2011年6月15日 (水)

成昆鉄道~諸葛亮南方遠征の道~(中国)

Seikon_railway1 近頃全日空の成都線就航の宣伝をよく見かける。四川省の州都として深い歴史がある成都は町だけでもみどころが少なくないが、近郊のパンダセンターや西部の九寨溝・黄龍の景勝、東部の重慶や武隆など周囲にも見所が点在する。しかし成都行きが恋しい私が目を向けるのは市内でも西でも東でもなく、南だ。遥か1,000km南には、雲南省の州都昆明がある。紀元後225年、三国時代のさなかにあった蜀の丞相(首相)にあった諸葛亮(孔明)は成都から昆明周辺までの孟獲を征伐する為に南蛮遠征を行った(三国志演義)。この道を見てみたいのだ。

成都と昆明間は山も多く、また、両都市の気候もかなり異なる。当時はかなりの難行軍だったようだが、幸いに現代では成昆鉄道という鉄道で快適に行軍?する事が出来る。

成昆鉄道の車窓 かつて難行軍を強いられた成都~昆明間の道に鉄道が開通したのが、1970年の事。山が多い地勢故、その工事は難航し、多大な労力を投入しながらでも、完成には12年もの歳月を要した。鉄道の全長は、約1,100kmに及ぶ。走行時間は約18時間。最高地点は2,300mなので同国の青海チベット鉄道や先日紹介した雲の列車には及ばないが、何せ複雑な地形を通過する為、かなりの数のループ、400以上のトンネル、1,000近い橋を通過して行くので世界の列車好きには人気が高い。

成昆鉄道の車窓 もちろん歴史好きにも興味深い。三国志演義では、北伐に先立って反乱の鎮圧と後顧の憂いを失くす為に、諸葛亮が南蛮(と漢人に呼ばれた現雲南省)遠征を敢行する。南蛮王孟獲は抵抗を試みるも、度々捕まっては逃がされた。その回数七度に及んだので、七縦七擒の故事(七度捕まっても七度許され、抵抗を止めた)が生まれた。以前に紹介した饅頭の記事や諸葛菜の由来もこの遠征である。成昆鉄道の車窓を眺めていると、確かに難行軍であっただろうことは、容易に見て取れる。この一帯には今でも多くの少数民族が農業をしながら暮らしており、きっと諸葛亮が通った1800年前とそれ程変わらない景色のような気がする。

成昆鉄道の寝台 さて、歴史好きであるとともに鉄道好きでもある私としては、諸葛亮や孟獲だけに没頭はしていられない。ツアーで行く場合は基本的には軟臥と呼ばれる一等車にあたる席を利用する。通常二段ベッドが並ぶ座席で列車の外観からすると、割合清潔に感じられるだろう。他国の列車でもそうなる場合が多いが、スーツケースを開けるスペースはないので1泊分の荷物を詰められる小さなバックはあった方が良い。山岳鉄道だけあってそれなりに揺れるが、その揺れに身を任せればいつの間にか眠れるのではないだろうか。ご存知のように下段のベッドは日中は椅子になる。

成昆鉄道の食堂車にて 日本では稀有になりつつある食堂車もちゃんとある。最近はメニューが変わっている可能性もあるが、想像するような雲南や四川独特の料理よりも幅広い全国区メニューも少なくない。食事に冒険を犯さない主義の私にとってはこの方が安心出来る。ところで右の写真にも写っているが、食事のお供に饅頭が並んでいる!ふふふ・・・

中国西南部の旅はこちら
※成昆鉄道のツアーは時期によってはない場合もあります。

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