2017年4月20日 (木)

マルタの中世にタイムスリップ~十字架を背負い戦った聖ヨハネ騎士団~

先日「陽光のマルタをめぐる~5つ星ホテルに5連泊~8日間」のツアーより帰国しました。
イタリア南西のシチリア島、そのまた南西に小さな島国マルタ共和国は位置しています。その面積は、琵琶湖や東京23区の半分ほどしかありません。しかしそんな小国には、エジプトのピラミッドよりも古い巨石文明の遺跡が至る所に残っています。今回は野花も咲いていて、遺跡も華やいでいました。
また中世の歴史を彩るのが、聖ヨハネ騎士団、別名マルタ騎士団です。彼らはエルサレムの病院を警護するために組織されました。その後、イスラム教徒に追われ、各地を転々とし最後マルタを拠点としました。オスマン帝国と戦い、勝利をもたらすという歴史的出来事を成し遂げたのも彼らです。
今回の旅では、そんな中世のマルタ騎士団の日々の軍事演習を現代に甦らせるインガーディアというお祭りにご案内しました。このイベントは首都であり世界遺産の街ヴァレッタのエルモ砦の広場で行われます。
砦に入ると、辺りを騎士団の格好をした人たちが歩いていて、中世にタイムスリップしたかのよう。太鼓の音がタタタンとなり、いよいよ訓練の始まりです。広場の一番前には白髪と長いひげの素敵な騎士団長が座ります。まず、太鼓とトランペットを先頭に総勢50名ほどの騎士団たちの行進。皆おそろいの背中にマルタの軍旗の模様の入った衣装を身に着けています。ちなみに、マルタの軍旗は、赤字に白の十字が入ったものです。マルタの街中至る所で、この軍旗を見ることができます。マルタ国民のマルタ騎士団への思いが感じられます。

街に掲げられたマルタ騎士団の軍旗

さて、行進が終わるとインガーディアの見どころ、剣士達の1対1の訓練が始まります。剣士たちは衣装も背格好も人それぞれ。ぽっちゃりした剣士が身軽に攻撃を交わし、剣で相手の帽子をパサッと落とすところは見ものでした。また、足をひきずって戦う迫真の演技をする剣士もいました。
最後は、火縄銃の大きな音が砦中に響き渡り終演。

マルタ十字を背負った騎士団員

当時の騎士団たちが実際に身に着けていた甲冑や兜、鉄砲は、同じヴァレッタにある騎士団長の館の武器庫にずらりと陳列されています。兜は重いもので10キロ。全身では50キロにもなります。
インガーディアが終わり、最後は騎士団たちと記念撮影。実は、このイベントに出演する人たちはボランティアなのだそう。やはり、マルタ騎士団はマルタの人たちに愛されているのだと実感しました。(松永)

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2017年4月14日 (金)

金沢先生と巡ったロマネスクの旅、山間の小さな村でぷくぷくマリア様とご対面

先日、ユーラシア旅行社の「金沢百枝さんとゆく カタルーニャ・ロマネスクの旅 7日間」に行ってまいりました。金沢先生は東海大学文学部ヨーロッパ文明学科の教授で、専門は西洋美術、なかでもロマネスクです。
ロマネスク様式とは、ゴシック様式が始まる前の、10世紀末から12世紀にかけて、ヨーロッパで広まっていた建築様式です。彫刻やフレスコ画などの教会装飾を見てみると、あっかんべーをしている動物がいたり、大きな口にキバがずらりと並ぶ怪物がいたり、形式に囚われない、自由で素直な表現方法が魅力の一つです。
カタルーニャはスペイン北東端、フランスとも国境を接する州で、ヨーロッパの中でロマネスク様式が最も早く誕生した地域のひとつでもあります。このカタルーニャ州に属する街、ジローナの大聖堂には、ロマネスク美術の傑作ともいわれる『天地創造のタペストリー』が所蔵されており、金沢先生はこの刺繍布について博士論文を執筆されています。今回は、金沢先生にとっても思い入れの深いジローナを中心に、カタルーニャのロマネスク教会を巡ってまいりました。
金沢先生の解説で見る生の刺繍布はもちろん圧巻でしたが、今回のツアーでの一番のお気に入りは、山間にある小さな村ムーラで訪れたサン・マルティ教会です。ムーラまでの道のりは、対向車に出くわすとちょっとドキッ!とするようなくねくねの山道。実際に出くわすこともありましたが、腕のいいドライバーさんのお蔭で無事に村に辿り着くことができました。山道を一番下まで降りたところにあるムーラは、斜面に張り付くような造りと、茶系で統一された石造りの街並みが素敵な村でした。サン・マルティ教会は11世紀に建てられた教会です。日曜日のミサの時しか開かないため、今回は外観のみの観光。しかし目当てのロマネスク彫刻はちゃんと見ることができました。

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さて、その目当ての彫刻は、サン・マルティ教会のタンパン(扉口の上部)に施されていました。表現されていたのは、聖母マリアとその膝に抱かれたイエス・キリスト、向かって左側にマギ(東方三賢者)、右側に産婆とヨセフ。題材は至って普通ですが、このマリア様、なんだかふっくらしている…。丸みを帯びた顔と体つきは優しげで、見ているだけで福がありそうです。金沢先生曰く、このようにぷくぷくしたマリア様は珍しいのだとか。また、よく見てみると幼子のイエス・キリストは足の指をきゅっと縮めています。シンプルなデザインにみえて細部へのこだわりも感じられます。製作者の意図は全くわかりませんが、だからこそ想像の余地があり、何より見ていてほっこりと温かい気持ちになれる、素敵な彫刻でした。これぞロマネスク!!

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金沢先生の解説に助けられながら、ロマネスク美術と向き合い、心で感じたことにじっと耳を傾け、本当の意味で鑑賞できたように思います。とても貴重な経験でした。(佐藤)

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2017年3月29日 (水)

中世時代にタイムスリップ、サルティリア祭へ(イタリア)

2/26発「サルディーニャ・サルティリア祭と美の島コルシカ周遊10日間」に行って参りました。地中海に浮かぶイタリア・サルディーニャ島は、北イタリアのジェノバから真南に約450km、首都ローマから南西に約400kmに位置。もっと詳細に見ていくと、地図上では南イタリアのナポリから西へ目線を動かすとサルディーニャ北東にあるエメラルド海岸の拠点となる港町オリビア、ブーツの形をしたイタリア半島の足の甲のあたりから西にサルディーニャ島の州都カリアリがあり、シチリア島からは北東に位置しています。
そのため、緯度としては島の中央部はローマ、島の南部はナポリとほぼ同じで、2月下旬から3月はまだ寒い日もありましたが、場所によってはアーモンドの花が咲いていて春の到来を感じることもありました。

祭りの主役コンポリドーリ4

さて、今回のツアーはサルディーニャ島で毎年カーニバル期間の最終日曜と火曜にオリスターノにて行われるサルティリア祭を見学してきました。中世の衣装と仮面をつけた騎手が全速力で馬を走らせながら道に吊るされた星の真ん中に穴が開いたところを狙い突き刺すという競技が行われるものです。祭りの名前や起源には様々な諸説がありますが、サルティリアはイタリア語のcerchio=円、輪からと言われ、軍隊が馬を走らせながら吊るされた輪の中に剣を通す訓練をしていたことが由来とも。また祭りの起源は14世紀のオリスターノの前身となるアルボレア王国の王様の結婚式に行われた競技と言われたり、中世時代、素性を隠すために仮面をつけて暗殺行為が行われていた人々の鬱憤をはらすために始まったものだという説、先史時代からの宗教行事に似たようなものがあった?!などなどの話があります。

星めがけて射抜く!

ともあれ、現代はカーニバルの最終日曜に百姓(農業)組合主催、火曜に大工組合主催のサルティリア祭が行われます。一見地味なように思われますが、実際に目にすると全速力で目の前を駆け抜ける馬の速さ、その速さのなかで小さな星の真ん中に開いた穴に剣を通す困難さを実感し、見事に射抜けたときは自然と歓声が挙げてしまいました。星を射抜いた選手は、駆け抜けた後、もう一度駆け抜けた道を戻り、歓声を浴びながら星の近くまでやってきて、射抜いた証のピンバッチをもらいます。剣の柄の部分には射抜いた星が見え、剣を高々とあげる騎手の人の誇らしい姿が感動的でした。最近では女性の騎手の姿も目立ち、今回も数名の女性騎手が見事星をとりました。選手の中には40年連続出場のベテラン、父親がかつての騎手だったという人など、騎手のエピソードも様々。騎手たちの中世の衣装も美しく、中世的な仮面をつけ魅惑的な姿も祭りの見どころです。

星を見事に射抜いた女性騎手

サルディーニャ島の魅力は、先史時代の巨石文明を思わせる遺跡から、フェニキア、カルタゴ、ローマの支配、中世時代に島を治めていた4王国、海洋国家ジェノヴァやピサの支配、サヴォイア家の統治など複雑でいて興味深い歴史をもつだけに、様々な歴史の名残が現代にまで残っていること。全島をくまなく巡ることで5000年の歴史を追体験することができ、島独自の文化や経済、生産物と興味深いことがたくさんある島でした。

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2017年3月10日 (金)

ポルトガル北東部、コアの岩絵を訪ねて

先日、「ポルトガル巨石文明絶景紀行 9日間」の添乗に行ってまいりました。今回のテーマは「石と古代文明」。一般的な周遊ツアーで訪れるリスボンやポルト、コインブラは通り過ぎ、古くは4万年前の、人類が生存した証を訪ねて、いざポルトガルの奥地へ。
旅のはじめにはコア渓谷の先史時代の岩絵遺跡群を訪れました。コア渓谷はポルトガル北東部、スペインとの国境近くにあります。1980年代、コア渓谷にダムを建設中一時的に水位が下がり、水中に沈んでいた岩絵をよーく見てみたらなんと絵が描いてあるではありませんか!!という経緯でたまたま見つかったのが、コア渓谷の岩絵群。その後はダム建設チームと岩絵保護チームの対立もありましたが、最終的に自然公園を作っての保護が決定、今では世界遺産に登録されるまでに至ります。
岩絵が描かれたのは1~4万年前。アルタミラやラスコーと同時代です。コア川の近くには、平らな岩がたくさんあり、まさに自然のキャンバス。このキャンバスの上に、動物の絵が複数重ねて描かれていました。いろいろな絵の線が交錯し、中には細い線もあり、初めのうちは少しわかりにくいかもしれません。ガイドさんに木の枝で線をなぞってもらい、一つのイラストごとに線が色分けされた図と見比べているとだんだん絵が浮かび上がってきました。
ところでこの岩のキャンバスは非常に硬く、火打石のようなさらに硬い石を道具に描かれたと考えられています。硬いキャンバスは細かい表現を可能にしました。毛の質感を出すために細かく短い線を用いた絵がありましたが、これは硬い岩のキャンバスならでは。また振り向いている様子を表現するために動きの流れに沿って首を2つ描くなど、現在の漫画でも使われているような表現方法も見られました。

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まだまだ研究中の分野で、何のために岩絵を描いたのか、どうして重ねて描いたのかなど、わからないことだらけ。しかし、この古さを感じさせない表現力豊かな岩絵を眺めていると、想像が膨らみわくわくしました。(佐藤)

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2017年2月17日 (金)

中世スペイン王家の権力を象徴する・・エル・エスコリアル修道院

この日は小雨が降っていました。霧の中からうっすらと姿を現す、修道院は少し不気味で、どっしりと構えた外観に圧倒されるばかり。1辺が約200mの花崗岩でできた一見質素な、修道院は図書館やバジリカ、霊廟などが集まっている、まさにスペイン帝国の権力を象徴するような、壮大な複合施設となっています。

エル・エスコリアル修道院、エル・エスコリアル

正式名称はサン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアル修道院。マドリッドから約50㎞。1557年、フランス軍に勝利したことを記念して、フェリペ2世の命により建設されました。勝利した日がサン・ロレンソの命日だったことから、この名前がつけられました。サン・ロレンソは焼き網の上で、殉教したことから、この修道院を上から見ると、巨大な焼き網形になっています。サン・ロレンソの像が飾られている入口から早速中へ入ります。
始めは大図書館。4万冊のコレクションがあり、天井は見事なフレスコ画が全面に描かれています。所々にフェリペ2世や親のカルロス1世、息子のフェリペ3世などの肖像画が飾られ、ギリシャ語、ヘブライ語、アラビア語で翻訳された聖書、イザベラ女王が使っていた聖書もあります。残念ながら写真撮影は禁止。彩り豊かで、豪華すぎる図書館ですが、本を読んで疲れた目を癒すには最適かもしれません。
続いて1584年に完成した、中心部が90mある荘厳なバジリカ。主祭壇には、サン・ロレンソが網焼きで殉教した絵画が中心に飾られています。主祭壇横には窓がちらりと見え、なんとフェリペ2世の寝室であったと言われています。
装飾が美しい回廊を通り、エル・グレコが描いた大作「聖マウリシオの殉教」がある部屋へ。王家からの依頼で描いたこの絵は、フェリペ2世は気に入らず、祭壇に捧げることを拒んだといいます。以来、エル・グレコは宮廷に近づかなかったとか。その奥には旧参事会室として使われていた美術館があり、エル・グレコの他の作品の他、ティッツィアーノティントレットなど、数々の巨匠の絵が並び、フェリペ2世の趣味が伺える空間となっています。
そして見所の一つである、王家の霊廟へ。王家の人々の墓がずらりと隙間なく並び、一人一人名前が刻まれています。お墓が並ぶ部屋をいくつか通りすぎ、最も奥の部屋にはカルロス1世以降の王と王妃が眠るパンテオン。そ前代国王、フアン・カルロスと王妃のスペースは確保されていたが、それ以降はまだ未定だそう・・。大理石に囲まれたこのパンテオンの中にはもうスペースがないように思われるが・・。
最後は王宮。フェリペ2世が実際に住んでいた部屋をまわります。書斎や寝室、ダイニングルーム、絵が並ぶギャラリー、会議所などなど。決して豪華ではないのですが、一つ一つの調度品は品があり、落ち着いた雰囲気を醸し出しています。
1598年に生涯を閉じたフェリペ2世。彼が残した遺産は数多く存在するが、エル・エスコリアル修道院はその中でも彼の嗜好がよく表れた興味深い遺産のひとつとなっています。(荒川)
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2017年2月 9日 (木)

発見のモニュメント修復にみるポルトガル人の勤勉さ

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先日、「ポルトガル・ハイライト 9日間」より帰国致しました。
今回のツアーでは、ポルトでは3連泊、リスボンでも2連泊しつつ、ポルトガルの見所をハイライトで巡りました。

年明けに訪れたリスボンでは、修復し終えた発見のモニュメントを見ることが出来ました。
発見のモニュメントは1960年エンリケ航海王子の没後500年を記念して建てられた記念碑で、エンリケ航海王子を先頭にマゼランやヴァスコ・ダ・ガマ、日本へキリスト教を伝道した宣教師 フランシスコ・ザビエルなど大航海時代に活躍した偉人たち33名の像が聳え立ちます。

実は、発見のモニュメントは2016年6月から洗浄作業の為、台座だけでなく、上部の偉人達の像にもカバーがかけられており、しばらくの間発見のモニュメントが見ることが出来ませんでした。

修復開始当時はゆっくりと修復工事が進んでおり、本当に修復は12月末で終わるのかと疑いの目が向けられていたそうですが、
年内に修復工事を間に合わせるために、最後の数週間は急ピッチで作業が行われ、なんと12月31日に修復完了しました!

意外かもしれませんがお隣のスペインとは違ってポルトガル人は勤勉な人たち。ポルトガル人は「期限は必ず守る」というプライドを持っています。
15世紀、エンリケ航海王子は航海士や専門家を多く招き、航海学を発展させ、周辺の強国よりいち早く大海原へと旅立っていったポルトガル。
世界各国に進出し、商業国家として莫大な富と栄光をもたらしましたが、大航海時代の先駆者に成り得たのも期限を守り、正確な取引があったからこそ。
ポルトガル人は世界に冠たる大海洋王国として君臨した時代と、君臨した要因である勤勉さや誠実さを誇りに思っています。

現在では、ポルトガル人の勤勉さや正確さが買われ、日本からも約70社がポルトガルに進出するほどです。

発見のモニュメント修復からから垣間見えたポルトガル人の性格に納得がいくツアーとなりました。(三浦)

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2017年1月31日 (火)

冬のヨーロッパ旅行の勧め。年始のバルセロナはまるで穴場!

 この度、「魅惑のバルセロナ、ガウディと世紀末芸術を巡る 8日間」より帰国しました。
冬のヨーロッパは寒いから、、、と旅行先として敬遠されがちですが、実はお得で、しかも意外にも快適で楽しい旅行ができる場所があります。
 それが今回の旅行先のバルセロナです。
 緯度は日本の北海道、函館と同じくらいですが、地中海に面した地中海性気候の都市なので、同時期の東京よりも同じか少し暖かい位なのです。降水量も少ないので、雨が降る心配もさほどありません。もちろん夏に比べたら日は短いですが、観光が終わってホテルに到着する頃ちょうど暗くなる感じなので特に気になりません。

元旦のバルセロナ カサ・ミラ

 そして、最もお得なポイントは「観光地がすいている!」という事。例えば、アントニオ・ガウディの傑作として有名な「サグラダファミリア」。いつもはものすごい混雑で、予約をしているのにも関わらず入場するまでにものすごく時間がかかりますが、今回はすんなり入場できました。その分、内部をじっくり見学できるのでしっかり観光できた印象です。また、搭に登れるエレベーターも、通常、順番待ちに大行列ができますが、こちらも嘘のようにすんなり乗れました!
 ヨーロッパは春~秋がベストシーズンと思っていましたが、今回の旅で、方面を選べば冬でも十分楽しめる事が分かりました。

カサ・バトリョ冬バージョン_

 スペインの年越しの儀式は午前0時の鐘の音と共に葡萄を12粒食べるというイベントです。そして、夜は花火があがったり、酔っぱらったりドンチャン騒ぎ。友達や家族と賑やかに過ごして新年を迎えます。
 年が明けたばかりの町はシーンと静まり返っていて、走る車もわずかです。みんな午前中は寝ていて、午後になってようやく町に出始めるのだそうです。
 町には沢山の出店が出ていました。これは全て、子供達へのプレゼント(オモチャ)のお店です。他の国では12月25日にサンタクロースがプレゼントを持ってやってきますが、スペインでは1月6日に東方の三賢者がお土産を持ってやってきます。冬になると子供達は王様に手紙を書きます。そして、お父さんお母さんは、「良い子にしていれば欲しい物がもらえるよ」と言って、本当に良い子にしていたらそこでプレゼントを買うそうです。
 どこの店も1月6日が過ぎるまでは定価で物を売って、みんながプレゼントを買い終わった1月7日からセールを開始します。「SEAL!!」 「70%OFF」 とどの店にも張り出されるのです。すぐに安くなる事をわかっていても、みんな習わしに従って1月5日までにプレゼントを買うそうですよ。えらいですね!中にはセールが始まってから「賢者からの贈り物」を買う家庭もあるようですが、、。

カサ・バトリョ冬バージョン2

バルセロナの新年は日本のように門松が飾ってあるわけでもなく、いつもより空いているという事以外、いつもの町と変わらない感じです。

 ただ、ガウディの建築「カサ・バトリョ」が冬バージョンに飾り付けされていたのが唯一冬を感じたポイントでした。(関根)

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2017年1月26日 (木)

ウィーンフィルニューイヤーコンサートで幕を開けた2017年

指揮台足元より、ドゥダメルの見た景色を疑似体験
 前回に続いて、本日はウィーンフィルハーモニー管弦楽団による、2017年ニューイヤーコンサートをご紹介します。ウィーン楽友協会・黄金の間にて開かれるこのコンサートは、お正月に全世界(2017年は92か国)に中継される“世界で最も観客の多いコンサート”です。今回はなんと、ファーストカテゴリーの良席でお楽しみ頂きました。
 今年の見どころは何と言っても、ベネズエラ出身、新進気鋭のグスターボ・ドゥダメルによる指揮です。ニューイヤーコンサート史上最年少での大抜擢で、南米出身というのも初です。会場内の花の飾りつけ(実はこれも見どころ)も南国を意識したもので、パイナップルやオレンジなどフルーツまで飾り付けられていました(終演後は持ち帰りできます)。
また、今回はヴィヴィアン・ウェストウッドによってデザインされた、ウィーンフィルの新しいユニフォームお披露目の日でもありました。
 チューニングも終わり、会場の期待が高まる中、いよいよグスターボ・ドゥダメル登場。1曲目、レハールの『ネヒレディル行進曲』はピッコロフルートが小気味よい曲。続く『スケーターズ・ワルツ』はお馴染みの優雅なワルツ。『冬の遊び』は打楽器による鈴と鞭の音が特徴。日本の冬の遊びとは少々違うようですね。『メフィストの地獄の叫び』はタイトルと曲の出だしは恐ろしいものの、すぐにいつも通りの優雅な曲に。『別に怖くありませんわ』は軽快なシュネル・ポルカ。メロディーはオペレッタで料理人パパコーダが「なぜだか楽しい・・・」という部分ですが、妙に納得。なぜだか楽しくなる曲です。
 休憩を挟んで、『スペードの女王』は今回個人的に一番のお気に入りです。お客様の評価も上々。静かに丁寧に始まるオーケストラは突然“ジャン”と一斉に打ち、管楽器が余韻を残します。続く『いらっしゃい』、テレビ中継ではヘルメスヴィラでのバレエシーンが重ねられていました。そして合唱団が登場し、『月の出』。ワルツやポルカのリズムから一転、コーラスと鐘の音が調和し荘厳な気分に。再び『ペピタ・ポルカ』でリズミカルに。エキゾチックな曲調がスペインの踊り子を表現しています。『ロトゥンデ館のカドリーユ』では小品6曲を連続演奏。ワルツの見本市のようでした。『インディアン・ギャロップ』は確かに異国情緒を感じさせる旋律。新しいもの、珍しいもの好きなウィーンの人々に向け、当時様々なワルツが作られました。『ナスヴァルトの女たち』では曲の終わりにドゥダメルにより鳥の鳴き声。会場に笑いが漏れます。『さあ踊ろう』では踊り子乱入。曲が終わって踊り子に手を振るドゥダメル。『チクタクポルカ』では、曲の終わりでオーケストラが「チクタク、チクタク」と歌う恒例の演出。
 アンコール1曲目は『喜んで』。新年に相応しい華やかな曲です。
そしていよいよ『美しき青きドナウ』。源流のさざ波のようなイントロが1度中断。恒例の新年の挨拶は、
Die Wiener Philharmoniker und ich wünschen ihnen PROSIT NEWJAHR. (ウィーンフィルと私はみなさんのよき新年を願います)
でした。少し噛んでしまったドゥダメル。演奏再開。
終演後のドゥダメルとウィーンフィル
 オーストリア第二の国歌とも言われ、人々に愛されているこの曲。心が洗われます。
そしてお待ちかねのラデツキー行進曲。この時のために練習を重ねて下さったお客様もいらっしゃいました。最初は小さく、ドゥダメルの合図のある2周目で拍手。
 無邪気に、オーケストラと遊ぶような指揮が印象的でした。この若さで登りつめたドゥダメルですが、これから彼の“振り“がどう変化していくのか、楽しみですね。(尾崎)
2018年は“イタリアが生んだ現代の巨匠”リカルド・ムーティが5度目のニューイヤーコンサート指揮者を務めることが発表されました。
2017~18年 年末年始 ジルベスター・ニューイヤーコンサートツアーの発表は2017年7月頃の予定です。

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2017年1月25日 (水)

ベルリンフィル・ジルベスターコンサートで締めくくった2016年

ベルリンフィルハーモニーホール内
    「ベルリンフィル・ジルベスターとウィーンフィル・ニューイヤーコンサート 7日間」の添乗より帰国致しました。ツアーの様子を2回に分けてお伝え致します。
 ベルリンではベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による年末恒例のジルベスターコンサートをご鑑賞頂きました。会場はヴィンヤード型と呼ばれる独特な形をしたフィルハーモニーホール。設計には指揮者カラヤンも参加し、のちに東京にあるサントリーホールのモデルとなりました。
ベルリンフィルハーモニーホール外観  どこからでもステージがよく見えるホール内、20時の開演に向け期待が高まります。
オーケストラが揃い、拍手の中サイモン・ラトルが登場。カバレフスキー作曲の『コラ・ブルニョン』序曲で開演。ラトルの“野獣的”な指揮と、一糸乱れぬベルリンフィルに、ぐいぐい魅き込まれます。2曲目はダニール・トリフォノフが登場し、ラフマニノフの『ピアノ協奏曲3番』。最難曲の一つで、憂いを帯びたピアノが美しい曲。カデンツァ部ではピアノから跳ね上がっては、全体重を鍵盤に込めるトリフォノフの姿が印象的です。
 休憩中はホワイエにてトリフォノフのサインタイム。若手天才ピアニストを間近でご覧になった方もいらしゃいました。
ジルベスターコンサート休憩中のホワイエ  明けて後半。英国の作曲家ウィリアム・ウォルトンの歌劇『ファサード』より、サイモン・ラトルによる組曲編曲版の管弦楽小品。英国出身ラトルはこれまでも度々この曲を演奏しています。プログラム最後は、こちらもラトルが敬愛するドヴォルザークから、『スラブ舞曲72番』。2002年にベルリンフィルの首席指揮者に就任し、約15年で知り尽くしたオーケストラの力を最大限引き出すラトルの巧みな指揮。
 アンコール1曲目は、ラトル曰く“サーカス・ソング”、再びカバレフスキー作曲の『ギャロップ』です。あのパート、このパートが弾くコミカルで装飾的なフレーズはまさにサーカスのよう! アンコール2曲目はブラームスの『ハンガリー舞曲1番』。ラトルが首席として指揮するベルリンフィルが見れるのも、あと僅か。美しい演奏で2016年を締めくくりました。(尾崎)
 明日はウィーンフィル・ニューイヤーコンサートについて、お伝えします。
2017~18年 年末年始 ジルベスター・ニューイヤーコンサートツアーの発表は2017年7月頃の予定です。

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2017年1月18日 (水)

マルタの人々の篤い信仰心に触れて

先日、「陽光のマルタをめぐる 7日間」の添乗より帰国致しました。マルタ共和国は、日本の淡路島と同じくらいの小さな島国です。今回はマルタ島とゴゾ島へ足を運びました。マルタはそんな小さい島国ながらも、古代巨石文明からはじまり、フェニキア人、アラブ人、東ローマ帝国、聖ヨハネ騎士団、ナポレオン統治、英国統治時代・・・と、まさに壮大な歴史ドラマがあります。

ヴァレッタ

“聖パウロの漂流”もその歴史の一幕です。聖パウロがローマに向かう際に船が難破し、パウロ一行は運よくマルタに漂着。そして、マルタ島にて避難・キリスト教の布教をしたと言われています。聖パウロの漂流により、マルタにキリスト教が広まり、今ではマルタの95%の人々がキリスト教を信仰しています。家々の壁の聖母マリアやキリストのオーナメントが架けられている様子からも、マルタの人々の篤い信仰心が垣間見られました。
そんな12月のマルタは、街中がイルミネーションやクリスマスツリーといったクリスマスの飾りが至るところで見られました。ガイドさんの話によると、マルタの人々は特に聖母マリア様を好み、ベツレヘムでのキリスト降誕の場面を大切に思っているそう。そのため、ロータリーの至るところには聖母マリアに抱かれているイエスキリストの降誕の様子のモニュメントがたくさん設置されていました。中には、キリスト誕生を祝う羊や博士たちがいたりとバリエーションも豊富!電車がなく車社会ゆえに交通事故も頻繁に起こるマルタだからこそ、交通安全の祈願を聖母マリアやキリスト像に込められているのでしょう。

また、マルタ国民はキリスト降誕のプレセピオ(ドールハウス)が大人気なんだそう。諸説ありますがイエスキリストがお生まれになった馬小屋、聖母マリア、赤子のイエスキリスト、ヨゼフはもちろん、凝る人たちは毎年その他アイテムをそろえるため、年々プレセピオは賑やかになるそうです。キリスト誕生を祝う羊、馬といった動物、村人たち、天使・・・・・
今回訪れたイムディーナの聖パウロ大聖堂の中にも、キリスト降誕の巨大プレセピオがありました。どこに幼子キリストがいるのかお分かりになりますか??

イムディーナ 大聖堂

12月のマルタは日本でいう3月上旬から中旬くらいの暖かさです。草が青々と茂り、黄色い野花が咲き始めます。運がよければアーモンドの花も咲き始める頃。そんな、小春日和なマルタで一足遅いクリスマスムードを味わいました。(角田)

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