2007年11月 5日 (月)

患い

Hideyo_noguchi 寄る年波のせいか、先週の金曜辺りから体調を崩してしまった。基本的にお医者さんにはかからない主義なのだが、そろそろそれも限界が来つつあるかなと思うこの頃。今回は幸いたいした事なかったのだが。

ところで、ユーラシア旅行社で馴染み深いお医者さんと言えば、以前機関紙ユーラシアニュースにも登場した野口英世氏だ。例年11~2月にかけてツアーを実施する西アフリカのツアーでは、ガーナの首都アクラを訪れる。このアクラこそが、野口英世氏が死を迎えた場所だ。野口氏は晩年はアフリカの黄熱病を撲滅すべく、ガーナに赴いていたのだ。

ガーナの海岸線は、近隣のトーゴやベニンと並んでかつて「黄金海岸」と謳われた。それは、これらの国々から黄金が産出され、一躍西洋諸国の注目するところとなったためだ。しかし、黄金の埋蔵量はそれ程多くなく、程なく貿易の中心は奴隷に移っていった暗い歴史もある。また、列強の植民地だった時代も長く、今でも随所にその痕跡が残っている。ガーナの首都アクラも例外ではなく、イギリス領時代の面影が漂う町並みが広がる。そのアクラの中心から少し離れたところにコールブー病院という病院がある。ガーナの病院なんてたいした事ないと思われる方いるかもしれませんが、これがどうしてなかなか立派です。そしてこの病院こそが、野口氏が最後の日々を送った場所だ。病院の中庭は、野口氏の功績に敬意を表して日本式庭園になっており、その中には野口氏の胸像もある。ガーナなんて地の果てまで来て、日本人の大きな足跡に触れると、当時はその場所で、何か込み上げて来る物があった。

日本でも良く耳にするガーナのチョコレートは現地で食べてもおいしくはなかったが、千円札でスーツケース1個分買えるぐらいの物価であった。もし買っていたら、肖像が少しばかり微笑んでくれただろうか。そのお札は、ガーナでは顔だ・・・。

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