2009年6月16日 (火)

アーサー王と円卓の騎士達

Tintergel_castle 昨日宮澤さんが「英国ロマネスクとロスリン礼拝堂 12日間」の旅に出発した。そのツアーに出発する前、たまたまアーサー王の話が出た。ロマネスクを見に行く旅とは言え、その土地に根付く伝承も理解する事は欠かせない。そこでブリテンに息づく伝説とは少々様相が異なるアーサー王を実際の歴史的な観点から描いた映画「アーサー王」のDVDを貸した。果たして役に立ったのだろうか。何はともあれ、今日はアーサー王について少々紹介したい。

そもそもアーサー王とは歴史上実在した人物なのだろうか。私は実在していたと信じている、何故なら夢やロマンを売らなければいけない職業に就いてしまったのだから・・・。

伝説ではアーサー王は、5~6世紀頃のブリテンの王であった。イギリス南西部のコーンウォル半島のティンタージェルに生まれた後、伝説の魔導師マーリンに育てられ、名剣エクスカリバーを手に王に上り詰めていく。名君の前に優秀な部下も続々と集い、評議に用いられたテーブルが丸かった事からその部下達は円卓の騎士と呼ばれるようになった。その中には一騎当千の勇を誇ったランスロットの姿もあった。また、絶世の美を誇るグィネヴィアを妻に迎えた。騎士らの活躍でアーサーは遂にイタリアまで遠征し、ローマを陥落させる。さらにキリスト教の伝説の聖具である聖杯の探求にも出発し、ランスロットの息子であるガラハッドが発見して宮廷に持ち帰る。

ここまでは英雄物語として申し分ない。しかし、その後転落が始まる。きっかけは最も優秀な部下であったランスロットと王妃グィネヴィアの不倫である。この不倫が明るみに出ると、アーサー王とランスロット派の戦いが始まった。この戦いは消耗戦の末に引き分け、漁夫の利を狙ってブリテンで放棄した別の騎士モルドレッドとの戦いの跡アーサーは消息を絶つ。ランスロットとグィネヴィアは相次いで出家し、それぞれ別々に孤独な生涯を送りながら間もなく息をひきとる。

以上がアーサー王に関する一般的な物語で、日本でも大型の本屋であれば容易に文献が見つかるだろう。しかしこの物語は初期には口承で伝えられ、その後の時代を経て加わった部分も多いので、次回は実際にアーサー王ゆかりの地を交えながら、その真実にちょっとだけ迫る。

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コメント

はじめまして、いつも楽しく拝見させて頂いています。

私は昔騎士道文学に興味があり、アーサー王ゆかりの地をいつか訪れたいと思ってます。
写真では廃墟に近そうですが、ティンタージェルのお城にアーサーの足跡は残っていますか。
また、今後ツアーを組む予定はありますか。

投稿: まりー | 2009年6月18日 (木) 11時36分

まりーさん

いつもありがとうございます。
アーサー王ゆかりの地は、今日の記事で紹介したティンタジェルの他、最期の地アヴァロンと言われるグラストンベリーやウィンチェスターなどが挙げられます。
アーサー王だけがテーマではありませんが、今現在設定もある以下のツアーでグラストンベリーとティンタジェルを訪れるので、是非お勧めです。

伝説が息づく大地、ウェールズとコーンウォール半島
http://www.eurasia.co.jp/nittei/w_europe/we12/index.html

投稿: 管理人 | 2009年6月18日 (木) 15時02分

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