2017年4月25日 (火)

ナウルズの伝統行事「ブズカシ」とは?(ウズベキスタン)

ブズカシ1

先日、ユーラシア旅行社の「春を祝うナウルズの季節に行く!ウズベキスタン世界遺産周遊 9日間」のツアーより帰国致しました。
「ナウルズ」とは中央アジア諸国やイランなどかつてゾロアスター教を信仰していた国々で今も残る、春の訪れを祝うお祭りです。とりわけウズベキスタンでは、毎年春分の日に当たる3月21日が祝日となります。今回のツアーでは、そのナウルズの雰囲気を味わうことができました。訪れたウズベキスタン各地では盛大な賑わいが見られ、街中は民族衣装を身に纏った人たちでごった返していました。

ウズベク人の女の子

そしていろいろな催し物が行われますが、中でも代表的なのが「ブズカシ」と呼ばれる伝統的騎馬ゲームです。ルールはいたって簡単。頭を切り落とされた(!)1頭の山羊をボールに見立てて、それを20~30人の男たちが奪い合い、ゴール地点まで運んだ人が勝ち、いわば「騎馬ラグビー」といったところでしょうか?ただし頭を切り落とされたとはいえ、ボールよりもはるかに重い1頭の山羊をたった1人で馬に乗ったまま運ぶのですから、途中で重さに耐えきれず落としてしまったり、他のプレイヤーに妨害されたりするなど、一筋縄ではいきません。まさに肉弾戦で、中には落馬をするプレイヤーも。ゲームがスタートしてからゴールまで10分以上かかることもあります。

ブズカシ2

ではなぜ皆そこまで命がけで戦うのか?実はこの競技、お金持ちの人がスポンサーとなり、1ゲーム毎に賞金や賞品をもらうことができます。中には奥さんからプレッシャーをかけられている旦那さんも、ここで男を見せるため必死に戦っているのがわかります。ただ、これはあくまでもお祭りの中の一行事。勝負がついても決して遺恨はなく、皆健闘をたたえ合っていました。やはり国は違えどもスポーツマン精神は同じと感心。ちなみに私はガイドさんから「斉藤さんもスポンサーになってみては?」と言われましたが、丁重にお断りしました(笑)。(斉藤信)

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2016年11月 1日 (火)

カリモフっな名物ナンを食す!?(ウズベキスタン)

先日、秋風吹くウズベキスタン「城壁都市ヒワ2連泊と青い都サマルカンド8日間」より帰国致しました。毎日続く雲一つない青空、サマルカンドブルーと称される真っ青なモスクや神学校のドームがマッチして、絵になる風景を毎日見ながら過ごしました。

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 さて、ウズベキスタンと言えば、9月に26年大統領に就任し続けたカリモフ氏のご逝去がメディアを賑わせました。国際世論(欧米諸国)では「最も残酷な独裁者の一人」と称されたり、中川恭子さん著“ウズベキスタンの桜”では「温かい芯の強い眼差しで信頼できる人物」と表現されていたり、その評価は賛否両論。本当はどんな人物なのか?と改めて疑問を抱きながら、秋深まるウズベキスタンへいざ入国!

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ツアー中は、知識も語学力も堪能な日本語ガイド、ホテルのスタッフ、レストランのマネージャーやウェイター達、様々なウズベキスタン人と会話する機会がありました。そしてどの人も、口を揃えて「自分の父を亡くしたようだ」「カリモフ大統領は偉大」「お葬式では家族そろって号泣しました」と好意的な回答が返ってきました。

ガイド曰く、1991年にソ連から独立後、大統領に就任したカリモフ氏は下記を掲げて政策発表。(概略)
(1)教育      (何よりもまず教育だ!国を作るのも人だ!)
(2)国境軍備   (安全があってこそ、安心して国を建て直せる)
(3)国の自給自足(輸出用ではなく、自分たちの分は自らの手で)

 当時は貧しく観光客に物乞いをする毎日だったそうですが、教育を受けた若者たちが生産側に成長した10年後、国は急成長を遂げました。日本人から見ると豊かではないかもしれませんが、自国で自分たちが使う分の石油やガスを採り、農作物を作り、日没後も女性がひとりで安心して歩ける国、ウズベキスタン。大統領が掲げた政策と信念は国民に大きく支持されていることが分かりました。

死後、治安が悪化する!?と懸念の声も上がっていましたが、行ってみるといたって平穏。夜間にライトアップを見にモスクを訪れたり、朝の散歩でモスクのミナレットに上らせて貰ったり、未就学の子どもたちが道端で泥まみれで遊んでいたり、変わらぬ国の姿を確信できた気がします。

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余談ですが、出発前に故カリモフ大統領のニュースや遍歴をインターネットで調べていたら、「カリモフ、メロンパン」という用語がヒットしました。まさか大統領が日本のメロンパンを好きだった!?と驚いていたら、「外のカリカリな部分を先に食べて、次に中のモフモフな部分を相互に食べる」方法をネット用語で通称「カリモフ」と言うそうです。

実は、ウズベキスタンにも、この方法で食べられる主食があります。それは手作りナン(上記写真参照)。日本の白米のような存在のこの「ナン」。サマルカンドでは手作りナンの見学までし、熱々の焼きたてを頂きました。同じく外側はカリッカリ、中はフワフワで、まさに絶品。「カリモフな食べ方をしましょう!」と盛り上がりながら、食したのも今では良い想い出です。
ナンにサワークリームを付けると味は変わり、一緒にウズベキスタン産の赤ワインはいかがでしょうか。2009年メルロー種の「バギザガン」(フルボディ)は絶品。

2009

この国は、ギリシャからの来る隊商を「まるでギリシャのワインを飲んでいるようだ!」と唸らせた2500年前から続くワインの歴史を持ちます。最近日本でも輸入が始まりました。カリモフ大統領が進めたイスラム戒律寛容化により、お酒もウズベキスタンの旅を一層楽しくしてくれそうですね。(坂岸)

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2016年7月29日 (金)

大西宇宙飛行士の旅立ちをお見送り!ソユーズロケット打ち上げ生見学(カザフスタン)

2016年7月7日7時36分 ソユーズロケット打ち上げ
2016年7月7日の七夕の朝、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から、宇宙飛行士3名を乗せたソユーズロケットが打ち上がりました。日本人宇宙飛行士の大西卓哉さんが搭乗していたこともあり、今回の打ち上げは日本でも大注目でしたが、この打ち上げを宇宙基地で見学する「宇宙基地バイコヌール ソユーズ打ち上げ見学」のツアーが実施され、先日無事に見届けて帰国しました。

今回のツアーは発表から2度の延期を経ての出発。皆様、否応なしに打ち上げへの期待は高まっていました。私自身はというと、正直、これまで宇宙やロケットに関心はあまりなかったのですが、行くならば最低限の勉強はせねばと筑波宇宙センターへ見学に行ったところ、解説の方のお話にすっかり魅了されてしまい、にわか宇宙ファンになったほどです。人間、いつ、どんなタイミングで新しい物事に関心が湧くかわかりません。

ツアーは7月5日に日本を出発して中央アジアのカザフスタンへ。7月6日の夕方にバイコヌールへ入ると、砂漠の中の小さな町は、打ち上げを見学に来た人や各国のメディア、関係者の人々ですでに賑わっていました。外国人だらけです。とはいえ、すれ違う日本人はメディア関係者が多かったように思います。

打ち上げへ当日、本番へ向けてのカウントダウンは6時間前から始まります。今回の打ち上げは現地時間7時36分でしたので、逆算すると1時36分。それに合わせるために、ホテルを出発したのは0時30分でした。この先は決められた時間通りに進んでいくので、事前に時計の時刻合わせは必須です。

打ち上げ6時間前 コスモノートホテルから出発のお見送り

<打ち上げ6時間前-お見送り>
ホテルを出発し、まずは町中にあるコスモノートホテルへ。ここは宇宙飛行士たちのバイコヌールでの滞在場所であり、訓練所でもあります。その為、一般人は入れません。打ち上げ6時間前の1時36分、3名の宇宙飛行士がホテルから出発して基地へ向かう“お見送り”です。ホテルを出て、手を振りながらバスに乗り込む彼らに声援を送ります。
バスを見送ったあと、おまけで、ホテルの敷地内にある“宇宙飛行士の並木道”へ。これまで、ソ連・ロシア製のロケットに搭乗した宇宙飛行士たちは、飛び立つ前にここに植樹をするのだそうで、数日前、大西さんたちが植えた苗木も見つけました。七夕だからでしょうか、短冊もついていて「ミッション成功祈願」と書かれていました。もちろん、この並木道には、55年前にガガーリンが植えた木も堂々と立っていました。
その後、私達も車に乗って、町から約40km離れた宇宙基地へ。打ち上げまでの時間を利用し、基地内の博物館を見学します。ソ連時代からの宇宙開発に関する資料や、ロケット模型、ガガーリンを筆頭とする宇宙飛行士たちのサインやパネル写真などなど、どれも見ていて飽きません。

打ち上げ3時間前 バイコヌール宇宙基地内での出発式

<打ち上げ3時間前-出発式>
打ち上げ3時間前が近づいたので、基地内の“254番ビルディング”へ。3時間前の4時36分、宇宙服に身を包んだ宇宙飛行士たちの“出発式”です。ロシア宇宙局の偉い人に一言挨拶し、バスへ乗り込んで行きました。これを終えると宇宙飛行士たちはいよいよロケットへ移動し、乗り込むこととなるので、私たちが彼らに直接声援を送れるのはこれが最後。大西さんは3人の中で一番ガッツポーズをしていて、並々ならぬ意気込みを肌で感じることができました。

打ち上げ間近のソユーズロケット

<打ち上げへのカウントダウン>
夜が明けた6時頃、私たちは早々に打ち上げ見学ポイントで待機することにしました。今回のソユーズ打ち上げは、基地内の“1番発射台”から。55年前、ガガーリンが乗ったボストークの打ち上げにも使われた由緒ある発射台です(55年も使われていることに驚きました)。見学ポイントまでは、僅か1.4km!肉眼でもソユーズの姿が良く分かる距離です。待ち時間を利用して、カメラの望遠を調整したり、試し撮影をしたり・・・。周りでは各国のテレビクルーが中継のリハーサルをしていたりもします。お互い、準備に余念がありません。
打ち上げ30分前。ソユーズロケットを覆うように支えていた支柱が外され、全容があらわになりました。もうあそこには3人の宇宙飛行士が乗っているのかと思うと、不思議な感じです。
打ち上げ20秒前。いよいよエンジン点火!ここからはもう目を離せません。湧き上がる煙の勢いがどんどん増していきます。まだ最大出力ではないので、この時点ではそれほど音はしません。

<7時36分41秒 打ち上げ>
エンジン点火の合図があったとはいえ、それは突然でした。バリバリバリバリッという耳をつんざく轟音と、全身を大きく震わす振動を感じた瞬間、ソユーズはすぅっと空に向かって真っすぐに上がっていきました。男らしい爆音と振動とは反対に、雲ひとつない空に上がってゆくソユーズのシルエットには女性的な美しさが感じられ、それは生で打ち上げを見たことで初めて知る感動!一方、あんな乗り物(?)に、人間が乗っているということがにわかに信じがたいくらいの衝撃もあり、色々な感情が一気に襲ってくる不思議な体験でした。開いた口が塞がらない、想いが言葉にでない、まさにこういう時のことを言うのだと。

51時間後、ソユーズは無事に国際宇宙ステーションにドッキングし、大西宇宙飛行士の活動も本格的に始まりました。打ち上げを見送った瞬間から、もうなんだか“知り合いが宇宙に行った”ように勝手に思ってしまい、日々、活動に注目しているのは言うまでもありません。「一生に一度の体験」と思い、かの地に出かけましたが、早くも次を見たくなっています。人生に、新しい世界が広がったような気がします。(江間)

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2016年7月19日 (火)

幻の西夏王国黒水城(カラホト)へ!(中国・内蒙古自治区)

黒水城(カラホト)

先日、「西夏王国の幻影、黒水城とゴビ砂漠紀行 9日間」のツアーより帰国致しました。今回の旅は、西夏王国の州府であった銀川(興慶)から始まり、陸路にてゴビ灘へ。ハイライトの黒水城や西夏王国の跡地をたっぷりと観光し、その後、河西回廊の町、嘉峪関と蘭州を訪れました。

「カラホト」とはモンゴルの言葉で、「カラ=黒く恐ろしいところ」、「ホト=城」 つまり黒く恐ろしい城という意味で、その昔、シルクロードのかたわらでジンギスカンに滅ぼされて消えた謎の民族の廃墟であります。

四輪駆動車で道なき道を進みゴビ灘での観光を終え、黒水城に到着したのは、お昼前。ガイドさんが準備してくれた今が旬の甘ーーいスイカを口いっぱいに頬張り、クールダウン。一息ついたところで、ようやく観光スタート。ゲルのような入口をくぐり城壁の中に入ると、遠く方に仏塔がみえます。

黒水城の入口付近

周囲の城壁は元の時代のもので、東西約440メートル、南北約370メートルの城壁の中にはカラホトのランドマークの仏塔をはじめ、多くの寺院跡が残っています。待望の黒水城の景色を目の前にすると、カンカン照りの暑さも忘れ、皆様足取り軽く、前に進みます。綺麗に舗装された歩道には、ところどころに風に乗ってやってきた砂漠の砂がこんもり積もっています。こんなにも簡単に砂漠が行き来するのを目の当たりにすると、長年黒水城が砂に埋もれていた事も納得できます。ガイドさんの話を聞きつつ、そんな事を考えながら20分程歩くと、西北の城壁にある仏塔の目の前に到着。

黒水城の仏塔

城のランドマーク西壁の上に聳える5つの巨大な仏塔の輪郭。写真を撮ったり、近くでじっくり見学したと…謎多き西夏王国の歴史に思いを馳せました。その後、約1時間、仏塔や寺院跡が点在する城壁内を散策しました。名残惜しくはありましたが、幻と言われていたカラホトを実際に訪れることができた喜びと感動を共有しながらその場をあとにしました。(大和田)

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2016年6月24日 (金)

新疆でしか味わえない絶品フルーツ(中国・新疆ウイグル自治区)

ブドウ棚

 先日、「関空から行く シルクロード列車とタクラマカン砂漠縦断11日間」のツアーから帰国しました。今回訪れたのは中国の最も西にある新疆ウイグル自治区。とても自然豊かな場所で、西にはパミール高原、北はアルタイ山脈、中央に天山山脈、南に崑崙山脈が走り、それぞれの山脈の間にジュンガル盆地とタリム盆地(タクラマカン砂漠)があります。この辺りはシルクロードの要衝でもありますが、唐の時代に玄奘三蔵が天竺を目指して訪れたことでも有名です。往路ではタクラマカン砂漠の北(天山山脈の南)・天山南路のトルファン(高昌国)、クチャ(亀慈国)を進み、天山山脈のペデル峠を越えてキルギスへ入りイシククル湖へ。インドから唐へ戻る復路では中央アジアからタクラマカン砂漠の南・西域南道のホータン(于闐国)、ニヤを抜け、敦煌へと入っていきました。新疆ウイグルでも最西端にあるカシュガルでは天山南路と西域南道が交差する街で人口の9割がイスラム教を信仰するウイグル人が占めており、中国でも異彩を放っていますが、とても活気に溢れています。

 新疆ウイグル自治区はシルクロード時代から栄えていたため都市ごとに違う歴史を持っていますが、特産品、中でも果物は都市ごとに名物が変わります。有名なのはトルファンの葡萄、クチャの白杏子、ホータンのクルミ、コルラの梨、カシュガルのザクロ、そして今回は訪れませんでしたがハミのハミ瓜(メロンに似た果物)、アトシュのイチジク、アクスのリンゴ、チャルクリクの棗などです。

 新疆の果物は通常5月、6月くらいから収穫され露店に並び始めます。私が訪れた5月末でも既に果物が山積みにされており、ツアー中によくガイドさんがスイカやハミ瓜、杏子、バナナ、リンゴなどの果物の差し入れをしてくれましたが、曰くまだ少し時期は早かったそう。ピークは8月、9月ごろ。太陽の光を存分に浴び、オアシスの水を吸って育った果物が各地で熟し始める時期なのだとか。それでも私たちが頂いたものは日本のものと比べて甘く瑞々しく、美味しい!食後だというのに果物に伸ばす手が止まりません。

 新疆は地形が様々なので場所によって気候も変わります。トルファンに至っては世界で2番目に海抜が低い(海抜-150m)盆地であり、私たちが訪れた時でも気温は何と40度越え。湿度が低いので日本のようにじめじめしていないことが救いでしたが、やはり暑い!そんな暑い中で頂く甘くて瑞々しい果物は絶品です。しかし絶品なのは味だけではなくそのお値段も。バナナが1kg120円、リンゴが1個20円、ハミ瓜が1個120円くらいと破格のお値段です。

露店

 
 勿論名産の都市以外の場所で食べても十二分に安くて美味しいのが新疆の果物。乾燥した新疆では果物も乾燥させるのがほとんどで、お土産にドライフルーツはかかせませんが、訪れたからにはやはり生を食べたい!残念ながら生の果物は日本には持って帰れないので、最後には食べたい果物をガイドさんにおねだりして、皆様で美味しく頂きました。(日裏)

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2016年5月27日 (金)

雪の積もる天山山脈と幻の不凍湖イシククル、玄奘三蔵の跡を追って(キルギス)

イシククル湖

先日、「遊牧の大地を行く、カザフ・キルギス紀行9日間」のツアーから帰国しました。案外知られていませんが、カザフスタンは世界で初めて月面着陸に成功したガガーリンが乗るボストーク1号が打ち上げられたバイコヌール宇宙基地や2017年に万博開催予定で日本人建築家・黒川紀章が設計した未来都市アスタナを首都とする国です。一方でキルギスは10万年以上存在する世界でも数少ない古代湖イシククルを擁し、実は遊牧民族の移動式住居ゲルの発祥の地でもあります。今回は、そんな注目の中央アジアの2カ国、カザフスタンとキルギスを訪れるツアーでした。

このツアーで一番印象に残っているのはその雄大な自然。万年雪を抱く天山山脈やまるで赤いカーペットを敷いているかのように一面に咲き誇るポピーの花、牧草を探しながら道路上をも移動する牛や羊の群れ、そしてコバルトブルーに輝く幻の湖イシククル。

イシククル湖と言えば中国・唐の時代、玄奘三蔵が経典を求めてインドへ出かけた際、その旅路中に訪れたことでも有名な湖です。玄奘が帰国後に記した「大唐西域記」にも大清地という名で登場しています。

イシククルとはキルギス語で熱い海という意味。塩分が強く、氷点下を下回る冬でも凍らないことからその名がつけられました。琵琶湖の約9倍の大きさを持ち、ペルーのチチカカ湖に次いで世界第2位の高山湖、ロシアのバイカル湖に次いで世界第2位の透明度を誇ります。不思議なことに、湖には周囲の山々から118もの河川が流れ込んでいるにもかかわらず、流れ出る川は1本もありません。また、海底からは様々な出土品が引き上げられ、遺跡が今でも湖の底に眠ったままになっている、なんとも浪漫溢れる湖です。

外国への旅行が禁じられていた唐の時代、禁を破りインドへの旅へ出た玄奘は、中国から標高4000mを越える天山山脈のペデル峠を越えてキルギスへ入りました。極寒の天山越えで何人もの従者や牛馬を失った玄奘が美しいイシククル湖に辿りついた時、どのように感じたのだろうかー。と思いを馳せながら、湖を眺めるのもまた浪漫。

天山山脈ペデル峠

今回は残念ながらなかなかお天気に恵まれない日々が続きましたが、思いが届いたのかイシククル湖を離れるラストチャンスの日は見事に晴天!水はまだ冷たかったですが太陽の光が暖かく、湖も一段と輝いて見えました。(日裏)

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