2009年8月17日 (月)

聖パウロ

Caravaggio_conversion 週末は体調が優れないので、家に閉じこもっていた。正確に言えば、体調が良くても家に閉じこもっている場合もあるので、体調が優れないと言うのは別に必要条件ではないだろう・・・。

ま、それはともかく、家に閉じこもるという事で何もしなくては暇を持て余す。よって何かを探しにビデオ屋に行ったところ、すごい作品を見つけた。「聖パウロ、ローマ帝国に挑んだ男」である。私はローマの皇帝ではハドリアヌス、キリスト教の聖人ではパウロが好き。二人に共通しているのは、当代きっての旅人であった事だ。

そんな訳で映画を借りて家で早速見てみた・・・

制作費も限られていた(と思われる)割には、なかなかしっかり作られた映画であった。最期パウロがローマに辿り着いて正にローマに挑もうとしたところで急に映画が終わってしまった事以外は。

Damascus_ananiaschurch いきなりパウロと言われてもピンと来ない人もいると思うが、パウロはペトロと並んでキリスト教を代表する聖人。キリストがユダヤの地で起こした宗教は当初ユダヤ教から独立した新しいキリスト教であるよりもユダヤ教の中のキリスト派という位置づけに近かった。実際キリストの死後に教団を率いたペトロも外国人への布教にあまり積極的でなかったと言われている。割礼などユダヤ生まれの儀式が当初のキリスト教では重んじられていた事も外国人への布教(特にギリシャやローマ人)への壁を高くしていた。そこで登場したのがパウロである。キリストから異教徒(ギリシャやローマの非ユダヤ人)への布教を命じられたパウロは、ペトロやヤコブら保守派をなんとか説得し、割礼の儀式なしでもキリスト教に入信できるようにした。そして、シリア地方からアナトリア(現在のトルコ)、ギリシャに渡って粘り強く布教を続けた。時には迫害も受け、命からがらの脱出をした事もあったが、パウロのおかげでキリスト教はじわりと信者を増やしたのであった。

Corinthos パウロの足跡は、このシリアからギリシャに至る経路のあちこちに残っていて、今でも信仰の対象になっている。ダマスカス、アンタクヤ(アンティオキア)、タルソス、エフェソス、フィリッピ、コリントス、ロードス島、マルタ島等、少なからずパウロの記録が残されている場所も少なくない。

パウロはローマに到着して少ししてから処刑されたが、彼の努力のおかげでキリスト教はギリシャ・ローマ人の間でも広がり、ヨーロッパにおいて確たる地位を築いた。ちなみにこの記事では触れなかったが、パウロはダマスカスで回心するまで、キリスト教徒を迫害する側にあった敬虔なユダヤ教徒でもあった。映画ではその辺りの変化も詳しく紹介されているので、機会があればご覧になってみて下さい。体調が良くても、悪くても・・・。

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コメント

あんらあ~ビックリ!!実は今(区立図書館で借りたんですけど・・・)「地図とあらすじで読む聖書」を読んでいて「パウロの伝道」の章を読み終わったところだったのです!!そのうちレンタルで見たいものです。勿論体調云々は無関係でね・・・(笑)

投稿: マ~ツオさ~ん | 2009年8月17日 (月) 22時50分

マ~ツオさ~ん

いつもありがとうございます。
すごい偶然ですね。映画は2000年に公開されたようですが、今まで全く知りませんでした。結構パウロ派の観点から作られているので、本を読まれた後であれば一層楽しめると思います。

投稿: 管理人 | 2009年8月18日 (火) 10時20分

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