2018年11月27日 (火)

8年ぶりにツアーを再開!タジキスタン

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<ペンジケント近郊のザラフシャン川>

先月、「幻のソグディアナ、タジキスタン紀行 8日間」より帰国しました。治安の問題で長らくツアーを実施できなかったタジキスタンですが、この度、外務省の海外安全情報の危険レベルが一部引き下がり8年ぶりにツアーを再開することができました。国土の約9割が山岳地で あり、またその半分が標高3,000m以上の高地というタジキスタン。峠を幾度も越え、雪をかぶった美しい山並みの中のドライブをお楽しみいただきました。

ツアーのタイトルにもなっているソグディアナとは、現在のウズベキスタンとタジキスタンの一部にあたる地域。アラル海にそそぐ2つの河川、シルダリヤとアムダリヤの間を流れるザラフシャン川を中心とする地域の古称です。このあたりに住んでいたソグド人は大きな帝国ではなく、ペンジケント、サマルカンド、ブハラなどの小さな都市国家を形成。そこから隊商を組み、はるばる中国やアラビアに足をのばしました。

非常に商才に長けていたソグド人は「シルクロードの商人」といわれています。広いシルクロードで商いをするには、その国の政治や治安状況、文化等、様々な情報を収集する必要がありましたが、彼らは、各地に張り巡らされたネットワークによりそれを可能にしたのです。彼らの一部は商いのため赴いた国に定住し、コミュニティーを作りました。その土地に同化し、ネットワークを広げ、商業のみならずその国の政治、文化、軍事にも大きな影響力を及ぼしたのです。

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<ペンジケント遺跡>

5~8世紀の間シルクロード交易を独占し、隆盛を極めたソグド人でしたが、8世紀にイスラム勢力がソグディアナへ侵攻してくると、徐々に世界史の表舞台から姿を消していきました。“中央アジアのポンペイ”と呼ばれるペンジケントの遺跡はアラブによって徹底的に破壊されたため、かつての壮麗さは全く見られません。背後にそびえる雪山やザラフシャン川を望み、ソグド人も同じ景色を眺めたのかなあと華やかな時代を想像し、想いを馳せてみるのでした。(川井)


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2018年9月 6日 (木)

タムガリ遺跡で岩絵探し(カザフスタン)

先日、「遊牧の大地を行く、カザフ・キルギス紀行 9日間」より帰国致しました。
今回のツアーは、カザフスタンのアルマトイから始まり、歩いて国境を越え、天山山脈の麓、キルギスのカラ・コル、玄奘三蔵も立ち寄ったというアク・ベシム遺跡などを巡り、再び、アルマトイに戻ってくるツアーです。
中でも印象に残っているのは、カザフスタンにある世界遺産の「タムガリ遺跡」です。この遺跡にはおよそ3500haの敷地内に約5000の岩絵が点在しています。最も古いものは紀元前14世紀ごろ、青銅器時代にサカ族が描いたとされるもの。遊牧民族として有名なスキタイ族もこのサカ族の一派とされ、岩絵群の最後には、サカ族・スキタイ族のお墓もあります。

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「タムガリ遺跡」に到着し、最初はただ草原が広がっているだけですが、タムガリ川の跡を越えると、目の前に大きな岩が現れます。岩絵はすべてが固まっているわけではなく、いくつかの岩の斜面に点在しています。見るためには、岩絵のある岩に登り、看板にある絵の特徴を頼りにたくさん書いてある中から小さな岩絵を探しに行きます。「こっちにあるよ!」と声を掛け合いながら、動物、人、車や太陽などを描いた岩絵をあちらこちらに移動しながら見つけ出し、写真を撮りました。

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次はどんな岩絵があるかとまるで宝探しみたいな岩絵探しに、楽しい時間を過ごしました。(保坂)

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2018年7月 5日 (木)

初夏の新疆ウィグル自治区、知られざる秘境へ!(中国)

先日、「アルタイ山脈の麓と天山北路の旅」の添乗より帰国しました。まだ雪が少々残る天山山脈やアルタイ山脈を仰ぎ見ながら、ロシア、モンゴル、カザフスタンの国境にほど近い、新疆ウィグル自治区の北部を巡りました。

砂漠地帯が広がる南部と違って、北部の見どころは変わりゆく車窓の景色。荒々しい岩山の天山を駆け抜けたかと思えば、草原地帯となり、そのうちゴビの砂漠が広がります。ゴビの砂漠を抜けると、今度は色鮮やかなヤルダン地形が姿を現し、車窓の眺めは私たちを飽きさせません。

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<初夏のカナス湖>

また、天山山脈の北側のシルクロードの道、「天山北路」として栄えた要衝も巡り、匈奴や突厥といった遊牧民族の文化やその歴史にも触れることができました。特に、北部では、匈奴や突厥の子孫とも言われる、カザフ族やモンゴル族をよく見かけます。彼らは夏になると遊牧生活を送ります。そのため、山の裾野には白いパオ(ゲル)を見かけました。

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<突厥の石人像>

新疆ウィグル自治区は、匈奴の時代では唐が都護府を置き制圧、また、清代では乾隆帝が中国東北部からシボ族を屯田兵として派遣、現在でも安全を守るため街ごとに検問が設置されています。今も昔も様々な民族が共存する社会だからこそ、この地に安全、平和のために“屯田兵”が活躍しているのです。

この美しいラベンダー畑は、かつての屯田兵の子孫が運営しています。今もなお、兵団として農業に従事しながら、彼らは新疆を守っています。

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<中国95%のシェアを持つイリのラベンダー荘園>

風光明媚な景色に癒されながら、皆が幸せに平穏に過ごせる世の中になるよう、新疆の将来を祈りました。(角田)

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2018年6月 5日 (火)

玄奘三蔵も訪れたキルギスへ

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<アク・ベシム遺跡、発掘現場>

先日「地獄の門と中央アジア4ヵ国周遊 18日間」のツアーより戻りました。
このツアーでは、キルギス、カザフスタン、ウズベキスタンの自治共和国のカラカルパクスタンとウズベキスタンのヒワ、トルクメニスタン、最後にウズベキスタンのブハラやサマルカンド、タシケントと周ります。陸路での国境越えや、地獄の門のテント泊と普段体験できないことがたくさん詰まった旅でした。

今回のツアーで特に印象に残ったのは、最初のキルギスの観光です。アク・ベシム遺跡と呼ばれるこの遺跡はかつてシルクロードを歩いた玄奘三蔵が訪れたとされています。また唐代の詩人李白が生まれたのがこの地とする説があるとガイドさんからお話しがありました。私たちはたまたまこの時期に発掘調査に来ていた帝京大学の山内教授の発掘現場を見学させて頂きました。また直接山内先生からお話を聞くことができました。普段はめったにみることのできない光景にお客様も興味深々でした。

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<イシク・クル湖>

また玄奘三蔵がインドを目指し天山山脈を越えた後に訪れたイシク・クル湖にも訪れました。この湖は世界で2番目の透明度を誇る湖として知られています。今回宿泊したホテルからは歩いてイシク・クル湖を楽しむこともでき、日の出観賞された方もいらっしゃいました。またこのイシク・クル湖の底には文明があったとされる遺跡があり、海中探索中の様子や出土品は、後日訪れた首都のビシケクの観光でみたロシア・スラブ大学付属博物館にて知ることができました。他にも謎の多いイシク・クル湖のクルーズはこれから砂漠の景色に向かう私たちに潤いを与えてくれました。

今回のツアーでは陸路での国境越えがいつも難関になりますが、ウズベキスタンの査証免除や税関申告書の提出不要など、より観光客が来やすいように態勢が変わり、いつも以上にスムーズに国境を超えることができました。これからも中央アジアの国にさらに多くのお客様が訪れるように願っています。(森)

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2018年5月 9日 (水)

チューリップのルーツを探索!(カザフスタン・ウズベキスタン)

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<カザフスタンのチューリップ>

咲いた~咲いた~チューリップの花がー。皆で元気に歌ったこの歌を知らない人はほとんどいないでしょう。当たり前のように幼稚園や小学校の花壇で見ていたチューリップ。この花が日本に伝来したのは江戸時代?!現在では世界各地で数多くの栽培品種があるチューリップですが、その原産地はトルコ~イラン~中央アジアにかけての一帯。「春のカザフスタン・ウズベキスタン フラワーウォッチング 8日間」今回のツアーはチューリップの原生種を求めフラワーハイキングをしてきました。

カザフスタン、ウズベキスタン、キルギスの国境にある自然保護区。中央アジアの中でも最も古い保護区でもあるアクス・ジャバグリ自然保護区は4月下旬から5月上旬、多様なチューリップの原生種を見ることができる貴重な場所。しかし、だからといって去年、一昨年、その場、その時期に見られたからといって同じように今年も見られるとは限りません。こればかりは自然現象が最重要事項。咲いていることを心の底から願うばかりでした。

初日のチューリップとの出会いは豪雨と言っていいほどの大粒の雨に全身びっしょり、足元ドロドロ。頼みのチューリップは心なしか元気がなく(咲き終わりでもあり)正直、ハッピーなものではありませんでした。冷え切った体。服や靴を乾かしながらただただ晴れることばかり願っていました。そんな皆の思いがきっと届いたのでしょうか。

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<ウズベキスタンでチューリップ探し>

ドキドキの天気も翌日からは太陽が顔を出し晴天続きのフラワーウォッチング日和。
現地での色々な情報をも元に花ガイドさんに連れられ、いざ、原生種のチューリップに出会いにハイキングスタート。張りきるガイドさんは必至に探してくれるが故にズンズン突き進む。ちょっぴり足早についていったその先には、そう、咲いた~咲いた~チューリップの花が。あったのです。目の前に!!小さい時から日本で見てきたものとはイメージも違っていました。チューリップの原生種は色や形も様々で、背丈は低く、丈夫にしっかり根付いていました。いつまでもこの自然を守りつつ、来年も元気に咲いてくれることを願いたい。(岩間)

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2017年11月15日 (水)

蘭州・炳霊寺石窟で中国仏教を味わう(中国)

先日「遙かなる河西回廊への道 11日間」より帰国しました。

河西回廊とは、シルクロードに東端に位置する蘭州から敦煌までの間を指します。黄河の西の細長く延びた路ということで河西回廊(河西走廊)と呼ばれます。今回のツアーでは河西回廊をバスで走破しました。

河西回廊の始まりの地・蘭州で私たちは炳霊寺を訪れました。

当ツアーでは莫高窟など中国仏教の史跡を存分に巡ります。

ただ炳霊寺石窟は、他の石窟と異なる部分があります。

それは船に乗らないとたどり着けないことです。

まずは蘭州市内から黄河沿いに、蘭州郊外の炳霊寺へ向かう船着き場まで行きます。

船着き場で、小型のモーターボートに乗り黄河をせき止めた劉家狭ダムを渡り30分、

炳霊寺石窟に到着します。

炳霊寺

炳霊寺

炳霊寺石窟は奇岩に囲まれています。その風景はまるで桂林のようです。

炳霊寺の「炳霊」とは、チベット語で十万仏を意味します。

石窟の造営は約1500年前に始まりました。北方の鮮卑族が最初に屈を開き、清の時代まで約1000年に渡って造営が続けられました。

黄河の北岸の切り立った崖に、全長2km、上下四層にわたって合計183ヶ所の石窟が

掘られました。唐代の石窟が最も多く、3分の2を占めています。

以前は、炳霊寺の前を黄河の本流が流れていましたが、1970年代にダムを建設し

黄河の本流の流れを人工的に変えたために、一部下にある石窟が水没してしまいました。

仏像の顔立ちやただずまいが、インド様式であったり中国様式であったり、掘られた時代によって特徴がすこしずつ変化する様子を見ることができます。


一番迫力があるのは、なんといっても高さ27メートルある171窟の唐時代の大仏です。

この石仏は後ろの山に直接掘られています。

炳霊寺

ご覧の通り、石窟は中心地から離れていてかつ険しい場所にあるため、他宗教による破壊や探検家たちの盗掘から逃れることができました。今日も西安や敦煌と比べると訪れる観光客は少なく、ほぼ貸し切り状態で石窟観光を行いました。

これらの石仏は1000年以上、王朝の興亡を見つめてきたと思うと胸が躍ります。

中国の歴史も自然も同時に満喫することができました。

もう少し石仏と時間を共に過ごしたいと名残惜しくも、再びボートに乗り劉家狭ダムを渡り、炳霊寺石窟を後にしました。(白井)

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2017年11月 2日 (木)

地獄と天国?!トルクメニスタンの魅力!

 先日、「地獄の門とトルクメニスタン8日間」のツアーから帰国しました。お天気にも恵まれ、朝晩は冷え込みしたが、昼は20度ほどと過ごしやすい気候でした。トルクメニスタン自体、日本ではあまり知られておらず、知っていても独裁体制の政治の為、中央アジアの北朝鮮と言われていたり、なんだか恐ろしい国ではないかと思われてしまいます。しかしながらトルクメニスタンには、シルクロードファンも唸るような古代の遺跡、絶景ファンなら行ってみたい地獄の門などまだまだ未知なる魅力がたくさんあります。
 今回のツアーでは、絶景で話題の地獄の門へ行って参りました。道中は比較的舗装されていますが地獄の門自体は砂漠の中にある為、最後は道なき道を走り、大迫力の地獄の門へ。宿泊施設は近くに何もないのでテント泊。夕食はユルタ(中央アジア版ゲル)にてケバブや野菜など。外で食べるとよりおいしく感じます。夜、暗くなったら満天の星空。そして、再び真っ暗の地獄の門へ。真っ暗だとさらに迫力が増し、轟々と燃える炎に目が放せません。あっという間に時間が過ぎてしまいました。
 地獄の門が出来たのは、1970年、ソ連政府が天然ガスの採掘をしていたところ、落盤事故が置き、天然ガスが漏れ出すようになり、放っておくと家畜の健康被害が出たため、火をつけガスが漏れないようにしたためです。ですので、天然ガスがある限りは燃えていますが、いつかは枯渇し、見られなくなる可能性のある絶景なのです。火がついて約45年もたちますが、現在は消えそうにないほど活発に燃えていました。
また、地獄の門へは夜だけでなく、日の出の近くの時間もお勧めです。だんだんと空が明るくなり、周りの風景も見え始め、日の出もきれいに見られました。

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 朝晩、地獄を楽しんだ後は、首都アシハバードへ。砂漠地域とは全く違い、非常に近代的な街並み。真っ白な大理石の建物が700棟以上あり、世界一大理石の建物が多い町としてギネスブックにも載っています。初代大統領ニヤゾフの時代に天然ガスで得た財源で、街が大理石に生まれ変わりました。また、大理石だけでなく、天然ガスの恩恵は市民の生活にも還元されており、水、電気、ガス全て無料!!中でも、電気は天然ガスで発電しているそうで、街中のネオンにも贅沢に使われています。夕方暗くなると、とたんに街がネオンでいっそう明るく輝きだすのです。少し高台から見下ろすと100万ドル?!には少し及びませんが、すばらしい夜景が見られました。町のネオンにゴミ一つ落ちていないきれいな道路、そして大理石の建物・・・アシハバードの夜は天国のようでした。(杉林)

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2017年10月31日 (火)

黄金に輝く馬、アハルテケ(トルクメニスタン)

先日、「中央アジア大周遊 15日間」の添乗より帰国致しました。
今回は4か国、ウズベキスタン・トルクメニスタン・カザフスタン・キルギスを周るツアーです。
その中でも印象に残ったのは、トルクメニスタン。
遺跡や博物館だけでなく、トルクメニスタンの至るところで見ることが
出来る馬の像が興味深いです。これはアハルテケという種類で、トルクメニスタンが原産国です。
トルクメニスタンの国章にも使われていて、国が誇る馬なのです。
スピードと持久力を兼ね備えており、且つ、過酷な気候にも適応できるため、中国の歴史上で有名な、血の汗を流し1日に千里(約500km)走る名馬「汗血馬」ともいわれています。
ツアーでは、アハルテケを競走馬に育てるための厩舎を訪れます。
ここでは、実際に馬たちが動いているところを見ることができます。
実際に見てみると、毎日3時間みっちり鍛え上げられている馬たちが光輝いてみえるのです。
これは、アハルテケ特有の光沢を含む毛色が、太陽に反射することで、そのように見えるのだそうです。
室内で見るのと、屋外で見るのでは、全く違います!
ツアー後半は、気温も下がり、木々が黄色や赤に染まり始めていたので、日本よりも一足先に秋を感じることが出来た中央アジアの旅でした。

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2017年10月24日 (火)

ウズベキスタンの古代仏教都市テルメズ訪問。故加藤九祚先生の功績にも触れました。

 先日、「テルメズの仏教遺跡とウズベキスタン周遊」の添乗より帰国致しました。世界遺産ヒワ、ブハラ、サマルカンドの素晴らしさは多くの方がご存知かと思いますが、この旅のハイライトは何と言っても仏教遺跡で有名なテルメズ。ウズベキスタン最南の街で、アムダリヤ川の対岸はアフガニスタンです。アレクサンダー 大王時代に遡る歴史を持ち、2002年に街の創立2500年を迎えました。
テルメズのファヤズテペ
 かの玄奘三蔵もインドへの旅の途中にこの地を通りました。大唐西域記には「伽藍は十余箇所、僧徒千余人」と書かれており、玄奘が旅した7世紀前半にはテルメズの地が一大仏教都市であったことがわかります。
 そんなテルメズですが、実は日本と大きな関わりがあります。テルメズの仏教遺跡発掘には日本人、加藤九祚先生が大いに貢献されたのです。遠い日本からやってきて発掘に専念する加藤先生の姿勢、深い考古学的知識、ウズベキスタンという国に対しての敬意・理解が認められ、2002年にウズベキスタンの大統領から直々に友好勲章が授与されたほどです。
 「発掘しながら、パッタリ死にたい」と仰っていた加藤先生は、2016年9月発掘作業中に倒れ、テルメズの病院で亡くなりました。加藤先生の訃報に際してウズベキスタン政府は「国民にとって大きな損失」と哀悼の意を表明し、大きく報道されました。テルメズの考古学博物館を訪問した際には加藤先生の功績を讃える特別展も開かれていました。
 ツアーで訪れるカラ・テペの北丘では加藤先生の発掘した巨大な仏塔を雨から守るため屋根が設けられていました。ここではストゥーパの中にシリンダーのようにストゥーパが入っている、入れ子状の珍しいものが発見されました。また、立正大学の発掘チームの方々が先生の遺志を継いで発掘にあたられていて、発掘の進行状況を伺えるという嬉しい偶然もありました。最後にタシケントの歴史博物館で加藤先生がフォヨズ・テペで発見した三尊仏を見学し旅の締めくくり。いつかアムダリア川の向こうアフガニスタンの治安が落ち着き、さらなる仏教遺跡をご案内できる時が待ち遠しく思えます。
(尾崎)

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2017年10月10日 (火)

収穫の秋!新彊ではフルーツが盛りだくさん(中国・新彊ウイグル自治区)

先日、「南疆鉄道乗車と新疆シルクロード物語15日間」のツアーより帰国しました。

今回訪れた新疆ウイグル自治区は中国の最西に位置しており、かつてシルクロードの交易路として栄えました。
このツアーはウルムチからトルファンへ天山南道を進み、タクラマカン砂漠を縦断した後は西域南道を巡る西域シルクロード制覇の旅です。

カシュガル老街の道脇に置かれたスイカ

石窟寺院、タクラマカン砂漠縦断と見どころ満載ですが、今回印象に残ったのは何と言っても旬の果物。8月下旬に収穫を迎えたばかりの採れたてのスイカやハミ瓜、ブドウがバザール、露店に並びます。
砂漠で果物が育つの?と思われるかもしれませんが、新疆は1日の寒暖差が大きく、日照時間も長い上、天山山脈や崑崙山脈の雪解け水が貢献し、果物がより一層美味しく育ちます。
他の地域から来た中国人が両手に沢山の果物を抱えて飛行機に乗り込む様子を見ると、やはり新疆の果物は中国人にも大人気のよう。

それもそのはず、なんてたって安い!程よい甘さでさっぱりと美味しい!大きなスイカやハミ瓜が丸ごと1個100円~200円程で購入できます。

ハミ瓜
ハミ瓜とはメロンに似た果物で、縦長のラグビーボールの様な形をしています。味は日本のメロン程は甘くなく、さっぱりとした程よい甘さでシャキシャキとした食感がクセになります。
暑い中観光した後のデザートで出てくるみずみずしいハミ瓜は体に染みわたります。

新疆に住むウイグル族はナンをスイカやハミ瓜などと一緒に食べるのがおやつの定番。
スイカは半分に切り、真ん中を掘るように食べ進め、くり抜いた部分にナンを浸して食べるのだそう。なんとも贅沢な食べ方…!私も今度行ったら試してみます。(鈴木)

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