カテゴリー「テーマ:歴史」の188件の記事

2009年12月 7日 (月)

シネマの世界へ溶け込む(フランス)

木々が色付き始めた黄葉の頃、10月15日発「南西フランス、絵のような風景へ 13日間」に行ってまいりました。St_jean_pied_de_port_4 独自の言語や文化を持つバスク地方の海辺の町からフランスの巡礼路にある小さな宿場町といった時間が止まったかのような村々。セピア色の写真を切り出したかのような煙突から煙が立ち昇る石積みの家、小さな村のサイズにあった素朴なロマネスクの教会。どこを切り取っても絵になるような風景の連続でした。

フランスでは、これといった観光名所があるのではないけれども、中世の頃から変わらない調和の取れた古い家並みなどが残された村で一定の基準に達すると「フランスの美しい村」に認定されます。 今回のツアーでは、美しい村に認定された村々をいくつも見てきました。Cordes_sur_ciel_4 それはまるでセピア色の映画の世界を歩いているかのような蜂蜜色の石造りの家並みの村。石畳の道を歩いていたときに覗いた人気がない骨董品屋は私を不思議の世界に入り込んだ感じにさせました。村の名前 に“赤”を意味するルージュがつく村では、その名の通り赤い石で造られた家が建ち並び、可愛らしく、それが自然の石のため雨に濡れたとき、一層赤みを帯びたことに感動しました。特段の歴史的建物や遺跡、観光名所ではなくても、村並みだけで心が満たされる思いでした。

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2009年12月 1日 (火)

中国60周年~古代の関所を訪ねて~

先日「中国王朝古都めぐり 11日間」より帰国致しました。興亡を繰り返した南京、西安、洛陽、開封、杭州、安陽、鄭州の「7大古都」を効率良く巡ってきました。

60_2

ちょうど中華人民共和国の建国記念日「国慶節」と重なりましたが、今年は中秋節の祝日と重なり8連休の大型連休となった為、普段以上に大変な賑わいをみせていました。1949年に毛沢東より建国が宣言されてから今年でちょうど60年目を迎え、観光地では『祝60年』のモニュメントが造られていたり、飾りにも工夫がなされていて私達の目を楽しませてくれました。  

ツアーで特に印象に残ったのは函谷関でした。「箱根の山は天下の険~」の文部省唱歌にも登場する古代の関所、それが「函谷関」です。河南省西部の両岸が切り立った谷に位置しており、さながら箱(函)のようなものというところからこの名が付いたようです。長安(現在は西安)と洛陽を結ぶ要道として多くの人々が行き来していました。

秦の時代の関所では、バスを降りるとまず老子と牛の像が出迎えてくれます。老子はここで道徳経を著したと言われていて、それを記念して像が造られました。奥へ進むとかつての古道がひっそりと残っており、2000年もの長き歴史を肌で感じることができました。

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2009年11月26日 (木)

異界の大地シリア・ヨルダンへの旅

El_khazne 「シリア・ヨルダン隊商の道 13日間」のツアーから帰国した。
シリアやヨルダンでは、私たちを取り囲む情景があまりに日本と違うため、まるで一瞬「別の惑星」に降り立ったかのような不思議な感覚に陥る。乾いた砂漠や岩の大地が広がり、高速道路の名前はなんと「砂の道」(デザート・ハイウェイ)、ただひたすらに荒涼の一本道が続く。秋から冬にかけては特に乾燥しているため、たくさんの小さな竜巻が遠く砂煙の渦を巻き起こし、いっそう異次元の世界を演出する。
それと同時に、この地が有する歴史の深みに一歩足を踏み入れると、「シリア」とか「ヨルダン」という国境線は、あまり意味をなさないことに気付く。独立からたかだか六十数年、二つの国として違う道を歩んで来ても、それを大きく上回る六千年以上の長い間、シリアもヨルダンもあるいはイスラエルも、ヨーロッパからアフリカ、アジアへつながる交通・戦略上の要所として、怒濤の「政権交代」の物語を刻みつけて来た「ひとつながり」の場所だ。
だから両国を「なんとなく、イスラム圏」と考えている人は、間違いでなくとも正解には遠い。ツアーでもしっかり訪れる、先史時代の文字や音楽発祥の地に始まって、モーセの没したネボ山や、パウロが落馬して改心した新・旧聖書ゆかりの場所。他にも中世十字軍の要塞クラック・デ・シュバリエや、あるいは現代史ではオスマン・トルコ支配の足跡に、現代紛争が生み出したパレスチナの難民キャンプ(傍をバスで通過する)・・・・・・シリアヨルダンには、世界史がそのまま凝縮されたかのように人類の歩みが刻まれている。ツアーは正に、その怒涛の歩みを追跡、体感する日々だった。
そんな中でも格別に迫力溢れる旅のハイライトは、やはり「ペトラ」を抜きに語ることはできない。

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2009年11月19日 (木)

「ラテンの国フランスでケルトを感じる旅」

Photo 先日「ブルターニュ、ノルマンディーの小さな町や村を訪ねて12日間」のツアーより帰国致しました。お天気にも恵まれ観光シーズンのピークを過ぎたフランスをのんびり廻ることが出来ました。

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2009年11月18日 (水)

世界遺産カルカソンヌを満喫 南西フランスの旅

先日、「南西フランス紀行」より帰国しました。紅葉の秋、美食の秋、芸術の秋…景色も食事もいろいろと楽しめる季節に南西フランスをぐるりと周遊しました。中でも今回は、2連泊してのんびり滞在できたカルカソンヌが特に印象的でした。 Carcassinne2
 カルカソンヌの旧市街は「シテ」と呼ばれ、二重の城壁が町をぐるりと囲んでいる外観の写真はよく見かけるかと思います。今回宿泊したホテル「トロワ・クロンヌ」は、その城壁が部屋からきれいに眺められる場所だったので、朝でもライトアップした夜でも、ずっとその景色を観光時間外にも楽しむことができました。ホテルにはまた、大きな窓ガラスで覆われているレストランや、屋上テラスもあり、何度となく感嘆の声が上がりました。また、夜にホテルから徒歩3分で行ける新橋から城壁を眺めると、ライトアップされた城壁と、その手前にやはりライトアップされた旧橋も入るので、夜景のベストスポットでした。Carcassonne1_2 
 日中は、城壁内を散策しましたが、正門のナルボンヌ門から町中に入る時、その二重の城壁がいかに頑丈で大きいか、そして外敵からの侵入に備えた仕掛けが沢山あるかということを、実際間近に見て驚きました。外側と内側の城壁の間は広い遊歩道になっていて、いつでも誰でも散策することができます。私たちも、フリータイム中にぐるっとひと回りしてみましたが、見た目ほど距離が長いとも思わず、お話をしながら歩いていたら、あっという間でした。

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2009年11月16日 (月)

スリランカ、シンハラ王朝の文化遺産シギリヤロック

先日「スリランカ世界文化遺産のすべて9日間」より帰国いたしました。
一年中、温暖な気候のスリランカでは10月というのに、ほぼ毎日30度を超える日が続きました。暑いのは苦手・・・と思われる方も少なくないと思いますが、街中に椰子の木やパパイヤ、マンゴスチンの背の高い熱帯地方ならではの木々が生い茂り、涼しいそよ風と木陰を作ってくれるので、それほど、苦ではありません。
さて、この9日間の日程の中で、私が一番印象的だったのは3日間目に訪れる古代都市・シギリヤという街に聳え立つシギリヤロックの観光です。シギリヤはコロンボから約5時間ほどバスを走らせたところにあります。5時間の移動と言っても、途中、カシューナッツの生産や籐細工で栄える小さな村々を通り過ぎ、ピンナウエラの像の孤児院にも立ち寄り愛らしい小象のミルクやりを見学しながら向かうので移動時間も楽しめること間違いなしです。
Frescoes_sigirya_maidens_1 シギリヤは、息を呑むほどの迫力ある巨大な一枚岩、そして、なんと言っても、岩山の中腹に描かれたシギリヤレディの壁画の美しさから1982年に世界文化遺産として登録されました。
シギリヤロックの歴史は5世紀後半・シンハラ王朝時代に遡ります。ダートゥセナ王の側室の子として生まれたカッサパはとても野心的でいつか自分が王として即位することを強く夢見ていました。そしてとうとう彼は、王である父親に不満を持つ将軍を集めて父王を投獄、その後、自身がカッサパ1世として王座に即位し、ついには父親殺害を命じてしまいます。しかし、「父を殺す」という仏教徒として最大の罪を犯してしまったカッサパは、その日から後悔の日々を送ります。Frescoes_sigirya_maidens_2 自分の犯してしまった罪を償うべく寺院や病院などを建て善政に励みますが罪の意識は消えず、弟の復讐にも怯える日々を送ったと言われています。しかしある時、父王が現在のシギリヤの岩山の上に宮殿を建てることを夢見ていたと知ったカッサパは亡き父の供養の為、宮殿を建造することを決意するのです。宮殿はわずか7年で完成。岩山を3分の2程上ったところにある「獅子の山」の壁面には艶やかな天女の姿が描かれ、それを眺めながら王妃ともに唯一の安らぎの時を送ったと言われています。

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2009年11月13日 (金)

複雑な過去を乗り越え、アドリア海に輝くクロアチア

紅葉が美しい、秋真っ盛りのクロアチア・スロヴェニアの旅より帰国しました。Kotor_2 今回の旅ではイタリアのトリエステからまずスロヴェニアに入り、クロアチアの合間を縫ってボスニア・ヘルツェゴヴィナ、モンテネグロにも少し足を踏み入れ、旧ユーゴスラビア連邦を形成していた6つの国家のうちの4つを、アドリア海沿岸を中心に巡りました。高く澄んだ空と、紺碧の海、アドリア海の秋は想像以上の美しさでした。Plitvice_lakes_national_park
最近、日本ではクロアチア、スロヴェニアの人気が急上昇しており、国の名前を知らないという人も珍しいくらい、憧れの観光地としてメジャーになってきています。アドリア海に浮かぶ要塞都市ドブロヴニクの鮮やかなオレンジの屋根が作り出す眺め、エメラルドグリーンに輝く16の湖をいくつもの滝が繋ぐプリトヴィツェ国立公園など、世界に名だたる景勝地のイメージが強いクロアチア。日本のガイドブックに載る美しい写真や楽しげなお土産の案内を見ていると、この国がほんの10年ちょっと前まで激しい紛争の最中にあったということを忘れてしまいます。実際に訪れてみても、名だたる観光地は綺麗に整えられ、かなり意識して見ないと内戦の跡を感じさせないくらいに復興していました。

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2009年11月10日 (火)

スペインで出会った様々なタイル

この度「華麗なるスペイン紀行10日間」より帰国しました。
日本ではそろそろ秋の風が吹き始めた10月中旬の旅。スペインで私達を迎えてくれたのは夏のような日差しでした。
スペインの南部、アンダルシア地方は「スペインのフライパン」と呼ばれるほど気温が高くなる地域です。前日、テレビの天気予報でチェックした気温は22℃だったのに、セビリヤのスペイン広場を訪れた当日の気温はなんと37℃!地元の人々の間が、夏は目玉焼きが焼けるという地元の人情報もうなずけます。

このスペイン広場は、青と白を基調とした美しいタイル・アズレージョが見られる事で観光客に人気。アズレーショはイスラム教徒と共に入ってきた文化です。西暦711年、アラブ人達がジブラルタル海峡を渡ってスペインに侵入し、イベリア半島の殆どを征服。その後1942年まで約800年もイスラム支配が続くのですが、その間にイスラムの幾何学模様やアラベスク模様と、スペイン独特の鮮やかな色彩を使ったデザインが混じり合い、絶妙なタイル文化が生まれます。Alhambra

この独特の文化はキリスト教国となってからもずっと今に至るまで人々に愛されているのです。アンダルシア地方は特にイスラム文化の影響が強く残っていて、その代表ともいえるグラナダのアルハンブラ宮殿では、パティオなどで様々な美しいタイルが使われています。イスラム教徒は、お祈りの時間になるとモスクに入り、床に自前の絨毯をひいてその上で神に祈ります。夏は特に暑くなるアンダルシア地方。ジリジリと暑い太陽から逃れるように人々は涼しいモスクに入り、ひんやりと気持ちいい床に寝そべり、また冷たいタイルの壁によりかかり、休むそうです。そんな時に、自然に美しい模様が人々の視界に入るように、壁のタイルや天井の鍾乳飾りがつくられているといいます。私も真似して静かなモスクの中でゆっくり天井を見上げたら、子供の頃、夏の暑い日に冷たい廊下に寝転がって天井を眺めていた事を思い出しました。

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2009年10月30日 (金)

先人に学んだ古代ローマ人の「一日にして成らず」(イタリア)

Photo  先日、南イタリアの旅より帰国致しました。映画で人気に火がついたアマルフィや、青の洞窟で有名なカプリ島などなど・・・・たくさんの見所がありますが、今回は、イタリアの基礎と言える古代ローマの成長に関わった先輩民族をご紹介したいと思います。

 2500年以上も前に生まれた古代ローマ。これまでに添乗したトルコやシリア、ヨルダン、リビア、アルジェリアなどでも古代ローマの都市遺跡を見てきましたが、計画性と技術力には圧倒されっぱなしでした。しかしこの力、古代ローマ人独自のものではないらしいのです。
 力を与えた先輩は主に2つ。まず、古代ローマ人以前にイタリア半島に暮らしていたエトルリア人。彼らは土木技術に長けていたそうで、フォロ・ロマーノは彼らが持っていた技術によって建設を成し得たと言われています。そんなエトルリア人の街・タルクィニアを訪れてみると、なんと丘の上。防衛優先だったのでしょうか。それでも丘から河へ、海へと出て積極的に交易を行っていた彼らは、ギリシア人とも交流を持っていたそうです。その証拠に、エトルリア人の墓には、ギリシア文化の影響を受けたとされる美しいフレスコ画が残っています。

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2009年10月16日 (金)

砂漠に眠る幻のカラホト遺跡(中国・内モンゴル)

Photo 先日、「西夏王国の幻影、黒水城とゴビ砂漠紀行」のツアーより帰国しました。

このツアーの見所はなんといっても、砂漠に眠る幻の西夏王国の遺跡・黒水城(カラホト)。西夏王国は、チベット系の民族が建てた国で、11世紀から13世紀にかけて、中国シルクロード・河西回廊を支配下に置き、さらには仏教を国教とし、「西夏文字」という独自の文字を持つなど、文化的にも繁栄するも、チンギスハーンにより民族ごと滅ぼされた王国です。カラホトは、謎の多い西夏王国の貴重な都市遺跡であり、日本でも80年代にNHKがカラホトを取り上げたことで一躍有名になったので、なんとなくご存知の方も多いかもしれません。お客様の中にも放映当時、この放送がとにかく楽しみで、仕事を終わらせては一目散に帰宅していたという方がいらっしゃいました。

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