もいらっしゃるかもしれません。1703年からピョートル大帝によって建設が始まった街は、通りが放射状に整備され、町の中に運河が巡る非常に美しいものです。もちろんここに注目して散策するのも楽しいですが、この街はもう一つ芸術都市としての一面も持っています。
エカテリーナ2世により収集が始まったコレクションが集まるエルミタージュ美術館やフィルハーモニー交響楽団、ドストエフスキーの『罪と罰』の舞台となるなど様々です。

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<エルミタージュ美術館>

中でも、バレエはこの街を代表する芸術の一つです。ロシア国内において最も格調高いといわれるマリインスキー劇場など大小さまざまな劇場が存在します。今回、そんな劇場の中の一つ、ミハイロフスキー劇場で『眠れる森の美女』を鑑賞しました。マリインスキー劇場がこの街の大劇場(ボリショイ劇場)であるのに対し、こちらは小劇場(マールイ劇場)と呼ばれています。確かにサイズは小さい目ですが、内部の装飾などは非常に美しく、観劇前の気持ちを盛り上げてくれます。また劇団員の質も高く、多くはマリインスキー・バレエの付属学校の卒業生で構成されています。登場人物たちの微妙な心情を身体一つで表現するなか、邪悪な妖精の演技は力強くその存在を大きく見せるものでした。

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<ミハイロフスキー劇場>

かつては皇帝たちが独占していた芸術ですが、現在老若男女誰でも鑑賞することができます。バレエシューズを履き、おばあちゃんらしき人と楽しそうに鑑賞していた少女もいつかこの舞台でバレエを披露するようになるのかもしれません。(佐藤史)

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2018年10月 2日 (火)

アイスランドは生まれが違う!火と氷の島で絶景ドライブが楽しめる理由

先日、「アイスランド周遊と秋のオーロラ 10日間」のツアーより帰国致しました。

ロシアワールドカップでの話題になった北の島国は、よく「火と氷の国」と言われますが、ほかの国が真似できない、アイスランドだけの面白さを生んでいるのが「火山」、そして「氷河」といえるでしょう。

アイスランドという国は、地球が生まれる海嶺上に位置しているため、北海道と四国を合わせたほどの島内に無数の火山が点在しています。海嶺というのは、地球内部から新たな大地が生まれる山脈のことで、通常は深い海の底にあります。
しかし、アイスランドが属する大西洋中央海嶺は世界最大、あまりに高い海底山脈が海から顔を出してしまったのがアイスランドなのです。

つまり、移動してできたほかの陸地とは「生まれ」が違うのです。こうした生い立ちを持つ場所は世界でたった二ヶ所、ここアイスランドと北アフリカはモロッコ沖のポルトガル領アソーレス諸島だけです。

地球が生まれるまさにその場所であるため、アイスランドはほかの大陸と比べて、とても若い大地であるのが特徴。今もこの活動は続いているため火山の噴火が絶ませんが、アイスランドは小氷河期で厚い氷に閉ざされたので、火山の上に氷河がある世にも不思議な土地となっています。

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< 地球の割れ目ギャウを歩く>

人口の6割が集中するレイキャヴィク首都圏を出れば、あっという間に別世界が広がります。島の海沿いをぐるりと囲む、国道一号線(リングロード)を行くドライブでは、ただの移動にはなりません。

ある日は浅黒くゴツゴツしたむき出し溶岩台地を走り、またある時は思わず触りたくなるもこもこの苔の世界を抜け、別の日には氷河が国道のすぐ脇まで迫ります。空を映すフィヨルドの水、切り立った山々から流れ落ちる無数の滝、煙吹き上げる硫黄泥の沼。

また、この島の大半は溶岩性の土地のめ植物が大きく育つだけの土がなく、ほとんどの植物は膝丈ほどもありません。9月上旬には、そんな植物たちも赤や黄色に色づき、赤茶の絨毯を広げて精一杯短い秋を知らせてくれます。写真だと茶色に見えてしまいますが、実物の方がもっと綺麗です。保証します。
また、夜もきちんと暗くなる秋にはオーロラが楽しめるのもお勧めポイント。暖流が近くを流れているため、東京の冬の格好で十分です。

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<黄色と赤色に染まったアイスランドの台地>

生い立ちを知るほどに、感動と愛着が深まっていく島アイスランド。素晴らしい風景はいくら形容詞を並べるよりも、百聞は一見に如かずです。うたた寝はしていられない、アイスランドのドライブへ出かけましょう!

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2018年9月20日 (木)

待った分だけおいしいギネスビールが飲める!(アイルランド)

先日、「北アイルランド・南アイルランド周遊13日間」のツアーより帰国しました。アイルランドといえば、太古の昔にケルト文化の栄えた地。数々の巨石遺跡を巡って行きました。雨の多いアイルランドですが、今回も例外ではなく、傘を差しながらの観光もありました。しかし、傘で視界が狭くなっていても、間違いなく視界に飛び込んでくる遺跡の堂々とした存在感に感動しました。

そんな観光の合間にはもちろんお食事の楽しみもあります。そしてお食事のお供にかかせないのがお酒!レストランのバーで直接飲み物の注文をするのが、アイルランド流です。たくさん並んだビールサーバーから好きなものを選び、指差しながら注文します。

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<バーに並ぶビールサーバー>

アイルランドの国章でもあるハープが目印のギネスビールは、きめ細かい泡が特徴の黒ビール。ビールサーバーで一気にグラスに注ぎこむと、真っ白な液体でグラスが満たされます。黒ビールのイメージとは真逆な姿に、皆様びっくり!そのままグラスを持っていこうとすると、ちょっと待った!とバーテンさんが慌ててその手を止めます。「2分待ってね」とのこと。待っていると、ビールが段々と黒いビールと白い泡に分かれていきます。そして、きめ細かくクリーミーな泡を上に乗せた深い色の黒ビールが完成します。

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<2分待ったギネスビール>

これで終わりかと思いきや、最後に更にサーバーで継ぎ足し!表面張力でなんとかこぼれずにいるギネスビールをそろりそろりとテーブルに運んで行き、ようやく乾杯!皆様、この段階でどうしても少しはビールがこぼれてしまっています。しかし、待ちわびて飲むギネスビールの味は格別のようで、皆様ごくごくと一気に飲まれていました。

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<なみなみ注がれたギネスビール>

ギネスビールは鮮度が命ですが、お土産に缶のギネスビールもおすすめ。サーバーで注いだときの泡立ちを再現させるために、缶の中に玉が入っているのです。軽く左右に降ってみるとカランカランと音がするのが目印です。

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<ギネス缶ビール>

他にもビールだけでなく、アイルランドはウイスキーも有名なので、毎日、今日は何を飲もうかと楽しみな旅でした。(松永美)

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2018年8月28日 (火)

王妃に愛されたポルトガル・オビドス

オビドスは、リスボンから90キロ北に離れた場所にある小さな町です。
小高い丘の上に城壁ですっぽりと囲まれた小さな町です。
何本かの石畳の道と、お店、民家、教会、広場がこぢんまりとまとまっています。
人口は800人ほどしかいませんが、中世時代の絵のような美しい風景を楽しむことができます。

この地に1288年ポルトガル王ディニス1世と王妃イサベルが新婚旅行で訪れました。
その際王妃はオビドスの美しさを気に入り、その様子を見た王が王妃にプレゼントしました。
以来、オビドスは代々の王妃の直轄地となり受け継がれ「王妃の村」とされました。

オビドスに到着するとポルタ・ダ・ヴィラというメインゲートが人々を出迎えます。
この門はイスラム時代に造られ、敵の侵入を防ぐため二十のジグザグ構造になっている門です。
門の内側には18世紀のアズレージョが描かれており、早速カメラを取り出します。

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メインゲートを抜けるとメインストリートが広がります。
両脇には沢山のお土産屋さんやカフェ・バーがあり、なかなか前に進めません。
特にいたるところに売っているオビドス名産サクランボの果実酒「ジンジーニャ(ジンジャ)」はおススメです。
店頭ではチョコレート製小カップ(お猪口)にジンジーニャを注いでくれます。
ジンジャを飲んだ後、チョコレートをぱくりっ。病みつきになります。
(甘く口当たりは良いのですが、アルコール度数は20度ありますので飲みすぎ注意!)

メインゲートの横には城壁に上る階段があります。
城壁の内側には、オレンジ色の瓦屋根と白地に彩られるカラフルな家屋、まっすぐと伸びる教会の尖塔、、、

その町並みは絵本のページを切り抜いたよう!
また外側には低い山並みと広大な緑の大地、更にはローマ時代からの水道橋もご覧いただけます。
私が訪れた8月はブーゲンビリアがこれでもか!というほど綺麗に咲いていました。
これぞインスタ映え。白い壁に映えるブーゲンビリアと一緒に写真を撮る人が沢山いらっしゃいました。

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日中は観光客で賑わいますが、夜になると人口800人の町に戻ります。
静かなその町並みは、まるで自分が中世の世界にタイムスリップしたような気分になります。
日中も素敵ですが、誰もいない展望台に上り見下ろすとオビドスの町を独り占めしているような気になります。
王妃たちが愛した「谷間の真珠」オビドス―私もその美しさに魅了されました。(白井)

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