2017年7月12日 (水)

3年ぶりの訪問!豊かな大自然と伝説の地へ(東トルコ)

ネムルート

 先日、「東トルコ周遊とネムルート山 10日間」のツアーから帰国しました。東トルコは今回3年ぶり、ツアー中にラマダン(断食)が明け、直後3日間はバイラム(砂糖祭と呼ばれ、ラマダンが明けたことを祝うお祭り)が続く現地のイスラム教徒にとっても特別な期間中の訪問となりました。天候にも恵まれ、連日35度を記録する猛暑の中の観光でしたが、純粋で優しい人々、様々な歴史が入り乱れて築かれてきた遺跡の数々、野花が咲きどこまでも広がる大自然が以前と変わらぬ姿で迎え入れてくれました。
 やはり旅のハイライトは東トルコの2大聖山ネムルート山とアララト山。ネムルート山は紀元前2世紀から紀元後1世紀まで栄えたコンマゲネ王国のアンティオコス1世の墳墓と神々の石像が並ぶ、世界8番目の不思議ともいわれる場所です。今回は夕景を見るため日中はネムルート山麓の観光をし、コンマゲネ王国についての知識を深めてから、夕刻にネムルート山へ向けて出発しました。この日はバイラム1日目で、日の入り時間は19時50分。ちなみに日の出は朝5時頃のため、日が昇っている時間は約15時間ととても長いです。イスラム教徒はこの時期に、ラマダンの為1ヶ月ほど日の出から日の入りまで食べ物も飲み物も断っていたため、ラマダンが明けたこの日はいつもより盛り上がっていたに違いありません。ネムルート山に登るのにスイカを丸ごと一つ担いでいく人にもすれ違いました。「イーバイラムラール!(良いバイラムを!)」という挨拶と共にチョコレートやキャンディをくれる子ども達も。そんな地元に人に癒されながら、いざネムルート山登頂です。途中まではミニバンで登りますが、ラスト20~30分は歩きます。頂上に近づくにつれ足元は悪くなっていくのですが、視界に神々の頭部の石像が見えてきた時の感動もひとしおです。もちろん元々は土台(体の上)に乗っていましたが、地震で落ちてからは地面からにょきっと頭が生えているように置かれ、何とも不思議な光景です。西側のテラスで日が沈むのを待つ間、ほとんどの人の注目は太陽ですが、振り返って見てみると神々の頭部も夕陽色に染まって普段よりも神秘的でした。
 「旧約聖書」の創世期に登場するノアの方舟伝説。堕落しきった人間を見かねた神が、唯一神に従順だったノアに方舟を造らせ、彼とその一族、そして全ての一つがいの動物たちだけを方舟に乗せた後、人類を一掃する為、大洪水を起こした話です。40日40夜続いた洪水が引いた後、ノアの方舟はトルコ最高峰のアララト山に漂着したと言われています。伝説上の話だと思われているかもしれませんが、実際にアララト山付近で発見されたノアの方舟が漂着したと言われている場所を見に行ってきました。

ノアの方舟

 それがこの写真ですが、写真中央の岩肌が何となく舟の形に見えないでしょうか。もちろん信じるか信じないかは自由ですが、私は信じたいと思います。この日のアララト山は残念ながら雲に少し隠れていましたが、次の日の翌朝、奇跡的に一瞬だけ雲がどき、ちょっぴり富士山にも似た優雅な姿を現してくれました。お天気にも恵まれ、東トルコの2大聖山を無事に拝み、次の目的地へと向かいました。(日裏)


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2017年5月12日 (金)

ツアー再開!4年振りにアルジェリアへ

「世界遺産ムザブの谷とアルジェリア・ハイライト」ツアーから帰国しました。
しばらく自粛していたアルジェリアツアーですが、治安もようやく安定し、現地視察を経て4年振りにツアー再開。その第1弾となった今回、「待ちに待ったよ!」という21名のお客様と共に日本出発となりました。

橋と峡谷の街、コンスタンティーヌ

アルジェリアはアトラス山脈を境にして北側と南側で光景がガラリと異なります。
北側は、地中海と肥沃な緑の大地が広がり、古くはフェニキア人の植民市に始まる町がたくさん建設された歴史ある地域。
アルジェリアと聞くと「アラブ人のイスラム教の国」というイメージが先行しがちですが、例えば、第3の都市コンスタンティーヌには19世紀からのフレンチ・コロニアル建築が多く、モスクから聞こえてくるアザーンで「あ、ヨーロッパじゃなかったっけ。」と思うほど。深さ100mを超える峡谷に何本も橋が架かる光景が、より一層、自分たちの居場所を謎にさせます。
また、首都アルジェの海沿いには、青と白を基調としたコロニアル建築が建ち並ぶプロムナードがあります。そこだけを切り取れば「ここはね、ヨーロッパのどこか。」と言われても疑問は抱かないかもしれません。

山あいのローマ都市、ジェミラ遺跡

そうして現在も生きている都市がある一方、既に歴史となった遺跡もあちこちに残っています。多くはローマ人の手でローマ風に作られた町で、セティフ郊外のジェミラ遺跡はその代表格。山あいの立地はローマ都市としては珍しいのではないでしょうか。遺跡は“旧市街”“新市街”が明確に分かれていて、前者にはローマの神々の神殿が、後者にはキリスト教会が鎮座。時代の流れと宗教の変化を目の当りにします。また、市場には取引を公正公平にするための計量・測量器があって「ローマ人って真面目だなぁ」と感じたり、あちこちにある浴場を見るにつけ「やっぱりお風呂好きだったんだね~」と感じたり。北アフリカのこんなところにまでローマ人が来た痕跡に、改めてローマ帝国の凄さを思いました。

ムザブの谷のガルダイア

一方、アトラス山脈を南へ越えると国土の85%を占める砂漠地帯。
「イスラムの清教徒」といわれるムザブ族が暮らすムザブの谷へ行けば、イスラム教の主流派から迫害を受けて流れ着いた彼らが守り続ける独自のイスラム文化に出会います。町を歩く女性はとても控えめ。ハイクと呼ばれる白い布を纏って足早に歩いて行きます。驚くのは、片目だけを見せて他は顔も全て隠している女性。既婚女性なのですが、「周りが見えるのか?」「歩きづらくないのか?」とついつい野暮なことを考えてしまいます。男性が履いているズボンはどこかで見たような…と思ったら、少し前に日本でも流行ったサルエルパンツ。ファッションの流行は、思いもかけないところから生まれるものです。
町自体は同じような正方形の建物の集合からなり、模型のよう。パステルカラーの壁色も相まって、他にはない光景です。建築家ル・コルビュジェが、フランス・ロンシャンの礼拝堂設計へのインスピレーションを受けたという建物はこの地に残っている、そのことにも驚きです。

アラブ人のイスラム教国であるアルジェリアですが、訪れてみると様々な時代の様子が混在していることに気づきます。どっぷりイスラムの空気に浸かりたいと思って訪れると、かえって肩すかしを食らってしまうかもしれませんが、それほど色々な表情を持っている国です。そういったことも含め、事前に情報収集できるガイドブックがなくて残念かもしれませんが、一方、先入観なくアルジェリアを見たままに感じられるのはガイドブックがないからこその良さという気もします。多様な情報源から色々な情報を手軽に入手できる今、こういう旅は貴重なのかもしれません。
4年振りの訪問でしたが、変わっていたのは、コンスタンティーヌの街に新しい橋が1本増えただけでした。以前の記憶のままのアルジェリアを再訪できたことは、とても幸せでした。(江間)

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2017年4月 6日 (木)

イランの新たな世界遺産を訪ねて

ザラック・カナート

先日「煌めきのイランハイライト10日間」から帰国致しました。今回のツアーでは世界の半分とも称されたイスファハンや中東の3Pの一つペルセポリス、そしてカシャーンではかつてのお金持ちの人の家をホテルに改築した邸宅ホテルに宿泊するなど見どころ満載のツアーです。その中でも注目は、昨年世界遺産に新たに登録されたペルシャ式カナートです。
カナートとは、地下水路システムのことで、砂漠地帯や乾燥地帯でよく見られます。
このカナートの仕組みはイランが発祥の地ともいわれており、現在でもイランには3万ものカナートが存在しています。その中で昨年2016年、世界遺産に登録されたのは、11か所。
そのうちの1カ所ヤズド近郊にあるザラック・カナートを見学しました。

地元の方に聞き、案内してもらうと、畑の中に突如、穴が見えました。世界遺産に登録されてからまだ日が浅いこともあり、全く観光地としての整備はされておりませんが、穴をのぞき込むと水が流れておりこれが、長いものだと全長28キロもの距離を水を運び続けることに驚き感動しました。次に行くときには、世界遺産として周りも保護されているかもしれないなと思い、昔から続く素朴なカナートを見られてよかったなと感じると共にまたこの地を訪れるのが楽しみになりました。(竜崎)

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2017年4月 5日 (水)

ピラミッドに一番近いホテル・メナハウスに宿泊!(エジプト)

メナハウス


先日、「チャーター便利用特別企画 エジプト・スペシャル8日間」のツアーから帰国しました。今回はエジプト航空の特別チャーター便で、日本からエジプトまでの直行便です。
旅の前半は3泊4日のナイル河クルーズで、ルクソール、エドフ、アスワンを観光しました。
ナイル河クルーズを終えると国内線でカイロに飛び、バスでギザへ。私たちのツアーはピラミッドに一番近いホテル・メナハウスに2連泊しました。到着時は夜で辺りは真っ暗でしたが、目を凝らすとうっすらとても大きな三角形の影が見えていました。はっきりと見えなかったおかげか期待が更に膨らみ、高揚感を感じながらそのままレストランで夕食を頂き、各自部屋へ。お客様は全員ベランダからピラミッドが見える部屋に宿泊です。
ドキドキしながら朝起きてレストランに向かうと、昨日は暗い影だった三角形がくっきりと目の前に現れました。天辺が少し欠けているのが特徴的な最も大きいクフ王のピラミッド、隣には化粧石が残っているカフラー王のピラミッドが見えます。この巨大な建造物をかれこれ4600年前の人たちが造り上げたのかと思うと、その偉大さに言葉を失い、ただただ呆然とするばかり。
朝食を終え、少し早い時間にホテルを出発すると、私たちのバスより前に大型バスの影は全く見えません。それもそのはず、メナハウスホテルは唯一、検問を超えた先に建つホテルだからです。実はこのホテルは、スエズ運河が開通した際にヨーロッパ諸国の王たちが宿泊するための宮殿として建てられたのが始まりでした。ホテル前のピラミッド通りと呼ばれるピラミッドエリアに続く道も、元々はこのホテルに行くためにできた道なのだそう。それゆえに特別なホテルなのか、検問を通らずにすんなりとバスは進み、そのままクフ王のピラミッドにも一番乗り!内部見学も貸し切り状態で、ラッキーでしたねと談笑しながら、次の場所へと足を進めました。(日裏)

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2017年3月21日 (火)

年にたった2回の奇跡。~アブシンベルの朝日~

エジプト、アブシンベル神殿

「ナイル河クルーズと悠久のエジプト 9日間」から帰国しました。この出発日はエジプトでは“奇跡”と呼ばれるある現象が起こる特別な日に、アブシンベル神殿を訪れます。
2月22日。その名も「ラムセスデー」。太陽の光が神殿の一番奥にある至聖所まで届き、至聖所に並ぶ神々の像を照らすのです。至聖所には、左からプタハ神、アメン・ラー神、神格化されたラムセス2世、ラー・ハラクティ神と4体の像が並びます。しかし、照らされるのは、一番左のプタハ神以外。プタハ神は冥界の神だから、ただ単に移設の際にずれてしまったから、理由ははっきりしていません。そんな奇跡の現象を見るために、まだ真っ暗な内から人々が殺到するビックイベントなのです。
当日はアブシンベル神殿から、夜2時にホテルを出発します。日の出は6時27分頃。4時間も前に出る必要がないのでは?と思うかもしれませんが、朝日が至聖所の像を照らす時間は少しの間です。この日のために、何百人と世界中から、人々が集まり、列をつくるので、私たちのグループも気合を入れ、この時間から待機をします。昼間の観光時にはないセキュリティチェックも新たに登場し、準備は万全。夜が明けるまで、神殿付近で待機をします。世界遺産である、神殿の見事なレリーフをじっくり見ることができる機会もそうそうないでしょう。日の出の30分前になると、神殿内の明かりが一斉に消え、いよいよ!という雰囲気に。皆が待ち望んだ、真っ赤な朝日が顔を出すと、至聖所まで続く列が一気に動きます。出来るだけ、多くの人に至聖所を照らす朝日を見てもらうため、至聖所の前では立ち止まることができません。その時間わずか3、4秒・・・。ほんのわずかな時間ではありますが、確かに、朝日が一番奥の至聖所をめがけて一直線に差し込んでいるのがわかります。まだかまだかと後ろの人たちが、狭い神殿の中になりふり構わず入ってくるので、歩くのがやっとです・・・。朝日を拝み、まだ高揚感が残る中、外に出ると、この奇跡の現象を一目見ようと、神殿入口にはものすごい人の列ができていました。中には、警察が整備をしているにも関わらず、力づくで突破しようとしている人も・・・。このわずか数秒がどれだけ貴重か、外の状況を見て、ひしひしと実感します。音楽を奏でる団体、写真を撮る人々、神殿内での状況をお互いに話しながら、盛り上がる人々。アブシンベルが最も盛り上がる日といっても過言ではありません。
わずか3、4秒・・・。人類が作り出した遺産と、自然が生み出した“奇跡”。神秘的な古代エジプト文明を肌で感じる、貴重な体験となりました。(荒川)

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2017年2月 3日 (金)

壁一面に刻まれたヒエログリフ!死者の書の元となったピラミッドテキスト(エジプト)

Photo

先日、元旦出発「チャーター便利用特別企画 エジプト・スペシャル8日間」から帰国いたしました。エジプトでも冬が到来。朝晩は涼しいくらいでしたが、日中暑すぎることもなく、非常に過ごしやすい気候の中で遺跡を観光することができました。このツアーでは、ほぼ毎日世界遺産を訪ね、まさしく毎日がハイライト。王家の谷のツタンカーメン王の墓、ルクソール神殿、アブシンベル神殿、ギザのクフ王のピラミッドやスフィンクスなど、小学生の教科書に出てくるような観光地はもちろんのこと、ネフェルタリ王妃の墓の内部見学など、なかなか訪れることができない場所も見学し、エジプト文明にどっぷり浸かる8日間でした。

エジプト最終日にはウナス王のピラミッドへ。2016年に20年ぶりに内部が公開されたばかりで、当日も私たち以外には大きなツアーは見当たりません。見た目は崩壊が進み、普通のピラミッド…というより砂の丘のようですが、このピラミッドの見所はなんといっても墓内部のピラミッドテキストです。ピラミッドテキストとはピラミッド内部に描かれた神となる為の呪文であり、このウナス王のピラミッド内に描かれるものが現存するものの中で最も有名なもの。今回のツアーでは、年始でしたが、墓の入り口も開いていた為、運よく入場することができました。

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墓の入り口で門番さんにチケットをみせ、いざ内部へ。階段を降り、腰をかがめて少し進めば、石棺のある玄室に辿り着きます。死者の国へ行く為の呪文が描かれた死者の書はパピルスに描かれ新王国字時代以降に描かれましたが、ピラミッドテキストはピラミッド内部の玄室の壁に書かれており、死者の書より古く、その時代は古王国時代にさかのぼります。ピラミッドテキストはまさに死者の書の元となった最古の葬祭文書にあたり、崩し文字ではなく、全てがヒエログリフ。死後の願いが壁一面に描かれた様はまさに圧巻。残念ながら、壁の保存の為、内部の写真撮影は禁止。写真はないですが、ぜひとも見て頂きたい遺跡の一つです。(長田)

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2017年1月24日 (火)

世界七不思議のひとつ、ギザピラミッドはやはり旅のハイライト…(エジプト)

ギザのピラミッド

先日、「ナイル河クルーズとエジプト・ハイライト 8日間」から帰国いたしました。今、エジプトは暑さが和らぎ、いわゆる旅行シーズンに突入しました。
エジプトはいつも人々の関心を引いてやまない魅力いっぱいの国です。永遠の憧れの観光地といったところでしょうか。その証拠に、考古学者達の新たな論文や研究が発表される度に、話題となっています。例えば最近のニュースでは、Ⅹ線分析や赤外線サーモグラフィ等の最先端技術を用いてクフ王のピラミッドをスキャンしてみた結果、ピラミッド内部に未知の空間を発見した、というもの。5000年の歴史を持つエジプトの文明が、特にピラミッドに関しては、未だ謎に包まれている事が多いというのが、人々の関心を高めているのではないかと思います。
そして世界七不思議のひとつ、ギザピラミッドはやはり旅のハイライトでもあります。ピラミッドエリアといわれる観光エリアに入り、早速クフ王のピラミッドへ向かいました。ピラミッドに近づいて最初に感じる事は、ピラミッドを形成する石灰岩の大きさは、我々の想像を超えて大きいということ。1辺が1m以上の石灰岩もあります。写真に写る人の大きさから、大体の石灰岩の大きさがご想像いただけるかと思います。

ピラミッドを構成する石灰岩

皆様はピラミッド内部に、何が残されているかご存知ですか?内部の写真撮影とガイディングは禁止されているので、カメラをガイドさんに託して、いざ進入です。恐らく、はじめてピラミッド内部に入った人間も、同じように高揚感と好奇心にあふれた気持だったでしょう。入り口から中へ入ると、最初は100mほどの上り坂を腰をかがめた状態で進んでいきます。これが結構足にきます。その後約200mの下り坂。ここからは天井は高いですが、道幅が狭いのですれ違う時に注意が必要です。酸素もなんだか薄い気がしますが、せっかくここまで来たのだからと自分を励ましながら進んでいきます。そして、ついに辿り着いた玄室の中には…石棺が一つ残されているのみ。石棺の中に何が入っていたのかという議論も、学者の憶測が飛び交うばかりではっきりとわかっていません。憶測は憶測を呼び、謎は深まるばかり。それが更に、私たちの好奇心を掻き立てて居るのだと感じました。次回、私がエジプトに行くまでの期間に、更なる考古学者達の学説や研究結果が発表され世間を賑わすことと思います。
お客様の中には、今回のご旅行でエジプトへの渡航が5回目という方がいらっしゃいました。それくらい、エジプトという国は、人々を魅了してやまないロマンの溢れる歴史の舞台なのです。(堤)

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2017年1月13日 (金)

1万年の歴史を誇るキプロス島のお正月はまるでクリスマス!?

バシロピタ

 先日、「アフロディーテの休日 キプロス島ハイライト6日間」のツアーから帰国しました。2016年最後の、そして2017年最初に訪れる国となったキプロスは国土が四国の半分ほどしかない地中海に浮かぶ小さな島です。しかしながら、北はトルコから70km、東はシリア、レバノンから100km、南はエジプトから300km、西はギリシャから800kmという地理も相まって、様々な国の文化が混在する1万年の歴史を持った唯一無二の島でもあります。現在でも東西80kmに渡る緩衝地帯「グリーンライン」が国を南北2つに分けており、南側はギリシャ系、北側はトルコ系が暮らす土地となっています。今回ツアーで訪れたのは約95%の住民がギリシャ正教を信仰している南キプロスでした。
 大晦日の夜はリマソールのホテルでガラディナー。ステージでは歌やダンスのショーが行われ、欧米のお客様はノリノリでステージに上がっていきます。カウントダウンが始まり、年が明けると一人一人にシャンパンと「バシロピタ」と呼ばれるケーキが振舞われました。バシロピタは大きなパウンドケーキで、中にはコインが1枚だけ隠されています。切り分けて配られたケーキを食べ、コインを見つけた人はラッキー!という縁起のいいケーキです。私たちにとってはお正月にケーキ?と不思議な感覚ですが、実は1月1日はギリシャ正教版のサンタクロースである聖人アギオス・バシリスの祝祭日でもあります。彼は裕福な身ながらも貧しい人たちに、コインを中に隠して焼いたパンを分け与えていたといいます。それにちなんで幸せのコイン入りクリスマスケーキをお正月に頂く習慣が残っているのです。

クリスマスツリー

 また、ギリシャ正教のお正月はクリスマスの続きの祝日で、街中はまだまだクリスマスモード。至る所にクリスマスツリーが飾られており、キプロスの子どもたちにサンタクロースがやってきてプレゼントをくれるのも1月1日なのです。ちなみに日本ではお正月は3が日までお休みのところも多いですが、キプロスの祝日は元日のみで、1月2日からはどのお店も通常営業。日本とは全く違う雰囲気の中、迎えたお正月でした。(日裏)


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2016年12月29日 (木)

中東イランはどんな国?(イラン)

先日、「魅惑のペルシャ4都市周遊9日間」より帰国致しました。今なおゾロアスター教を守り続けているヤズドから始まり、“世界の半分”と呼ばれるイスファハンやシラーズで華麗なイスラーム建築を見学し、ラストは「中東の3P」のひとつであるペルセポリス観光で締めくくるハイライトツアーでした。
イランに行く事を家族や友人に伝えると、「危ない国でしょ?」、「行って大丈夫なの?」とイラクやシリアと地理的に近いからか治安を不安視する声ばかり。しかし、声を大にして言いたいのは、イランの治安は良好で人々はとても優しいという事です!親日家の方が多く日本人と知ると、気さくに声を掛けてくれる子供達や言葉は通じなくても一生懸命コミュニケーションを取ろうとする学生達が印象的でした。

イランの子供達

また、美しいアーチ、尖塔、そして彫刻が特徴的なイランのイスラーム建築はどこも引けを取らない美しさで、中でもシラーズにある通称ローズモスクと呼ばれる「ナシル・アル・モルク・モスク」は、一押しです。1876年から1888年にかけて建造されたこのモスクは、ステンドグラスを多用し、ピンクのタイルを使って伝統的な様式でデザインされています。このように鮮やかな色彩を持つモスクは、他に類を見ません。極彩色のモスクの中を見ることができるのは、実はモスクの西側の北の間のみ、早朝、朝日が差し込むほんの短い間だけです。ステンドグラスを通して差し込む朝日が、床に美しい色彩の光となって映り込みます。モスクの床には、カラフルな絨毯が敷き詰められており、太陽の光と併せて、素晴らしいデザインを作り上げ、見る者を虜にします。外界とは一線を画したような神聖な雰囲気が漂い、まるでここだけ時が止まっているかのようでした。

ローズモスク

カラフルなモスクの絨毯

イランの子供達は終始笑顔を絶やさず、異国からの訪問者を歓迎してくれ、またどの観光地も見応えがあり、圧倒されました。百閒は一見にしかず!イランの真の姿を是非たくさんの人々に知ってほしいものです。(大和田)

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2016年12月27日 (火)

オイルマネーで潤っているのはたった15%のカタール国民だけ?!

先日「アラビア半島5か国紀行~クウェート・バーレーン・カタール・UAE・オマーン~11日間」の添乗より帰国しました。出発前は5か国にそれぞれどんな違いがあるの?という感じでスタートしたツアーでしたが、ツアー最終日のバスの中では、「僕は生まれ変わるなら○○○人だなぁ」、「私は○○○が気に入ったわ」と皆様思い思いのお気に入りの国が見つかったようです。そんな私のお気に入りはカタールです。国民の優遇され具合がとても興味深かったからです。

5か国の共通点は“石油産出国”。オイルマネーに沸くリッチなお金持ちの国というイメージを抱く方がほとんどかと思いますが、実際もまさにその通り。ただし、その恩恵に預かれるのは国民のみ。国民のみと聞いてもそんなの当り前と感じることと思いますが、例えばUAEは人口のうち国民はわずか13%。カタールも大体15%程です。人口の大半はインドやフィリピンからの出稼ぎ労働者が占めています。アラビア湾岸諸国では、国民は自国にいながら少数派というおもしろい現象が起きています。私たちのガイドさんやドライバーさんもパキスタン人・バングラデシュ人・インド人の方がほとんどでした。道を歩いても観光地を散策しても国民にはなかなかお目にかかれません。

では、カタール国民の優遇され具合をいくつかご紹介します。

1. 道路はカタール国民専用レーンがある?!

2. 教育は大学まで無償。海外へ留学する場合もなんと国が全額負担!

3. 大学卒業後は土地と家が与えられる!(家というよりはお城級の豪邸です!)

4. 就職は新卒にもかかわらず管理職ポストを与えられる!(国民がつきたがらない仕事はすべて出稼ぎ労働者たちが担っています)

1の国民専用レーンを走る車は高級車ばかり。ナンバーを見てみると5桁・4桁・なかには3桁ナンバーも。ここカタールでは桁数が少ないほどにお金持ちの証なんだとか。1億円を支払ってまで3桁ナンバーを手に入れる人もいるほど、ナンバーはステータスとなっています。ちなみに1桁・2桁は王族ナンバーなので街中ではほとんど見かけることはありません。実のところ、国民専用レーンは存在しません。しかし、カタール人と外国人労働者が交通事故を起こした場合、カタール人に落ち度があってもかなりの確率で外国人労働者が罪を負うことになります。なので3桁ナンバーや、ドライバーがカタールの伝統衣装を着ている場合は自然と隣のレーンによけるため、実質上国民専用レーンが出来上がったそう。

この国民の優遇さっれぷりには驚きの連続ですが、ネットでは外国人労働者が暴露したカタールに対しての悪口はほとんどみかけません。なぜならカタール政府の厳しい検閲があり、悪口を書いたとなると即刻国外退去になることもあるから。なんだかカタールの実態が少し見えてきたような気がしました。

カタールをはじめアラビア湾岸諸国(今回訪れた5か国に加えサウジアラビアを含め6か国)はたった70年前の石油発掘前は遊牧民がヒツジやヤギを飼い、漁師が真珠採取で生計を立てていた貧しい国でした。

それが今ではオイルマネーを資本に超高層ビルが乱立する大都市へ、目覚ましい発展を続けています。しかし石油は限りあるものです。場所によってはあと数十年で石油が枯渇すると言われています。いつまでも石油資源に頼りっぱなしではいつか立ち行かなくなってしまいます。今は6か国とも同じように成長していますが、次なる手を打たなければ数十年後は明暗を分けるようなことになっているかもしれません。10年後に国の変化を確認しに再訪したいなぁと思いました。(岡山)

ユーラシア旅行社で行くアラビアツアー

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