2009年1月 8日 (木)

プラハの春とスメタナ

Prague_hall ポーランドやポーランドに接するロシア領のカリーニングラードにおける米露のミサイル配備問題が物議を醸している。巷では新冷戦と呼ばれたりしているが、あの時代が帰って来ないように願いたい。

今では忘れ去られつつある冷戦時代の象徴的な場面の一つであったのがプラハの春事件だ。1968年当時、ソヴィエトの影響下にあったチェコスロヴァキア社会主義共和国で起こった一連の民主化運動(或いは反共運動)とそれを最終的に鎮めたソ連の軍事介入を指す。

Prague_smetana プラハの春と言えば、現在は音楽祭のタイトルでもある。この音楽祭は音楽の国として知られるチェコの中でも最も大きな音楽祭の一つだ。開幕を飾るのはスメタナの「我が祖国」である。歴史を通じて周囲の列強の干渉を受け続けたチェコ人達にとってこの曲ほど思い入れのある曲もないだろう。そして音楽祭のフィナーレを飾るのがもう一人の偉大なるチェコ人音楽家ドヴォルザークである。音楽祭の詳細については、特集ページをご参照下さい。

冷戦時の血なまぐさい事件は忘れ去られ、21世紀の現在では「プラハの春」は主にこの音楽祭を指して用いられるようになった。しかし、それは過去が忘れ去られた事より同じ名前を冠する事によって過去を未来に引き継ごうとしているのかもしれない。スメタナの思いが込められた「我が祖国」を聴くチェコ人達の目には、40年前の事件当時と変わらぬ愛国心が滲んでいる・・・。

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