パルミラのネクロポリス(シリア)
古代ローマ帝国の斜陽化が始まった紀元後3世紀、帝国の領土内であった中近東(現在のシリア)の通商路上で広範な自治を認められていたパルミラがにわかに勢力を増した。パルミラは東西を結ぶシルクロード上に位置するオアシスで、隊商達にとってはシリア砂漠の中に置ける重要な拠点であった。その時代パルミラの権力の中枢に上り詰めたのがゼノビアと美貌の女王であった。ローマの混乱を見極めるや、ゼノビアは現在のエジプトやトルコにまで軍を進めて一大勢力を築いたのだ。
今日のパルミラには当時の栄華を物語る一大遺跡が広範な範囲に広がっている。上部の写真はパルミラのかつての中心であった列柱が並ぶ大通りからバールの大神殿まで風景だ。奥に広がっているのがオアシスである。
シリアと言うと、何かときな臭い印象を覚える方もいるのだろう。しかし幸か不幸か、反米的な外交政策のおかげで反米的な原理主義者がシリアで事を起こす事はほとんどない。欧米系の観光客も多くはないので、欧米系の観光客で賑わう隣国ヨルダンよりも観光客を大切にしてくれるのも良い。あくまで個人的な印象だが。パルミラはそんなシリアの首都ダマスカスと並ぶ観光のハイライトである。
いつになく真面目な調子でここまで書いたのには理由がある。今パルミラが熱いのだ。どこが熱いのかと言えば、ネクロポリス(=死者の町=墓場)である。パルミラのネクロポリスには多数の墓が残っている。大別すると二通りの墓が存在し、地上から見える塔型の墓と地上には目立った目印もない地下型の物がある。これまでのツアーでもこの場所は必ず訪れていたが、本年度より一部の出発日では通常は入場できない特別なお墓も訪問できるようになったのだ。それが「ボルハとボルパの墓」と「アル・タバーンの墓」だ。
この二つの墓は1990年代初頭に発掘が開始された比較的発見が新しい墓である。そしてこの発掘を手がけたのが奈良のシルクロード学研究センターだ。この発掘を手がけるきっかけになったのが1988年奈良で開かれた「なら・シルクロード博」だと言うから面白い。パルミラでは他にもいくつかの地域で日本の考古学者達が発掘や研究を続けており、日本とも結びつきが深い。
「ボルハとボルパの墓」に関しては、シルクロード研究センターのウェブサイトに発掘と修復の様子が掲載されているページもあるのでご覧になってみてください。リンク先でF号墓と名付けられているのが「ボルハとボルパの墓」である。実際に他のパルミラの地下墓を見てきた添乗員の声を聞いてもこの墓の装飾はずば抜けて美しいそうだ。確かに写真を通じて眺めてもその秀逸な彫刻やレリーフの様子が分かる。この秋にシルクロード学研究センターの協力で特別に入場見学が出来、沢山のお客様にもお楽しみ頂いた。そして、来年もいくつかの出発日で特別見学が可能になった。
そんな訳で、今パルミラでは生きている人が住んでいる町より死者の町が熱いのである。謝恩キャンペーンの一環で年明けの多くのツアーを値下げしたので、是非パルミラへ。その熱さが喉元を通り過ぎない内に・・・。
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