チュニジア徒然
色々物議を醸し出しながらも、北京五輪の開催もいよいよ迫ってきた。各国の代表も直前合宿のスケジュールを発表しつつあるが、日本で五輪前の合宿を張る国も結構あるようだ。その中でちょっと目を引いたのがチュニジアの水泳チームによる尼崎市での直前合宿だ。チュニジア近年かなり頑張っている。2003年の世界選手権における初のメダルを手にし、昨年の世界選手権ではウサマ・メルーリ選手が800m自由形で優勝した。残念ながらこのメルーリ選手はその後ドーピング検査で引っかかり、出場停止処分を受けたが、北京には間に合いそうなので名誉挽回と行きたい。
チュニジアというアフリカの国とと水泳はイメージが結びつかない方も多いかもしれない。正直に言えば、私もあまり結びつかないのだが、そんな誤解のお詫びも含めて今日はチュニジアを紹介したい。
チュニジア共和国は、北アフリカの地中海沿岸に位置する国で面積は北海道の約2倍とあまり大きな国ではない。しかし、歴史は古い。そして近代以降の開発ラッシュのようなものもあまりない為、その古い歴史が今日でもよく息づいている。そして水泳選手を育てるだけの水もあり、緑もある国だ。
ツアーで訪れる場合のハイライトは、古代地中海の伝説の都市国家カルタゴであろう。フェニキア人達が築いたこの古の都は、紀元前の地中海にその名を轟かせ、名将ハンニバルの時代には、当時台頭しつつあったローマ帝国を飲み込むかの勢いであったが最終的に破れ、カルタゴも徹底的に破壊された。カルタゴが二度と蘇らぬようローマ人達が街を破壊した後で塩を撒いたという逸話もある。そんな訳で今日訪れるカルタゴはその後カエサルの時代に再建されたローマ式の街の遺構がほとんどだが、フェニキア人達の遺構も一部残っている。
フェニキア人達の遺構で最も形として残っているのはトフェの墓地だ。この墓地はフェニキア人達にとって聖地であった場所で、人身御供の儀式が行われていた場所だと言われている。古代ローマ人達は人身御供の習慣を忌み嫌っていた。そして、もっと忌み嫌っていたフェニキア人達を蛮族たらしめるために、人身御供の習慣を後付けで勝者の歴史書に書き込んだという説もあり、その真偽は定かではないが、人身御供の儀式を裏付ける物証も結構見つかっており、実際にある程度は行われていたのだろう。カルタゴはトップの写真のように今日では海に面した明るい場所だが、このトフェの一帯だけは鬱蒼と茂る木々に囲まれ、昼間でも暗い。
トフェの墓地の近くにかつてのカルタゴの軍港の跡がある。古代ギリシアや古代ローマ人達のように内陸部にあまり定住する事がなかったフェニキア人達は、歴史の上で海洋民族と喩えられる事が多い。その中心都市のカルタゴの海運技術と海軍の強さはギリシアやローマも敵わなかったぐらいだ。かつての建造物は何もないが、その港の形状は往時のままである。(下部の地図の右側下方、Salamboという地名の下側に位置するドーナッツ状の人工的な港がかつてのカルタゴの港跡。ちなみに中央にあるCarthageは欧州言語でのカルタゴの呼び名)
フェニキア人達は、ローマによるカルタゴの破壊後歴史から消えた。現代のチュニジアは主にアラブ人、一部ベルベル人やその他の少数民族によって構成される国家だ。フェニキア人達の行方は謎に包まれているが、こうして水泳で奮闘するチュニジアの選手を見かけると、人種はともかく、かつて地中海にその名を轟かせた海洋民族の伝統と誇りを感じずにはいられない・・・。
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