2009年6月10日 (水)

メドゥーサ、呪われた女神の続き~邪眼、EVIL EYE~

前回の記事の続きから

Nazar_boncugu 前回メドゥーサ信仰について触れたが、その信仰は今日まで形を変えて生き残っている。よくトルコのお土産物屋で見かける目玉のお守りナザール・ボンジュウだ。この目玉は厄除けの効果があると信じられているが、それはアテナ及びメドゥーサ信仰から脈々と受け継がれてきた物だろう(正確に言えば、それ以外にもあった様々な信仰と結びつきながら)。

古代の地中海には、現在では邪眼(英語ではEVIL EYE)と呼ばれるある種のまじないがあった。特定の目(或いは人間)に見つめられると不幸が起こるというものだ。呪術的な信仰というところだろうか。この邪眼から身を守るためのお守りがナザール・ボンジュウなのである。

Horus この風習は何もトルコに限った事ではない。古いところでは、古代エジプトでもこのような風習があった。そのエジプトで邪眼に対する護符としてもちいられたのは、ホルスの目(通称ウジャトの目)であった。左の写真は、エジプト(場所は不明だがエジプトではよく見かける構図)にあるホルス神(左)が描かれた壁画だが、ホルスの目に注目してみて欲しい。目の下部に描かれている模様は、涙を流しているようにも見えるが、古代エジプトではこの目こそが邪眼から守ってくれる万物を見通す目であった。

Lutsu エジプト文明が衰退すると、フェニキア人とギリシャ人達が台頭した。この二つの民族は共に地中海貿易で繁栄した海洋民族と呼べるくらい船を重用した民族であった。その船の舳先にフェニキア人もギリシャ人も通常ある飾りを描いた。目である。残念ながら当時の船は今日に残っていないが、例えば今日マルタ島に残るルツと呼ばれる漁船にはこの目玉が残っている。マルタは歴史を遡れば、フェニキア人達が支配していた島だ。

この邪眼は他にもインド、ペルシャ一帯、そして古代ローマによる地中海制覇が成ると、南ヨーロッパや北アフリカを始めとして、幅広く広まった。このように邪眼は幅広い地域でその存在が信じられていたので、ナザール・ボンジュウも本来はメドゥーサ信仰とはまた別のルーツを持っているというのが正しいのだろう。ちなみに古代のユダヤでは、魚が邪眼に対するお守りとして用いられたりした。ご存知のように魚はキリスト教の象徴としても用いられたが、こうした既存の信仰を取り入れたのかもしれない。

Hamsa 邪眼に対する畏怖は今日まで生き続けている。北アフリカや中近東一帯でよく見かけるアクセサリーに「ファティマの手(ハムサ)」と呼ばれるお土産がある。現在では様々な形態があるのだが、その原型は手のひらの真ん中に目が描かれていたと言われている。左の写真はチュニジアで見つけたファティマの手であるが、真ん中の飾りは恐らく目を象徴している。チュニジアではよくこのファティマの手をドアの飾りに用いている。もちろん魔除けとして利用されているのだ。

さて、ここまで邪眼について色々な国を紹介してきたが、最後に米国について少々。あくまで個人的な憶測の一つに過ぎないが、現代の米国にも邪眼に対する恐れとお守りの伝統が残っていると思っている。ひょっとしたらヨーロッパから移民と同時に持ち込まれたのかもしれない。一ドル札に描かれているピラミッドの上のプロビデンスの目である。よく都市伝説でフリーメイソンと結びつけられるが、そこにはフリーメイソンよりも遥かに古く、深い信仰が今日まで息づいているのかもしれない・・・。

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