2008年7月28日 (月)

キプロスの復縁

S_cyprus 冷戦の終焉を象徴したベルリンの壁の崩壊から来年で20年になるというから早い物だ。当時は統合後について懐疑論が出たりしたものだが、小さな問題はあるものの、その後大きな問題もなく、ドイツ連邦共和国として無事機能していると言えるだろう。

しかし、世の中まだ別れたままの国家も少なくない。ドイツのように別離の理由が政治的な物に限られれば、復縁もた易かったのかもしれない。しかし、そこに民族的、宗教的なイデオロギーまで絡み始めると、復縁にはいくつもの壁が立ちはだかる事になる。そんな国の一つがキプロス共和国だ。
(写真:アフロディテが生まれたと言われるキプロス共和国のパフォス)

Green_line 他の地中海に浮かぶ島同様に、外部勢力の軒先として流転を続けたキプロスの歴史だが、20世紀後半に入ってようやく主権を得て独立した。しかし、住民の半分強がギリシア系、半分弱がトルコ系という構成であったキプロスでは独立後もどちらかの本国に統合されようという動きも根強く残っていた。1974年にギリシアへの帰属を目論むギリシア系住民の動きに対して、トルコは本国が軍事介入し、結果としてキプロスはグリーンラインと呼ばれる南北の国境(38度線のようなもの)を境に、ギリシア系の南とトルコ系の北に分断された。

N_cyprus その後険悪な関係が続いていたが、数年前から関係改善の兆候が現れ始め、かつてはツアーで同時に訪れるのが困難であったキプロスの南と北もツアーで同時に訪れる事が可能になった。そして、先週末には、本格的な復縁交渉が再開される目処もたった。もちろん再統一には課題も少なくないが、現在の南北首脳のどちらも再統一の積極派というこのタイミングを掴みたいところだ。

ユーラシアの旅で現在キプロスを訪れるツアー名は「南北キプロスを極める」。その冠である「南北」が不要になれば、個人的にも言うことはない。アフロディテも微笑んでくれるだろう・・・。

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