2017年8月 9日 (水)

モンゴルの国民的祭典、ナーダム祭

先日、「モンゴル最大の祭り!ナーダム祭へ 8日間」のツアーより帰国致しました。

ナーダムは、もともと太古から家畜が多く乳を出す恵みの夏に行なわれてきた大地の神と祖先に捧げる氏族の祭りで、現在では毎年7月11日の革命記念日(1921年のこの日に中国から独立)に首都ウランバートルにて、国を挙げて相撲・競馬・弓射の3つの競技が行われる国民的祭典です。
今回私たちは上記の3つの競技のほかに、セントラルスタジアムで行われた開会式も見学致しました。まずは大統領の登場!実は今年大統領選挙が行われ、7月9日の決選投票の結果、元横綱朝青龍の支援も受けているバトトルガ氏が当選しました。その翌日(つまりナーダムの前日)、ウランバートル市内のチンギスハン広場にて大統領就任式が行われましたが、今回私たちはタイミング良くチンギスハン広場にいたため、その様子を見ることができました。

大統領就任式

話はナーダムに戻りますが、バトトルガ新大統領のあいさつの後、約2時間にわたり大スペクタクルショーが行われました。ショーの始まりはスタジアム四方でゲルの組み立てが行われましたが、僅か10人程でものの5分で完成!数日前、私たちもツーリストキャンプにてゲルの組み立て体験をした際には約1時間かかったにもかかわらず。

ゲル組み立て1

ゲル組み立て2

それから匈奴、モンゴル帝国(チンギスハン時代)、中国からの独立、現在、未来と歴史に沿って、何千人の演者さんと何百頭もの馬にて繰り広げられるショーの迫力に圧倒されました。

開会式1

開会式2

ショーの後、引き続き同会場で相撲競技が行われました。ちなみに横綱白鵬の父親ムンフバト氏はこのナーダムで5連覇を果たしたモンゴル相撲の大横綱とのこと。

モンゴル相撲

参加する力士はなんと500人以上!したがってすべての取り組みを見ることはできず、私たちは20分ほど見て会場を後にし、近くの会場で行われていた弓射を見てから、バスにて郊外へ移動し競馬会場へ。競馬と言っても日本のように競馬場があるわけではなく、大草原の中を何十キロも走るというレースで、騎手は何と子供!私たちはゴール付近の様子を見学しました。名誉(賞品?)のためか、1位から10位くらいまでゴール付近で調教師も今か今かと待っていますが、順位が下がってくると誰も待っていません。それでも騎手の子供たちは一生懸命!中には疲れ果てた馬を引っ張ってゴールする騎手も。まあ順位はどうであれ、今回何十キロという過酷なレースに参加した子供たちは、今後立派な大人に成長し、未来のモンゴルを背負っていくに違いないと、私は確信したのでありました。(斉藤信)

競馬1

競馬2

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2017年7月13日 (木)

チェスキークルムロフの“薔薇祭り”にて中世にタイムスリップしてきました!

先日「チェコ周遊、ボヘミア珠玉の町々とモラヴィアの大自然11日間」より帰国しました。現地は夏真っ盛り!気温も25度を超え汗ばむ陽気となりましたが、からっと晴れ渡り、天気に恵まれたツアーとなりました。今回のツアーでは、この時期にしか見ることのできない緑のコントラストが延々と続くモラヴィアの大草原を走り抜けたり、チェスキークルムロフにて開かれる中世祭“五弁の薔薇祭り”へご案内するとっても贅沢な日程でした。
その中でも毎年3日間だけ開かれる薔薇祭りには心が躍りました。祭りの舞台となるチェスキークルムロフは南ボヘミア地方のブルタヴァ(モルダウ)川沿岸にたたずむ小さな町です。薔薇祭りと呼ばれますが、決してバラの花が咲き誇っているわけではありません。バラが見たければもう少し早い時期に訪れないとですね。この薔薇祭りはルネサンス時代の最後にこの地を治めていたロジュンベルク一族の華やかな時代を再現したものです。ロジュンベルク家の紋章に5枚の花びらの薔薇が描かれていたために薔薇祭りと呼ばれるようになりました。
祭り期間中はチェスキークルムロフの旧市街の広場や大小の通りが貴族・召使・農民・騎士・乞食など様々な身分の服装に身を包んだ地元民でごった返します。なんと言ってもこの祭りの見どころは、伝統衣装に身を包んだ人々が行う華麗な行進です。行進の先頭には太鼓の楽団とシンボルの赤い薔薇が描かれた旗がたなびきます。その後をロジュンベルグ一族に扮した人々、一族に使える召使、農民、そして乞食と続きます。一向が練り歩く姿はまさに圧巻。橋の上に陣取ったおかげで行進するご一向様の背景にはチェスキークルムロフ城を納めることがでました。

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夜になっても町は静まりません。街の夜空に上がる祭典の花火、特設ステージからは民族音楽ショー、そして屋台で買ったビールを片手に談笑する人々。私はホテルに戻るのが惜しくいつまでも広場に佇んでいました。(ビールも語らう友人もいませんでしたが…)
チェスキークルムロフは普段はとても静かで素朴な町。そんなチェスキーの町がこの3日間はまさにお祭り騒ぎ!さながら中世の華やかな時代にタイムスリップしたような錯覚を覚えます。
3日間の祭りを終えた翌朝、昨日までの喧騒が嘘のように広場はしーんと静まり返り、特設ステージを解体するお兄さんたちが作業をするのみ。来年の薔薇祭りまでまた穏やかないつもの町の姿へと戻っていきました。(岡山)

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2017年7月 5日 (水)

一足早い夏祭り、リスボンで一番盛り上がる聖アントニオ祭(別名イワシ祭り)

先日、ポルトガル物語15日間の添乗より戻って参りました。このツアーでは、大航海時代にエンリケ航海王子がアソーレス諸島と共に交通の要衝として発見したマデイラ島にも滞在しました。貿易によって持ち込まれたアフリカや南米の植物が、とても綺麗に花を咲かせていました。

そして、今回の見所は、リスボンで行われる聖アントニオ祭です。私たちは6月12日の前夜祭を見学しました。

このお祭りは、リスボンの守護聖人聖アントニオの生誕を祝うもので、各地区ごとに手作りで準備したお揃いの衣装でパフォーマンスをしながら通りを練り歩くパレードが開催されます。リベルダーデ通りに特設された客席には審査員が座っており、最も優れたパフォーマンスを見せた地区には賞が贈られます。電飾やカラフルな装飾で華やかさを出したり、その地区名産の物をモチーフにした衣装を用意するなど、見応えたっぷりです。

聖アントニオ祭

12世紀末に生まれた聖アントニオは生前から布教活動などで広く知られていたので、死後すぐに聖人となりました。彼が生まれ幼少期を過ごした場所には、15世紀に小さな礼拝堂が建てられました。そのサント・アントニオ・デ・リシュボア教会は、聖アントニオ祭の中心となっています。聖アントニオ祭は1755年に始まり、守護聖人アントニオの生誕と彼の偉業を讃えるため、開催日は彼の誕生日である6月13日となりました。

また、聖アントニオは縁結びの聖人でもあります。この日、リスボン市内から選抜された何組かのカップルは、無償で結婚式を挙げることができます。リスボンの方と婚約すれば、聖アントニオ祭での結婚式も夢ではありません。また、この日に願掛けをすると恋が叶う、告白をするとOKがもらえる、結婚をすると幸せになれると信じられていて、町では告白イベントや結婚式があちこちで行われます。

そしてさらに、この時期はイワシの解禁時期と重なっており、別名イワシ祭りともいわれ、主にアルファマ地区でイワシを焼く屋台がたくさん見られます。イワシの帽子を被った現地の人々は、美味しそうにイワシを食べています。歩いているだけで、屋台で焼かれるイワシの香りと煙が目に染みて、これこそが祭りだ!と実感します。

聖アントニア祭では、何よりもリスボンっ子たちの盛り上がりを肌で感じることができます。その雰囲気は日本の夏祭りにも似ており、自然と心が躍るお祭りでした。(松本)

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聖アントニオ祭

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2017年7月 4日 (火)

バラ摘み体験とパレードを堪能!カザンラクのバラ祭り(ブルガリア)

先日、「ルーマニア周遊とリラの僧院を訪ねる旅 12日間」のツアーより帰国致しました。

今回はバラのシーズン真っ盛り!ということで、ブルガリアのバラの谷・カザンラクにてバラ祭りへご案内させて頂きました。ユーラシアの旅では、2つの種類のバラ祭りにご案内させて頂きますが、1つは今年で10年目を迎えたユーラシアのお客様だけをご案内させて頂く「プライベートバラ祭り」ですが、こちらにつきましては、下記のブログをご参照下さい。

http://eurasia-blog.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-1326.html

そして今回ご案内したのが、もう1つの方のカザンラク市が主催するバラ祭りです。毎年6月の第一週に開催され、公式のプログラムに則って、世界中の観光客が参加するという一大イベントです。
祭りの最終日にあたる6月4日(日)。まずは午前中に郊外のバラ畑まで行き、バラ摘みを体験。私たちのグループはホテルを早めに出発したので、バラ畑に一番乗りで到着でき、そのまま甘い香りを漂わせたバラの花びらを思う存分摘んで頂くことができました。さて摘んだバラの花びらは、そのままに日本に持ち帰ることも可能。ドライポプリとして活用することができまし、あるいはバスタブにバラの花びらを浮かべて、優雅にバラ風呂を楽しむこともできます。その後、地元の少年少女による歌や民族舞踊を見学してから、バラ畑をあとにし、カザンラク市内へと戻りました。

バラ畑1

バラ畑2

お昼からはメインストリートで行われるパレードの見学。ここでは地元の学校の児童や生徒、またはクラブやサークルなどのグループがそれぞれ衣装を身に纏って街を練り歩きます。

パレード1

パレード2

そして一番の見ものは何と言ってもバラの女王!前日にコンテストが行われ、そこで準グランプリの女性2名とグランプリ(バラの女王)の女性1名が選ばれ、パレード当日にオープンカーに乗り、皆の前に披露されます。

バラの女王

その姿はバラの谷に咲くダマスクローズにも劣らぬ美しさ!ふと周りの観客を見渡してみると、特に男性客の目じりが下がってたのは言うまでもありません(かくいう私もそうだったかもしれませんが)。こうしてカザンラクの2つのバラの美(花&女王)を堪能することができ、私たちはカザンラクをあとにしたのでした。(斉藤信)

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2017年6月29日 (木)

「中世の雰囲気を味わうことができるタリンの旧市街祭り!(バルト三国)」

中世の衣装をまとった街人

先日、「バルト三国を極める旅 11日間」のツアーから帰国しました。
11日間でリトアニア、ラトビア、エストニアを周る、見所盛りだくさんのツアーです。この3つの国は、バルト三国とまとめて語られることが多いですが、言語、宗教、民族とそれぞれ国ごとに異なり、それぞれに違った魅力があります。
今回はエストニアの首都タリン旧市街で行われる、タリンの旧市街祭を体験できる日程です。ハンザ都市として繁栄した中世の雰囲気を肌で感じることのできる、タリンでも大きなイベントの一つです。
街中にはたくさんの露店が立ち並び、革製品や陶器、食品等様々なものを売っています。スタッフは皆、中世のコスチュームを身に着けています。また、各所で演奏やフォークダンスが行われており、華やかで可愛らしい衣装を着た人々が、軽快な音楽に合わせて素敵な踊りを披露してくれました。思わず、見ている私たちも参加して一緒に踊りたくなってきます。さほど広くないタリンの旧市街でも、至る所でついつい足が止まってしまうので、半日あっても足りないかもしれません。
ショッピングをしたり、ワークショップで何か記念になる小物づくりに参加してもいいかもしれません。可愛らしい町並みの片隅に座って、その場の雰囲気にひたるだけというのもよいでしょう。
決して派手で大規模なお祭りではありませんが、タリンのこじんまりとした、旧市街に合っているとても素敵なお祭りでした。(堤)

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2017年6月15日 (木)

140段の見事な大階段が待っている!陶器の街、カルタジローネ

シチリア島、南東部に位置する、陶器の街として有名なカルタジローネ。2002年にバロック様式の街の一つとして、世界遺産に登録されています。バロックの街並みに目を引かれつつ、可愛らしい陶器のお店をのぞいたりしながら、歩いていると、いつの間にか時間がたっていることに気づきます。先史時代から、この辺りでは、陶器作りが行われていて、現在でも受け継がれています。アラブ人から伝わる、マジョルカ焼きの技術もこの街から、イタリアに伝わっていったそう。今でもマジョルカ焼きの工房が軒を連ねます。細かい部分も丁寧に制作された、色鮮やかでシチリアらしい陶器がたくさんあり、お気に入りの1品に出会えるはず。

カルタジローネ、シチリアツアー、イタリア旅行、海外旅行

いつ訪れても、魅力的な街には変わりありませんが、今回のように、花階段のイベントの季節に訪れると、街一番の目玉である大階段が華やかに装飾され、一際目立ちます!
この大階段はスカーラと呼ばれ、140段程ある階段は、それぞれの段の側面に、いろいろな模様や絵が描かれた陶器のタイルがはめ込まれています。階段の一部はエトナ山の溶岩でできています。また、花階段の時期には、多くの植木鉢が階段に置かれ、主に大きな花が描かれます。年によってその絵は様々ですが、下から少し離れてみると、よくその形がわかります。140段程の少し段差も大きい階段ですが、ゆっくりゆっくりその一つ一つの絵を見ながら、後ろを振り返り、美しいカルタジローネの街の写真を撮りながら進めば、この階段もどうってことありません。一番上まで上がると、素晴らしい景色が待っているので、登る価値あり。今回は、ちょうど登り切ったところにあるサンタ・マリア・デル・モンテ教会でミサが行われており、中を少し見学。帰りも、階段沿いにお店をかまえる陶器屋さんを見ながら、少しずつ降りれば、問題なしです。
パレルモやタオルミナのように、見所がたくさんある街というわけではないですが、居心地がよく、立ち寄ってよかったと思わせてくれる街です。

カルタジローネ、シチリアツアー、イタリア旅行、海外旅行

同じ時期に行われる、ノートの街の花絨毯イベント(インフィオラータ)も開催されています。この時期のシチリアは、本当に花好きにはたまらないですね・・・(荒川)

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2017年4月25日 (火)

ナウルズの伝統行事「ブズカシ」とは?(ウズベキスタン)

ブズカシ1

先日、ユーラシア旅行社の「春を祝うナウルズの季節に行く!ウズベキスタン世界遺産周遊 9日間」のツアーより帰国致しました。
「ナウルズ」とは中央アジア諸国やイランなどかつてゾロアスター教を信仰していた国々で今も残る、春の訪れを祝うお祭りです。とりわけウズベキスタンでは、毎年春分の日に当たる3月21日が祝日となります。今回のツアーでは、そのナウルズの雰囲気を味わうことができました。訪れたウズベキスタン各地では盛大な賑わいが見られ、街中は民族衣装を身に纏った人たちでごった返していました。

ウズベク人の女の子

そしていろいろな催し物が行われますが、中でも代表的なのが「ブズカシ」と呼ばれる伝統的騎馬ゲームです。ルールはいたって簡単。頭を切り落とされた(!)1頭の山羊をボールに見立てて、それを20~30人の男たちが奪い合い、ゴール地点まで運んだ人が勝ち、いわば「騎馬ラグビー」といったところでしょうか?ただし頭を切り落とされたとはいえ、ボールよりもはるかに重い1頭の山羊をたった1人で馬に乗ったまま運ぶのですから、途中で重さに耐えきれず落としてしまったり、他のプレイヤーに妨害されたりするなど、一筋縄ではいきません。まさに肉弾戦で、中には落馬をするプレイヤーも。ゲームがスタートしてからゴールまで10分以上かかることもあります。

ブズカシ2

ではなぜ皆そこまで命がけで戦うのか?実はこの競技、お金持ちの人がスポンサーとなり、1ゲーム毎に賞金や賞品をもらうことができます。中には奥さんからプレッシャーをかけられている旦那さんも、ここで男を見せるため必死に戦っているのがわかります。ただ、これはあくまでもお祭りの中の一行事。勝負がついても決して遺恨はなく、皆健闘をたたえ合っていました。やはり国は違えどもスポーツマン精神は同じと感心。ちなみに私はガイドさんから「斉藤さんもスポンサーになってみては?」と言われましたが、丁重にお断りしました(笑)。(斉藤信)

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2017年3月 1日 (水)

コロンボの熱い夜!ペラヘラ祭(スリランカ)

ペラヘラ祭

 先日、「光リ輝く島スリランカ探訪~世界文化遺産の全て~8日間」のツアーから帰国しました。 スリランカは北海道の8割ほどの大きさしかない面積に、6つの世界文化遺産と2つの世界自然遺産があるたいへん見どころの多い国。8日間でも、シギリヤロックをはじめとする遺跡や、紅茶畑が見事な山の風景、青くきらめくインド洋など変化に富んだ景色を楽しむことができました。

 今回は、さらにツアーの目玉となるコロンボで行われたペラヘラ祭も見学。ペラヘラとは、寺のご神体や宝物を象の上などに載せて町を練り歩くお祭り。夏に古都・キャンディで開催されるものが有名ですが全国の聖地で時期をずらして行われています。 会場で今か今かと待っていると、パーンパーンという音をたてて鞭を打つ一団からパレードが始まりました。各地の旗の行列が終わると、次第に太鼓のリズムにあわせてキャンディアンダンスを踊るグループが通りすぎていきます。この踊りは、古くは宗教儀礼に遡り、キャンディ(中央高地)地方の健康、繁栄、魔除けを目的として踊られ、インド南部の踊りとも共通性が見られます。 テレビ中継に近い席であった為、太鼓の叩き手も踊り手も力がはいり、力強いリズムと共に、一糸乱れぬ動きやアクロバットを披露し、観客も熱い声援を贈っていました。

ペラヘラ祭

 そして、象がやってきます。電球のついた布で覆われた布で覆われた象は、太鼓の音にあわせて鼻や首を振るかわいらいしい象も。メインの象の背中には近くにあるガンガラーマ寺院のご神体が載せられ、その象が通り過ぎる時は見物中のスリランカ人も手を合わせていました。その後も、ライトアアップされた仏像の山車や迫力あるファイヤーダンスの列が続き、楽しい時間を過ごすことができました。

 スリランカは面積は小さくても見どころは豊富で地域によってベストシーズンも異なります。また、夏には古都キャンディでもペラヘラ祭りが行われます。(加藤)

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2016年10月25日 (火)

秋の高山祭(八幡祭)に行ってきました

先日、「秋の高山祭と長良川鵜飼、郡上八幡 3日間」の旅にいってきました。
毎年10月9日・10日に開催される高山祭は、江戸時代に制作された屋台が主役です。
漆や金箔も施した重要文化財の屋台は雨に弱いため、出発前の雨予報に最悪の事態も想定しつつ出発しましたが、雨は9日の明け方までに降りきり、少々開始が遅れたものの、無事にお祭りは催され、壮麗な屋台を見学することができました。
八幡祭(秋の高山祭)屋台
岐阜県飛騨地方の高山は木材と地下資源が豊富、加賀を睨む立地にあり、江戸時代には幕府の直轄地となりました。
幕府に代々この町を収めた金森氏が追われた頃、春の山王祭、秋の八幡祭の祭り行列に贅を尽くした屋台が登場するようになりました。
豊作を願い感謝する農民の祭りに町人の粋が詰まった屋台が加わり、今では、高山祭は全国的にも有名な祭りです。
現在高山祭には11の屋台があり、春秋それぞれ6つの屋台が登場します。
秋の祭りではこのうちの1つ布袋台がからくり屋台で
江戸時代の最先端技術を施したからくりが今も現役で動きます。
6人の黒子が糸を操り布袋と唐子(からこ)とよばれる小さな2体の人形を動かしますが、
唐子は雲梯をくるくると飛び移ります。
遠くから見ても近くから見てもその仕組みがわからず、江戸時代の職人の技、
これを保存してきた人々の努力、そして今なお動かし続ける現代に受け継がれた術にただただ感心してしまいました。
八幡祭(秋の高山祭)布袋台のからくり
何台もの屋台が八幡宮の参道に並ぶ様は圧巻ですが、各町の蔵からここまで移動させるところも見ものです。車輪は2対ですから、祭囃子を載せたまま狭い路地を曲がるのは大変!
重い屋台を男性たちが梃で少し浮かせて【戻し車】(車輪に対し垂直方向に向いた車輪)を下ろし、本体の車輪を浮かせたまま屋台を回転させます。
近年では、路地にかかる電線もあり、屋台の屋根飾りの形状によっては接触することも。
屋台の上に上がり、電線を避けながら回転の指示をする男性も見え、繊細で力強い祭りの真骨頂を見た気がしました。
(山岸)

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2016年9月 9日 (金)

ルーマニアの祝日、聖母マリア被昇天祭

モイセイ村1

先日、「ルーマニアとリラの僧院夢紀行 10日間」のツアーより帰国致しました。
ルーマニアにも日本と同様に祝祭日がございますが、ルーマニア請求を信仰している国でありますので、クリスマス、復活祭など、キリスト教関連の祝祭日が多く占めてきます。そして毎年8月15日は「聖母マリア被昇天祭」。聖母マリアがその人生の終わりに、肉体と霊魂を伴って天国にあげられたというこの日には、各教会で大々的にミサが行われます。
今回のツアーでこの日の観光は、ルーマニア北部の奥地で位置し、素朴な雰囲気が今なお残るマラムレシュ地方でした。まずは墓標に故人の生前の職業や生活がユーモアたっぷりに描かれたという、サプンツァの陽気なお墓へ行きましたが、このお墓には教会が隣接されており、ちょうどミサが行われていました。ただまだ早い時間(午前9時ごろ)だったせいか、ミサに来ていたのはほとんどお年を召した方たちでした。どうやら若い人たちは朝ゆっくり起きてから、これからのんびりと教会へ向かうとのこと。日本の田舎と同じような光景だなと思ったのは私だけでしょうか。

サプンツァ

その後サプンツァを後にして、東に位置するボグダンヴォーダへ。到着したのは午前11時ごろ。ここでは本来マラムレシュ地方の特徴でもある木造教会を見学することになっていたのですが、現在使われているのはその隣にあるコンクリート製の新しい教会で、やはりここでもミサが行われていました。さすがにこの時間になると、様々な年代の方々が来ていましたが、私たちもしばらくの間ミサを見学しました。ただミサもさることながら、私たちが気になったのは、ここに来ていた女の子たちの白地をベースにしたかわいらしい民族衣装でした(白は聖母マリアの象徴の色)。ミサの途中でありましたが、私たちが写真を撮ってもいいか尋ねると、気軽にポーズをとってくれました。しばらくミサを見学した後、本来の目的である木造教会へ移動しました。普段はもう教会としては使われていないので、中に入ることができず外観のみの見学となりますが、なんと司祭さんが今日は祝日だから特別にということで、なんと鍵を開けてくれて中に入らせてくれました(写真撮影は禁止でしたが)。一歩足を踏み入れると、壁に描かれたイコンがきれいに残されていました。18世紀に建立された教会だそうですが、現在使われていないにもかかわらずこれだけきれいに保存されているのは、地元の人の信仰心がそうさせているのだと改めて思いました。

ボグダンヴォーダ

実はこの日の観光の予定はこれで終わりで、あとは昼食をとってから、さらに東のブコヴィナ地方へ移動するだけでしたが、近くにあるモイセイ村というところに「聖母マリア教会」があり、ここで大規模なミサがあるということなので、そちらにも行ってみることに。私たちは村の入口の駐車場でバスを下りて、ここから教会までは歩いていくことに。地元の人の話では徒歩20~30分とのこと。私たちは舗装はされているものの、くねくねした山道を歩き教会を目指しましたが、30分歩いても教会に着く気配はない。「本当に教会はあるのだろうか?」と思いながら歩き続けると、歌声らしきものが聞こえてきました。「よし、教会は近づいている!」とはりきりながら歩を進めること10分後に教会に到着。ちょうどミサが終わるころで、各村の集落の団体ごとに旗や聖母マリアの肖像画を持ち、歌いながら教会から出てくるところを見ることができました。そしてここでも民族衣装を着た女の子たちがいて、やはり写真を撮ってもいいかお願いすると、気軽にOKの返事が。そして私たち日本人が珍しいせいか、こちらもいろいろと質問攻めにあいました。こうして1年に1回の特別な行事を目の当たりにして満足した私たちは軽い足取りで駐車場は帰っていったのでありました。(斉藤信)

モイセイ村2

モイセイ村3

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