2007年11月11日 (日)

カーニバル(ヴェネツィア)

Vce_carnival 昨日、月に一度のしゃぶしゃぶを満喫した。基本的に炭水化物が好きな私は、肉も魚もそれ程食べないのだが、たまに目一杯食べたくなるので、だいたい月に一度しゃぶしゃぶの食い放題に行くのである。私はこれを個人的に「謝肉祭」と呼んでいる。謝肉祭の後、何ら欲を禁じる訳ではないのだが・・・。

ところで謝肉祭と言えば、先週ホームページにカーニバルの特集を公開した。謝肉祭=カーニバルだが、こちらも今ではその後に禁欲生活に入るという人は少なく、とりあえず盛大なお祝いをする事に力が注がれている。

さて、カーニバルはキリスト教圏の国であれば、大なり小なりほとんどの国で行われている。しかし、それぞれの国でも祝い方が異なるので、一つよりも二つ三つ見ていくと面白い。今日はその中でもヴェネツィアのカーニバルを紹介。

ヴェネツィアのカーニバルが正式にいつ始まったのかは定かではないが、公式ホームページ上では、1268年5月2日付けの古文書に初めて仮面に関する記述が登場したとある。時は海運共和国ヴェネツィエが、アドリア海や東地中海に勢力を伸張していた頃で、貿易を通じて巨万の富がこの都市に集中していた。しかし、一方でこの頃からヴェネツィア内では「退廃」の空気も漂っていたと言う。町の中では、博打、売春、薬物などが横行していた。(その模様は2004年公開された「ヴェニスの商人」でも描かれています。)

Vce_carnival3 仮面は身分を隠して、こうした退廃した遊びに耽るのに格好の道具であった。仮面文化はこのような下地で生まれた。共和国政府は、1339年、1458年にも限定的に仮面や仮装をを禁じた法を制定したようだが、一向に改善はされなかった。毎日のように平然と仮面を付け、場合によっては尼僧院に忍び込む殿方も少なくなかったようだ。業を煮やした共和国政府は、1608年8月13日に新たな法を制定した。即ち、カーニバルの期間と一部公式行事以外の時期に仮面や仮装をする事は一切禁止された。この法を破った者は2年の実刑、18ヶ月のガレー船漕ぎ手勤務、そして罰金が課された。女性の場合はさらに酷い刑が待っていたので必然的に日常的な仮面や仮装は減り、逆に限定されたカーニバルの期間は挙って仮面や仮装をするようになったと言う。

そして現代に至る。今日では身分を隠して遊ぶという中世の伝統は薄まり、恐らく一部の仮装はヴェネツィア市が協賛していると思われるが、今でも純粋にこの時期だけに豪華な中世の装いと仮面で無礼講を楽しむという人も皆無ではないようだ。もちろん観光客も参加できる。本格的な衣装や仮面はお値段も結構するが、シンプルな仮面と仮装なら気軽に楽しめるでお勧めしたい。

Vce_carnival2 サンマルコ広場辺りを彷徨っていれば、色々な観光客が写真を撮りに来るかもしれない。日本人が「フォト、、、OK?」と来たら、「はい、どうぞ」と答えてみるのもカーニバルらしいちょっとした悪戯だ。それを言った瞬間、観光客が撮影せずにその場を去るかもしれないが・・・。

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