2008年2月 4日 (月)

カラヴァッジョの道

日曜付けの日経新聞の「美の美」というコーナーにカラヴァッジョが登場した。1月27日付けから4週に渡る連載だ。激動の人生を送った画家の一生とその主要な作品が紹介されているので、是非読んでみて欲しい。

Emmaus 私がカラヴァッジョと初めて出会ったのは、ロンドンのナショナル・ギャラリーであった。その作品は、「エマオの晩餐」と呼ばれる作品だ。基本的に美術は個々の主観で捉えるべき物だと考えているし、私ごときが傑作の技術を論じるのはあまりにおこがましいので、基本的には紹介しないが、この作品は私のカラヴァッジョの原点という事で、ご容赦願いたい。

さて、この作品を初めて見た時は、宗教画という印象はあまり受けなかったが、紛れもない宗教画なのである。主題は、エマオに向かう弟子達が偶然食事を共にする事になった謎の人物が、パンを分ける時の特別な祝福でキリストだと気付く場面だ。

向かって正面のこちらを向いている赤い衣の人物がキリストで、左右に掛けているのがその弟子達だ。奥で立っているのは給仕で、驚愕している弟子達と対照的に、キリストだと気付いていないこの人物は怪訝そうな表情で描かれている。その驚愕している弟子達だが、ペトロらしき(諸説ある)右側の人物は、左手が手前に向かって長く伸び、右手は奥に向かって短く伸びている。磔刑を連想させるこの両腕の開き方は、ペトロ自身の最期である逆さ十字を暗示しているのか(この人物をペトロとした場合)、或いは「あの磔刑で亡くなったキリストがいる」という驚愕を言葉ではなく、体で表しているのか。後者の方がしっくり来る。驚愕のあまり、今にも椅子を引いて後ろに倒れてしまいそうな左側の弟子の描写もまた、主題を全うするものだ。そして、カラヴァッジョの作品と言えば、なんと言っても画面に描かれた「光と影」だ。この作品においては、影にばらつきがある事から、複数の光源があるというのが通説だ。背景に斜めに走る光の筋が見えるが、これはカラヴァッジョの作品によく登場し、個人的なシンボルの一つにもなっていた。

Caravaggio_bacchus 個人的には、その画面の中の光と影に、カラヴァッジョ自身の人生の光と影を投影しているのではないかといつも感じる。そういう解釈もある。カラヴァッジョは、殺人を犯した狂気の芸術家として知られているが、記録や歴史に残らない闇に包まれた人生の中でも、複数の凶行を犯したのではというまことしやかな流説もある。実際に逮捕歴も豊富で、かなりの札付きとして当時は知られていた。筆をとれば、当代随一の腕前を誇りながら、放蕩三昧な私生活は彼の首を絞める結果をもたらす事にもなるのだが、本人はどう考えていたのだろうか。続きはまた明日。

(自画像と言われるローマ/ボルゲーゼ美術館の「病めるバッカス」)

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