2009年1月31日 (土)

古代エグナティア街道

Tessaloniki_egnatia_2 「すべての道はローマに通ず。」

以前フラッシュ・ブービー「古代地中海」の第4編でこの格言とローマ帝国における道路整備の発達について紹介した。地中海と西ヨーロッパの大半を覆う広大な帝国を支えたのが道路の敷設による密な連絡体制であった。当時の地中海と言えば、現在の西ヨーロッパは未だ片田舎でしかなく、あくまで文明が発達していたのはギリシア、エジプトやオリエントがある地中海の東方であったので必然的に東へ向かう道路の方がより重要であった。

「女王の道」と呼ばれたアッピア街道も東方(及び南方)へ向かう道の一つであった。ローマを起点に、イタリア半島の東南に位置するブリンディシまでを結んでいた。

Durres_theater そのブリンディシからは船に乗り換えてアドリア海を渡り、バルカン半島側からボスポラス海峡の要衝ビザンティウムまでを結んでいたのがエグナティア街道だ。アッピウスが敷設した道がアッピア街道と呼ばれたように、エグナティア街道の語源も道路を敷設したエグナティウスという人物の名前に由来する。日本の遣唐使の時代を思い出せば想像できるだろうが、それよりも何百年も前の時代、船旅はリスクが高かったので、東方の重要都市アテネ、アンティオキア(現在のトルコ南東端)、アレクサンドリアに向かうにはこの街道を使うのが無難であった。

Pela この街道の半ば、現在のギリシアにあたる場所にぺラという町がある。この町は何を隠そう、アレキサンドロスを排出した古代マケドニア王国の首都であった。エグナティア街道は、ぺラとボスポラスを結んでいるので、アレキサンドロスの時代にその名前はなかったにせよ、かの東方大遠征と同じ道筋である事が分かる。アレキサンドロスの約300年後には、これまた歴史を名を刻んだ英雄達がこの道で戦いを演じた。カエサルとポンペイウスがドゥラキム(現在のアルバニア)からギリシアの平原まで戦いを続け、、結果的にカエサルが勝利を収め、元老院派と共和制ローマは事実上過去の物となった。カエサルの暗殺後、アウグストゥス、アントニウスがブルータス、カシウスら暗殺者達と元老院派に止めを刺したのもエグナティア街道であった。ドゥラキムから現在のアルバニア、マケドニアを抜け、ギリシアの半ばの街道沿いの町フィリッピで勝利を収めた。

Istanbul ローマ帝国が滅んで以後、道が荒んだ時期もあった。しかしビザンチン帝国がエグナティア街道の終点のコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)に拠点を据え、ローマ時代とは逆に地中海の西方が重要性を持つようになると、再び街道は活用された。そして今日においても街道のギリシア領の部分には「エグナティア」という高速が走っている。

Ofrid 残念ながら当時の石畳はもうほとんど残っていないが、かつての街道沿いの主な都市の跡、街道沿いの景勝地は今日でも見ることができる。今年限定企画として新しいツアー「古代エグナティア街道を往く」というツアーも発表した。

道シリーズは芸術家のツアーでもタイトルに入っているが、それは点を巡る事と同じくらいに線を辿る事も企画の趣旨によっては、大切だからだ・・・。

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コメント

新企画の「古代エグナティア街道を往く」は、アレキサンダー大王の東征を辿る私には、大変興味あるコースです。
エグナティア街道は、ローマ時代に造られたので時代は違いますが、古くからの道を整備したもので、大王も同じ道を行ったと思われます。また、聖パウロも伝道の道として足跡を残しているようです。
今年限定の一度きりの企画ですが、今後も続けて企画されるようお願いします。

投稿: 山田栄作 | 2009年4月12日 (日) 01時18分

山田栄作様

いつもご利用下さいまして、誠にありがとうございます。
パンフレットではあまり触れませんでしたが、確かにエグナティアのペラより東の区間は、大王の東征の道でもありますね。実際にツアーでも訪れるフィリピの遺跡にはパウロの足跡もはっきり残っています。以前友人の結婚式でパウロの「フィリピの手紙」が読み上げられた時は新郎新婦をよそに、一人フィリピに思いを馳せてぞくぞくしていました。

今年のエグナティア街道のツアーは、おかげさまで催行決定させて頂きました。また来年も野花が街道を彩るであろうベストシーズンの5月にツアーを設定する予定なので、よろしくお願いします。

投稿: 管理人 | 2009年4月13日 (月) 10時16分

「フィリピの手紙」から、フィリピをイメージするなんて、さすがは管理人さんだと思いました。
今年は、他の旅行と重なって行けないので、このコースは、諦めていたのですが、来年も企画予定とのコメントなので、早速、日程表を検討させて頂きました。
ティラナ~オフリド~テッサロニキまでは、申し分ない行程です。
ところが、フィリッピ と、その港町ネアポリス(カヴァラ)の見学はありますが、アンフィポリス (Amphipolis)が入っておりません。どうして古代ギリシアからのエグナティア街道の遺跡を、抜いてしまったのでしょうか。
また、クサンティを出てから、「アレキサンダー大王ゆかりの古都アレクサンドロポリに立ち寄ります。」とありますが、エグナティア街道がテーマなら、その近くのトライアヌポリス(Traianoupolis)には、見るべきものはないのでしょうか。

本気で行こうとすると、疑問も湧いてくるものです。差し支えなければ、ご教示いただければありがたいのですが。

投稿: 山田栄作 | 2009年4月22日 (水) 01時16分

山田様

コメントありがとうございました。
アンフィポリスに関しては企画時に検討させて頂きました。しかし、日程と宿泊地(カヴァラのホテルが限られている為、クサンティに泊まる可能性も考慮)の都合上、フィリピと両立するのは慌しくなってしまうという懸念により、最終的に現在の日程にさせて頂きました。
来期の日程はまだ未定ですが、テッサロニキ近郊は他にもご意見(ヴェルギナ、アトス山など)を頂戴しましたので、改めて検討させて頂いた上で来期の企画を発表させて頂きたいと存じます。

トライアノポリスに関しましては、日程表では触れてませんが、基本的に立ち寄る予定です。但し、ご危惧の通りあまり歴史的なみどころが残っていないのでエグナティア街道から少し外れるものの、この地方では最大の町であるアレキサンドロポリを日程に記載させて頂きました。

来期企画の発表は少し先(今年の12月上旬予定)になりますが、是非よろしくお願い致します!

投稿: 管理人 | 2009年4月22日 (水) 20時47分

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