2008年2月22日 (金)

旧ユーゴスラヴィア

Beograd 昨日、中国で開かれている東アジア選手権で、日本が中国に快勝した。オシム前監督もほっと胸を撫で下ろしているだろうか。対戦した中国のペトロヴィッチ監督は、オシム氏と同じ旧ユーゴ出身の監督であった。ペトロヴィッチ氏は旧ユーゴの核であったセルビア、オシム氏は紛争の末に独立を果たしたボスニア・ヘルツェコビナと、出身地に違いはあるが。

旧ユーゴと言えば、おりしも、旧?コソボ自治州が先週独立宣言をし、各国の対応が話題になっている。そこで、今日は、オシム氏の母国ボスニア・ヘルツェコヴィナと旧ユーゴ諸国について触れたい。かつて「7つの隣国、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字による1つの国」と呼ばれた場所だ。

Dubrovnik 先に触れた数字の語呂の内、6つの共和国は1990年代の混乱を経て、今日では全ての国が独立している。すなわち、スロヴェニアクロアチアセルビアモンテネグロボスニア・ヘルツェコヴィナマケドニアだ。今でこそ旅行先として大人気のクロアチアやスロヴェニアだが、1990年代は血塗られた10年となった。昨年添乗で訪れたクロアチアのドブロヴニクは、背後にスルジ山という山が聳えていて、登るとドブロヴニクの真上からのパノラマを楽しむ事が出来る。ドブロヴニクの旧市街からは、かつて山頂までのケーブルカーが通っていて、気軽にこの絶景を楽しむ事が出来た。その時のツアーでも自由時間を利用して、ご希望の方をご案内した。

Dubrovnik_cable しかし、現在はタクシーやミニバスをチャーターしなければ、山頂までは行けない。何故なら、現在のケーブルカーの駅は右の写真の通りの状況であるからだ。よって昨年は、タクシーを分譲して山頂まで行った。1991年にセルビア軍の爆撃で破壊されたままの姿で残っている。辛い記憶は過去に置き去りにするという選択肢もあるが、辛い記憶を未来の糧にする選択肢もある。ケーブルカーの再開を国が望んでいるのかどうか分からないが、広島と同じ主旨で残すつもりなのかもしれない。

同じように旧ユーゴの内戦で戦禍を被りながら、修復の道を選んだ場所がオシム氏の母国ボスニア・ヘルツェコビナにある。その修復は、建造物その物だけでなく、国民の和の修復を象徴するようになった。そして、負の遺産を「残す」事で世界遺産に登録された広島と対照的に、負の遺産を「直す」事で世界遺産に登録された。

明日に続く。

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