2009年6月 9日 (火)

メドゥーサ、呪われた女神

Leptys_medusa2 今日の記事のタイトルはこのブログにしてはやや気取っているが、実は個人的に昔から何かと気になる女神がこのメデューサだ。リビアの地中海沿岸にある古代ローマ最大級の遺跡レプティス・マグナのフォーラムの辺りにはこのメデゥーサ像が数多く見られる。よく月刊誌EURASIA(ユーラシアニュース)やパンフレットにも写真を使っているので見かけた事がある方も多いだろう。

メドゥーサ?あの醜い怪物じゃないの?そんな疑問を覚える方もいるだろう。一般的なギリシャ神話では、メドゥーサは元々美人であったゴルゴン三姉妹の三女にあたり、自分の美貌を自慢したがために女神アテナの怒りを買い、醜い怪物に変えられたとされている。

Dedyma_medusa しかし、メドゥーサの話はそんなに簡単ではない。何故なら古代ローマの時代に大いに栄えたレプティス・マグナに立派な像がいくつも並んでいたぐらいだから。もちろんメドゥーサの像があったのはレプティスに限らず、小アジア(現在のトルコ)を中心に幅広く信仰されていたのだ。もちろん怪物としてではなく、女神としてである。(左の写真はトルコ南部ディディマのメドゥーサ像)

Palace_medusaメドゥーサは、元々ギリシャ人達が来る前から小アジア一帯にいた先住民族達が信仰していた大地母神であった。その信仰はギリシャ人達の到来によって砕かれるわけだが、古代の宗教は新しい信者に受け入れやすくする為に、土着宗教の一部を取り入れる事は日常茶飯事であった。しかし、一方でギリシャ神話ではヘラ、アテナ、アルテミスら神としての属性がメドゥーサとかぶる女神が既に何人もいたので、他の神々や慣習が一部採用された中で、メドゥーサは怪物に転落したのである。右の写真はイスタンブールの地下宮殿にあるメドゥーサ像。写真がひっくり返っているのではなく、あえてメドゥーサの頭像を逆さにして柱の土台にしているのだ。古代宗教を否定するキリスト教国家のビザンチン帝国時代に施された建築だ。

キリスト教におけるマグダラのマリアと似たような末路を辿っているとも言える。しかし幸いな事にマグダラのマリア同様、為政者の恣意?とは裏腹に、メドゥーサ信仰は生き続ける。いわゆるグレコ・ローマン時代に数多くのメデゥーサ像が各地で彫られ、変わらぬ人々の信仰を受けた。

Athena この結果を見て危機感を覚えた時の為政者達が施した物なのか、或いはメドゥーサ信仰が強い状況を見越した上で先手を打ったのかは分からないが、面白い話がある。ペルセウスがメドゥーサを撃退する神話の最後に、ペルセウスがアテナの保護への感謝の印として、メドゥーサの首をアテナに報じる場面がある。アテナはこの首をゼウスからもらった自慢の盾に埋め込んだ。アテナは元々都市の守護神として信仰されていたので、その守護神の防御の道具である盾もまた信仰の対象になった。つまりメドゥーサはギリシャ神話の中でも形を変えて人々の信仰を集め続ける事が可能ではあったのだ。

ちなみにこのアテナの盾は、ホメロスの文献でゼウスの枕詞としてよく登場するアイギスと呼ばれていた物で、英語風に読めば「イージス」。そう今日我々もよく耳にする対空防御に優れたイージス艦の語源ともなっている。ひょっとしたら、イージス艦にもメドゥーサのご加護が宿っているのかもしれない・・・。(明日に続く)

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