2017年11月10日 (金)

青きドナウの果てに出会った景色

先日、「MS.アマデウス・ロイヤル号 ウィーンからドナウ・デルタの大自然へ。ドナウ河7ヶ国クルーズ 12日間」のツアーより帰国しました。
このコースはかつてのハプスブルク家の御膝元ウィーンから東へ進み、黒海手前・世界自然遺産のドナウ・デルタまでドナウ河を下る旅です。
 ドナウ河と聞くとヨハン・シュトラウス2世の「美しき青きドナウ」という曲が有名ですよね。今回はドナウ河沿いの7つの国々の街々の観光をしながら進んだのですが、私の中でちょっとした疑問が…ドナウ河…青くない…な…。船内にはクルーズ・ディレクターと呼ばれる行程のエキスパートがいるのですが、彼女から1時間、たっぷりとドナウ講義をしてもらった時にその理由を教えてもらいました。
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 ドナウ河は、もともとヨーロッパの非常に重要な交通手段だったわけですが、今よりもずっとずっと澄んでいて、うっすらと青く見えていたそうです。どちらかというとちょっとくすんだ色合いで「青」というより「蒼」という感じだったのではないかということでした。これが一つの説。
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 もう一つの説は、ヨハン・シュトラウス2世が生まれる15年くらい前、ヨーロッパで大活躍していた人物が関係しているそうです。誰だと思います?19世紀初頭に活躍した人と言えば!そう!ナポレオンですよ!当時、神聖ローマ帝国だった今のオーストリアとドイツとのドナウ河を挟んだ戦いがいくつかありました。
 常勝軍ともいえるフランス軍。彼らが渡河するとその軍服の色で、ドナウが青く染まったように見えたと言われたのだそうです。ちょっと、それは説として無理がないかな?とは思いましたが、当時の戦いはもちろんですが、軍服を研究している人もいます。『華麗なるナポレオン軍の軍服』(マール社)をちらっと覗いてみると…青い軍服が多い!これなら歩兵や騎兵が勢いに乗って攻めてくるフランス軍の渡河する様は、ドナウが青くなったように見えたのかもしれません。どちらの説も、ヨハン・シュトラウス2世のころには、昔々のお話だったでしょうけれども。
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 けれども、美しい街々を抜けて自然の鉄門峡と呼ばれる絶景や、ドナウ・デルタに入り、とうとう黒海を望めたとき。太陽の光を受けて水面がキラキラして、茶色かったドナウはどこかへ消えてしまったようです。
誰もが感無量の中、「美しき青きドナウ」が流れました。
…目の前に広がるドナウが青く見えたのは私だけではなかったとも思います。(齋藤晃)

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2017年7月18日 (火)

“花の浮島”礼文島と知床の自然

 礼文の花
 先日、「クルーズでつなぐベストシーズンの礼文島と知床を歩く」の添乗より戻りました。
クルーズ船“ぱしふぃっくびいなす”で小樽港から3泊の船旅へ。
 北海道のさらに北部。稚内沖に浮かぶ礼文島は、初夏、花々が咲き“花の浮島”と呼ばれます。港では島民の皆さんが、手作り昆布茶でお出迎え。ここからフラワーガイドさんと花を観ながらのハイキングに出発しました。チシマフウロ、レブンシオガマ、オオカサモチ、オオハナウド、センダイハギ、ハイキンポウゲ、エゾカンゾウ、ハマナス、アサギリソウ、ハクサンチドリ、シャク、オニシモツケ、バイケイソウ、ネムロシオガマ、エゾオオバコ、チシマシンレイカなどを観察しながらハイキング。午後には植物園を訪れ特定国内希少種、北海道の天然記念物に指定されているレブンアツモリソウを観察しました。
 翌日は世界自然遺産、知床へ。海と陸とが一体になった生態系と、生物の多様性が認められ、2005年、日本で3番目の世界自然遺産に登録されました。知床五湖フィールドハウスから、ライセンスガイドさんの引率で、五湖全てを堪能する大ループのハイキングに出発。早速ウグイスやアオジの鳴き声が歓迎。ただいま鳥の繁殖期。オスは鳴き声や木をつつく音、羽音でメスにアピールします。花が終わって大きく育ったミズバショウ。開拓期に植えられたトドマツの木。知床の森は広葉樹も針葉樹も入り交じった針広混交林です。キビタキの声、昔は鉛筆に使われていたイチイの木、アカハラの声、ヤマブドウのツルが絡み付いた木にはヒグマの爪痕。ヒグマは木登りが上手で、ぶどう狩りをしたようです。
5湖ではルリイトトンボが飛び、ネムロコウホネが湖から咲いていました。4湖のほとりにはツタウルシ、サルナシ(=コクワ、実はキウイのよう)、ギンリョウソウ、ミズナラの木(昔ニッカウイスキーで樽の材料にしていました)にツリガネダケ。雪解け水でできた通称3.5湖にはエゾアカガエルを食べにシマフクロウがやってきます。ガイドさんのご自宅にも稀にシマフクロウが現れるそうです。羽を広げると全長2mにもなり、まるで畳が飛んでいるように見えるとか。3湖そばには、かつて知床五湖の象徴だったミズナラの木の倒木。再びミズバショウの繁殖地、クマもヒトも食べませんが、エゾシカが食べます。2湖越しに次第に雲が晴れて見えてきた知床連山。羅臼岳、三ツ峰、サシルイ岳、オチカバケ岳、硫黄山、新噴火口が並びます。
 巨大なキツツキ、クマゲラの開けた穴。穴を開けた後、長い舌で中の虫を食べますが、舌は木を突くときに脳を守るクッションの役割も果たすそうです。突いて開けた穴の形が舟に似ていることから、アイヌの人々は“舟の掘り方を教えにきてくれた神様”と呼ぶそうです。
寝ている間に次の目的地へ。クルーズの旅が快適なことは言うまでもありませんが、ぱしふぃっくびいなすは日本クルーズ客船が運航するだけあり、船員も皆日本語ができ、船内生活には一切不自由がありませんでした。 (尾崎)

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2016年2月16日 (火)

オマーンの飛び地でアラビアンクルーズ!

ダウ船

先日、「オマーンの飛び地ハッサブとアラビアンブルークルーズ9日間」より帰国いたしました。MSCムジカ(約9万トン、乗客定員約2500名)に乗船し、ドバイを出発。風に吹かれながらアブダビ、ホールファカン、マスカット、ハッサブへ次々と寄航し、最終的にドバイに戻ってくる船旅です。 どの寄港地も変化に冨んでおり魅力的でしたが、やはりツアーのタイトルにもある飛び地ハッサブが大変興味深かったです。ハッサブには、全長約20kmの巨大なフィヨルドが存在します。ヨーロッパとは異なり、緑のない茶色のごつごつとした岩肌が印象的です。そんな景色をご覧になったお客様からこんな質問をいただきました。「フィヨルドということは、この辺りも昔は氷河があったのですか?」もともとフィヨルドとは“氷河が浸食したところに、海水が入り込んだ場所”を意味します。しかし、ここは氷河の浸食でできたのではなく、大地の基盤変動で隆起した岩石で形成されているのだそうです。 さて、港でMSCムジカを降りて、オマーンの伝統的なダウ船に乗り換え、このハッサブ特有のフィヨルドのクルーズに出かけていきます。ダウ船は約100人が乗ることができ、椅子は無く座布団が敷かれています。屋根が付いていますが、壁はありません。風を肌で感じたい方は是非2階へ! 港を出発したダウ船は水しぶきを上げながら、ぐんぐんとスピードを上げていきます。さっきまで乗っていた9万トンもあるMSCムジカがどんどんと小さくなってゆきました。 40分ほど進んでゆくと、船に同乗していたガイドさんがマイクを片手に、「みなさんご覧ください!」と言いながら、海の中のあるポイントを指差しました。乗客は一斉にその指先の方向に注目します。そこには何とも可愛らしいチャイナイルカが、3匹肩を並べて泳いでいる姿が見えました。船内には歓喜の声が上がります。イルカは人懐こく賢いので、運がいいと私たちの走るダウ船と並行して、一緒に泳いでくれます。あちこちに顔をのぞかせるので、乗客は右に左にカメラを構えて大忙しです! チャイナイルカと戯れた後、小腹がすいてきたタイミングで船員から中近東ならではの振る舞いがありました。ナツメヤシとチャイです!何を隠そうナツメヤシは中近東を訪れた際の私の楽しみの1つです。このさっぱりとした甘さが癖になります。しかし、食べすぎには注意です。ナツメヤシはとても豊富な栄養分が含まれていますので、沢山食べてしまうとお腹回りが心配です。 ナツメヤシの甘さに癒されながら、少々遊覧を楽しんだ後、ダウ船は港へと引き返してゆきます。波にゆられ、さわやかな風を感じながらまったりとした約4時間のクルーズはあっという間に感じました。(堤)

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2016年1月 7日 (木)

大西洋の楽園、カナリア諸島&マデイラ島へ!

ユーラシア旅行社のクルーズツアー、カナリア諸島テネリフェ島のテイデ山

先日、「カナリア諸島とモロッコクルーズ」へ行ってきました。
冬の足音が聞こえ始めた12月上旬の日本を飛び出し、“常春の島々”“大西洋の楽園”と謳われる避寒地へ!16万トンのクルーズ船・ノルウェージャン エピック号に乗船し、スペインのバルセロナよりコロンブス像に見送られて出港。大航海時代に思いを馳せながら、ジブラルタル海峡を大西洋へ抜ける航海も楽しみつつ、カナリア諸島へ向かいました。

知人が1週間前にカナリア諸島へ向かった時、「大西洋は大荒れだった」と話していましたが、私達の航海はとても穏やか。ジブラルタル海峡から大西洋に出るところで「おやっ?少し揺れてるかな?」とは感じましたが、さすが16万トン、それ以降は安定の航海。出港から4日目、グラン・カナリア島に入港しました。天気は晴れ、朝8時頃でも長袖ブラウス1枚で外を歩ける穏やかな気候、まさに春!

ユーラシア旅行社のクルーズツアー、カナリア諸島名物のパパ・コン・モホ

そんなグラン・カナリア島では、カナリア諸島独自の植生をみられる植物園を見学した他、「パパ・コン・モホ」というカナリア名物料理を試食。これは、ジャガイモの“モホソース”がけ。南米起源のジャガイモは、ヨーロッパ本土にもたらされる前にカナリア諸島で定着したそうですが、これにモホソースという、日本でいうところのお醤油の様な存在である万能調味料をかけていただくものです。ソースのベースはニンニクやトウガラシ、酢、オリーブ油。そこに赤はパプリカ、緑はコリアンダーやパセリを使います。一口サイズで新じゃがのように薄皮、そこにニンニク風味のソース・・・いくらでも食べられてしまいました。カナリアの赤ワインと一緒なら、もっと美味しかったかも・・・。

ユーラシア旅行社のクルーズツアー、カナリア諸島テネリフェ島のテイデ山

翌日寄港したテネリフェ島では、旅の目的のひとつ、テイデ山見学へ。カナリア諸島は、大航海時代以来、約500年に渡りスペイン領です。そのスペインの最高峰は本土イベリア半島にはなく、このテイデ山なのです。標高3,718mで富士山と同じくらいの高さですが、海面下にあと約4,000mの裾野が隠れているのだとか。島全体を含め、山のてっぺんが海面上にちょっと顔を出しているだけという地形に驚きです。ゴツゴツした火山岩が散らばる無骨な感じや、成層火山の象徴である円錐形のような形も、富士山にそっくりで親近感を持ちました。

ポルトガル領のマデイラ島にも立ち寄り、春うらら~な気分で帰国した我々を待っていたのは、本格的な日本の冬。ついつい口にしてしまった「なんでこんなに寒いの~!?」の言葉。もうすでに、カナリア諸島のポカポカ陽気が恋しくてたまらない毎日です。(江間)

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2015年8月19日 (水)

ヴィヴァルディ号で行く!ドナウ河クルーズの魅力(リバークルーズ)

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先日、「黒海からブダペストまで 東欧5ヶ国ドナウ河クルーズ」の添乗より帰国致しました。
「ドナウ」と聞くと頭に浮かぶのは、あの音楽・・・そう、ワルツの名曲、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「美しく青きドナウ」。優雅にのんびりと流れる様子は、まさに〝母なるドナウ〟の呼び名に相応しいものでした。

今回の船旅は、ドナウ河が注ぐ黒海河口の町、ルーマニアのスリナから始まり、ブルガリア、セルビア、クロアチア、ハンガリーと上流へ遡っていくルート。
通常のツアーでもお馴染みのブカレストやベリコタルノヴォといった歴史深い、大きな街の観光もありますが、興味深かったのは船旅でないと訪れることが出来ない、小さな港町の観光でした。世界遺産に登録された大きな湿地帯のドナウデルタやブルガリアのルセ、セルビアのセレムスキ・カルロヴィツィ、クロアチアのオシエク等、これらの地名を聞いたことがあるという方は少ないのでは?
まだ観光地化されておらず、擦れていない素朴な人々、中心の広場にはショッピングセンター、古い教会、教育や政府の機関が集結し、散策しやすいというメリットもあります。

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又、少し足を伸ばすとガイドブックには載っていない、地元の人だけが知る穴場的な観光スポットなんかもあり、混載ツアーに参加するとそのような場所まで訪問できるのも嬉しいところ。
ルセの郊外にある岩窟修道院「バサルヴォヴォ」は聖ディミトリアスの古い伝説が残り、遺体を修道院に納めたところ様々な奇跡が起こったという、霊験あらたかな場所。
15世紀、修道士が隠遁生活を送る為、山の岩壁を削って造ったという礼拝堂は、内部にフレスコ画が描かれ、「素晴らしい」の一言!でも多くの人に知られることなくひっそりと人里離れた山の中に佇んでいました。

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そして、何といってもリバークルーズならではのハイライト、それは「閘門」です。
セルビアとルーマニアの国境134kmにも続く険しい渓谷、1972年にこの下流に巨大な〝鉄門ダム〟が建設される迄は、ローマ時代からここはかなりの難所とされてきました。
トラヤヌス帝は船の通過が危険なため、河岸の絶壁を削り道路を造りました。それを記念する大理石の石版の碑も残っています。
また旧ユーゴスラビアとルーマニアが共同で建設したメインの「鉄門ダム」は、2つの水力発電所と2段式の水門を備えています。1段目は20m、2段目は14mも水位を調整するという大きな水門。このダムの完成により5つの村が水底に沈み、25,000人の人々が移住させられたと言われており、かつて村があったというその場所に船が差しかかるとクルーがマイクを使って説明をしてくれます。
静かな河の流れが延々と続いているように見えますが、この水底にかつて機能していた村が眠っていると思うと少し複雑な気持ちになりました。
でもこれらの犠牲があったからこそ、今、安全に快適にドナウ河の船旅を楽しむことができているのです。
目一杯のおもてなしの心で迎えてくれた船内スタッフ、停泊した町々で積み込んだ新鮮な食材で作られた各地方の名物料理も良い思い出です。(三橋)

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2015年6月 9日 (火)

バス旅ではなかなか行けない都市を巡る、大西洋岸クルーズ

この度、ユーラシア旅行社のヨーロッパ大西洋岸縦断クルーズより帰国しました。
このツアーはポルトガルのリスボンから船に乗り、ポルト、スペインのラ・コールニャ、ビルバオ、フランスのルアーブル、イギリスのドーバー、ベルギーのゼーブルージュ、オランダのイムンデンに寄航し、スウェーデンのマルメまで7か国を巡るクルーズツアーです。

プルマントゥール

このクルーズのポイントは何と言っても寄航時間が長いこと!
ほとんどの港には午前中に到着。なんと朝から夜まで10時間も滞在する都市もありました。
寄航時間が長いので、「あそこも寄りたい」とか、「もうちょっとゆっくり買い物したい」という時も、出港時間に間に合わないのでは?という心配もなく楽しめます。
そして、今回寄航した都市は、通常のバスツアーなどではなかなか行けない地方ばかり。
もし、同じ都市をバスで巡ったら「一日中移動」という日が何日もあるでしょう。
夜寝ている間に次の都市に行ってくれるのも船旅の嬉しい点です。
もちろん、寄港地でツアーに参加すれば、車窓からの美しい景色も、その土地の美味しい食事を食べたり、通常バスツアーで体験できることをみんな堪能できます。
また、ちょっとゆっくりしたい時には出かけずに部屋や船のデッキでゆっくり過ごすことが出来るのも船旅ならではのポイントです。

エトルタ

また、船旅の一番のお薦めは入港、出港の瞬間。リスボン出港の時はエンリケ航海王子が先頭に立つ「発見のモニュメント」が見えたり、ドーバー入港の時は「ドーバー城」や「白亜の断崖」なども見えてとても素敵でした。
夜9時頃、ちょうど出港の時に夕日が沈むのが見えた日もありました。
日暮れとともに段々と小さくなってゆく建物や人を見ていたら、少しさみしい気持ちになりました(翌日にはすぐ次の港に着くわけですが)。
昔の船乗りたちもこうやって離れて行く故郷を見ていたのかなぁと、大航海時代の人に思いを馳せてみました。(関根)

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2015年6月 4日 (木)

溯ったり下ったり、時には橋をくぐって、迫力満点!楽しさ満載! ライン・ローヌ川のリバークルーズ(オランダ・ドイツ・フランス)

ライン河とローヌ川のリバークルーズの旅から帰国しました。
今回の旅でご案内してきたルートは、北海のアムステルダムからドイツを通ってフランスのストラスブールまでライン河を溯り、さらに船を乗り換えソーヌ川、ローヌ川を下り地中海へ抜ける日程でした。
今回のリバークルーズで最も印象的だったのは、ライン河の水運の多さに加え、周辺の自然が豊かなこと。
また、もうひとつはローヌ川で越えた幾つもの橋と水門でした。
船上から眺めるライン河の両岸は、5月ならではの鮮やかな新緑が眩しく、のどかな牧草地や美しい田園風景が続いています。
驚いたことに、河沿いに点在する町から外れると、人工的なコンクリートの護岸が全く無いのです。
ドイツ最大の工業地帯を航行している時でさえ、工場よりも緑の割合が多いくらい。
古代から中世を経て現代に至るまでライン河を中心に人々が往来し、町を建設して発展し、今もタンカーなどの大型船がひっきりなしに行き交っているにも関わらず、もはや日本では見られなくなってしまった、手付かずの川と豊かな自然や田園風景が残っているのには驚きました。
本来の自然が「残っている」のではなく、弛まぬ努力で「残している」のかも知れません。
アルプス山系のローヌ氷河から流れ出る全長812kmのローヌ川では、クルーズ船はいくつもの水門や越え、数え切れないほどの橋をくぐり、進んでゆきます。
特に町中など橋げたが低いところでは、橋との距離はまさに数センチしかありません。
サンデッキにボーっと突っ立っていると本当に橋に頭をぶつけてしまうぐらいのギリギリの間隔しかありません。橋に近づくと、「頭を下げろー!ぶつかるぞー!」という水夫の怒号が飛び交います。

今にもぶつかりそうなスレスレの間隔で通過!!

橋を通る度に、サンデッキのテラス屋根と操舵室を上下して橋にぶつからぬよう、巧みに橋をくぐってゆく様はスリル満点。
テラスで日向ぼっこをしている欧米人は歓声をあげて子供のように大はしゃぎ。
ヨーロッパのリバークルーズ船が潰れたようにペチャンコの船体をしているのは、まさにこの為でした。
また、ローヌ川は、かつて急流であった為に水門が至るところに設けられています。
クルーズ船はいくつもの水門を越え、高低差を克服して航行できるようになっています。
平均すると10m前後の水門が多いのですが、時には20m以上も高低差がある水門もあり、水門で知られるパナマ運河に負けない迫力があります。

船体ギリギリに迫る垂直にそそり立った不気味な壁面。
水門が開いた時に滝のように滴り落ちる水。
恐ろしいほどの水圧を堰き止める巨大な水門はまるでダムのよう。

不気味に聳え立つ巨大な水門

大きな客船をそのまま上下させる、この巨大な人口装置を人間が作りだしたかと思うと、人間の叡智を感じ、何だかゾクゾクしてきます。
船が水門に入り、船体がエレベーターのように上下する度に、乗客はサンデッキにでてその迫力を愉しんでいました。
船内での食事や寄港地での観光などクルーズ船本来の愉しみに加え、水門や橋の何気ない通過も迫力満点。

リバークルーズならではの一押し観光ポイントです。
(上田)

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2015年3月12日 (木)

オマーンの飛び地、ハッサブとはどんなところ?

先日、ユーラシア旅行社「オマーンの飛び地ハッサブとアラビアンブルー9日間」の船旅の添乗より帰国しました。
MCSオーケストラ号(約9万トン/乗客約2000人)にて、ドバイを出港し、アブダビ、フジャイラといったアラブ首長国連邦(UAE)を寄港、その後、オマーンのマスカットとハッサブを訪れ、再びドバイに戻ります。
ドバイ、アブダビ、マスカットなどは、一般的なツアーでも訪れることはありますが、オマーンのハッサブは、どこにあるかも、何があるかもご存知の方はあまりいないのではないでしょうか。
ハッサブは地図上で見ると、オマーン本土より陸上では孤立する島のように見えますが、オマーンの領地であり、いわゆる飛び地です。こじんまりとした町ながらも、隣国のイランや UAE との貿易が盛んな港町です。
このハッサブを含むムサンダムは、世界でも大変珍しい景観を持つ中東のフィヨルドであり、観光シーズンになると、大型クルーズ船が停泊したり、欧米人の穴場のリゾート地として、多くの人が訪れます。
今回の寄港地観光では、伝統的な木造のダウ船に乗り、フィヨルドの景観と青い海を楽しみながら、3時間ほどのクルージングを行いました。100人乗りの大きなダウ船には、アラビアンコーヒーやナツメヤシの実が用意されているので、アラビアの雰囲気を楽しむことができ、また波も穏やかなため、大変快適です。

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周囲は、石灰岩質の奇岩に覆われており、自然が作り上げた造形美を堪能出来ます。また少し船を進めると、ガイドさんから「ドルフィン!」という声が!彼が指さす方を確認すると、5頭ほどのイルカの群れが、私たちの船と並行してピョンピョンとジャンプしながら泳いでいるのです。
説明を聞くと、この辺りには500頭ほどのチャイナイルカという種類のイルカが生息しており、人懐こく、頭が良いため、船を見かけると、追いかけっこを始めるそうです。可愛らしい来客に遭遇した後、船は、テレコミュニケーション島という無人島の近くに1時間ほど停船します。ここは、海水が透き通っており、小魚もたくさん見られることから、ダイビングのスポットになっているのです。希望者はここで泳いだり、船内で昼寝をしながらゆっくりと過ごしたりと…。穏やかな時間が流れていました。
帰りは再びフィヨルドの景観を楽しみながら港に戻ります。
大型船とは違ったクルージングを楽しむことの出来た寄港地観光でした。(飯野)

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2014年12月19日 (金)

タイエリ峡谷鉄道でニュージーランドの大自然を満喫 (ユーラシア旅行社のクルーズツアー)

先日ユーラシア旅行社の「フィヨルドランドを航く、ニュージーランド大自然クルーズ 15日間」に、添乗員として同行致しました。プレミアム客船セレブリティ・ソルスティスに乗船し、オーストラリアのシドニーから出航。メルボルンに寄港した後、ニュージーランドへ向かいました。ニュージーランド最大の国立公園であるフィヨルドランド国立公園では、断崖絶壁が迫りくるフィヨルドの間を船で縫うように進み、その雄大な自然を堪能することができました。

ニュージーランドでは4つの港に寄りましたが、その寄港地の一つにダニーデンがありました。ニュージーランドは大きく分けて、北島と南島の二つに分かれていますが、ダニーデンは南島の南部東岸に位置します。スコットランドからの移民がダニーデンの街を開拓したという歴史から、今でもスコットランド風の街並みが残っています。またニュージーランド最古の大学・オタゴ大学がある、学生の街でもあります。

今回はそんなダニーデンの街で、タイエリ峡谷鉄道に乗車しました。タイエリ峡谷鉄道は、ダニーデンのあるオタゴ地方の内陸に広がる森林や峡谷を楽しむことにできる大人気の観光列車です。列車は街の中心にあるダニーデン駅を出発。列車が進むにつれて少しずつ車窓から見える建物の数が減っていきました。青々とした広大な大草原が広がっていたかと思えば、鬱蒼と木々が茂る森林地帯になったり、荒々しい峡谷の中を進んだりと、変化に富んだ車窓を楽しむことができました。途中、ヒンドンという駅で停車しました。ヒンドンは、かつてこの鉄道が観光列車ではなく市民の足として活躍していた頃、食堂があった駅です。近くの丘一面にハリエニシダの黄色い花が咲いていてとてもきれいでした。

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ヒンドンにて15分ほどの写真ストップを取った後そこからさらに1時間ほど進み、今回の折り返し地点プケランギ駅に到着しました。帰りは列車の中で車窓を楽しみながらお昼のお弁当を食べ、来た道を引き返しました。ニュージーランドの大自然を満喫できた、素敵な小旅行になりました。 (佐藤)

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2014年12月17日 (水)

いざ、ミステリーアイランドへ(ユーラシア旅行社で行くクルーズツアー)

先日、ユーラシア旅行社の「バヌアツ・ミステリーアイランドとフィジー、ニューカレドニアクルーズ15日間」のツアーより帰国しました。楽園と謳われる南太平洋の美しい島々をよりラクに訪れるには、やっぱりクルーズがもってこいです。まず何よりも、飛行機の旅のような手続きの煩わしさや待ち時間がなく、ストレスがありません。そして、島が近づくにつれて少しずつ色が変化する海の様子を手に取るように眺めることができます。そんなのんびりクルーズを楽しむべく、寒くなり始めた日本を脱出し、初夏の南太平洋へ向かったのでした。

船は世界三大美港のひとつ、シドニーから出港。左にハーバーブリッジ、右にオペラハウスという贅沢な光景に見送られました。今回のクルーズ最大の目的は、バヌアツ領の“ミステリーアイランド”訪問。そもそもバヌアツのどの辺りにあるのか?学生時代の地図帳を引っ張り出して探してみるも見つかりません。それならばと地図を購入しましたが、なんとこれにも見当たらず。ガイドブックにももちろん掲載がなく、その名の通りと言いますか、島の場所がまず“謎”。それでも、どこに向かうかよく分からないまま、船が進むに任せて旅をするのも楽しいものでした。

ユーラシア旅行社で行くクルーズツアー、ミステリーアイランド沖合にて

ニューカレドニアとフィジーに立ち寄りながら旅をすること10日目、目覚めると船はミステリーアイランドの沖合に錨を下ろしていました。デッキから見下ろしてみると、珊瑚により形成された白い砂浜、環礁に囲まれたターコイズブルーの海がそれはそれは美しい!太陽が昇るにつれて、海はさらに鮮やかなターコイズブルーになっていきます。と思うと、時折太陽に雲がかかり、ふっと光が弱くなって海の色はコバルトブルーに。テンダーボートで島に上陸すると海の色はさらに違って見え、さらに、歩いて30分程で島を1周してみると、方角、水深、水中の岩、ビーチの木々など様々な要因によって、同じ色の海は1か所としてありません。泳ぐのはもちろん楽しいのですが、島をぶらぶらして海を眺めているだけでもあっという間に時間が過ぎて行きました。数日前に訪れたニューカレドニアは“天国に一番近い場所”といわれていましたが、この謳い文句はミステリーアイランドにも当てはまるような気がしました。

ユーラシア旅行社で行くクルーズツアー、ミステリーアイランドのビーチにて

さてこのミステリーアイランド、定期便の船や飛行機はなく、個人で訪れるのはやや困難。クルーズならではのお楽しみの場所です。無人島ですが、今回のようにクルーズ船がやってくると、最寄りの島から現地の人々もやってきて土産物店をオープン、とても賑わいます。ついでに、きれいなお手洗いもありますので、安心して時間めいいっぱい島でのんびりできます。忙しい日常を離れ、のんびり、ぼーっとすることが最高の贅沢!と感じられる場所でした。クルーズでしか来られない謎の島、ミステリーアイランド。この先も、地図やガイドブックに載らなくてもいいのかも・・・。幸か不幸か、インターネットを駆使すれば何とか見つかりますが、ここは敢えて、謎のまま旅に出る方がワクワクドキドキいっぱいです。(江間)

ユーラシア旅行社で行くクルーズツアーはこちら

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