2011年8月10日 (水)

エル・ジェムの円形闘技場(チュニジア)

El_djem1 「中東の春」とも呼ばれる今年に入ってからの一連の反政府運動の端緒を切ったチュニジアの治安が改善され、外務省も危険情報を引き下げた。現地とも連絡を取って状況を確認した結果、晴れてツアーを再開できる運びとなった。再開を記念して、今日はチュニジア中部のエル・ジェムにある二千年前の巨大建築を紹介しよう。ローマのコロッセオを思わせる円形闘技場だ。

チュニジアはローマ帝国と地中海の覇権を争ったカルタゴがある国として知られるが、紀元前の三度のポエニ戦争を経てローマの属州になった。

El_djem2 チュニジアはアフリカにありながら砂漠が比較的少なく(特に二千年前は)、耕作地にも恵まれていたのでローマの穀倉の一つとして大いに栄えた。徹底的に滅ぼされたカルタゴも新生ローマ領カルタゴとして蘇り、ローマ式街道が整備されて内陸部まで植民が進んでいくつもの都市が形成された。今日ではエル・ジェムと呼ばれる町もその一つだ

El_djem4 紀元後2~3世紀前半にかけては北アフリカ属州におけるカルタゴに次ぐ第二の都市にまで成長したエル・ジェムに238年頃に巨大な円形闘技場(コロッセウム)が建てられた。最大35,000人を収容できたと言われるこの闘技場は古代ローマ帝国内の数多い闘技場の中でもローマのコロッセオ、カプア(ナポリ近郊の古代ローマ都市。闘技場は半壊して1階部分の一部のみが現存)に次ぐ三番目の大きさを誇った。一部の石材は17世紀頃から近郊の聖地カイラワンに持ち去られたが、エル・ジェムの町自体が4世紀頃から久しく打ち棄てられたおかげで保存状態は現在も良好。

内部は階段も残っているので、上部観覧席(4,5階相当なので頑張って上りましょう)まで上る事も出来る。眺めは壮観だ。闘技場の内部も見渡せるし、反対側の観覧席に向こうにオリーブ畑が連なる近郊の風景も見渡す事が出来る。アレーナ部分(中央の催し物を行っていた場所)はローマのコロッセオと違って床がある状態なので当時の模様を想像しやすい。ここではもっぱらグラディエーターの試合や戦車競技が行われていたと言われている。映画にもなった「グラディエーター」の一部のシーンもここで撮影された。

El_djem3 アレーナ部分に下りると、地下部分の中を覗く事が出来る。グラディエーターはもちろん、猛獣達も地下で待機してから人力のエレベーターでアレーナに出てくるのはローマのコロッセオと同じ。キリスト教が広まってからコロッセウムでの闘技は下火になってやがて消えていった。「パンとサーカス」に市民が熱狂していた時代から「パンと葡萄酒」を信仰する時代へ。

エル・ジェムの闘技場中央部に進んで目をつむると、当時の歓声が聞こえてくるようだ。武者震いを覚える。チュニジアに住む民族はその後変遷を辿ったが、「中東の春」を先導した市民のエネルギーのルーツもこのあたりにあるのかもしれない・・・。

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