2017年10月10日 (火)

収穫の秋!新彊ではフルーツが盛りだくさん(中国・新彊ウイグル自治区)

先日、「南疆鉄道乗車と新疆シルクロード物語15日間」のツアーより帰国しました。

今回訪れた新疆ウイグル自治区は中国の最西に位置しており、かつてシルクロードの交易路として栄えました。
このツアーはウルムチからトルファンへ天山南道を進み、タクラマカン砂漠を縦断した後は西域南道を巡る西域シルクロード制覇の旅です。

カシュガル老街の道脇に置かれたスイカ

石窟寺院、タクラマカン砂漠縦断と見どころ満載ですが、今回印象に残ったのは何と言っても旬の果物。8月下旬に収穫を迎えたばかりの採れたてのスイカやハミ瓜、ブドウがバザール、露店に並びます。
砂漠で果物が育つの?と思われるかもしれませんが、新疆は1日の寒暖差が大きく、日照時間も長い上、天山山脈や崑崙山脈の雪解け水が貢献し、果物がより一層美味しく育ちます。
他の地域から来た中国人が両手に沢山の果物を抱えて飛行機に乗り込む様子を見ると、やはり新疆の果物は中国人にも大人気のよう。

それもそのはず、なんてたって安い!程よい甘さでさっぱりと美味しい!大きなスイカやハミ瓜が丸ごと1個100円~200円程で購入できます。

ハミ瓜
ハミ瓜とはメロンに似た果物で、縦長のラグビーボールの様な形をしています。味は日本のメロン程は甘くなく、さっぱりとした程よい甘さでシャキシャキとした食感がクセになります。
暑い中観光した後のデザートで出てくるみずみずしいハミ瓜は体に染みわたります。

新疆に住むウイグル族はナンをスイカやハミ瓜などと一緒に食べるのがおやつの定番。
スイカは半分に切り、真ん中を掘るように食べ進め、くり抜いた部分にナンを浸して食べるのだそう。なんとも贅沢な食べ方…!私も今度行ったら試してみます。(鈴木)

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2017年9月 6日 (水)

轟々と燃え盛る地獄の門(トルクメニスタン)

地獄の門

先日「地獄の門とトルクメニスタン 8日間」の添乗より帰国致しました。

今回は旧ソ連の一部だったウズベキスタンとトルクメニスタンの2ヶ国を訪れました。年間で最も暑い8月中旬で予想気温は40度だったので、現地では汗が止らないだろうなと心配しながら出発しました。しかし、現地に到着してみると風がとても心地よく吹いていて、日本のように湿度が高くないため、汗をかいてもすぐ乾いてしまうぐらい過ごしやすい環境でした。

今回のツアーで印象深かったのは、やはりトルクメニスタンのダルヴァザにある地獄の門。
この地獄の門は、約40年前旧ソ連時代に天然ガスの発掘調査中に何ならかの事故が起き、地面に大きな穴が出来ました。その穴から有毒ガスが出てきて、周辺の家畜に影響を与えていたため、政府は火を放ってこれを食い止めようとしました。当初はガスが数日で燃え尽き消えるはずが40年たった今でも出続け、燃えています。現在では、トルクメニスタンの観光名所となりました。
砂漠の道路を4WDで4時間程駆け抜けていくと、それは砂漠の中に突然姿を現しました。
最近ではヨーロッパの人々もここを訪れるため、クレーターの周りには人だかりが出来ていました。
近づいてみると、約40年間燃え続ける火の粉からの熱気は凄まじく思わず体を引いてしまうほど。

写真撮影だけ行いキャンプサイトへ移動。テント泊の準備をし、夜になってから再び地獄の門へ。
周辺は、砂漠の中なのでもちろん街灯はなく、懐中電灯の明かりを頼りに足元を照らしながら砂漠を10分程歩いて行きました。目線の先には、轟々と怪しく燃える様子がはっきり見えているので、まるでお宝が目の前にあるかのように期待に胸が膨らみます。
到着すると、燃えている火の大きさは変わらないのに不思議なことに夜は昼間と比べると格段に規模が大きく見えます。
クレーターは直径約90m、一周歩いてみるとまさにここから地獄へ落ちてしまいそうなほど深く大きなクレーターだということがよく分かります。

一周歩き終わったら再びテントへ戻りました。戻ってふと空を見上げると満点の星空。
上を見上げると輝く天の川、地平線を見ると轟々と燃える地獄の門、絶景の中でのテント泊は個人的に快適なホテルのベッドで眠るよりも最高でした。(山下)

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2017年7月 7日 (金)

地獄から生還しました!(トルクメニスタン)

大迫力の地獄の門

先日「地獄の門とトルクメニスタン8日間」より帰国しました。なんといっても今回のツアーの目玉は地獄の門。朝にカラカスパキスタンのヌクスを出発し、国境を越えてトルクメニスタンに入国。昼食の後、がたがたの道を走ること約4時間30分。いよいよ地獄の門に到着です。
砂漠の中にぽっかりとあいたクレーター。近づくとムワッと熱気が。熱気と炎に圧倒されながらも、クレーターの中を覗き込んでみます。この地獄の門ができたのは1970年代のこと。地下に眠る天然ガスの調査中に土地の陥没が起き、直径約60m、深さ約20mもある巨大な穴ができてしまいました。そして、有毒ガスの放出を食い止めるために火をつけたのですが、ガスが放出し続けるため、なんと40年以上経った今も燃え続けているのです。今後、いつまで燃え続けるかは不明。ガスが尽きてしまったら、もうこの景色を見ることはできません。まさに行くなら今でしょ!!の絶景なのです。
キャンプサイトの様子

地獄の門の近くにはホテルやロッジはないため、本日は砂漠でのテント泊。テントの中にはマットと寝袋が用意され、意外と快適です。ドライバーさんが焼いてくれたバーベキューの夕食後、いよいよ日が沈んで辺りが暗くなったころ、再び地獄の門へ。
夜になると漆黒の中、炎が赤々と燃え盛り迫力満点!まさに地獄の景色。夜になると、炎が燃え盛る音が昼間より大きく聞こえる気がします。クレーターのまわりをぐるりとまわり、地獄をじっくりと堪能しました。
翌日は、一路、アシハバードへ。地獄から無事生還です!トルクメニスタンの首都、アシハバードは、豊富な天然資源をもとに急速に発展中。街に入ると、金ぴか、大理石の建物が建ち並び、圧巻の景色。夜にはあちこちがカラフルにライトアップされ、世界三大夜景にも引けをとらない?きらびやかさ!真っ暗な砂漠の夜と、アシハバード。まるで違う国に来たようでした。(川井)

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2017年6月 2日 (金)

ウイグル族の民家でラグ麺づくりを体験!(中国・新疆ウイグル自治区)

ウイグル民家でラグ麺作り
先日「西域シルクロード三大都市巡りとタクラマカン砂漠縦断 9日間」の添乗より帰国致しました。
死の砂漠と言われるタクラマカン砂漠の縦断や、パミール高原のカラクリ湖観光など、ハイライトが多数ありますが、その中でも1番印象に残ったのは、西域名物のラグ麺作りです。
ラグ麺とは、ツルツルしたうどんのような中細の白い麺の上に、肉と野菜がたっぷりのアツアツの煮込みトマトスープがかかっています。新疆ウイグル自治区をはじめ、ウズベキスタンやキルギスなどの中央アジアの国々でも食べることができます。
今回訪れたクチャのウイグル族の民家は、お婆さん、お母さん、子どもと3世代の家族で、ウイグル族の暮らしぶりを垣間見ることもできました。
まずは庭の散策から。とても広い庭には、たくさんの木や畑、また羊や鶏、牛までも飼っていることに驚きました。
庭に面したキッチンには、ガスコンロの他、ナンを焼くためのカマドもありました。
その後、家の中にお邪魔し、自家製のドライフルーツやナン、お茶を頂きました。
カマドで焼いた自家製のナンは、水分がなく、とても堅い・・・。(乾燥した地域なので、時間が経っても日持ちがするそうです。)現地の方はこれをお茶に浸して食べます。できたてのナンもあり、こちらは柔らかく、おいしかったです。
そして、ラグ麺づくりの準備ができたら、いよいよ体験!
まずはベテラン主婦のお婆さんがお手本を見せてくれました。ラグ麺はとても長く太い1本の麺でできています。
その麺を指で細く延ばしていきます。延ばし終わったら、8の字形に手首に巻き付けていき、板にたたきつけながらさらに細く延ばします。
延ばし終わった麺は、お鍋に入れてゆでます。
ここまでが麺作り。早速、ご希望のお客様は一人ずつ体験開始です!
手際よく簡単そうにも見えますが、見よう見まねでやってみると、手首に巻き付けるところから難しい。そして上手く板にたたきつけられません。
ウイグル族の女性は誰でもできるそう。さすがです。
体験が終わったら、ゆでた麺をお皿に盛り、トマトソースをかけ、自分で混ぜて頂きます。
これが、日本人の口にも合い、とてもおいしい!
ツアー中、何度かラグ麺を頂きましたが、この民家で頂いたラグ麺が一番おいしかったです。(椎野)

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2017年5月26日 (金)

自然あふれる騎馬民族の国カザフ・キルギスで感じた日本

先日「遊牧の大地を行く、カザフ・キルギス紀行」の添乗より帰国しました。
まずカザフスタンのアルマトイから旅が始まり、キルギスに入り、イシク・クル湖をぐるっと1周して、再びカザフスタンに戻るという日程でした。
バス移動の長いこの旅、ずーっと車窓に天山山脈が見えていました。あの三蔵法師も天山山脈を越えて天竺(インド)に向かったと言われています。
さらに、キルギスへ入ると天山山脈に加えてイシク・クル湖の美しい青が車窓を彩ります。イシク・クル湖の透明度、深さは世界第2位と言われています。(1位はロシアのバイカル湖)
イシク・クル湖ではクルーズもしましたが、下を向くとエメラルドグリーンの湖、少し顔をあげると360度パノラマの天山山脈、見上げるとさわやかな青空。心が洗われるようでした。

日本ではまだまだなじみの薄いカザフ・キルギスですが、ツアー中は日本を感じさせる場面がありました。
まず、道を走っていると両脇に満開の桜!

天山山脈と満開の花

かと思いきや、実はこれ桜によく似た杏やリンゴの花。今回はゴールデンウィークに訪れ、日本ではもう春は過ぎてしまっていましたが、もう一度お花見をすることができました。

また、カザフ、キルギスには日本人とよく似た顔立ちの人が多くいます。今回、騎馬民族の少年たちの騎馬ゲームというゲームを見せてもらいました。「アリガトウ」と言って私達を出迎えてくれた少年達。14歳から20歳くらいだそう。顔立ちは日本人と変わらず、頭は坊主、よく日焼けをして、一見、甲子園の野球少年のようです。馬に乗ってのコイン拾い、ヤギをボールにしたサッカー、本物の騎馬戦、そして競馬。みんな無邪気に楽しんでいるようでしたが、こんな見事に馬を操るだなんて、騎馬民族のDNAを感じました。なんと最後には3歳の騎馬民族の男の子が馬の上に立ってポーズを決めてくれました!

馬の上に立つ騎馬民族の子供

そして、最終日、民族音楽ショーを観劇しながらの夕食でのことでした。中央アジア名物プロフ(中央アジア風チャーハン)に皆さま舌鼓。ふと民族楽器を奏でていたおじさんが急にメモを片手に立ち上がりました。そして片言の日本語で私達への手紙を読んでくれたのです。
更に感動したのは、民族楽器で奏でる「君が代」の演奏です。歌い手はもちろん、

先程のおじさん。最後は皆様で国歌斉唱をし、帰路へと着きました。

人の温かさ、ご飯のおいしさ、景色のよさ。どれも1級品でした。(松永)

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2017年5月11日 (木)

河西回廊に存在した謎の黒水国とは?

この度「遙かなる河西回廊への道 11日間」より帰国しました。

この河西回廊は、古くは秦また漢の時代に「万里の長城」の西端が造られ、西方の軍事拠点として、また仏教伝来の路として、さらには、唐時代にはシルクロードの主要地として栄えました。
また、河西回廊は数多くの人々が野望を持って行き来した道であります。仏教の経典を求めて玄奘三蔵が旅し、霍去病はじめ前漢の時代の武将たちが匈奴との戦いのため遠征した道なのです。

武帝によって設置された河西四都「武威、張掖、酒泉、敦煌」、シルクロードの起点・西安と、河西回廊からシルクロードをたっぷり観光しました。
そのうちの酒泉から、張掖までの間に黒水国城堡遺址という遺跡があります。

黒水国城堡遺址

今回のツアーの他の観光地との違いは入ってすぐ分かります。
駐車場もなければ、どこが入り口なのかも分からないのです。回りには民家のみ。
その民家の前にひっそりと遺跡の石碑が建っています。
チケットもなければ、この日は他の観光客もいなく貸し切り状態でした。

黒水国城堡遺址

一見見落としてしまいそうなこの黒水国城堡遺址は黒水国という国の遺跡です。
黒水国の時代は漢時代と言われていますが、詳しい史書がないため、今だ謎に包まれています。そのため今日まで、価値を知られる事も注目されなかったため、特別な保護や修復もされていません。

言い伝いによれば、この地域には匈奴の一部が移り住み、「小月氏国」を建国し、その都があった場所が黒水国だったと言われています。
その後、漢の武帝の征服により滅亡しますが、シルクロードの中継地点として栄えた記録があります。
そして最近では、この遺跡内から漢から晋かけての墓が数百個が発見され、中から銅鏡や陶磁品などが大量に出土しました。

もしかしたら何か見つかるかも!?と下を見ながら歩き進めました。

黒水国城堡遺址

この遺跡から建物らしきものは全く残っていません。あるのは城門のみです。
しかし何も残ってないからこそ、想像が膨らみ、ロマン溢れる地です。

次、訪れる際は黒水国についての謎が解明されているでしょうか?

(白井)

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2017年5月 9日 (火)

異国情緒あふれるカシュガルの職人街へ!(中国・新彊ウイグル自治区)

職人街にて

先日、「西域シルクロード三大都市巡りとタクラマカン砂漠縦断 9日間」の添乗より帰国しました。

タクラマカン砂漠、クチャ、ホータン、カシュガル等の西域シルクロードの主要観光地を巡るハイライトコースです。

シルクロードの十字路、中国と中央アジアを結ぶ要衝として栄えた街カシュガルでは地元のウイグル族で賑わう職人街を訪れました。
道の両脇にはウイグル帽や民族楽器、ドライフルーツ、金属製品などの様々な店が立ち並びます。
それぞれの店先ではウイグル帽をミシンで縫っていたり、フライパンを金槌で叩いていたりと職人の手によって作られていく様子を垣間見ることができ、見ているだけで楽しい!
民族楽器のお店に入ってみると店内には桑の木などで造られた様々な種類の楽器がずらり。
店主が楽器をひとつ手に取り、ウイグル帽を被って演奏してみせてくれました。異国情緒溢れる素敵な音色に思わずうっとり。
お店を後にし、通りに戻ると紳士ジャケットを売るワゴン車が現れてウイグル族の男性が夢中になってジャケットを選んでいました。ウイグル帽を被った男性陣が熱心にスーツ選びをしている光景はなんとも不思議でした。

職人街を抜けるとエイティガール寺院の前の広場に出ます。
エイティガール寺院は1426年に創建された新疆ウイグル自治区最大のモスクです。
屋内外約合わせて8000人が一度に礼拝出来るモスクですが、イスラム教の祭日であるクルバン節やローズ節には新彊中から人が押し寄せ、その数は2~3万人にも及び、モスクへ入りきらない人が広場や通りを埋めつくそうです。
大変な混雑が予想されますが、1年で一番賑やかなその時期に敢えて行くのも面白そうです。(鈴木)

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2017年4月25日 (火)

ナウルズの伝統行事「ブズカシ」とは?(ウズベキスタン)

ブズカシ1

先日、ユーラシア旅行社の「春を祝うナウルズの季節に行く!ウズベキスタン世界遺産周遊 9日間」のツアーより帰国致しました。
「ナウルズ」とは中央アジア諸国やイランなどかつてゾロアスター教を信仰していた国々で今も残る、春の訪れを祝うお祭りです。とりわけウズベキスタンでは、毎年春分の日に当たる3月21日が祝日となります。今回のツアーでは、そのナウルズの雰囲気を味わうことができました。訪れたウズベキスタン各地では盛大な賑わいが見られ、街中は民族衣装を身に纏った人たちでごった返していました。

ウズベク人の女の子

そしていろいろな催し物が行われますが、中でも代表的なのが「ブズカシ」と呼ばれる伝統的騎馬ゲームです。ルールはいたって簡単。頭を切り落とされた(!)1頭の山羊をボールに見立てて、それを20~30人の男たちが奪い合い、ゴール地点まで運んだ人が勝ち、いわば「騎馬ラグビー」といったところでしょうか?ただし頭を切り落とされたとはいえ、ボールよりもはるかに重い1頭の山羊をたった1人で馬に乗ったまま運ぶのですから、途中で重さに耐えきれず落としてしまったり、他のプレイヤーに妨害されたりするなど、一筋縄ではいきません。まさに肉弾戦で、中には落馬をするプレイヤーも。ゲームがスタートしてからゴールまで10分以上かかることもあります。

ブズカシ2

ではなぜ皆そこまで命がけで戦うのか?実はこの競技、お金持ちの人がスポンサーとなり、1ゲーム毎に賞金や賞品をもらうことができます。中には奥さんからプレッシャーをかけられている旦那さんも、ここで男を見せるため必死に戦っているのがわかります。ただ、これはあくまでもお祭りの中の一行事。勝負がついても決して遺恨はなく、皆健闘をたたえ合っていました。やはり国は違えどもスポーツマン精神は同じと感心。ちなみに私はガイドさんから「斉藤さんもスポンサーになってみては?」と言われましたが、丁重にお断りしました(笑)。(斉藤信)

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2016年11月 1日 (火)

カリモフっな名物ナンを食す!?(ウズベキスタン)

先日、秋風吹くウズベキスタン「城壁都市ヒワ2連泊と青い都サマルカンド8日間」より帰国致しました。毎日続く雲一つない青空、サマルカンドブルーと称される真っ青なモスクや神学校のドームがマッチして、絵になる風景を毎日見ながら過ごしました。

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 さて、ウズベキスタンと言えば、9月に26年大統領に就任し続けたカリモフ氏のご逝去がメディアを賑わせました。国際世論(欧米諸国)では「最も残酷な独裁者の一人」と称されたり、中川恭子さん著“ウズベキスタンの桜”では「温かい芯の強い眼差しで信頼できる人物」と表現されていたり、その評価は賛否両論。本当はどんな人物なのか?と改めて疑問を抱きながら、秋深まるウズベキスタンへいざ入国!

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ツアー中は、知識も語学力も堪能な日本語ガイド、ホテルのスタッフ、レストランのマネージャーやウェイター達、様々なウズベキスタン人と会話する機会がありました。そしてどの人も、口を揃えて「自分の父を亡くしたようだ」「カリモフ大統領は偉大」「お葬式では家族そろって号泣しました」と好意的な回答が返ってきました。

ガイド曰く、1991年にソ連から独立後、大統領に就任したカリモフ氏は下記を掲げて政策発表。(概略)
(1)教育      (何よりもまず教育だ!国を作るのも人だ!)
(2)国境軍備   (安全があってこそ、安心して国を建て直せる)
(3)国の自給自足(輸出用ではなく、自分たちの分は自らの手で)

 当時は貧しく観光客に物乞いをする毎日だったそうですが、教育を受けた若者たちが生産側に成長した10年後、国は急成長を遂げました。日本人から見ると豊かではないかもしれませんが、自国で自分たちが使う分の石油やガスを採り、農作物を作り、日没後も女性がひとりで安心して歩ける国、ウズベキスタン。大統領が掲げた政策と信念は国民に大きく支持されていることが分かりました。

死後、治安が悪化する!?と懸念の声も上がっていましたが、行ってみるといたって平穏。夜間にライトアップを見にモスクを訪れたり、朝の散歩でモスクのミナレットに上らせて貰ったり、未就学の子どもたちが道端で泥まみれで遊んでいたり、変わらぬ国の姿を確信できた気がします。

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余談ですが、出発前に故カリモフ大統領のニュースや遍歴をインターネットで調べていたら、「カリモフ、メロンパン」という用語がヒットしました。まさか大統領が日本のメロンパンを好きだった!?と驚いていたら、「外のカリカリな部分を先に食べて、次に中のモフモフな部分を相互に食べる」方法をネット用語で通称「カリモフ」と言うそうです。

実は、ウズベキスタンにも、この方法で食べられる主食があります。それは手作りナン(上記写真参照)。日本の白米のような存在のこの「ナン」。サマルカンドでは手作りナンの見学までし、熱々の焼きたてを頂きました。同じく外側はカリッカリ、中はフワフワで、まさに絶品。「カリモフな食べ方をしましょう!」と盛り上がりながら、食したのも今では良い想い出です。
ナンにサワークリームを付けると味は変わり、一緒にウズベキスタン産の赤ワインはいかがでしょうか。2009年メルロー種の「バギザガン」(フルボディ)は絶品。

2009

この国は、ギリシャからの来る隊商を「まるでギリシャのワインを飲んでいるようだ!」と唸らせた2500年前から続くワインの歴史を持ちます。最近日本でも輸入が始まりました。カリモフ大統領が進めたイスラム戒律寛容化により、お酒もウズベキスタンの旅を一層楽しくしてくれそうですね。(坂岸)

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2016年7月29日 (金)

大西宇宙飛行士の旅立ちをお見送り!ソユーズロケット打ち上げ生見学(カザフスタン)

2016年7月7日7時36分 ソユーズロケット打ち上げ
2016年7月7日の七夕の朝、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から、宇宙飛行士3名を乗せたソユーズロケットが打ち上がりました。日本人宇宙飛行士の大西卓哉さんが搭乗していたこともあり、今回の打ち上げは日本でも大注目でしたが、この打ち上げを宇宙基地で見学する「宇宙基地バイコヌール ソユーズ打ち上げ見学」のツアーが実施され、先日無事に見届けて帰国しました。

今回のツアーは発表から2度の延期を経ての出発。皆様、否応なしに打ち上げへの期待は高まっていました。私自身はというと、正直、これまで宇宙やロケットに関心はあまりなかったのですが、行くならば最低限の勉強はせねばと筑波宇宙センターへ見学に行ったところ、解説の方のお話にすっかり魅了されてしまい、にわか宇宙ファンになったほどです。人間、いつ、どんなタイミングで新しい物事に関心が湧くかわかりません。

ツアーは7月5日に日本を出発して中央アジアのカザフスタンへ。7月6日の夕方にバイコヌールへ入ると、砂漠の中の小さな町は、打ち上げを見学に来た人や各国のメディア、関係者の人々ですでに賑わっていました。外国人だらけです。とはいえ、すれ違う日本人はメディア関係者が多かったように思います。

打ち上げへ当日、本番へ向けてのカウントダウンは6時間前から始まります。今回の打ち上げは現地時間7時36分でしたので、逆算すると1時36分。それに合わせるために、ホテルを出発したのは0時30分でした。この先は決められた時間通りに進んでいくので、事前に時計の時刻合わせは必須です。

打ち上げ6時間前 コスモノートホテルから出発のお見送り

<打ち上げ6時間前-お見送り>
ホテルを出発し、まずは町中にあるコスモノートホテルへ。ここは宇宙飛行士たちのバイコヌールでの滞在場所であり、訓練所でもあります。その為、一般人は入れません。打ち上げ6時間前の1時36分、3名の宇宙飛行士がホテルから出発して基地へ向かう“お見送り”です。ホテルを出て、手を振りながらバスに乗り込む彼らに声援を送ります。
バスを見送ったあと、おまけで、ホテルの敷地内にある“宇宙飛行士の並木道”へ。これまで、ソ連・ロシア製のロケットに搭乗した宇宙飛行士たちは、飛び立つ前にここに植樹をするのだそうで、数日前、大西さんたちが植えた苗木も見つけました。七夕だからでしょうか、短冊もついていて「ミッション成功祈願」と書かれていました。もちろん、この並木道には、55年前にガガーリンが植えた木も堂々と立っていました。
その後、私達も車に乗って、町から約40km離れた宇宙基地へ。打ち上げまでの時間を利用し、基地内の博物館を見学します。ソ連時代からの宇宙開発に関する資料や、ロケット模型、ガガーリンを筆頭とする宇宙飛行士たちのサインやパネル写真などなど、どれも見ていて飽きません。

打ち上げ3時間前 バイコヌール宇宙基地内での出発式

<打ち上げ3時間前-出発式>
打ち上げ3時間前が近づいたので、基地内の“254番ビルディング”へ。3時間前の4時36分、宇宙服に身を包んだ宇宙飛行士たちの“出発式”です。ロシア宇宙局の偉い人に一言挨拶し、バスへ乗り込んで行きました。これを終えると宇宙飛行士たちはいよいよロケットへ移動し、乗り込むこととなるので、私たちが彼らに直接声援を送れるのはこれが最後。大西さんは3人の中で一番ガッツポーズをしていて、並々ならぬ意気込みを肌で感じることができました。

打ち上げ間近のソユーズロケット

<打ち上げへのカウントダウン>
夜が明けた6時頃、私たちは早々に打ち上げ見学ポイントで待機することにしました。今回のソユーズ打ち上げは、基地内の“1番発射台”から。55年前、ガガーリンが乗ったボストークの打ち上げにも使われた由緒ある発射台です(55年も使われていることに驚きました)。見学ポイントまでは、僅か1.4km!肉眼でもソユーズの姿が良く分かる距離です。待ち時間を利用して、カメラの望遠を調整したり、試し撮影をしたり・・・。周りでは各国のテレビクルーが中継のリハーサルをしていたりもします。お互い、準備に余念がありません。
打ち上げ30分前。ソユーズロケットを覆うように支えていた支柱が外され、全容があらわになりました。もうあそこには3人の宇宙飛行士が乗っているのかと思うと、不思議な感じです。
打ち上げ20秒前。いよいよエンジン点火!ここからはもう目を離せません。湧き上がる煙の勢いがどんどん増していきます。まだ最大出力ではないので、この時点ではそれほど音はしません。

<7時36分41秒 打ち上げ>
エンジン点火の合図があったとはいえ、それは突然でした。バリバリバリバリッという耳をつんざく轟音と、全身を大きく震わす振動を感じた瞬間、ソユーズはすぅっと空に向かって真っすぐに上がっていきました。男らしい爆音と振動とは反対に、雲ひとつない空に上がってゆくソユーズのシルエットには女性的な美しさが感じられ、それは生で打ち上げを見たことで初めて知る感動!一方、あんな乗り物(?)に、人間が乗っているということがにわかに信じがたいくらいの衝撃もあり、色々な感情が一気に襲ってくる不思議な体験でした。開いた口が塞がらない、想いが言葉にでない、まさにこういう時のことを言うのだと。

51時間後、ソユーズは無事に国際宇宙ステーションにドッキングし、大西宇宙飛行士の活動も本格的に始まりました。打ち上げを見送った瞬間から、もうなんだか“知り合いが宇宙に行った”ように勝手に思ってしまい、日々、活動に注目しているのは言うまでもありません。「一生に一度の体験」と思い、かの地に出かけましたが、早くも次を見たくなっています。人生に、新しい世界が広がったような気がします。(江間)

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