2010年4月30日 (金)

「坂の上の雲」と旅順(中国)

Ryojun_203昨年から来年まで3年間に渡ってNHKで放送される司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」。そのクライマックスの舞台の一つともなっるのが中国の遼東半島だ。ここは日清戦争でも戦地となったが、日露戦争においては一番の激戦地となった。その場所が旅順だ。

遼東半島の南端に位置する旅順は、黄海の制海権を左右する戦略上重要な場所に位置している。現在でも中国の海軍が大規模な基地を構えている為、長らく外国人には門が閉じられてきた。

Ryojun_toukeikanzan_2 しかし、1990年代に入ってから少しづつ開放が始まり、今年初頭から本格的に開放された。さすがに軍港には入れないが、203高地、東鶏冠山、水師営など日露戦争ゆかりの場所を訪れる事ができるようになった。日本人観光客の来訪も見込まれているようだ。

冒頭の写真で砲台に大砲が並んでいるのが203高地だ。今は緑が多くなんとなく当時の緊迫感はないが、旅順港を見渡す事が出来、ここが要地であった事は容易に想像できる。「坂の上の雲」の主人公の一人秋山真之がこの場所に目を付けて進軍を進言した事も頷ける。

それ程遠くない場所には、東鶏冠山も残っている。ここにはロシア軍の難攻不落の要塞が構えられていたが、最終的に大量の爆薬を仕掛け、突破した場所だ。

Ryojun_suishiei 203高地を奪取して旅順港に停泊する太平洋艦隊に大打撃を与え、東鶏冠山やその他の保塁も突破した日本軍の猛攻の前にロシア軍は追い込まれ、1905年1月にステッセリ中将が降伏を申し出た。日本を代表して乃木大将が、ステッセリと向かい合い、水師営で停戦条約が結ばれた。この水師営も今は当時の建物が復元されていて訪れる事ができる。

その後の歴史を辿ると、日露戦争の勝利が決して幸福な結果ばかりもたらせた訳ではないかもしれない。しかし、今改めて旅順の各地で男達が命をかけて戦った場所を訪れるのは悪いことではないだろう。ドラマが放映されている今こそ、「波高し」なのかもしれない・・・。

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