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2009年10月

2009年10月31日 (土)

東京タワーの巨大ラグビーボール

Nz_rugbyball 世界最強のラグビーチームと2011年のワールドカップ開催を記念して6日間限定で東京タワーの下に出現した巨大ラグビーボール。全長25m、高さ13mにも及ぶこのラグビーボールは、内部の天井や壁が360度スクリーンになっていて、ニュージーランドの自然や文化が紹介されている。塔に近いところに置く必然性があるのかどうかは不明だが、パリのエッフェル塔、ロンドンのロンドンブリッジの近くに続いて来日して東京タワーのふもとに設置された。

今年は、ラグビー界では世界で最も権威のある対抗戦であるオールブラックス(ニュージーランド代表)とワラビーズ(オーストラリア代表)の対抗戦プレディスローカップをこのボールの中で観戦するイベントにやってきた。

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2009年10月30日 (金)

業界の景気動向

Itpro 当社随一の裏事情通の上野さん曰く、「各業界の景気は各業界の展示会におけるコンパニオンの数で決まる。」だそうだ。現在幕張で開かれている東京モーターショーでは結構減ったらしい。

そんな折、既にツイッターに表示されているように、今日はビックサイトで開かれているITpro EXPO 2009というイベントに出かけた。一頃は飛ぶ鳥を落とす勢いだったIT業界も新規参入が相次ぎ、競争が激化している。だからそう景気がいい訳ではないのではないかと思ったが、入場してみるとすごい活気であった。コンパニオンの数もすごい。実態は知る由もないが、意外に景気がいいのだろうか。

そう言えば先日行った旅行博ではコンパニオンなんてほとんど見かけなかったような・・・。

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2009年10月29日 (木)

シルクロードのオアシス、ブハラ(ウズベキスタン)

Bukhara ユーラシアの旅に「中央アジア5ヶ国大周遊 17日間」というツアーがある。あまり普通には行けなさそうな旅行だが、これがどっこい人気ツアーで年に何本も出発する。中央アジアと一括りに言っても、ウズベキスタン、キルギス、カザフスタン、タジキスタン、トルクメニスタンとそれぞれに国や人に個性もあり、シルクロードのオアシス都市を中心にみどころも結構多い旅だ。17日間というのは添乗員としても楽ではないが、旅半ばからクライマックスにかけて現れるオアシス都市ブハラはそんな長いツアーの添乗員にとっても心のオアシスかもしれない・・・。

ブハラは、ウズベキスタンのほぼ中央部に位置する由緒あるシルクロード上の古都だ。

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2009年10月28日 (水)

ナバテア人の古代都市ペトラ(ヨルダン)~その3~

ナバテア人の古代都市ペトラ(ヨルダン)~その1~
ナバテア人の古代都市ペトラ(ヨルダン)~その2~

Petra_decamanos 前回では、シークを抜けたエル・カズネまでを紹介した。ペトラを代表する建築だけに、ここで満足してしまいがちだ。しかし、ペトラは広い。もっと歩き進める事でエル・カズネで得た満足感はさらに膨らむだろう。エル・カズネの右脇を抜けると、いよいよペトラの中心部に入っていく。少し右に曲がり始めた辺りに、ローマ時代に造営された円形劇場、そして右手の高台には、王宮墳墓群と呼ばれる岸壁沿いの一連の墓が目に飛び込んでくる。ここにはカフェやトイレもあるので、一服するのも良いだろう。

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2009年10月26日 (月)

ナバテア人の古代都市ペトラ(ヨルダン)~その2~

昨日の続きから

Petra_map ぺトラの遺跡は広大である。これまでのツアーでも丸一日の時間をかけてご案内して来た。岩窟の中に隠された都市であったが故にバスで乗り付けた後にちょっと下車して観光という訳には行かない。今回は若かった頃を思い出し、主観的レポートでペトラの歩き方を綴ってみよう。

まず外界からぺトラへ入れる唯一の道(現代に入って出来た荷物運搬・救急用の道を除く)であるシークの入口まで15分くらい歩く。この道沿いにはそれほどみるべき物はないが、徐々に気分が高まっていく。ちなみに「UMA」と声をかけてくる地元のベドウィン(遊牧民)がいるが、この後の区間も含めてせっかくだから古代の隊商気分で自分の足で歩いてみたい。(ペトラ内の諸々の乗り物は基本的に交渉制だが、値段は決して安くない・・・)

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2009年10月23日 (金)

ナバテア人の古代都市ペトラ(ヨルダン)~その1~

Petra_decamanos 今日買物に出かけた後に席に戻ったら、机の上にペトラ(ヨルダン)のちらしが乗っていた。手にとって眺めてみると、ペトラの象徴でもあるエル・カズネのちょっと変わった上から見下ろした写真が載っていた。何を隠そうユーラシア旅行社の添乗(視察・研修除く)で最も訪問回数の多い国がヨルダンなので、とても懐かしくペトラが思い出された。そこで今日はペトラである。

ヨルダン南部のペトラが旅人の心をくすぐり続けている最たる理由は、その地理的な特性であろう。ペトラはごつごつとした荒々しい低山が並ぶ一帯の中に位置しており、わずかな道を除いて外部と遮断されている。それ故長く人の記憶から忘れ去られた幻の都となったのだ。

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2009年10月22日 (木)

ユーラシア社員の素顔~その27~

Iwama 今月よりリニューアルオープンしたブログ「ぶらり秘境探検隊」が社内で波紋を呼んでいる。なんと言っても毎日の記事を担当する社員の妙なミドルネームが受けているらしい。考案者は恐らく先月のこのコーナーで紹介した吉枝さんだと思われる。私はそのような事はしないが、アクセス数が迫られているだけあってうかうかしてはいられない。という訳で、今日はこのブログの人気コーナーの一つ(メールマガジンのランキングでついにトップ3から陥落したが・・・)である社員の素顔シリーズで岩間「あなたも私と夢冒険」裕子さんを紹介する。

岩間さんと言えば、ユーラシア旅行社の添乗員の中でも最も数多くの国を巡っている添乗員の一人だ。特に秘境の添乗が多く、なんとなくワイルドなイメージがつきまとう。

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2009年10月21日 (水)

赤坂のスペイン料理

10210001001 今日は、夜早めに上がって赤坂のちょっと裏路地にあるスペイン料理店「LOS PLATOS(ロス・プラトス)」に出かけた。通りは少し寂れている感じがあったが、店内は結構繁盛していて、店の雰囲気も自体もなかなかに高級感が漂うものであった。

こういうちょっと敷居が高そうな店は正直あまり得意ではないが、入って早々に支配人が出てきて、今日は特別な席なのでシャンパンを振舞ってくれた。これで私の心がこのお店に奪われた事は言うまでもない。それは置いておいても、料理はなかなか良かった。プラトスとは英語のプレート(皿)に相当する言葉だが、その名の通りいろんな料理のお皿が次から次へと出てきた。

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2009年10月19日 (月)

アユタヤ遺跡(タイ)のご利益

Ayutthaya 先日より何回かタイ政府観光局のCMを見かけた。ここ数年何度かの騒動に揺れたタイではあるが、国を挙げてイメージの回復に取組んでいる。もとより東南アジアの観光大国であるタイには、観光素材も多い。一日でも早い回復を願いたい。

さて、タイと言えば、ビーチリゾートを思い浮かべる方も多いと思うが、広い国土を持つタイは内陸部にもみどころが多い。今日紹介するのはその内の最大のハイライトとも言えるアユタヤだ。

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2009年10月18日 (日)

コナーラクの太陽神寺院(インド)

Konark_temple ユーラシア旅行社の決算は9月なので、自然その後の10月や11月は異動が一年の中で相対的に多い季節である。異動というのは、新天地で新しい可能性が待っている反面、今まで身を投じてきた事に一端ピリオドを打たなければならないという意味で難しさもある。今日のお題は私自身ピリオドを打たざるを得なかった(という程大げさな事ではないが・・・)、インドのコナーラクだ。

コナーラクとは、そもそも何か。それは、インド東部にある遺跡。この遺跡に立つ太陽神寺院は、インド全国に数多く存在する寺院の中でも一、二を争う美しさを誇る。この寺院では北部のカジュラホと同じように、壁にミトゥナ(男女が交わっている像)装飾が一面に広がっているが、特に特徴的なのが非常に大きな車輪である。

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2009年10月16日 (金)

ツイッター版「倶楽部ユーラシア」

先日創設したツイッター版「倶楽部ユーラシア」をこのブログ上で表示させるようにしてみた。(ご利用のブラウザによってはうまく表示できない場合があります。)

とりあえず埋め込んだツイッターのデザインが著しく現在のブログにそぐわない(さすがに黒は目立ち過ぎ・・・)ので、そのあたりのスクリプト(コンピューター言語)を研究中だが、きっとそんなに難しくないので近々もっと溶け込むようにする予定。
(追記:10/19修正できました。)

同じ画面に二つの媒体を表示する意義を確立する為には、このブログの更新情報をツイッター上に入れてもしょうがないので、ツイッター維持のハードルが上がってしまったが、とりあえず半年頑張ってみよう・・・。

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2009年10月15日 (木)

ミトラ教とサンクレメンテ教会(ローマ)~その2~

昨日の記事の続きから

St_clemente_ulrich_mayring さて、安からぬ入場券を買って、サンクレメンテ教会の地下へ通じる階段を下りると、驚くような広い空間に出る。この空間は、紀元後4世紀頃に建てられた初代サンクレメンテ教会の跡なのだ。ところどころにフレスコの断片が残っていて興味深い。この教会は、11世紀にノルマン人達がローマを襲撃した時に破壊された。その後にこの遺構の真上に現存するサンクレメンテ教会が建てられたのである。地下は観光客も少なく、静かな不思議な空間である。ところどころから不思議な水が流れる音がする。

しかし、サンクレメンテ教会のすごいところは、この下にもう一層空間があるのだ。その層へ下りる階段は有料ではないのでご安心を・・・。

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2009年10月14日 (水)

ミトラ教とサンクレメンテ教会(ローマ)~その1~

St_clemente (この記事は、旧ブログ掲載記事のリメイクです)

先日、地中海におけるメドゥーサ信仰について紹介したが、古代地中海でもう一つ見逃せないのが、ミトラ信仰であった。古代ローマ帝国が地中海を制覇した1~2世紀頃にミトラ教は流行した。このミトラ教は元々はオリエントやインド辺りの信仰で、恐らくアレキサンドロス(アレキサンダー)大王の東征が地中化にもたらした産物の一つである。キリスト教と違ってローマ帝国の中でも比較的上流階級の信者がいた為、キリスト教のように表立った弾圧もなく、密かに広まっていた。密かにである。ミトラ教の信仰は、街の中心に大規模な神殿ではなく、主に地下の祠で行われた。この時期弾圧から逃れるためにキリスト教徒も主に地下での活動を余儀なくされていたので、ある意味近かったのかもしれない。ちなみにミトラ神の誕生日は、12月25日頃(冬至の頃)であった。これはキリストが生まれる前からの風習であったので、現在のクリスマスは或いはミトラ教徒をの改宗を容易に運ぶ為であったのかもしれない。もちろんこれはクリスマスを否定する物ではなく、古代の宗教において、このように他宗教の風習を取り入れる事は珍しい事ではなかった。

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2009年10月12日 (月)

音楽鑑賞

09120001 先日ひょんな事からNHK交響楽団(以下N響)のチケットをもらい、横浜のみなとみらいホールでベートーベンを聴きに行った。

本格的なクラシックを聴きに行くのはいつ以来かぐらい久しぶりであった。個人的に技術よりも楽団の演奏する気持ちを重んじる思考故、立派なホールまで行かなくてもいい音楽に出会う事は出来ると常々考えている。もちろんこれは音楽を理解する力が未熟故の事でもある。しかし、いい経験というのは、世間でいい経験ができると謳われている場所に行かなくても主体的に見出す努力をすれば、幸せは以外にも近いところに転がっていたりするのではないかな。

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2009年10月 8日 (木)

炎のピアニスト天平

Tempei 先月を持って長らくその名前を親しまれた雑誌「ガテン」が休刊となった。学生の頃一度引越しのアルバイトをして運転手の方にこっぴどく怒鳴られて以来、ガテン系と離別したが休刊と聞くと寂しいものである。

それはさておき、先日ちょっと変わったキャッチフレーズを見かけた。「ガテン系ピアニスト」という肩書きがついた中村天平氏(以下敬称略)がライブツアーを全国ツアーを行うというものであった。肉体労働のとび職も経験しただけあって天平の肉体は鍛えられている。おおよそ一般的なピアニストのイメージとはかけ離れているが、そうした既存の観念に捉われないパワーが音楽に宿っている。

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2009年10月 6日 (火)

リオ・デ・ジャネイロ(ブラジル)

Rio 先日行われた夏季五輪の選定会でリオ・デ・ジャネイロ(以下リオ)が当選した。五輪の開催は功罪あるので比較的客観的に見ていた私だが、ブラジルは2014年のワールドカップ開催が控えているのでよもやリオが当選するとは思わなかった。まぁ、どうせやるならまとめてやった方が効率がいいとも言えるか・・・。

さて、そのリオだが、なんと言っても毎年2月か3月にかけて開かれるカーニバルで有名。そのカーニバルは以前の記事でも紹介したので、今日はそれ以外のリオのみどころを紹介したい。

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2009年10月 5日 (月)

ツイッター倶楽部ユーラシア限定オープン!

Twitter コメントが多いとは言えないこのブログで既に2件コメントを頂いたように、やや波紋を呼んでいる?ツイッターですが、何かとライバル視している添乗見聞録がやるなら、こちらもという事で、管理人のツイッターを開設した。旧ブログ時代から通算すると約1,000の記事(中身があるのは半数程度だが・・・)を積み重ねて来たので、もちろんこのブログが私の広報活動の中心である事には変わりないが、実験的な意味合いでツイッターも同時展開したいと思う。

期間は半年限定で、その後の事はまたその時に考えようと思っている。基本的にはブログと連動させるが、それ以外の物も提供できるように頑張っていきたいので、機会があれば、覗いて見て下さい。ちなみにツイッターの趣旨が「つぶやき」なので、やたら「管理人のつぶやき」カテゴリーの記事が多い私にはぴったりかもしれない。まぁ、世の流れを考えると、「管理人のボヤき」ぐらいの方が受けは良いかもしれないが・・・。

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2009年10月 4日 (日)

空港見送り

Narita 今日は朝早い出発のツアーの見送りで成田に出向いた。ユーラシア旅行社に入社してどこに住めば良いかと先輩に訪ねると、上野や日暮里に近いところを勧める先輩が多い。そんな先輩方のありがたい意見はどこ吹く風、入社以来(というか中一以来)ずっと横浜に住まい続ける私はこの時ばかりはその言葉が頭の中でこだまする。何せ今日のような朝一番の京成スカイライナーに乗るためには、4時台に起きて5時に家を出ないと行けないのだ。

さて、そんなぼやきは置いておいて、成田へやってきた私。空港に着いて集合カウンターまで歩く間に前回5月に来た時とは違うある異変を感じた。

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2009年10月 3日 (土)

チチェンイッツァ(メキシコ)

Chichen_itza3 今年の春先から世を賑わせた新型インフルエンザは、残念ながら日本でも広まりつつあるが、限られた人が感染していた非日常から身の回りに感染者が普通にいる日常に変わってからは不安をいたずらに煽るような報道が沈静化して旅行会社社員としては良かったと思っている。もちろん個人的には感染した方にはお見舞い申し上げたい。

さて、この一連の騒動の端緒となったのはメキシコであったが、今はだいぶ落ち着いてきているようだ。(ちなみに新型インフルの感染者数は日本が遥かに追い抜いてしまった。)一時期ツアーの設定は見合わせていたが、今は順調に再開している。そんなメキシコの中で今日紹介したいのは、チチェンイッツァだ。

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2009年10月 1日 (木)

ブログ「ろまねすく通信」開設!

Blog_romanesque 本日新しいブログ「ろまねすく通信」が開設された。ユーラシアのブログとしては初のプロフィールもついているのが興味深い。今後どのような展開が成されるのか分からないが、本日リニューアルした「ぶらり秘境探検隊」と合わせて、口を酸っぱくして持続可能な範囲内でやる事を促したので、またこれまでのコンテンツと別の角度から社員の声をお届けしていきたい。もちろん当ブログも負けませんので、お気に入りを乗り換えないで下さいね・・・。

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