2008年11月 6日 (木)

ユダの福音書

前回死海文書に触れたので、旧ブログ記事の流用になるが、「ユダの福音書」も紹介する。

2年前ぐらいから、「ユダの福音書」というエジプトで発見された写本が話題を呼んでいる。福音書と言えば、通常マタイ、ルカ、ヨハネ、マルコという4人の福音者達が描いたものを指す。この4人は、よくセットで宗教画にも描かれているので、お馴染みの方も多いのではないだろうか。しかし、実際に福音書とも呼べるものはかつて数多く存在し、ペトロが創始者となったヴァチカンがその中から教義として用いるに足る(不都合のない)書を4つ選んだのが、今日一般的に用いられている福音書である。

発見された「ユダの福音書」は、キリストを銀貨30枚で売り、裏切り者の代名詞とされるユダの使徒伝に近いようなので、当然ながらヴァチカンのペトロ派が採択しなかった福音書の一つ。昨日紹介した死海文書に続く原始キリスト教の謎に迫る書物だ。

既に発表された部分では、ユダの裏切りはキリストの指示によって行われたという著述があるとされた。また、ユダがキリストに一番愛された弟子であったとも。ユダの最期は、様々な描かれ方があるが、マタイ福音書にある銀貨を返して首を吊ったという説が最も一般的。仮に「ユダの福音書」の事実が正しいとすれば、ユダの自殺は単に裏切りの罪を悔いた末であるとも考え難く、彼こそ十字架を背負った人物だったのかもしれません。

Photo_2 「ダ・ヴィンチ・コード」では、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」におけるキリストの左側の人物は、通説であるヨハネでなく、妻であるマグダラのマリアとした。しかし「ユダの福音書」が事実であるとすれば、従来裏切りを指す意味でキリストの右手とユダの左手が同じ位置に向かって描かれているとされてきたのも、実はキリストがユダに対する信頼の意味で伸ばしていたと解釈する事も可能になるかもしれない。ジョットが描いたパドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂で描いた事でも有名なキリストを裏切る瞬間である「ユダの接吻」の解釈もまた別の解釈をあてる事が可能であろう。

良かれ悪かれ、キリストの最期に深く関わっていたユダに関する新しい真実が存在するならば、「ユダ・コード」なる新しいベストセラーが出たとしても不思議ではない。少なくても私にはそれを現代風のサスペンスに仕立てる程の才能はないが、幸か不幸か・・・。

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