2011年3月28日 (月)

セヴェルス帝の都レプティス・マグナ(リビア)

Leptys_foro 民衆の勢いの前にあっさり幕を引いたエジプトやチュニジアと違って、残念ながらリビアでは本格的な内戦に突入しつつある。どのような終幕が良いのかは何とも言えないが、内戦が長期化しない内に幕が閉じられる事を願っている。

リビアを巡る報道で同国第三の都市ミスラタの名前がよく出て来ているが、その西方にあるのが古代ローマ帝国の遺跡としては有数の広さを誇るレプティス・マグナである。

Leptys_archレプティスマグナは紀元前10世紀頃、元々レバノンから来たフェニキア人達が植民都市に起源を持つ。その後町は北リビアにおける貿易拠点として少しずつ成長していく。そして紀元後193年にこの町出身のセプティムス・セヴェルス(以下セヴェルス帝)が帝位に就くと、故郷の町は飛躍的に発展する事になる。いわゆる「故郷に錦を飾る」という事が大々的に成されたのだ。ちなみに古代ローマの皇帝は五賢帝以降、ローマ以外の場所出身の者が増えるが、ここまで故郷に錦を飾ったのはセヴェルス帝のみ。

Leptys_agora セヴェルス帝の息子カラカラの時代までは以前町は繁栄を謳歌するが、3世紀半ばぐらいから始まるローマ帝国の没落で地中海貿易が衰退すると、レプティス・マグナの町も引きづられるようにして衰退していく。4世紀半ばには大半の市民が町を去り、大半が砂に埋まっていった。

Leptys_theater今日のレプティス・マグナはその砂のおかげで保存状態はかなりいい。広大な遺跡は未だ半分も発掘出来ていないと言われるが、それでもポンペイとほぼ同規模の遺跡が広がっている。セヴェルス帝が築いた大フォーラム、セヴェルス帝の偉業が刻まれた凱旋門、その他浴場、バジリカ、劇場などどれ一つとっても素晴らしい建築が多数残っていて、往時の姿を思い起こさせてくれる。特に海を見渡せる劇場は絵になる風景だ。

Leptys_medusa 広大なフォーラムには、過日の記事「メドゥーサ、呪われた女神」で紹介したメデゥーサ像もたくさん転がっている。そのメドゥーサが見据える先には何が映っているだろうか。願わくば、リビアの明るい未来が見えてくる事を願いたい。同時に地中海全域でも有数の古代遺跡であるレプティス・マグナに戦火が及ばない事も・・・。

リビアの旅はこちら

|

アフリカツアー」カテゴリの記事

ユーラシア旅行社が世界の歴史を語る」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。