2011年3月 6日 (日)

シリア・ヨルダン添乗徒然~その5~

Petra_el_kazne3 そしてぺトラにやって来た。世界の数多い遺跡の中でも最も人気の高い遺跡の一つであろうぺトラは今回添乗するシリア・ヨルダン9日間の旅のハイライト。ヨルダン北部からデザートハイウェイを南下するにつれて自然とお客様方のボルテージも上がっていくのを私は抜け目なく?感じ取っていた。そして私のボルテージも上がっていた。もちろん10年ぶりのぺトラ観光に個人的に胸弾むものもあったが、何よりこのツアー初の連泊に思いを馳せていたのかもしれない。連泊はお客様にとっても楽だが、添乗員にとってもありたがいのだ。言うことない・・・。

さて、そのぺトラ観光の前日、あるお客様からエル・カズネを上部から見下ろすポイントに行きたいというご希望を頂いた。

Petra_fukunaga そのポイントへ団体で行く時間は取れず、かつ足場がいいという訳ではないので一人で行くのは止めておいた方がいいとその方に伝えた。そうすると、予期せぬ返答が来た。

「前、福永さんブログでお勧めポイントって書いていましたよね。」

そう言えばそんな事前書いたような・・・。そのポイントまで行くツアーはガイドがついてかつぺトラを2日に分けて観光するから行けるが、残念ながら今回は難しいと伝えた。そして贖罪の為ではないが、行程が順調に進めば、他のどこか寄れる所があれば寄ると言い(逃れ)、当日を迎えた。

Petra_siqぺトラの遺跡の概要に関しては、過去記事(ぺトラその1ぺトラその2ぺトラその3)を参照して頂ければと思うが、奇岩地帯に隠された秘密の古代都市は現代でもアクセスが容易でないので、とにかく自分の足で歩かなければならない。しかしそれがいいのだ。アラビア半島を上ってきた古代の隊商、或いは未知の古代都市を追い求める探険家気分で遺跡を彷徨える事がぺトラの一番の魅力だからだ。以前の記事でも書いたとおりぺトラの中でも私が最も好きなのがシークと呼ばれる両側を100m級の崖に囲まれた細いぺトラの入り口。シークがあるからこそぺトラは「隠された」古代都市なのだ。

Petra_goat さて、シークを抜けてエル・カズネ、劇場、王宮墳墓群、列柱通りとぺトラの順路を進み、昼食を取った後はエド・ディルへの上りが始まる。階段約800段の上りに私自身も身構えていたのだが、意外に私もお客様もすんなり上った。エド・ディルの奥には「Best view of Petra」と書かれた新しい展望台が出来ていたが、文字通り域内でも最も素晴らしいパラノマが広がっていた。余力ある方は上ってみるとよいだろう。

Petra エド・ディル前のカフェで一息入れて、後は来た道を戻るのみ。これが結構辛い。万歩計によれば、この時点で約12,000歩。普段の私ならこのあたりで匙を投げそうな物だが、仕事モードだとこれぐらいでも意外に苦にならない。時間も多少残っていたので、日本出発前にリサーチを依頼されていた犠牲祭壇に上る事にした。(あくまでリサーチなので通常のユーラシアのツアーではご案内しません。ご了承下さい)

ちょうど冒頭の贖罪もあったのでまだいけるという一部元気なお客様だけと一緒に劇場脇の階段を上っていく。エド・ディルと違ってこちらは人一人すれ違わず、静寂が支配する空間を上っていく。10年前に一度来た事はあったが、あまり写真で見る事もないので少し新鮮な気分。私も一緒に来た方々も疲れていたはずなのだが、このあたりは日が沈み始めると休息に暗くなるので足を止めずにどんどん進む。そうこうしている内に頂上部に辿り着き、犠牲祭壇の場所まで行き着いた。正直に言えば、ぺトラのハイライトはあくまで順路にあるのでここまで上る必要性はあまりないが、上ると一定のパノラマ(前述の「Best view...」には劣る)は広がり、上りきったという達成感は味わえる。ナバテア人達が使ったとされる祭壇を背ににわか登頂隊の記念写真を撮り、資料用の撮影を行った後、そそくさと下り始めた。この頃から私の足は重くなり始めたが、とにかく明るい内に下りなければならないので、頑張った。そして下に辿り着き、順路に戻った所で解散。不覚にもこの解散後間もなく歩けなくなり、カフェで1時間近く座り込んでしまった。その後立ち上がって帰路についたものの、15分ごとに足が進まなくなり、ベンチで一休みを繰り返してすっかり暗くなってからホテルに辿り着いた。

こんなところで、今回のシリア・ヨルダンの添乗徒然は終了。中東情勢の変動で出発を躊躇われた方もいたが、日本と現地のオフィスやガイドさんが情報収集に努め、幸い滞在中に大事もなく、無事帰国する事が出来た。参加者の皆様のご協力もあり、行程中皆様落ち着いて旅を楽しんで頂いた。日本の家族が戦場帰りのような迎え方をきっとしてくれるのではないかという冗談も飛び交っていたが、こうした旅があるのもご家庭の理解もあってこそ。心から御礼申し上げたい。

色々あった旅であったが、個人的には10年の間にどれだけ体力が低下するものかも味わわせてもらった9日間であった。帰国後一週間引きずる事になる筋肉痛を糧にやはり継続的なウォーキングが不可欠だと思うこの頃・・・。

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コメント

前世はイタリア人だと思っていたのに私は砂漠の民だったと実感。次はリビアを目ざします。
 福永さんいい旅をありがとう。

投稿: 石井鏡子 | 2011年3月 8日 (火) 11時00分

石井様

先日は弊社のツアーにご参加頂き、誠にありがとうございました。熱心にメモを取られていた姿が印象に残っています。今度中近東文化センターも訪問したいと思います。

投稿: 福永 | 2011年3月 9日 (水) 16時50分

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