2009年11月25日 (水)

アッピア街道サイクリング記~その1~

Appia カラヴァッジョの合間にアッピア街道に出かけた。目的はアッピア街道を歩き、サンセバスティアーノ門からどれくらい歩くと古代の石畳が出現するのかを測る為であった。緩くなった腹を引き締める意味もあったと言えばあったのかもしれない・・・。

さて、そのアッピア街道は紀元前300年頃にローマとナポリの少し北にあるカプアという町を繋ぐ為に時のローマ帝国の監察官(=ケンソル。今で言えば大臣クラスの要職)アッピウスによって敷設された。ローマ帝国が勢力範囲をイタリアの南部やシチリアまで伸ばすと、街道の重要性は高まり、その後何度か延長され、最終的にはアドリア海側のブリンディシまで約500kmの距離を結んだ古代ローマの最重要幹線道路であった。その時代の道は敷石を詰め替えている箇所が多いが、道そのものは今日まで保存されている。

Appia3 以前にも一度街道を歩いた事があるのだが、それはバスに乗ってだいぶ先の地点で歩いたので、今回はちゃんと最初から歩くことにした。かつての大ローマを包むアウレリウスの城壁の城門の一つサンセバスティアーノ門までやってきた。この城壁は異民族の侵入が増した3世紀に作られたので古代のアッピア街道の始点は今では市内にあるカペーナ門が本来の始点とも言えるが、そのカペーナ門の一帯は現在FAO(国連食料農業機関)の本部が置かれている。FAOでは今月中旬に「食料サミット」が開かれ、潘国連事務総長やベルルスコーニ首相を始め、世界各国の首脳や大臣が集まっていて、物々しい警備で近づきようもなかった・・・。何はともあれ、サンセバスティアーノ門は3世紀以降のアッピア街道の始点であった事には変わりない。当時は実際にアッピア門と呼ばれていた。ここから歩き出す。

Appia2 歩き始めて最初の1kmは一般車も通る車道である為にそれ程古代の街道の面影はない。しかし、1kmを過ぎた辺りから徐々に左右の風景に緑が多くなってくる。ローマ南部のアッピア街道がある地域は、州立公園に指定されていて大都市ローマの目と鼻の先にあるにも関わらず、緑が非常に多い地域なのだ。その州立公園に入って間もなく、公園事務所が現れた。とりあえず公園地図を買ってこれから歩く先のみどころをチェックした。

目的のカサーレ・ロトンドまでは、7,8km。片道2時間弱だろうか。そこそこ距離を歩かなければならないのだ。

そんな時大きな看板が目に留まった。

「RENT BIKES(=レンタサイクル)」

目的のカサーレ・ロトンドまでは、7,8km。片道1時間弱だろうか。自転車で走ればたいした事ない・・・。

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