2008年10月 8日 (水)

変わり行くブータン?

Bhutan1 インドと中国に挟まれたヒマラヤの懐に佇む小国ブータン。一昔ブータンに行くと言えばユーラシア旅行社でも結構珍しい事であったが、最近は結構な人気を博している。国民総生産(GNP)よりも国民総幸福量(GNH)を重んじる政策を唱えた前国王の逸話も今ではご存知の方も多いだろう。グローバリズムに象徴される近代的な文化を排除し、築いてきた伝統や昔ながらの生活を守る、そんな政治が行われていたからこそ、ブータンは古き良き風景が守られて来た。それが今危機に瀕している(と言ったら大げさか・・・)。

何故危機に晒されているかと言えば、今ブータンでちょっとした変化が起きているからだ。

Bhutan_boys ブータンの正式国名は、ブータン王国。20世紀初頭の建国後からずっと王が国を治めてきた。今の王で第5代目を数える。その前王であった第4代目の王ジグミ・シンゲ・ワクチュクは聡明な王で国民から愛されていた。国民総幸福量の概念を唱えたのもこの王。恐らく誰よりもグローバリズムを理解し、警戒していたのだろう。何故なら、長らく王が支配してきたブータンを国民の手に返すという英断を下したのもこの王であるからだ。守るべき物は守ろうという姿勢を保ちながらも、グローバリズムの中で受け止めなければならない物はそうする事も辞さないという決断力を感じさせた。

Bhutan_children 2006年に即位した現王も前王の路線を引き継ぎ、2007年末と2008年春にブータンで初めての民主的な選挙が行われた。首相も選ばれ、夏には新しい憲法が定められた。絶対君主制から立憲君主制に正に今年移行した事になる。その是非を論じるのは難しいが、前王時代にあった民族衣装に身を包まなければならないという条例を始めとするブータンの文化と伝統を守る為の政策が大幅に緩和され、首都ティンプーではTシャツにジーパンの若者もちらほら見られるようになった。

美しかったブータンの文化や伝統は今後も失われずにいられるだろうか。どうなるかは何とも言えないだろう。しかし、ブータンをいつか見るなら、それは昔ながらの姿が息づく今すぐが良いだろう。意外な事だが、ブータンの公用語は英語である。グローバリズムの促進にはうってつけだ・・・。

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