2012年5月14日 (月)

サマルカンドでナンを食する(ウズベキスタン)

Kama 先日「サマルカンド・ヒワ・ブハラ世界遺産周遊の旅 8日間」の添乗より帰国致しました。
  このコースは、今もなお17世紀当時の面影を残す古城の街ヒワ、かつて政治経済の中心であったブハラ、英雄アミール・チムールの故郷シャフリサブスと世界遺産に登録されている街を訪れます。そして世界遺産でもう1つ忘れてはならないのが、「青の都」と呼ばれる街サマルカンドですが、レギスタン広場やシャーヒ・ジンダ廟群など青のドームが美しいのが特徴です。

 サマルカンドには名物がございます。それはズバリ「ナン」ですが、では「ナン」とは何でしょうか(笑)?私たち日本人にとっては、よくインド料理店に行ったときに出てくる細長いパンのようなものを思い出しますが、ウズベキスタンのナンも小麦粉でできたパンのような食べ物という点ではインドのナンと変わりません。しかし形は総じて円形となっています。このナンはウズベキスタンの人にとっての主食ですので、ウズベキスタンのほとんど食卓にはナンが並びます。その中でもサマルカンドのナンが名物と言われるのはなぜでしょうか?


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2012年5月 2日 (水)

さくら親善100周年~アメリカ東部・南部~

 ユーラシア旅行社の「アメリカ東部・南部大縦断物語 16日間」より帰国しました。北部ボストンから始まり、大都市ニューヨークや首都ワシントンを通り、アメリカ建国の歴史には欠かす事のできないフィラデルフィア、そしてさらに南下し、南部最大の都市アトランタ、そこから先のテーマは音楽へと移り、カントリー音楽の発祥の地ジャクソンやブルースの町メンフィスそしてジャズ発祥の地ニューオーリンズを目指していきます。
今年の注目は「日米さくら親善100周年記念」です!ツアーでも、ワシントンDCで開かれている「さくら祭」へとご案内いたしました。今年は100周年ということもあり、日本のニュースでも大々的に放送されていたので、テレビでご覧になった方もいらっしゃるかと思います。

日米さくら親善100周年

 1912年(明治45年)、日米友好の証として約3千本の桜がワシントンへ贈られました。この桜は明治の終わりごろに、アメリカのタフト大統領夫人の希望により、当時の尾崎行雄東京市長がプレゼントしたもの。日本の桜の美しさをアメリカ本国へ伝えたのは、当時日本へ留学していた学生や来日していた学者達だったのです。春になると薄ピンクの花を咲かせる桜の美しさに心打たれ、この美しさを自国の人々にも見てもらいたいと、桜をアメリカへ移植する運動が始まっていったのです。その運動に積極的に参加したのは、旅行作家であったエリザ・シドモア女史。彼女の兄は横浜の領事館に勤務していたので、日本と縁があり、来日。そして日本滞在中に向島の桜の美しさに魅せられたそうです。彼女は今、横浜の外国人墓地に眠っています。1991年(平成3年)には、ワシントンから里帰りした桜の苗木がお墓の近くに植えられ、エリザに捧げられました。

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2012年4月26日 (木)

“キブツ”の中で生きる人々(イスラエル)

Jerash_ruin 先日、ユーラシア旅行社の「ヨルダンの至宝ペトラと聖地エルサレム9日間」の旅から帰国いたしました。ちょうど野花が咲く季節、ヨルダンのジェラシュ遺跡やイスラエルのガリラヤ湖畔は黄色や紫など色とりどりの花々に囲まれ、柔らかな美しさの中にありました。
今回のツアー、ガリラヤ湖畔でお泊りいただいたホテルの持ち主はキブツという、少し珍しい団体でした。“キブツ”とは“集団”を表すヘブライ語です。その実態は、集産主義的共同体、つまり元々は中学校の歴史の授業で習った中国の人民公社やソ連のコルホーズと同じような、集団で農業経営を行う共同体であったわけです。中国やソ連でのこの壮大な社会実験がご存知のように大失敗に終わったのと対照的に、イスラエルのキブツは現代においてもイスラエル人が生活を送る場所の有力な1選択肢として残っています。また、イスラエル初代首相ベン・グリオンをはじめ、キブツ出身者の中には政治家・知識人の割合が非常に多いとのことでした。

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2012年3月26日 (月)

アジアの秘境へふれあいの旅

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 先日、「アジアの秘境、ブータン・バングラデシュ・ダージリン 16日間」のツアーより帰国しました。16日間の長いツアーでしたが、陸路で国境を越えて訪れた町々や遺跡、山々は素晴らしく、お客様もカメラを向ける手が止まりませんでしたが、それ以上に感動させてくれるのが、その土地で出会う地元の方々でした。

  英国植民地時代の避暑地だったインドのダージリンで訪れたチベット難民キャンプではチベットからの難民が作った工房や学校を見学しました。日本でもよく知られている、紅茶で有名なダージリン。60%以上の方々が紅茶産業に携わっています。そんな中で、チベットの伝統文化を守りながら、生活している方々。まずは、毛織物の工房を訪れました。女性が羊の毛を使った織物を織っていたところでした。お仕事中にも関わらず、ちょっと覗くと、入って、入ってと手招きしてくれました。いつも歌いながら仕事をするいうことだったので、その風景も見せいていただきました。チベットで命を亡くした仲間を思った歌は、お祈りのようでもあり、涙を誘う歌でもありました。

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2012年2月23日 (木)

パリの左岸を闊歩する

Louvremuseum   「パリで過ごす小粋な休日7日間」の添乗から戻りました。

 今回は、パリに5連泊し、ツアー専用のバスで点と点を結ぶご旅行ではなく、パリのメトロや公共の路線バスを利用し、実際に自分の足で歩き、移動することによってまるでその土地に暮らしているように旅をする、というまさにツアータイトルぴったりのコース内容でした!

 訪れたのが2月上旬であったため、シベリアからの寒波の影響でパリも雪がちらつきましたが、パリの住民達は雪には慣れているようで、滑りやすいメトロの出入り口の階段や坂になっている場所にはすぐに滑り止めの塩をまいてくれるので安心して外を歩くことが出来ました。また、外は少々寒くてもパリには大小無数の美術館があるので暖かい室内でじっくりと美術鑑賞を楽しみ、外の寒さはさほど気にならない7日間を過ごせました。

 今回は食と美術をこよなく愛する総勢12名様のお客様と共にパリの街を思いっきり闊歩しました。

 パリは、東京の山手線内側くらいのサイズで、中央にセーヌ川が流れています。セーヌ川は東から西へ(地図で見ると右から左へ)流れているため、川の流れと同じ方向に立つと、自分の左側が「左岸」、右側が「右岸」と呼ばれています。そして、右岸は華やかな商業地域オペラ座やルーブル美術館などの観光名所も多い一方、左岸のほうは、大学地区を抱えることもあり、「知」のイメージが強いエリアです。Chuny_museum_2

 パリに何度か行っていると、「右岸」が好きな人と「左岸」に惹かれる人と分かれてくるようです。そして、この「左岸」は「右岸」よりも観光客が少ないため非常に落ち着いています。

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2012年2月 8日 (水)

謎の海上遺跡ナンマドール

先日、【25周年特別企画】「ナンマドール海上遺跡とポナペの休日5日間」から帰国しました。

ポナペはミクロネシア連邦の中で一番大きな州の一番大きな島。島の周辺はマンタをたく

Nanmador

さん見えることができるスポットのため、ダイバーの人々には有名な島です。珊瑚礁に囲まれ、無数の小さな島々や無人島もあり、リゾート感満載のこの島の一角に、謎の海上遺跡ナンマドールがひっそりと佇んでいます。
小さなボートで波にたたきつけられるように進むこと40分。ボートのスピードがゆっくりとなり、浅瀬に入り込んでいくと・・・うっそうとした木々に覆われたナンマドール遺跡が現われました!ボートは、じらすようにゆっくりと遺跡に近づき、いよいよ上陸です。

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2012年2月 2日 (木)

アンコール遺跡と共に成長するカンボジアの人々

 年末年始のツアーとして石澤良昭先生ご同行の「アンコール遺跡群を極める旅」へ行って参りました。アンコール遺跡研究の第一人者であり上智大学特任教授でもある先生に同行して頂くとあってお客様もドキドキワクワク。今回で20回目となった弊社の先生同行ツアーも毎年毎年お客さまや先生からのご意見を頂き様々な試みをしてきました。

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 今年は、前年に開始して、大変ご好評を頂いた「仏教寺院バンテアイ・クデイでの発掘体験」を行いました。上智大学により2001年に274体もの廃仏が発掘されたことでも有名な寺院です。アンコール王朝最盛期の王・ジャヤヴァルマン7世が12世紀末にバラモン寺院を仏教寺院に改修しました。

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2012年1月20日 (金)

ミャンマー人の晴れ舞台

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先日、「ミャンマー大周遊 11日間」より帰国致しました。年末に日本を出発し、年末年始を黄金の国ミャンマーで過ごしました。
ミャンマーは敬虔な仏教国。お坊さんは女性が触れることのできないほど、地位が高く尊敬されています。もちろん至るところで優遇され、空港ではお坊さん専用の待合いスペースがあり、飛行機は優先搭乗。荷物は空港スタッフが機内までお持ちし、雨が降っていれば、傘をさしてあげて飛行機までご案内。いたでりつくせり、お世話をしています。

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2012年1月12日 (木)

カウントダウンのためにサイゴン川を目指すベトナムの若者

 この度、「躍動の国、ベトナム周遊11日間」より帰国しました。
 ベトナムといえばアオザイを身に纏った女性が、長い髪を風になびかせながら優雅に自転車に乗る姿や、ココナッツジュースを飲みながらのんびりとメコンデルタクルーズを楽しむ姿などを思い浮かべる方も多いでしょう。

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 でもツアータイトルの「躍動の国」はいったいどんなところ?と思われた方もいらっしゃるはず。それはベトナムを訪れれば分かります。町に出てまず驚くのがバイクの多さ!バスに乗って町の交差点に入れば、右から左から、前から後ろから切れ間なく押し寄せて来るのです。信号が変わっても入り乱れて走ってくる無数のバイク。そんな中ゆっくりと横断歩道を渡るおじいさんに、思わず「危ない!」と叫んでしまいました。まるで、荒野でバッタの大群に襲われたヤギのよう。でも、私達の心配をよそに、バイクは上手い具合におじいさんを避けて行きました。周りの人は素知らぬ顔で通り過ぎて行きます。どうやら日常茶飯事の光景のようです。
 ベトナムでは車を持つのはまだまだ一部の人だけ、今はバイクが主流です。仕事に行くのも遊びに行くのも暇つぶしするものバイクです。しかも一台のバイクに2人乗りは当たりまえ、中には3人4人乗りのバイクもあります。
 そんな激しい交通の中、道端ではお店を広げてフルーツを売る人やお焼きを焼いて売っている人などが元気に呼び込みしています。ベトナムの道路沿いに建つ家の殆どは1階部分がお店になっていて、歩道も店の一部と言わんばかりに商品が山積みになっていました。フォー屋さん(米粉で作った麺)の食堂はテーブルとイスが歩道をはみ出してまで並んでいます。七輪を出して路上でエビを焼いている人までいるのにはもうビックリ!歩道はもはや、歩くところというよりも商売する場所というのが暗黙の了解のようです。町を歩く時はバイクに後ろからクラクションを鳴らされながら車道を歩くのです。

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 また、ベトナムでは物乞いらしき人をあまり見かけませんでした。みんなどんなに小さな仕事でも見つけて自分で商売しているようです。観光客にただ買って買ってとしつこくせがむのではなく、活き活きとした表情で自分の作った物を自信満々で販売しているのです。みんな、他人に頼らず自力で頑張って生きているように感じました。

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2011年12月16日 (金)

キューバの動くクラシックカー博物館!

Dscf0620_2 先日、ユーラシア旅行社の「キューバの歴史と大自然探訪の旅 10日間」より帰国致しました。これは、首都ハバナから入り、第二の都市サンティアゴ・デ・クーバ~古都トリニダー~カマグエイと、キューバの主要な都市を巡るハイライトツアーです。私達が訪れた時期は丁度雨期から乾期に入る頃だったこともあり、青々しい緑もありながら、真珠のようなカリブ海や澄み切った青空の中での観光となり、天候にも恵まれました。
キューバというと、キューバ革命、音楽、サルサ、葉巻、ラム酒、クラッシックカー 等々、その魅力は尽きず、一度訪れたらその魅力の虜になる人は多く、私もその一人です。よく、「キューバの魅力は??」と聞かれますが、一言では語り尽せません。敢えて言うなら、他の国では見られない独自の“カッコ良さ”があります。例えば、街中の至る所ではキューバ音楽が流れ、サルサやラム酒を楽しむ人々、葉巻をくゆらしているおじいちゃん、おばあちゃん、海岸沿いを走り抜けるクラシックカー等、映画のワンシーンのような光景が次々と目に飛び込んで来ます!
ご紹介したい魅力は山程あるのですが、今回は、車ファンならたまらない、キューバで今も尚走るクラシックカーにスポットを当ててみたいと思います。

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